2019年9月19日木曜日

『クジラアタマの王様』(伊坂幸太郎)読みました。


一般的に風邪は嫌なもので、
流行る時期には、
手洗いやうがいを入念にして、
マスクなんかで「来るな」と防御して、
びくびく過ごします。

ちょっと前までは、ぼくもそうでした。

それがいつぐらいからか、
「実は風邪って、
 そんなに大したモンじゃないのかも」
って思うようになり、

そんな時期に
『風邪の効用』ってな題名の本を見つけ、
読んでみると、
嫌なモノどころか、
健康にいいみたいなことも
書いてあったりして、

「いやいや、風邪をひくのは
 健康じゃないだろう」

と思ったりもするものの、

それでも、きゃーきゃー言うほど
忌み嫌うほどではないとの考えは
深まっていき、今に至っています。

だって、長くても1週間くらい、
ノドがヒリヒリしたり、
鼻がぐずぐずしたり、
コンコンうるさかったりするのを我慢すれば、
もとの調子に戻っていくんだから。
やたら騒ぎになるインフルエンザも
同じかなって。

で、この『クジラアタマの王様』。

とっても面白かったです。
でも一つだけ。
インフルエンザが大したことないと
思うようになる前に読んだら、
もっと面白かったと思います。





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2019年9月12日木曜日

『談志狂時代』(立川談幸)読みました。


出身高校の同窓会で、会報誌をつくったり、
ホームページを更新したりする仕事を
手伝っています。

(「広報委員」というそうです。
 ぼくとしては、手伝うというよりも
 邪魔しているような気もしてるんですが…)

その仕事の中の会報誌づくりで、
インタビュー記事の制作があるんです。

同じ高校を出た卒業生で、
いろんな分野で活躍している人に
インタビューして原稿を書く。

実際には、
ぼくより偉い広報委員長の友だちが
メインで質問をして、文章に起こしたり、
記事を組んだりしてるんですけどね。

ぼくは、その取材現場に
賑やかしのために同席して、
にわかカメラマンとして
パシャパシャ写真を撮りながら、
場が和やかに進むように、
おちゃらけ役をします。

メンインのインタビュアーじゃない
とはいえ、
取材に応じてくれた先輩のことを、
事前に何かしらリサーチして、
ぼんやりとでも
頭に入れておくほうが安心です。

そうでないと、
本当に邪魔しているだけになってしまい、
そのうちお役御免になってしまう。
(そのほうがいいような気もするけど…)

ということで、この『談志狂時代』。

わが都立北園高校の大先輩、立川談幸さんの本。
会報誌の取材でお会いした落語の師匠です。
とってもためになりました。





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2019年9月10日火曜日

『最後の秘境 東京藝大』(二宮敦人)読みました。


学生時代、黒澤明さんの『乱』の撮影に、
エキストラのアルバイトで行きました。

場所は御殿場。
仲代達矢さんが、燃えるお城の中から
出てくるシーンを撮っていました。

黒澤さんはその場面を、
どんより曇天の中で撮りたかったらしく、
何日も天気待ちして、
ぼくらも何度となく、
新宿のスバル前から御殿場まで
ロケバスに乗せられて通いました。

何日かたって、
業を煮やした黒澤さんが、周りのスタッフに
「スモッグで太陽を隠せ」と叫び、
助監督さんをはじめみんなが
発煙筒に火をつけて、ぐるぐる煙を回したり、
両手に抱えて走り回ったりする。
けど、セットで建てたお城以外
何もないような開けた場所の大空を
隠すことはできず……。

と、このあと
「スモッグで曇天ができるわけない。
 よく考えればわかるのに」
と解説を加えることも、

「ひたすら自分の求める絵を
 つくろうとする姿勢は見習うべき」
とレジェンド感を入れることもできる。

そしてぼくは、どちらも記さず、
「こういうことがありました」
だけで終わる文章が好きです。

で、この『最後の秘境 東京藝大』。

「こういう人がいます」だけの内容であれば、
すごく面白いです。





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2019年8月28日水曜日

『あむんぜん』(平山夢明)読みました。


このブログのデザイン、
確認したわけじゃないけど、
もう10年近く同じですね。

色使いとか配置はいじらずに、
書影のリンク先とテキストを
差し替えていくだけ。

いつかリニューアルしなきゃなぁ
などと時々思うけど、
まあ、当分の間ここまでしょう。

デザインもそうだけど、
下の署名欄的なトコもそのまま使うので、
前に書いたものを新規投稿画面に
コピペして、使っています。

ってことは、書き始めるときには、
適当に拾って貼り付けた前のテキストが
ここに残っている。

その上から新しい文字を
ペコペコ打ち込んで、書き換えた結果が
この文章です。

そんで今、消しつつあるのは、
前に書いた『宇宙と宇宙をつなぐ数学』でした。
足し算とかけ算の関係を
バラバラにしたいのだけれども、
一般的な数学の世界では、それは無理なので、
違う宇宙の数学を考えて、そこでバラバラにする。
……みたいな本でした。
凡庸なぼくには、わけわからん内容でした。

で、この『あむんぜん』。

コピペで拾った前の本の影響が
残っているのでしょうか。
凡庸なぼくには、
とても発想できない内容でした。
おもろいです。





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2019年8月22日木曜日

『雲霧仁左衛門 前編』(池波正太郎)読みました。


まったく同じ内容の文章でも、改行の有り無しに
よって読む速度が変わるのかどうか知りたいです。

いや、是が非でも答えを聞きたい
ワケではないですけどね。
その証拠に自分で検索すらしてないし…。

えーっと、例えば最初の一文を、

 まったく同じ内容の文章でも、
 改行の有り無しによって
 読む速度が変わるのかどうか
 知りたいです。

と、書くのと、
ずらずらと一行に続けるのと、
読んで理解する速度に違いがあるなら、
その微妙な差は
一体どれほどのものなのかってこと。

それ、音読では同じだと思います。
改行は声に出せないだろうから。

なので黙読の場合です。
そんなことを研究した人がいるとは思えず、
結果は出ていないと思いつつ、
ぼくの感覚では、
やはり改行があったほうが
速いんじゃないかと予想してます。

ずらずら書きだと、
目線は必ず移動しなくてはいけないけど、
細切れ書きなら、
1つの視点で全部の文字が目に入ることも
あるだろうからってのが理由。
ちゃうなか。

で、この『雲霧仁左衛門 前編』。

池波さんの相変わらずの細切れ書き。
大好きです。
紙の余白がもったいないように思えるけど、
その軽い後ろめたさからくる
微妙なムズムズ感も好きです。





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2019年8月20日火曜日

『ルポ 人は科学が苦手』(三井誠)読みました。


十年近く前に親父が亡くなって
墓をどうしようかと
家族で相談していたとき、

ぼくはその手の実用書を読んで
「代々末長く管理していくべきものである」
という記述にうなずき、
引き継いでいけない可能性があるなら、
「永代供養の合祀などを検討しましょう」
の文言を真に受けて、
そっち方面のやり方を調べ、
お袋とかにすすめました。

そうして
あれやこれやの話し合いの結果、
結局は永代供養ではなく、
個別の墓をつくるようになったんです。

ぼくの付け焼き刃的な知識は、
「自分たちだけの墓を立て見守っていきたい」
という、たぶんすごく当たり前の感情に、
あっさり却下されてしまいました。

そんで、ぼくもいまは、
こうしておいてよかったなあと、
墓参りで草むしりなどをするたび、
思ってます。

で、この『ルポ 人は科学が苦手』。

「賢い愚か者」っていう
考え方というか、学説というか、
を初めて知りました。
墓の例とは少し違うけど、
勉強するほど愚かになるみたいな…。

本を読むほどバカになる。
そんなフレーズを頭の片隅に置きながら、
これからも本を読んでいこうと思います。





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2019年8月16日金曜日

『双風神 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


作家さんごとに小説をつくる手順は
違うんだろうけど、
少なくとも殺人事件の犯人を
突き止めるようなミステリー作品の場合は、
書き始めるとき作者の頭の中で
犯人はわかっていて、
そこにトリックなり謎解きなりを
盛り込んでいくんだろうと思います。

作家さんに聞いて統計をとったとか、
その手のノウハウ本を読んだとか、
そういう裏づけがあるわけじゃないから、
わらないですけどね、ホントのとこは。

でも、
作者の頭の中で犯人がわかっていないまま、
物語をつくっていったら、
とてもトンチンカンなストーリーに
なってしまうと考えられるので、
やっぱりそうなんでしょう。

ぼくがそんな話をつくるとしても、
やっぱ、最初に犯人を決めると思います。

それを決めた上で、
何も知らない名探偵とかが、
ちっちゃなヒントをほじほじしながら、
読者と一緒に事の真相に迫っていく。
ま、それが通常の作法でしょうね。

とはいえ、
もし書き始めのとき、
作者自身も犯人がわからないで
(というか決めないで)
事件が起きて、
作中のキャラと作者が一緒になって
事件解決を進めていくようなつくり方をして、

それがトンチンカンにならずに
破綻のない話になったとしたら、
それはそれで、
とっても面白いものができるんじゃないかな、
なんて思ったりもします。

で、この『双風神 羽州ぼろ鳶組』。

作家さんの頭の中には、
結末が最初からあるつくり方なんだろうな
と思いました。
途中途中でそれをチラッと見せるじらし方が、
もうほんとジリジリしちゃいました。





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2019年8月14日水曜日

『風邪の効用』(野口晴哉)読みました。


作品のタイトルと中身が違っているのは、
どの程度許されるのでしょうか。

作品じゃないけど、
選挙で選ばれたい人が、
できそうもない約束を掲げて当選し、
政治家になったあとで、
約束を果たせなくても、
まあ許されているじゃないですか。

「国民の誰もが働かないで、
 遊んで暮らせる国をつくりますので、
 よろしくお願いします」
と言ったとして、
そんなのはみんな本気にしないから、
言った時点でウソだとわかっても、
罪にはならない(なるのかな…)。

