2011年11月30日水曜日

『幽霊人命救助隊』(高野 和明)読みました。

処理に困っている産業廃棄物を有効利用して、
新たな製品をつくる会社に取材したことがあります。

ぼくは、その話を聞いて、
とても世の中の役に立つことだから、
みんな大賛成で、事業はスムーズに進むものだと思い、
取材中「へえーすごいですね!」
「みんな喜びますよ!」
みたいな反応を繰り返していたんです。

すると、その会社の人は、
ぼくのことをたしなめました。

「自分たちがいいと思っていることでも、
悪いと感じる人は必ずいます。
悪いとまではいわなくても、
ある人たちにとって都合が良くない場合はたくさんある。
みんなが諸手を挙げて、
“それいい!”と言ってくれることのほうが少ない。
というより、みんなが賛成するものなんて、
現実には、ないのかもしれません」

うん。この人すごいなって思いました。
普通、こんな取材のときは、
「自分のやっていることは間違いない。
ねっ、素晴らしいでしょう」って言い張るのに、
この人は違う。誠実なんだな、きっと。

一つの側面だけ見て、物事を判断すると、
間違っちゃうことがある。
でも、まったくモレのないように、
全部の側面を検討することもできない。
だから、自分が絶対とは言い切れないんだよと
教えてくれた気がしました。

とはいえ──。
文章書いたり、物語つくったりするときには、
決め打ちで進めなきゃいけない場面もあります。
取材してきた範囲の中で断定しなきゃいけないことも、
自分の中にある知識だけでキーボードを
ペコペコ打たなきゃいけないときもあります。
特定の側面だけを覗いて書いた文章ですね。
んで、そんな文章を、反対の側面の事情通が読むと、
とっても浅く感じちゃう。

まあ、浅く感じさせないように、
手を変え品を変え、見え方を工夫するのが、
ぼくの仕事なんでけどね。

で、この『幽霊人命救助隊』。

申し訳ないんですが、浅く感じてしまいました。
物語を裏付ける特定の側面の物事に対して、
ぼくがたまたま知っていた反対の側面の事情みたいなものが
見え隠れしてしまったんです。
ぼくはいい読者じゃあ、ありません。
だって物語は、決してつまらなくはないんですから。

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2011年11月28日月曜日

『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』(山田奨治)読みました。

話題になっているホームページの
紹介記事をつくっていたことがあります。
たしか雑誌に載せる記事でした。

紹介するホームページを閲覧して
文章で概要をまとめ、
写真スペースには画面ショットを
載せるって体裁です。

こういう記事をつくるときには、
そのホームページを公開している個人なり企業なりに、
事前に「雑誌に紹介記事を載せてもいいでしょうか」って
お伺いをたてます。いわゆる許諾ですね。
文章だけの紹介記事なら問題はないと思うんですが、
画面ショットを載せるとなると、
ホームページ制作者の作品を
そのまま載せることになるので、
やっぱ許可が必要になるんです。

その仕事をしているとき、
「おっ、やるな」と思ったホームページがありました。
どんなページだったか、内容はすっかり忘れちゃったんですが、
覚えているのは、
「許諾するな」みたいなことが書かれてあった点です。

人気のあるホームページで、
リンクをはりたいとか、紹介記事を書きたいとか、
そんな申し込みが、きっとたくさんあったんでしょう。
その申し込みにいちいち対応してるのが
面倒だったのかもしれません。

そのページに書かれてあったのは、
「リンクしようが、紹介しようが、
画面ショットを載せようが、まったくOK」って内容でした。

さらには、文章も画像も勝手にコピーしてもいいし、
作者の名前も出しても出さなくても何でも結構と。
もうひとつさらに、許諾のメールなんか送ってきたら、
そんなヤツには許諾しないので、
何も言わずに勝手に使うヤツだけに、使わせてやる、
ってなことまで書かれていました。

ぼくも基本的には、
このホームページ作者と同じような考えを持っています。
ぼくが個人的につくった文章やイラストなんかは、
誰がどう使おうがOKです……って、使いたい人はいないか。