同じように、
犬の飼い方を書いた本に
『超わかる!パソコンの使い方』って
タイトルをつけて売ったとしたら、

チラッとでも中身を確認したり、
ネットで目次を見たりした人は、
きっと誰も買わないだろうから、
それも罪にならない気がする(なるのかな…)。

タイトルじゃないけど、
少し前、健康にいい食べ物なんかを
紹介するテレビ番組が、
効果がすごく出ているような
やらせの情報を放送していて、
それがばれて、
打ち切りになったことがあったけど、
あれも別に誰かが逮捕されたとかは
言ってなかったような気がするんで、
正確には犯罪にならないような
(なるのかな、なったのかな…)。

で、この『風邪の効用』。

すみません。
この本とは関係ないこと書いちゃいました。
ぼくのやっていることが、
題名と中身が違う行為でした。

ともあれ、この本は題名そのままの内容です。
さらに風邪の治し方まで教えてくれました。





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2019年8月8日木曜日

『たましいの場所』(早川義夫)読みました。


カズオ・イシグロさんの
『忘れられた巨人』に、
おじいさんの戦士が出てきて、
自分の老いを嘆くような場面が
ありました(たしか)。

自分はまだまだ衰えてはおらず、
女性をよろこばせることだって、
若い頃とそれほど変わらず頑張れる。

ちょっと前も、
元気具合を確かめようと思って、
自ら試練を加えてみたけれど、
それ相当のレベルまでは
たどり着くことができた。

そのときには、
たまたま最後までは到達しなかったが、
それはタイミングというか、雰囲気というか、
その場の環境が適合しないだけで、
要因は外部にあり、自身の問題ではない。

今のワシだって、十分いける。

……みたいな内容でした。

いわゆる下ネタになるんでしょうが、
そこにはクスッとさせる
ユーモアが入ってる。
それがいい。
そういうのが好きなんです。

どんなものにも、
笑いがあってほしい。

エロだけでも嫌いじゃないけれど、
顔の筋肉が緩んでくるようなものが
入ってないとちっと物足りなく感じます。

それがたとえ、
学術的な専門書でも、
ハウツーを教える実用書でも。

で、この『たましいの場所』。

下ネタ的なものも、ユーモアもありました。
なので、あえてわがままをいえば、
あと5割増しくらいの笑いがあったらなあ。





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2019年8月6日火曜日

『未必のマクベス』(早瀬耕)読みました。


食べ物の好みは人それぞれで、
とっても尊敬できる人が
「あの店は美味しい」
と言ったからといって、
自分も同じように感じるとは限らない。

(実は、どんなに話を盛ったとしても
 「舌が肥えている」とは
 自称できないんですけどね、ぼくは。
 だから、美味しいか、まずいかの判断は
 ホントのとこ、できないんだけれども…)

その好みが、どうしても合わない
友だちがいるんです。

実名挙げるのも何なので、
とりあえずここでは
粟津くんとしときましょうか。
アワズ君ね。

彼は、食べ物屋さんを回るのが好きで、
アソコがいい、ソコはダメと、
何かある度に教えてくれるんです。

気に入った店は、
何度も繰り返し薦めるもんだから、
こっちも根負けして行ってみる。

すると、ことごとく
ハズレちゃうんです(ぼく的に)。

だらからまあ、最初にいったように、
好みは人それぞれなんですわ。

で、この『未必のマクベス』。

期待していなかったんです。
だって、食べ物じゃないけど、
本の嗜好で、
どうしても合わない友だちが
薦めた本だったから。

だけど今回だけは違いました。
面白かった。
今度は、アワズ君のオススメ店にも
なるべく行くようにしよっと。





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2019年8月1日木曜日

『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(加藤文元)読みました。


仕事上どうしても必要という理由で
読む本だとしても、
どこかしら自分なりの興味があって
ページをめくります。

だから、
何のしがらみもなく
「これ面白そう」と選んで読む本は、
どんな分野だとしても
「興味ゼロ」ではありません。

そんなことを考えていたら、
生来のへそ曲がり気質が
むずむずし出してきて、

「次は、これまでの人生で
 まったく興味ゼロだった分野の本を
 読みたい!」

なんて思っちゃいました。

さっそくアマゾンの
「和書ジャンル」の項目を
たどってみると、
どれもこれでも興味ゼロとは言いがたく、
それでもあえてあげるなら、

常識・マナー、資格・検定、
ゲーム攻略本、楽譜、
スポーツ入門書…くらいかな。

で、この『宇宙と宇宙をつなぐ数学』。

ホーキングさんの本とかは面白く
「宇宙」は興味あり、
『博士の愛した数式』以来「数学」もOK。
そんな理由で読んだ本。

でも、そんな安易な選択は、
見事に撃沈でした。





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2019年7月30日火曜日

『夢見る帝国図書館』(中島京子)読みました。


本はなるべくゆっくり読む方がいい。
できれば、作家が執筆にかけたのと
同じ時間を費やして目を通すようにすべきだ
……ってなことを誰かが言っていました。
(たぶん、作家の高橋源一郎さん。
 でも、ちがうかも)

といはえそれは、
スピードだけの問題じゃなく、
作者が悩み抜いた文体のリズムやら、
行間で感じて欲しいあえて省いた表現やら、
作品を取り巻くいろんな思い入れなんかも
理解しながら、
じっくり読み解くようにしましょう
ってことでしょう。

そうだとすると、
ぼくの場合には時間をかけすぎるのが、
逆効果になる恐れがある。

あんまり時間をかけ過ぎちゃうと、
それまで読んでいた内容を
忘れちゃうからです。

主人公が、自分の部屋を
彼女ができたという友だちのデート場所として貸し、
その後、部屋に置き忘れられた女性用コンパクトを
友だちに返したというくだりがあったとして、

その場面を忘れてしまい、

後に続くストーリーの中で、
部屋を貸した主人公が、
たまたま思いを寄せてしまった女性が、
同じコンパクトを使っていた
なんて書かれていても、

前の伏線を忘れてるから素通りしちゃう。

なので、ぼくは
ゆっくりすぎないスピードがよろしいようです。

で、この『夢見る帝国図書館』。

ほぼ1日で読みました。
その速度が最適でした。





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2019年7月25日木曜日

『今昔百鬼拾遺 天狗』(京極夏彦)読みました。


謎解きモノの作品を読んでも、
謎解きゲームには参加しない。

最近は、
そんな読み方になってきた気がします。

昔からじゃなく、
最近(といってもここ十数年)。

明智小五郎なんかを
面白がっていた小学生の頃とか、
金田一耕助と一緒に
逆立ちしていた中学生の頃とかは、

一生懸命考えて、
「ああだろ、こうだろう、うーん」
そうか、だから、
「よーし、わかった!」などと
等々力警部のように手を叩いて、
頭の中で犯人の目星をつける。

そうやって読み進め、結局、
警部と同じようにずっこけていたんです。

それがどうしてか、
犯人捜しとか、謎解きとか、
そういうことに頭を使わなくなり、

その場その場の描写とかセリフとか、
場面展開の仕方とかが
「わー、オモロイ」なんて
いうようになっていました。

もしかしたらそれ、
老化現象なのかもしれません。

面倒くさくて考えるのが
イヤになっちゃっう、
思考停止の状態のようで。

昔にかえって、
ストーリーそのものを楽しむべきですよね。

で、この『今昔百鬼拾遺 天狗』。

とはいえ、
最近でもたまーに謎解きしながら
読んじゃうことがあります。
最終章の手前で、
読書を中断しなくてはいけなくて、
再開までに時間が空くから、
結末が気になって、
自分で考えちゃうようなとき。

この本が、そうでした。
今回は等々力警部ではなく、
明智や金田一と同等の名推理でした!
えへん。





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2019年7月23日火曜日

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美)読みました。


ここでも何度か紹介している
『理科系の作文技術』(木下是雄)は、
自分の書くものが
なんとなくぎこちなく感じてくると
読み返す文章作成のノウハウ本です。

その中に、ページの白っぽさを
意識して書きましょう
ってくだりがあるんですが、

ぼくは今まで、
「そうはいっても、
 実例はそんなにないんじゃない」
と思ってました。

白っぽさとは、
文章の中の漢字の比率を
上げないようにするという意味です。

一般的に漢字は平仮名より画数が多く、
見た目が黒っぽい。
それをたくさん使っちゃうと、
紙面が黒々してくるので、
そうならぬよう、平仮名を多くして、
なるべく白さを残して、
ごちゃごちゃとしてた圧迫感を
持たせないようにするのがよいと。

とはいえ、
平仮名ばかりだと、
言葉の句切りがハッキリしなくなり、
逆に読みにくい文章に
なっちゃうような気がして、
だから、「これだ!」っていう、
白っぽさが目立つ実際の文章を
見てこなかったように思うんです。

で、この『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』。

実例ありました。
それでも読みやすいから不思議。





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2019年7月19日金曜日

『蜜蜂と遠雷(下)』(恩田陸)読みました。


言葉とおカネがなくなれば、
世の中はもっとよくなる。

ことある度に
そう考えていた時期がありました。

「ありました」と過去形にしたのは、
今ではまったく考えなくなったからではなく、
考える頻度が低くなったというか、
いろんなことに
敏感じゃなくなくなったというか、
まあそんなことを
すっかり忘れている時間が
長くなっているからです。

生活とか、生活とか、
生活とかばかりしてて。

……あへっ?
昔と今の考え方の違いを
書こうと思ったんだっけ?

いやいや、言葉とおカネのことでした。

そうそう、なので、まずおカネ。
できれば、その弱点をクリアした
別物に置き換わってほしい。

需要と供給の物差しで
モノの優劣が決まるだとか、
泥棒して手に入れた1万円と
1日働いてもらった1万円が同じ価値だとか、
そういう弱点。

次に言葉。
これも弱点ありますね。
ぼくが考える一番の弱点は、
ウソがつけちゃうこと。
100%のそのままを伝えているようでいて、
実はそうじゃない。
虚構の内容で
(もしくは中途半端または過剰な装飾で)
伝達しちゃうのなら、
いっそ伝えないほうが、
本質は伝わる気がするんです。

で、この『蜜蜂と遠雷(下)』。

言葉って素晴らしいなと思いました。
印刷された文字を目で追っていくだけで、
音楽が頭の中で鳴るんです。
もちろん、作者の頭の中にある音と、
ぼくの頭の中の音は、まったく違うはずで、
それがさっき言った弱点なんだけど、
その弱点に頬ずりしたくなっちゃう。
どうしたもんでしょうか。





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2019年7月17日水曜日

『日日是日本語』(今野真二)読みました。


ぼくの脳みそは、
パソコンにたとえれば
ハードディスクの容量が少ない
低スペックなつくりなので、

多様な面白ネタを記憶のディスクに
しまい込んでおくことができず、

結果として、
いつもいつも新鮮な話題を
涼しい顔して披露するような文章は
書けないのです。

だから、ある程度ネタは
使い回すことになります。

確信犯的にやることもあるし、

(「確信犯」は、辞書に
 「ある行為が問題を引き起こすことを
  あらかじめわかっていながら、
  そのようにする人」とありました。
 その意味で使っています。
 この文言の入力時に
 〈間違った使い方だよ〉的な
 チップが出たので一応ことわっておきます)

前に使ったことを
まったく忘れていることもある。

そんで今回は「確信犯」。

表現の間違いなどを指摘してくれる
校正者から聞いた話です(たぶん二度目)。

一つの文章の中で、
同じ言葉なのに違う書き方を
してはいけないといわれます。

「表記は統一しましょう」って。

ぼくはそのルールを
「なんで?」って校正の人に聞いたんです。

すると
「読んでいる人が混乱するからです。
 同じなのに表記が違えば、
 異なるモノを示していると
 思われてしまうからです」
と教えてくれました。
ああ、そうなんですね。
そうでしょうね。

で、この『日日是日本語』。

そんな表記の違いなんかを、
重箱の隅に穴を開けてしまうほど
突っ込んで考えている
学者さんの本でした。

この本の中で「読む」という言葉が、
漢字と平仮名の2種類の書き方で
表記されています。
きっと何か意味があるんだろうけど、
残念ながら、ぼくには読み解けませんでした。
低スペックです。





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2019年7月11日木曜日

『同潤会代官山アパートメント』(三上延)読みました。


気分があげあげのときじゃなくて、
心が穏やで気持ちのいいときって、
どんな場面があるか。
自分の今の生活の中で
ピックアップしてみたくなり、
あれこれと思い浮かべてみました。

そんな些細な場面は、
数え切れないほどたくさんあって、
この限られたスペースの中じゃ、
とても書ききれない。
……やってみる前は、
そんなふうに思っていたんです。

あにはからんや。
するするとは出て来ない。

やっと思いついたのが、

てんてこ舞いだった1日が終わって、
ようやく布団に入り眠りにつくとき。
布団を被ってふーっとかって
長い息を吐きながら、
いつ吐き終わったかわからない間に
もう眠りに落ちている。

そのごくわずかのまどろみのとき。
それはまあ、気持ちいいですわ。

美味しいものを食べたときも
気持ちいいの部類に入りそうだけど、
それは心穏やかとは違う気がするので、
のけといて。

とすると、
あとは何だろうなって
よくよく考えてみないと、思いつかない。

で、この『同潤会代官山アパートメント』。

ありました、ありました。
こういう本を読んでいるときです。
もちろんストーリーも
心地よさを連れてきてくれるんですが、
文体というか雰囲気というか、
まあ好みなんでしょうね、結局。





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2019年7月9日火曜日

『ノースライト』(横山秀夫)読みました。


この人の作品はどれも好きだ、
と思う作家さんは何人かいて、

逆に、ちょっと合わない
と思う人も何人かいて、

その区別は、結構はっきり
分かれている気がします。

前者の「好き作家」だと、
どんな変化球的な作品を
読まされたとしても、
「うん、それもあり。
 面白かった」となるし、
ど真ん中の直球であれば
なおさら、いい。

後者「合わざる作家」だと、
その作品がどんなに世間で
評判になっていても、
「この表現は使わないようにしよう」
みたいな反面教師的な
収穫しか得られない。

それでもたまに、
「好き」でもあり「合わざる」でもある
中間的作家さんが出てくるときがある。

今『蜜蜂と遠雷』を読んでる
恩田陸さんなんかが、そこに入ります。
(いうまでもなく、ぼくにとって)

『蜜蜂〜』もそうですが
『夜のピクニック』など
しゃぶりつきたくなるほど
好きな作品がある一方で、
それと正反対の作品もたくさんある。

なぜか振り幅が大きいんですね。
朝井リョウさんなんかも、そうかな。

で、この『ノースライト』。

新発見です。
同じ作家の別々の作品について、
上に書いた通り「振り幅」の存在は
判明していたのですが、
なんと1つの作品の中でも
「振り幅」がありました。
「好き」でもあり「合わざる」でもある。





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2019年7月4日木曜日

『今昔百鬼拾遺 河童』(京極夏彦)読みました。


多々良勝五郎というキャラクター名を
目にしたとき、
「前にも出てきた!
 ……けど、どの作品だか忘れた」
となりました。

そんなとき、
今のスマホ世代もしくは
IT化どっぷり世代の若者であれば、
「まず検索」でしょう。

ぼくも一応、
検索のケの字くらいは思いついたんです。
でも、しなかった。

自分の本棚には必ずあると思い込んでいたので、
めぼしいものを引っ張り出してはページをめくり
「これじゃない」とか言いながら、
片付けが面倒になるから、見たらしまい、
次のを引っこ抜いてパラパラ斜め読みして、
また、しまい……なんて格闘を
本棚の前にあぐらをかいて
1時間ほどしてました。

そんだけやりゃ、見つかります。

あったあった。
『今昔続百鬼 雲』でした。

そのあと、
検索したって同じように手間はかかるだろうと思い、
さわりだけやって「ほらね、やっぱり」と
ほくそ笑みたいがために、
多々良勝五郎の名を打ち込んだら、
0.32秒で見つかりました。
これからは、まず検索します。

で、この『今昔百鬼拾遺 河童』。

やっぱ、オモロイです。
多々良勝五郎先生、登場します。





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2019年7月2日火曜日

『善く死ぬための身体論』(内田樹/成瀬雅春)読みました。


ミュージシャンの佐野元春さんの
インタビュー記事を書いた友だちが、
こんなこと言っていました。

「佐野さんって、やっぱ普通とは違うよ。
 テープ起こししただけで
 そのまま原稿になっちゃうんだから」

当然のことながら、
話し言葉と書き言葉は違います。

テープ起こしの作業は、
話した言葉をそのままテキストにするだけ。

だから、通常は、
その作業をしただけでは、
雑誌などに載せる書き言葉としては使えない。

文章で読ませるための
体裁を整えなきゃいけないし、
なによりリズムというかテキストとしての
格好良さみたいなものを、
バリ取り加工のようにして
形づくっていくものです。

ぼくなどは、その加工をやり過ぎてしまい、
原文をそのまま訳すんじゃなく
突き抜けた意訳に走る
シドニー・シェルダン本の「超訳」みたいに、
取材した人の話した内容から
エッセンスだけ抜き出して、
意味は同じだけど、
一言もそうは言ってない文言で
文章をつくっちゃうこともある。

でも、それやるとき、悩むんです。
いいのかなって。

だから、佐野さんの話を聞いたときには、
その友だちのライターが
うらやましくなりました。

で、この『善く死ぬための身体論』。

対談した内容をまとめた本でした。
一読して感じたのは、
「こりゃ、テープ起こしのままじゃないだろうな」
いいのかな……いいんですよね。
うーん、いいんですよね。





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2019年6月27日木曜日

『へろへろ』(鹿子裕文)読みました。


半年ほど前、
筋トレをしていてこけてしまい、
右側のこめかみ部分をジムの床に
思い切りぶつけたことがありました。

それから2〜3時間すると
右目の周りが紫色に変色してきて、
まるで試合後のボクサーか、
マンガで描かれる喧嘩したあとの人
みたいになっていました。

そんな顔の有り様は滅多にないので、
すかさずスマホで自撮。
撮ったときは、
飲み会の席なんかでそれを見せ、
みんなを笑わせようと思ってました。

目論見通り、数週間後に
知った顔ばかりが集まる宴会があり、
「そんな感じで、あんなふうに、
 こうやってぶつかったんだぜぇ〜」と、
少し前のスギちゃんのように、
どやどやと自慢したんです。
(そのときはもうアザは消えてます)