んで、一回でいいから、
著作権の縛りがない世界にならないかなぁなんて思ってたんです。

で、この『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』。
ぼくみたいな考えは、あながち間違いじゃないかも、
って感じさせてくれました。

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2011年11月16日水曜日

『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ)読みました。

本をつくる仕事をしていると、
仕事とは関係なく普通に読書しているときにも、
ヘンなところで疑問を感じてしまうことがあります。

例えば、難しい漢字につける読み仮名のルビ。
同じ単語なのに今読んだところはルビが振ってあって、
その5行後にはついてない。
そんなときは「紙面がうるさくなるから、
初出の部分だけルビを振って、
そのあとは付けないようにしているんだな」なんて、
内容とは関係ないことを考えてしまいます。
と、自分勝手に判断して読み進めていると、
その30ページくらい後で、また同じ単語にルビがある。
そうなると
「あれ? またルビが振ってある。
初出だけに付けるルールじゃなかったの」
と、これまた本の内容とは関係ないトコに
疑問を感じてしまう。

そんな細かなことが気になり出すと、
本の内容理解がとてもおぼつかなくなってしまいます。
ちなみに、今いったルビの件は、
その後、ベテランの校正者さんに聞いたところ、
「30ページ間が空いたら再度ルビを振る」
ってルールもあるようで、
そのルールは出版社独自のものや、
著者または編集者の好みだけの問題もあり、
統一された決まり事はないってことでした。

で、この『華氏451度』。

ぼくが本をつくるときには、たいてい漢字を使う場面で、
ひらがなが使われていたり、
難しい漢字がルビもなく、そのまま使われていたり
──そんな内容とは関係ないトコが
やたら気になっちゃった本でした。

内容がぼく仕様で、ぐいぐい行ってくれる本だと、
そんなこんまいトコは気にならないんですけどね。
つまり物語とか語り口とかが、
ぼく仕様ではなかったようですね、この本。


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2011年11月14日月曜日

早見和真『ひゃくはち』読みました。

「もう、彼女に電話するのも
なんだか面倒になってきて、
このまま自然消滅でいいかなって思ってる」
と友だちのセリフを聞いたぼくが、
「なんだよ、それ!
別れるか付き合うか、はっきりさせろよ!」
と怒鳴ったのは高校時代です。

おじさんになった今では、
絶対そんなこと言いません。
今なら「それがいいかもね」なんて、
へなへなな答えしか返さないでしょう、きっと。
でもそれは、投げやりになっているワケじゃなく
ホントに「それがいいかも」って思うからです。

高校時代には、自分のことじゃないのに
許せなかったどっちつかずの態度が、
おじさんになるまでに覚えてきた
「宙ぶらりんもそれなりに味がある」という真実に
照らされることで、
許せない→それがいいかも、
に変化してしまったんです。

で、この『ひゃくはち』。

読んでいる最中、
ぼくの頭の中がすっかり入れ替わったような気がしました。
今は、ふにゃふにゃになっているおじさん頭が、
かつての、がちがち頭に戻っているって感じです。

今、冒頭のセリフを誰かに言われたら、
あと1週間くらいは、
「別れるか付き合うか、はっきりさせろよ!」
と怒鳴ります。1週間後にはまた戻りますけど。

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早見 和真
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2011年11月9日水曜日

『サンクチュアリ』(フォークナー)読みました。

会社で一緒に働いている仲間のカンちゃんは、
とんでもなく映画好きです。
おそらく一年間で観る映画の本数は、
一年間の日数と同じくらになると思われます。

そのカンちゃんが、いつも言っているのは
「映画はエンターテインメントじゃないとダメ。
芸術とかいって、すました作品は、本当につまらない。
だって、ゴダールだって、フェリーニだって、
あれエンターテインメントでしょ」。

うん、そうです。映画って娯楽なんです。

んで、ぼくも、小説をカンちゃんと同じように考えています。
小説って、やっぱ楽しませてくれないとヤです。
それどころか小説だけじゃなくて、
本は全部エンターテインメントじゃないと
いけないんじゃないかなって思ってます。