そのあと、自撮りの証拠写真を見せました。
すると、みんな顔をしかめ、
「わー可哀想」
「痛かったでしょう」
「もう大丈夫なの?」
など一斉に、ぼくを慰め始めたんです。

ぼくは一人
「えっ、なんでみんな笑わないんだろう」
とキョトンとしてました。

で、この『へろへろ』。

前回の『蜜蜂と遠雷』同様、
文庫で買い直しの再読。
ここに登場する人たちなら、
ぼくの自撮り画像をきっと笑ってくれます。





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2019年6月25日火曜日

『蜜蜂と遠雷(上)』(恩田陸)読みました。


3つある日常の読書時間のうち、
真ん中に位置する帰宅時のバス車中は、
およそ25分間です。

(ちなみに、
 1日の最初に迎える昼休み読書は、
 お弁当を食べながらの約1時間、
 3番目の就寝前は
 結構幅があって10分から1時間。
 とはいえ、この就寝前は、
 本を開いて1ページ目の途中で
 眠りに落ちる1分未満のこともあり)

そしてこのバスの読書時間は
3つのうち一番変動が少なく、
普通なら10分間くらいしか前後しません。

ぼくの使っている路線バスは、
帰りの時間帯だと、
だいたい10分に1本あるので、

バス停についてすぐ乗車できる
ラッキータイミングであれば20分で、

そこにたどり着く数歩前にドアが閉じ
「あっ、行っちゃった」の
パターンだと30分になる。

(この「行っちゃった」パターンは、
 ぼくにとってアンラッキーではなく、
 どちらかというとラッキーに入ります。
 それだけたくさん読めるので)

今まで、たいていの本は、
この平均25分の間に、
20ページ前後読み進む感じでした。

でも、この前読んだ『ザ・スタンド』は、
さくさくめくれると感じたときでも
20ページには届きませんでした。
ほとんど10ページちょっとのスローペース。
だって、小さい文字で
びっちしつまっていたんですもの。

で、この『蜜蜂と遠雷(上)』。

文庫が出たので、買い直しての再読。
再読ってこともあるのでしょうが、
バス車中で読んで、
常に30ページは進んでました。
だけでなく!
50ページという異常記録も出現。
こういう本好きです。





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2019年6月20日木曜日

『心霊電流(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


おおざっぱに言えば
「思いつくまま」書き進めていくのが、
スティーヴン・キングさんの
物語のつくり方だそうです。

少し前に文庫になった『小説作法』
(『書くことについて』だったかな。
 まあ、どっちかです)もしくは、
『死の舞踏』に書いてありました。

最初にプロットをかためて、
その設計図に従って話を展開していく
というやり方じゃない。

なんとなくの筋は頭にあるけど、
あとは登場人物が勝手に動き、
話の中の物事の流れが向かうまま、
文字に起こしていく。

向こう側の人を呼び出して憑依させ
語らせるイタコのような作法です。

で、そのイタコ書きでストーリーを
つくっていくと、始める前に
なんとなく考えていた結末にはならず、
「あ、そういうラストなんだ」
と本人が驚くような
締めくくりになったりする。

そうなると、
著者ではあるんだけど、
1文字ずつ出来上がっていく本の
一番最初の読者でもある。
それって楽しいだろうなって思います。

で、この『心霊電流(下)』。

上巻から下巻の途中までは登場人物たちが、
「うんうん、勝手に動いてる」と思いました。

ただ結末は、
キングさんが書き始めに想定していたものから
変わってないだろうな、と感じた次第。





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2019年6月18日火曜日

『手のひらの京』(綿矢りさ)読みました。


前回、エクセルでつけている
読了本リストの話をしたので、
今回もそれ関連でいきます。

その昔、
映画の学校に通っていたころは
映画ノートをつけている友だちが
何人かいました。

ぼくはつけていなかったけど、
聞くところによると、
ノートに記す項目は、鑑賞日、劇場、
タイトル、監督名、出演者、スタッフ
というのが多かった。

感想を書いておく人もいたようですが、
少数派だったような気がします。
それすると、
文章をつづるのが面倒になってきて、
続かなくなるからやめたり、
感想を載せると恥ずかしくて
人に見せられなくなるなるから
書かないってことだったような…。

んで、
今ぼくがつけている読了本リストの項目は、
通し番号、読んだ月(面倒なので日付は省略)、
タイトル、作者名、5段階評価の5つです。

その5項目に今、
追加を検討しているのが「どこで読んだか」。
映画ノート対応させるとすれば「劇場」でしょうか。

とはいえ選択肢は3つだけで
「昼休み」「バス車中」「就寝前」です。
読む環境によって
評価が変わるかどうか統計しようかなと、
考えたり考えなかったり。

で、この『手のひらの京』。

この本を読んだのは「昼休み」。
そして項目の追加は、
やっぱ必要ないなと思いました。
こういう本ばかりなら、
「バス車中」でも「就寝前」でも、
面白さは変わらずにのめり込めるだろうと感じたから。





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2019年6月13日木曜日

『心霊電流(上)』(スティーヴン・キング)読みました。


今つけているエクセルの読了本リストは、
1年ごとシートに分けてあり、
始まりは2010年になっていました。

もっと前から同じような読書ノートを
つくっていた気がするんですが、
どっかにいっちゃったようです。

今、何となくそのエクセルのシートを
めくっていたのですが、読了本の数が
100冊を超えるようになったのは
7年前の2012年からだと気づきました。

エクセルをつけはじめて2年目。
2010年が93冊で、2011年は74冊、
3年目だから頑張ろうと思ったんでしょうかね。

どころがどっこいしょ。
3年目から続いていた3桁の記録が、
去年途切れました。
89冊。あと11冊足りない…。

是が非でも達成したい人生の夢ではないし、
これだけは達成しないと
地球が温暖化してみんな茹だっちゃうという
二酸化炭素の削減目標でもないので、

しゃっちょこばって、どげんかせんといかんと
わめかなくてもいいんですが、
まあ、3桁に復活できたら、
なんとなくは気分がいいように思えます。

で、この『心霊電流(上)』。

前回も書いたけど、連チャンのキング本でも、
楽しめてスイスイ読めました(まだ上巻だけど)。

こんな作品ばかりだったら、
3桁は楽勝です。
6月に入った今、41冊目。





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2019年6月11日火曜日

『ザ・スタンド(5)』(スティーヴン・キング)読みました。


仕事が始まる前に「朝ドラ」観て、
同じNHKつながりの大河ドラマも
毎週なんとなく目を通し、
そして平日も何曜日かに連続ドラマ
(昔は金8が花形って
 いわれていたような気がするけど、
 今は月9なんでしょうか)
を1つ楽しみにしている人なら、
3つのお話を並行して
鑑賞してることになる。

その中でいうなら、ぼくは
家族に付き合っての大河ドラマだけで、
テレビはほかにニュースか
夕食時にたまたま流れている番組しか
観ないけど、

本なら3つの物語を
並行して読んでます。

ここで、もう何度も紹介しているように、
会社の昼休み、
帰宅時のバス車中、
就寝前の3カ所で、それぞれ違う本。

同じ1冊をずっと持ち歩き、
読了してから次って感じで
やっていたその昔、
読書途中の本を会社に置き忘れ、
バス車中でとても退屈な時間を
過ごさざるを得なくなり、
さらに就寝前の
眠気を誘うページめくり作業が
できなくなったとき、
「ああ、もうダメ。違うの読む」
がきっかけでした。

とはいえ、
その3冊はなるべく違うジャンルにしたい。
似た話だと、
脳内整理能力が未発達のぼくは、
この本とその本とあの本の
ストーリーが交差しまくって
三つ編みのようになってしまうからです。

で、この『スタンド(5)』。

同時に読み始めてしまったのが
同じスティーヴン・キングさんの作品
(次回、感想書きます)でした。

それでも
危惧していた三つ編み状態にはならず、
どちらもどっぷり楽しめました。





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2019年6月6日木曜日

『シーソーモンスター』(伊坂幸太郎)読みました。


この前ツイッターにも
ちらっと書いたんですが、
近くのモノがぼやけて、
焦点が合わない年ごろになっています。

まあ、
最近始まったことじゃなく、
もうずいぶん長いお付き合いになっていて、
「老眼」という無粋な呼び方を
するのもアレなので、

ぼくは彼のことを
「ソフトフォーカス君」
と呼んでいます。

愛称がつくと
付き合い方も工夫するようで、
前は、そのぼやけ具合を嫌って
本なんかを持つ手を
遠くにやったり近づけたりして、
なんとかピントを合わせようと
していたのですが、

改称したころから、
手の曲げ伸ばしはやめ、
ソフトなフォーカスのまま、
読んじゃうことにしたんです。

画数の多い漢字や
その横につくルビなどは、
黒いホコリのように見えて
正確な判読は無理なんですが、
そこは前後の文脈から想像しちゃう。

ときには、想像がたくましすぎて、
行を飛ばしても
自分なりに内容がくみ取れちゃう。
文字がぼやけたまま
自分の想像力で乗り切る読書も
なかなか味なもんです。

で、この『シーソーモンスター』。

ソフトフォーカス君と一緒に読んでいたら、
いつの間にか登場人物が
一人いなくなっていました。
飛ばした行の中にいたんだろうな。
息子のスパイはどうなったんだっけ?




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2019年6月4日火曜日

『ダンジョンクライシス日本』(緋色優希)読みました。


ウルトラマンで覚えているのは、
どっかの異星人に十字架にかけられて、
もう絶対勝てるわけがない、
どうしようってシーン
(セブンかも?)だったし、

デビルマンでは、
敵からの攻撃で負傷して、
その痛みがひどすぎ
身体が動かないって場面で、
自分で自分の身体を
傷つけちゃうシーンだったし、
(自傷すれば、
 それまでの痛みは忘れられる)

巨人の星なら、
消える魔球の仕掛けを
解き明かした花形だか左門だかが、
バッターボックスに立つ前に、
ホーベースのところにわざと転んで倒れ、
球で砂が巻き上がらないように地面を固めて、
それじゃもう消えないじゃん
ってシーンだったし、

……ということで、面白かったのは、
完璧な力を持ったスーパーヒーローが、
弱っちいヤツらを
バッタバッタとなぎ倒すのではなく、

次から次へと障害が現れて、
いやーもう、そんなことされたら
負けちゃうよってストーリーなのでした。

で、この『ダンジョンクライシス日本』。

主人公はスーパーヒーローのようです。
どんなものが出てきても負けるとは思えません。





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2019年5月30日木曜日

『今昔百鬼拾遺 鬼』(京極夏彦)読みました。


だいぶ前ですが、
パソコンソフトのエクセルの解説本が
とても売れていると、
あっちこっちの出版社の人たちが言い、
「だからつくってよ」と
そっちこっちの編集の人に頼まれて、
どどーっと続けて
つくっていた時期がありました。

でも、その一番最初のときは、
実はぼく、
エクセルなんて触ったことがなく、
見よう見まねでマニュアルを読み、
ネットをぐるぐるして、
締切をにらみつつ嫌な汗をたらしながら、
なんとか1冊にまとめたもんです。

そうやって、
ぐーんとわりと深くまで
一つのことを掘り下げていくと、
次の本は、
すんなり切り口を変えてつくれちゃう。

とはいえ2冊目くらいでは、
まだまだネットぐるぐるなんかして、
とんでもなく時間をかけて
探っていましたけどね。

そう考えると、一旦何かのテーマを
わからないながらも、
コツコツほじほじして身につけた気になると、
最初の一つの仕事だけじゃなく、
もっとつくりたいって思うようになる。

つーか、もったいないから、
覚えたことを使い回したい
という貧乏性みたいなものか。

で、この『今昔百鬼拾遺 鬼』。

少し前に読んだ同じ京極さんの
『ヒトごろし』は、新選組の土方歳三の話で、
その土方エピソードが使い回されていました。
そうはいっても普通の作家には
とっても真似できないような、
華麗なやり方でしたけど。見習いたい。





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2019年5月21日火曜日

『ウイルスの意味論』(山内一也)読みました。


星新一さんのショートショートに
こんな話がありました。

(と、ぼくのしょぼい脳みそに
 インプットされているのですが、
 もしかしたら星新一さんの
 作品じゃなかったかもしれません。
 題名も覚えていないし、
 ひょっとしたら
 ショートショートでもなくて、
 長編の物語とか、
 テレビで観たマンガとか、
 そんな可能性もあります。
 間違っていたら、ごめんなさい。
 それにカッコ書きの中に
 こんなに長い文章を入れ込んで
 ごめんなさい)

世紀の大天才といわれる博士が、
人類のためにどうしても必要な機械を
つくると言い出しました。

どんな機械なのかは、
きっと誰も理解できないから、
内容は明かさない。

とはいえそれまでの功績から、
生活が一新するほど
役に立つ機械であると
みんな信じている。

つくるには、
とんでもなく膨大な費用が
かかるけど、その予算は、
なんと、国が用意してくれる
までになった。

……ほんで、人類が滅亡して数千年後。

今は砂漠になってしまった場所で、
地下からカプセルが出現してきた。

地上に出ると、
上部がパカッと割れて、
拡声器状の機械がにょきっと顔を出し、
悲しげなメロディを1曲流した。

大天才の博士がつくった機械は、
人類がいなくなったあと、
人類に贈る音楽を奏でるものだった。

で、この『ウイルスの意味論』。

ウイルスって、
大天才の博士がつくったのかもしれない。
なんて思っちゃいました。





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2019年5月16日木曜日

『カッコーの歌』(フランシス・ハーディング)読みました。


集中力がついていきたのか、
脳の機能がおとろえて
マルチな処理ができなくなり
1つのことだけしかできないように
なっているのか、

原因はよくわかりませんが、
ここ数年、周りで雑音がしていても、
読んでいる本の内容が
すすっと頭に入ってくるように
なった気がします。

昔は、喫茶店に入って
本を読もうと思っても、
そこにかかっているBGMが気になって、
目で追っている文章の内容が
すこんすこんと
耳穴から抜けていくようで、
ページをめくる手は
ほとんど停滞していました。

人が話しているラジオなんかが
流れていたら、もっとダメで、
本の文字は文字じゃなく
意味をなさい模様に
見えてきちゃいます。

隣の席で話している会話の声が
大きかったりしたら、読書は諦めます。

ところが最近は
そうしたジャマーたちの威力が
貧弱になっている気がして、
読書がスムーズに
できるようになっている。

あ、歳をとって耳が遠くなったとか。
いや、そういうわけでも
なさそうですけどね、
自己健康診断の結果からすると。

で、この『カッコーの歌』。

雑音減退で読書集中の流れの中、
それって単に勘違いなかって
思わせたのが、この本でした。
少しの雑音でも、内容が
まったく頭に入ってきませんでした。
なんでだろ。





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2019年5月14日火曜日

『ザ・スタンド(4)』(スティーヴン・キング)読みました。


カップ麺とか缶詰とか
何日かストックできる飲食品が
残っていたとき、
賞味期限の切れそうな古いモノから
食べていきますよね、普通。

まあ、ぼくもそうです。

賞味期限がない消耗品、
例えばティッシュとか
トイレットペーパーなんかも、
そんなに厳密じゃないけど、
最近のものはあと、
昔に仕入れたものを先って感じに、
買った順で使用しています。

それに習って、実は
本も同じようにしているんです。

未読本スペースを
勝手に想定して本棚の一角を決め、
新しく買ったものは一番左側に差し込み、
押し出されるようになる
右側の本から読んでいく。

でも、その順番が
時々イレギラーすることがあります。
それは同じ著者の作品を
続けたくないと思うから。

連続じゃなく1冊でもいいから
他の作品を挟んで、
なんとなく新鮮な気持ちで次にいきたい。

で、この『ザ・スタンド(4)』。

長編で分冊されているのは、
もちろん続けて読みます。
でも、ずっと前からストックしている
キングさんの新刊は、もうちょい後にしたい。
スタンド全5巻、やっと残り1冊になりました。





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2019年5月10日金曜日

『交流のしくみ』(森本雅之)読みました。


今はもうやらなくなったけど、
昔はよくやってました
ロールプレイングゲーム。

ゼルダの冒険とかマザーとか、
ファイナルファンタジーはやらなかったけど、
ミスト(RPGの分類なのかわからないけど)は
ハマりました。

このゲームっていうメディアは、
小説や映画を越えるエンタメだなんて思った。

けど、やっぱ時間がかかるから、
いつのまにか離れちゃいました。
生活に余裕ができたら、
いつか再開したいです。

RPGがすごいなって思ったのは、
そこに行ってもただ無駄なだけの
ルートがあったこと。

弱い怪獣とか倒しながら力をつけて、
武器や謎解きのアイテムなんかを
揃えなきゃたどり着けない場所があって、
その扉を開いてみると、まったく何もなし。
次の道にいくヒントさえない。

そんな意地悪コースがたくさんありました。

「うわっ、これって人生そのものじゃん」
なんて、目に涙を浮かべながら、
感心していたもんです。

で、この『交流のしくみ』。

電気には直流と交流があって、
交流ってのは便利だけど、
なんだか、神様がつくった
意地悪コースのように思えてきました。




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2019年5月8日水曜日

『ロビンソン・クルーソー』(デフォー)読みました。


何回か前に、
『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』
って本のところで、
なんだか人類滅亡がマイブームに
なっているような気がしますって書きました。

その本と並行して
スティーヴン・キングさんの
滅亡設定本(『ザ・スタンド』)を読んでいて
偶然にテーマが被っていたからです。
(ちなみに、キング本はまだ読み終えてません。
 5巻もある長編なので。今は4巻の中程)

そのとき時間とスペースの関係で
書けなかったことがあるんです。

それは、
この地球にただ一人生き残ったら、
ぼくならどうするか。

いやいや、
どうするもこうするもなくて、
人類の皆さんが残していってくれた
コンビニやらスーパーやらデパートやらで、
欲しいものを欲しいだけ消費して、

話し相手はいなけど、
のんべんだらりと暮らしていくだけです。

でもね。
そんな生活を思い浮かべたら、
一つだけ心配になったんです。

……お風呂のこと。

たぶん、そんときには
電気もガスも通じなくなってるだろうから、
ちゃぷちゃぷできない。

なので、
滅亡時には温泉の湧き出ている場所にいき、
やっぱりのんべんだりすることに決めました。

で、この『ロビンソン・クルーソー』。

なぜこの本を読もうと思ったのか
もう忘れたけど、やはり孤独に暮らすネタ。
滅亡ブームなのかな。滅亡はやだけど。





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2019年4月25日木曜日

『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』 (辻村深月)読みました。


前回もそうだったんですが、
誰が誰に向けて言ったことなのか
忘れているけれど、
内容は覚えているセリフ。
それ、引用したいと思います。

覚えている内容から察するに、
ベテランのライターさんの説いた、
ぺーぺーのライターさんに向けた
言葉のようです。

もしかしたら、
学校で先生に言われたこと、
もしくは、
講演会とかで壇上でしゃべっていた
どっかの先生の言葉かもしれません。

前置きはそれくらいにして
そのセリフがこれ(↓)