おっと!
よく考えてみたら、
エンターテインメントがどうのこうのって、
この『サンクチュアリ』とは関係ない話でした。
でもここまで書いちゃったから、とりあえずこじつけます。

たぶん、この『サンクチュアリ』は、
カンちゃんがゴダールをエンターテインメントと呼ぶように、
読む人が読むときちんと娯楽になっているんだと思います。

でも……ぼくには、そう思えなかった。
たぶん修業が足りないんです。

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2011年11月7日月曜日

『天使と宇宙船』(フレドリック・ブラウン)読みました。

中学生のとき、ホントにむさぼるように読んでいた
星新一さんのショートショート。
今考えると何が良かったのか、
よく思い出せないですけど、とにかく読んでました。

たぶん、読解力と記憶力が普通の人より少ないぼくなので、
あの短さがフィットしたんでしょうね。
わからなくなっても、ページをめくってすぐ読み返せるし、
短いからどこに書いてあったか探す必要もない。
最初から読み返しても、手間にはなりません。
ストーリーの途中経過を忘れちゃえるほどの長さはないので、
トリ頭でも大丈夫。
ぼく用にあつらえてくれたような小説ジャンルです。

その影響を受けて、
中学校の卒業文集にショートショートを書いて、
何を勘違いしたか、その作品が先生にほめられて、
いい気になって、将来は本をつくる仕事に就きたい
なんて思ったってことは、前にも書きました。

その星新一さんの本の中に、
ショートショートを書き始めたきっかけみたいなことが
書いてある文章があったんです。
どの本のどの場所かも定かではないんですが……
もしかしたらぼくの記憶の中だけにあるものかもしれません。

そこには、
「アメリカではショートショートが流行っていて、
文学としても認められている。
自分もそれに習って書いてみようとしたのが、
そもそもの始まりだった」
みたいなことが、記してありました。ような気がします。

で、この『天使と宇宙船』。

ネットで、好評価の感想を見かけただけで、
何の予備知識もなく買ってしまったのですが、
これぞまさしく、
今は亡き星新一さんが言っていた(とぼくが思っている)
アメリカで流行ったショートショート集でした。

そうか、星新一さんは、こういう本に影響されたんだ。
そんで、ぼくは、その星新一さんの影響を受けて、
今、本をつくる仕事をしているんだ。
時代はめぐるってことですね。


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2011年11月1日火曜日

「うぐっ」てくること。

『下町ロケット』(池井戸 潤)読みました。

何の前触れもなく、「うぐっ」って、
なんかが突き上げてきて、
これって涙だと気づき、
いかんいかん、こんなトコで、
いい年したおじさんが泣いてはいかん、
と身体が自然に反応して、
必至で涙腺を引き締めるってこと、
ぼくは週のうち何回かあります。

こう書いて、思い出したのが、
娘と一緒に彼女の高校入試の
合格発表を見に行ったときのこと。

本当は互いに緊張しているのに、
緊張なんかしてないよ、
普段通りなんだからって感じを装って、
2人で電車に乗って向かった高校。
駅から高校までの道のりも、
「こんなとこまで通ったら大変だなぁ」なんて、
もう合格は決まっているようなセリフを
わざと言ったりしながら校門をくぐって、
人だかりができている掲示板の前に。

受験番号を聞いていなかったぼくは、
その人だかりの後ろのほうにいて、
泣いちゃっている子やそれを慰める子、
「やったー!」とでかい声で
叫んでいるぼくよりきっと年上の
オヤジさんの姿なんかを、ぼんやり眺めながら、
ああ絵に描いたような合格発表の様子だな、
なんて考えていました。

そんなとぼけたこと考えているぼくに、
娘が駆け寄ってきて「あった!」と言ったんです。

まさに、この瞬間でした。
「うぐっ」って、なんかが突き上げてきたのは。
そんなものがくるとは、予想もしてなかったんですけどね。

で、この『下町ロケット』。

読書中、18回ほど「うぐっ」ってきました。
さわやかですよ、この本。



下町ロケット
下町ロケット
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池井戸 潤
小学館
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