「物書きの仕事を続けていくなら、
 キャリアの中のどこかの時点で、
 量だけをこなす時期がないとダメ。
 それまでやっていた仕事量の
 2倍や3倍くらい原稿を書く。
 1、2年はそうした期間を持つべきだ。
 その間はクオリティも気にせず、
 ただ量を増やすことだけを考える。
 つまりは書きなぐる」

ぼくは、この教えみたいなものを、
自分から意識してやったことは
ありません。

ビビリなぼくは、
クオリティを落とすことは
すなわち
仕事がもらえなくなってしまうこと
だと考えているので、
そんな恐ろしいことはできず、

「これ以上請けたら、
 どれもこれもやっつけ仕事になっちゃう」
と思ったときには、

「申し訳ありませんが、今は手一杯で…」
と依頼をお断りしちゃうんです。

よくよく考えると、断るほうが
仕事のもらえなくなる可能性は高いのかな…。
だから、
そのベテランだか、先生だかは、
ありがたい教えを説いていたのか。

で、この『小説 映画ドラえもん のび太の月面探索記』。

そういう時期にできた作品なのかな
と感じました。





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2019年4月23日火曜日

『東京の子』(藤井太洋)読みました。


今回は「人物はおらんなぁ」という
嘆きの言葉から書き始めようと
思ったんですが、

そのセリフが出ていたもとの本が、
誰の書いた何という書籍だったか、
まるっきり忘れちゃいました。

セリフを発した人物は
幕末に名を馳せた山岡鉄舟って
人だってのは覚えていて、
当時幕臣で活躍した勝海舟と
高橋泥舟の2人と合わせ
「幕末の三舟」と呼ばれ、
周りから一目置かれていたことも
覚えているんです。

でも、書籍名は忘れた。
ごめんなさい。

ということで、
「人物はおらん」について。

辞書によると、「人物」は、
〈1〉人間。ひと
〈2〉性格、人柄
〈3〉人柄・能力などのすぐれた人

となっていて、
ここで山岡さんが「おらん」と嘆いたのは
当然〈3〉を意味します。

「どいつもこいつも大したことない」
「本当に尊敬できる真から凄いと思える奴など
 どこにもいない」
と山岡鉄舟はぼやいていたようです。
(書名も忘れたぼくの記憶によれば)

さっきも出た勝やら、
竜馬やら西郷やらと渡り合った人物の嘆きとは
思えないような気がします。
ホントはみんな大したことなかったのかも
しれないですね。

で、この『東京の子』。

現実にはいなくても、
フィクションでならばつくっちゃえる。
物語の中には「人物」って呼べる人が
たくさん登場してました。





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2019年4月18日木曜日

『ザ・スタンド(3)』(スティーヴン・キング)読みました。


もう何度も言っていますが、
ぼくは、朝会社に行くときに
ランニングで通っています。

距離は約6キロなので、
マラソン選手並みに1キロ3分で走れれば、
さぶろく18分で到着することになります。

ゴールは会社ではなく、
シャワーが使えるジムで、
その開館時間は朝7時。

7時に合わせるには、
6時42分に家をスタートすればいい。

でも、ぼくはマラソン選手ではないので、
1キロ3分は無理です。

ランニングアプリで測った
スピードは平均7分30秒。
信号や踏み切りにひっかかると8分になる。

……えーっと、
ぼくは走ることにだけに意義がある
と思っています。

スピードを速くすることには
何の魅力も感じてない。
(ないんですよ、ホントに。
 いや、ちょっとは速いほうがいいかなって
 思うこともたまにある。うん、ある)

なので、ぼくが密かに目指しているのは、
ジムの開館時間ぴったりに
その門前に到着することです。

1キロ8分であれば、
ろくは48分かかることになり、
すると家を6時12分に出ればいい。

それでね。
最近、その7時どんぴしゃゴールが
続いてるんですわ。
ペース配分ができるほど、
走りに慣れてきたってことだと、
自分では解釈しています。

で、この『ザ・スタンド(3)』。

なぜか読む速度が遅いんです。
濃いんです内容が。
スティーヴン・キングさんには
まだ慣れていないってことでしょうか。





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2019年4月16日火曜日

『てらこや青正義 師匠、走る』(今村翔吾)読みました。


ノートとかメモとかは見ないで
パッと出てくるのは、
京極夏彦さん、
村上春樹さん、
森見登美彦さん
の3人でしょうかね。

デビューした時分から面白いなと思い、
ほとんど途切れなく
新しい作品が出るたびに読んでるのは。

一番最初の作品から、
微妙に変わっていく
(もしくは変わらない)作風を
感じながら2作目、3作目……最新作と
読み継いでます。

同じ時代の流れに生きて、
リアルタイムにその人の
仕事の積み重ねを
感じさせてもらえるのって、
なんかいいですよね。

山田風太郎さんや
スティーブン・キングさんとかの
作品もかなり読んでるけど、
生まれた年代が違うので、
リアルタイムに追うのは
物理的に無理だし。
(山田風太郎さんは故人だし)

デビュー作じゃなく
何作も刊行されてから、
やっと気づいて読み始め、
途中からだけど
新作が待ち遠しくなった
伊坂幸太郎さんなんかもいるし。

そういうのとは逆に
最初の3作目くらいまでは
「おっ、これはいけるかも」
って思えた人でも、
その後に続いた作品で、
だんだん離れちゃった人は結構いるし。

で、この『てらこや青義堂 師匠、走る』。

著者の今村翔吾さんの作品、
デビュー作から読んでます。
森見さんとか京極さんとかみたいに
なるかもって期待してます。
面白かったです。





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2019年4月11日木曜日

『美女と竹林のアンソロジー』(森見登美彦ほか)読みました。


就職情報誌だったと思うんですが、
その編集担当の人から聞いた話を
ときおり思い出します。

編集さんが過去に仕事を依頼した
ライターさんの話です。

最初にそのライターさんに
発注したときは、
予算が潤沢に使える企画だったそうです。

だから、ギャラは、
相場よりも少し高く支払うことができた。

納品されてきた原稿は、
のぞみ通りの仕上がりで、
依頼するときは初めてのライターさん
だからと少し不安があったけれど、
思い切って頼んでよかったと
思ったそうです。

なので、それほど間を置かず、
次の仕事も依頼した。

でも、その企画は前とは違い、
ギチギチの予算で、
ギャラもかなり少額だったとか。

それでも何とか
やってもらったんだけれど、
上がってきた原稿は、
前回とは月とすっぽん。

とんでもなく
クオリティが低かったといいます。

1行に1つの誤字脱字。
文法も滅茶苦茶で、文意が通らない。
直してもらう時間的余裕もなく、
泣く泣く編集さんが修正したと
ぼやいてました。

あとでそのライターさんのことを
同業の仲間に聞くと、
「そうそう、あのライターさん、
 ギャラによってクオリティ、変わるんだよ」
と言われたんだとか。

で、この『美女と竹林のアンソロジー』。

あ、また読んだ本とは関係ない話で、
文字埋めちゃいました。すんません。

いずれにしてもそのライターさん、
クオリティを器用に上げ下げできるのは、
それはそれで、すごい才能だと思います。





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2019年4月9日火曜日

『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』(ルイス・ダートネル)読みました。


ぼくは、昼休み、移動中、就寝前に
3つの違う本を並行読みしてる節操なしで、

今、そのうちの1冊に
スティーヴン・キングさんの
『ザ・スタンド』って作品が入っています。
(分厚い全5巻シリーズで
 なかなか読み終わらない……現在3巻目)

本はたいてい
新刊の本屋さんで仕入れるんですが、
このキング本は、
ブックオフで格安5巻セットを見つけ
衝動買いしたものです。

ウイスルがパンデミックしちゃった
世界の話だとは聞いていて、
ぼくは病原菌と闘う人の物語なんだと
勝手に思ってました。

でも読んでみると、
それはあくまで〈設定〉で、
本筋は、
病気で人類のほとんどが滅亡したあとに、
生き残った1パーセントくらいの人たちの
あれやこれやの話なのでした。

人がほとんどいなくなっちゃったら、
電気もこなくなるし、
病気したら病院にもいけないよなって感じ。

で、この『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』。
 
どういうわけかキング本と
〈設定〉がシンクロしてて、
人類がほとんどいなくなったら、
どうするかって本でした。
狙ったからそうなったんじゃなく、
偶然の設定シンクロ。
人類に滅亡してほしくはないんですけど。




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2019年4月4日木曜日

『私が殺した少女』(原尞)読みました。


去年、
十何年ぶりにシリーズ新作が出て、
すぐ読んで、
「わー、やっぱ面白い」って思い、
過去の作品を読み返そうと
デビュー作に目を通したのが、
ひと月ほど前でした。

そして2つ目の読み返し本が、
この『私が殺した少女』です。

ネットによると、
刊行されたのはもう30年前になる。

だって作中の世の中では、
携帯電話が登場しないのもちろん、
公衆電話も主流は
10円玉専用なんですから。

主人公の探偵・沢崎が、
テレフォンカードで利用する
公衆電話を見て、
「そんなもん使えるか」みたいな感じで
新しい社会の流れに嫌悪感を抱いてる。

ハードボイルドというか、
頑固というか、キャラが
「ボギー、あんたの時代は良かった」
なんです。

で、その部分読んだとき
「あ、そういえば、新作でも同じだ」
と思い出しました。

30年たった今、
主人公の探偵は携帯電話を持っていない。
物語の中で、ホームレスの人が
携帯を使っているのを見て、
「私は、彼らより社会に適合していない」
みたいに自嘲してました。

あと30年たって、
もし新作が出たら(無理かな…)、
探偵は何を持たないでいるのか、
知りたいな。




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2019年4月2日火曜日

『ザ・スタンド(Ⅱ)』(スティーヴン・キング)読みました。


文章を書いていて、
違う言葉で言い換えたいと思ったとき、
よく使うのが、
「日本語シソーラス 連想類語辞典」
ってサイトです。

単語などを入力して
検索ボタンをポチッとすると、
類語や関連語、連想される言葉が
ずらーっと表示される。

今回、検索したのは「孤独」でした。

表示されたのは、
「一人ぼっち/腑抜けのよう/抜け殻のように/
 茫然自失/意欲がわかない/疲労/
 うつろな気持ち/寄る辺のなさ/打ちひしがれる/
 穴があいたような/やりきれなさ…」
などなどネガティブワードのオンパレード。

それ見てぼくは
「何か違うんじゃないの?」
って思ったんです。

だから「孤独」を辞書で引いてみた。

そこには
「頼りになる人や心の通じあう人がなく、
 ひとりぼっちで、さびしい・こと(さま)」
って書いてありました。

そうか、〈さびしい〉の意味があるから、
ネガティブになるのは当たり前なんですね。

そこでもう一度、連想類語サイトに戻り、
「ひとり」で検索してみました。

すると
「拘束されない/一匹狼/一国一城のあるじ/
 群れがきらい/アンチヒーロー/なびかない/
 枠に収まらない/自尊心…」。

ほーほー、それです。
ぼくがイメージしてたのは。

ひょっとして、
孤独になること、じゃなかった、
ひとりになることを、
それほどさびしいと思わないのは、
ぼくだけなのでしょうか。

で、この『ザ・スタンド(Ⅱ)』。

登場人物たちを突き動かすのは
「一人ぼっち」はイヤだという心のようです。
その状況に置かれたら、ぼくもそうなるのかな。





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2019年3月28日木曜日

『理科系の作文技術』(木下是雄)読みました。


「牛丼は松屋よりも
 吉野家のほうがおいしいと思う」
と高校時代から意見が一致している
友だちがおりまして、

そのコンセンサス具合は
五十歳を過ぎた今でも
変わらないのですが、

数年前、
やはり牛丼に関する意見交換の席で、
その友だちと
少しばかり主張の食い違ったことが
ありました。

そのころぼくは、
吉野家の牛丼の味が
落ちたと感じていたんです。
(今はそんなふうに
 感じなくなったところをみると、
 たぶん自分の体調的なものとか
 精神的なものとか、つまりは
 個人的一時的、味覚の変調が
 原因だったんだと思います)

「昔より、まずくなった気がする」
というぼくの発言に、彼は、

「そんなことない、
 牛丼一筋八十年の味は、
 昔も今も変わらない。
 豚丼をやったり、
 定食を加えたりといった
 メニューが一筋じゃなくなっただけだ」
と反論しました。

さらに、
「そう感じるのは、
 お前の生活が飽食になって、
 その舌も身体も
 ぶよぶよになっているからに相違ない」と。

その時代がかった物言いに、
ぼくはなぜか
素直に納得してしまったのでした。

で、この『理科系の作文技術』。

5回か6回目の再読。
これまで「美味しい」と思っていたのに、
今回はなぜか味が落ちたように思えてきて、
……たぶん自分のせい。





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2019年3月26日火曜日

『ザ・スタンド(Ⅰ)』(スティーヴン・キング)読みました。


毎朝6キロの道のりを
ラニング通勤しています。
始めたのはあの震災の年だったので、
もうかれこれ8年以上。

スタートから2、3年たった頃に、
スマホのランニングアプリを使い始め、
走った距離を積算したりしてます。
(もうすぐなんと4000キロ)

スマホはリュックの肩ベルトに
専用ポーチみたいなのをくくりつけ、
その中に押し込んでる。

それをね。
腕時計型の端末に変えようかな、
なんて思ってるんです。

スマホだと、
走っている途中に操作が必要になると
肩ベルトのとこから
引っ張り出さなきゃいけないし、

操作するには危ないから
止まって画面を見なきゃいけないし。
腕時計型なら、
もっと簡単なのかなって思って。

んで、そうなると、
スマホ操作が面倒だからと
敬遠していたイヤホンもつけたくなる。

でも、耳を塞いだら
自動車の来る音が聞こえなくなるので、
周囲の音も聞こえるような
骨伝導のヤツがいいなって。

そうやってだんだんと
いろんなゴテゴテグッズが増えてきて、
本当はパンツいっちょくらいの
軽装備で走りたいのに、
重量級の武器を抱えた軍人みたいに
なっていくような気がします。

身軽がいいのか、
ゴテゴテに囲まれて
あれこれ他の楽しみも一杯がいいのか、
悩んでいるところなんです。

で、この『ザ・スタンド(Ⅰ)』。

とてもパンツいっちょの軽装じゃありません。
本筋ストーリーに、
あれもこれものゴテゴテてんこ盛り。
やっぱ、時計端末からはじめて
あれもこれもに囲まれて走ろうかな。





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2019年3月19日火曜日

『伯爵夫人』(蓮実重彦)読みました。


何回か前に、
ドラえもんに登場するキャラクターを使った
たとえ話を書いた気がするんですが、
えーっと……
自分で書いたのに忘れちゃってるので、
前の分をひっくり返してみます。 

──ひっくり返しの間──

あ、ありました、ありました。
『ゲームの王国(下)』のとき。

「じらす」は、相手を意図的に
イライラさせるという意味の言葉で、
ならば、
わざとじゃない行為で
人を苛立たせたときは、
なんていうんだろうって疑問。

「じらす」行為や、わざとじゃない行為を、
のび太やスネ夫を使って例示したんでした。

なぜ、それを言い出したかというと、
その例示を読んだ人が、
もしドラえもんを知らなかったら
…って考えたんです。

どんなキャラなのか知っているから、
それなりに内容を把握でき、面白がれもする。

でも、ドラえもんが何者であるのか、
マンガであることさえ知らない人だったら、
頭の中はクエスチョンマークで
山積みされちゃうだろうな、と。

で、この『伯爵夫人』。

面白かったです。
ただ、ぼくがドラえもんだけじゃなく、
文学や映画などの古典的名作を
もっと知っていれば、
数倍面白がれたんだろうなって思うんです。
勉強不足。でもエロさは好きです。





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2019年3月12日火曜日

『人体はこうしてつくられる』(ジェイミー・A・デイヴィス)読みました。


前回の小説『ひゃっか』のところで、
本を読む速度について書きました。

そんとき、
「そうだ『数学ガール』のことを
 例に挙げよう」
と途中までは思っていたのですが、
なんやかんや文字を並べているうち、
その話題の入るスペースが
なくなっちゃいました。

なので、
ここに無理矢理押し込んじゃいます。

『数学ガール』は、
だいぶ前に読んだ小説です。
結城浩さんって人のベストセラー。

その本を、
読むのに時間がかかる
「ぼく的代表例」にしようと思ったんです。

細かい内容はすっかり忘れちゃったけど、
面白かったのは覚えてる。
もひとつ、時間がかかったのも覚えている。

だって、数式が出てきたんです。
高校時代、
数学の授業=睡眠時間だったぼくには、
まるで宇宙人の書いた文字列でした。

Σ(シグマ)の上に5が乗ってて、
下にはk=1、右にはakとかって書いてある。

すると、
前のほうに出てきたその数式の意味を
もう一度読み直し、
「そうかそうか、
 kに1から5までを入れ込んで、
 それを合計すると」
とかつぶやきながら、
計算機なぞを叩いたりする。
そりゃ、時間かかるわ。
でも、面白かったんですね。その本。

で、この『人体はこうしてつくられる』。

時間かかりました。
専門用語的な言葉がてんこ盛りで、
行きつ戻りつしながらでしたので。
でも、面白かったんですね。この本。





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2019年3月7日木曜日

『ひゃっか!』(今村翔吾)読みました。


ページ数も同じで
文字の詰まり具合もだいたい一緒の本でも、
読み終えるまでにかかる時間は、
それぞれ違うんですよね。

内容が違うから当たり前なのかなあ、
でも、目で追う文字の数には
変わりはないから、
同じ速度で目線を動かしていれば、
読了時間も同じになるはずで。

ってことは、
本によって目線移動速度が違うのか。

いや、まあそれもあるけど、
目線が進むのは頭で理解できたからで、
文字を追っても何を言っているか
わからん状態だと、前の文章に戻ったり、
難しい言葉で立ち止まったりしながら
脳みそ内の整理をするんで、
つまりは理解速度の違いかな、だろうな。

「本を読むのが好きです」とか言うと、
「じゃあ、分厚くて、ちっちゃな活字が
 ぎっちり詰まった感じの本が好きでしょ」
といわれることがよくあります。

いや、ぼくはそうじゃなく、
スッスすっすとページをめくれるような、
文字スカスカのほうが好きなんです。

目線移動速度、理解速度が
速いほうがいい。

普段も落ち着きがなく、
ふらふら動き回っているので、
じっくり動かず、
黙考って感じになるのが苦手なようです。

で、この『ひゃっか!』。

すらすらスススーって読めました。
著者の今村さんは
時代物をたくさん書いているけど、
こういう現代青春モノも結構いけます。
こっち方面、もっと読んでみたいな。





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2019年3月5日火曜日

『公正的戦闘規範』(藤井太洋)読みました。


今『理科系の作文技術』という本を
読んでいます。

再読です。というか何度目か
わからないくらいの読み返しです。

そんなに読んでるのに、
ぼくの頭に入っている事柄は
ホントに少なくて、
毎回初体験みたいに、
勉強させられてます。

今回、「ああそうだよな」と
思ったのは以下の部分。

引用すると、
「書くことに慣れていない人は、
 誰が読むのかを考えずに
 書きはじめるきらいがある。
 (中略)
 読者が誰であり、
 その読者はどれだけの予備知識を
 もっているか、またその文書に
 何を期待し、要求するだろうかを、
 十分に考慮しなければならない」

仕事で、他の人の書いた文章に
手を入れるとき、よく感じていたことを
ズバッと示してくれました。

でも、小説の場合、
どの層を読者対象にするかって、
難しいとこですよね。

で、この『公正的戦闘規範』。

流し読み的にやっつけちゃうと、
ついて行けないところが約6割。
注意深く読解しても3割はこぼれる。
どうやらぼくは、
この本の想定読者対象には
未熟すぎるようです。





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2019年2月28日木曜日

『ミスター・メルセデス(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


「この小間使いの話はいつまで続くんやろ」
というメールが
万城目学さんから送られ来たと、
森見登美彦さんのブログに書いてありました。

人気作家同士が昔の名作を読んで
感想を述べ合う雑誌か何かの
対談企画があったようで、
題材になったのが
ブロンテの『嵐が丘』。

題材の古典を読んでいる途中で、
万城目さんがぼやき、メールを送った。

ぼくも『嵐が丘』は読んでいないのですが、
たぶん、その小間使いは、
ストーリーの本筋にはそれほど深くは
関係していなくて、それなのに、
その人の過去の人生とかの描写が
延々と続いていたんでしょう。

ありますよね、そういうの。
特に名作っていわれる古典に
多いような気がします。
昔の読者は、
そういう寄り道が好きだったんでしょうか。

で、この『ミスター・メルセデス(下)』。

あります、あります。あちこちに寄り道。
キングさんはほとんどの作品で、
本筋からそれた寄り道があるようで、
そのうろうろ加減がぼくは結構好きです。
少なくとも誰かに
「いつまで続くんやろ」と書いたメールは
送らないと思います。





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2019年2月26日火曜日

『夏の戻り船 くらまし屋稼業』(今村翔吾)読みました。


ぼくは昔、映画学校に通っていて
その1年のとき短編映画の
製作実習がありました。

進め方は、
→ 学生が一人ずつ脚本を書いてくる
→ その中から良い作品を選ぶ
→ 選ばれた作品をプロの監督のもとで撮る、
という流れでした。

脚本は指定された3本ほどの小説の中から
好きなモノを原作にして、
それぞれ仕上げるてくるようにとの指示でした。

ぼくは確か赤川次郎さんの小説を
ベースとして選んだように記憶しています。

でも、そのままやるのではつまらないから、
もう一つ別の作品とミックスしちゃえば、
いいんではないかと考えたんです。

そこに、ぱっと浮かんだのが、
映画『スティング』でした。

ロバート・レッドフォードと
ポール・ニューマンの
あの格好良い姿が忘れられなかった。

赤川さんのベースの物語は、
(実はよく覚えてないけど)
自殺するとか、殺されちゃうとかが、
クライマックスになっていた。

その盛り上がりはまま使って、
「あーあ、死んじゃった」ってあとに、
いやいや「実は生きてます」としたんです。
『スティング』のオチ通りに。

これ、自分では、なかなかの出来だと
思ったんですけど、みんなには不評でした。
「なんだよお前、パクリじゃん」って。

で、この『夏の戻り船 くらまし屋稼業』。

いろんな名作のいろんな名場面が
てんこ盛りされている感じでした。
そうだよな、
組み合わせるのは1つだけじゃなく、
もっとたくさんにすれば良かったんだ。




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2019年2月21日木曜日

『ナバロンの要塞』(アリステア・マクリーン)読みました。


本は読み終わりエクセルでつけている
読了本リストには、書名と作者名を
入力したけれど、このブログは
まだ書いていない。

そんな本が何冊かたまって、
「早くやっとかないと、
 ストーリーも忘れちゃう」
と焦っているときは、
仕事がドタバタしているとか、
それなりに理由があるもので、
頭の中もかなり
ぐちゃぐちゃ状態なのです。

だから、この文章を書き始めようと
ソフトを起動する前、
血迷った脳内では、
1つ前に仕上げた
『ゲームの王国(下)』についての
文章をまとめていたんです。
頭の中でね。

「よし、あの本を読むきっかけは、
 山本周五郎賞の受賞作だったからって
 出だしにしよう。
 そんでもって、周五郎賞は
 今までほとんどアタリで、
 森見登美彦さんも伊坂幸太郎さんも、
 船戸与一さんだって、この賞で知って
 ほかの作品も読むようになったんだ。
 
 でもでも、ハズレがないこともない。
 それは読んだときの体調とか、好みとか、
 いろいろ理由があるから仕方ない、

 って構成にしよう」と。

でも、ソフトを立ち上げてみると、
『ゲームの王国(下)』のところは、
もう文字が埋まっていたのでした。
自分で書いたのになぜ忘れる!

で、この『ナバロンの要塞』。

なので、何も考えてませんでした。
まあまあだったってことで。




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2019年2月19日火曜日

『ゲームの王国(下)』(小川哲)読みました。


辞書で「じらす」を引くと
〈相手がいらいらするようにさせる。
 いらだたせる。〉
とありました。

ということは、
スネ夫とのび太がいたとして、
スネ夫が意図的に
のび太へ意地悪するのと同じような
意味ですよね。

のび太に
「タケコプター返してよ」と言われて、
「うるせーな、ほらっ」と目の前に出し、
渡すと見せかけて、引っ込める。

それだけで、
のび太が泣きそうな顔すると
「あ、ごめんごめん」と、
も一度差し出し、
おずおずとのび太が受け取ろうとすると、
また引っ込める。

まさしく「じらす」です。

それなら、
スネ夫が意図的じゃない場合は
何て言うんでしょう。

ちゃんと渡そうとしたときに、
突風が吹いてきて落としちゃう、
のび太が受け取る寸前に
ジャイアンが来て奪い取っちゃう。

このときにのび太は「じれる」けど、
スネ夫は「じらす」わけじゃない。
そのスネ夫の行為を表す言葉って
ありますかね。

で、この『ゲームの王国(下)』。

たぶん著者さんは、
読者をじらす意図はないんだと思います。
でもぼくは、結構じれちゃいました。






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2019年2月15日金曜日

『ミスター・メルセデス(上)』(スティーヴン・キング)読みました。


自動車の助手席の前に
小物入れがあるでしょ。

クルマのマニュアルとか車検証とかを
よく入れておく場所です。

あの小物入れの名前って、
みんな知っているんでしょうか。

ぼくは自動車の板金屋さんの
家に生まれ、親父の仕事を
少し手伝っていたこともあるんですが、
それでもその名称を知りませんでした。

もったいぶるのも何なので、
いっちゃうと「グラブコンパートメント」
もしくは「グラブボックス」だそうです。

ネットによると
語源は「手袋入れ」だそうで、
グラブ(グローブ)を入れる箱って
感じでしょうか。

それが語源といわれても「なんでや」と
首をかしげたくなる気もしますが、
パソコンの画面に文句を言っても
何も答えてくれなかったので、
よしとしましょう。

で、この『ミスター・メルセデス(上)』。

出てきたんですグラブコンパートメント。
前回読んだときには(あ、再読なんです)
前後の文脈から、
ぼんやり自分を納得させちゃったんですが、
今回はちゃんと調べました。

ふーん、
知らない言葉ってたくさんあるんだな。
下巻でもそんな言葉見つけます。





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2019年2月13日水曜日

『ゲームの王国(上)』(小川哲)読みました。


高校時代の仲間が集まった会
(メンバーは五十代が大半)で、

当時の恩師(ぼくは直接教わったことは
ないのですが)も来てくれました。
その先生がこんなこと言ってたんです。

「生徒たちと接していると、
 日本語が変わっていくのを
 ライブで実感できるんだよ。
 例えば、きくち君たちの世代は、
 〈大丈夫です〉って言葉を
 〈不要です〉の意味で使わないでしょ。
 
 それが十数年くらい前からかな、
 普通に〈要らない〉を示す単語として
 使うようになった。
 ぐれたヤツとか、内気なヤツとか関係なく、
 みんな同じようにね。
 それが当たり前の日本語になってるんだ。
 面白なって思うよね」

ふむふむ。

確かに、ファミレスとかで
ウェイトレスさんが
コーヒーサーバーを持ちながら客席に来て
「お替わりいかがですか?」とか言ったとき、
少し前までは若者の答えに
違和感を覚えてたわ。

おいおい「大丈夫です」
って違うだろって。

でも、今はコンビニで
レジ袋が不要なおねーちゃんが
「袋、大丈夫でーす」とか言っても、
そのイケイケボディにニヤニヤはしても、
言葉に引っかかることはなくなったわ。

変わっていくんですね。ことば。

で、この『ゲームの王国(上)』。

ありました、ありました。
「大丈夫」。
ウィキペデアによると
著者さんは1986年生まれ。
三十代の前半ですね。
変わっていくんですね。ことば。





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