2018年12月13日木曜日

『任務の終わり(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


「こりゃ、ちょちょいのチョイで終わるな」
と思える作業が2、3個あって、
「いやいや、かなり手間がかかるな」
とビビる作業が一つどかんとあって、

そのチョチョイとビビリを全部こなして、
はじめて1個の仕事が完了する場合、

どちらを先にやるか。

ぼくが思うに、その人の性格によって、
決まったパターンがあるような
気がするのですが、違うのかな。

まず軽い方を済ませ、
次にヘビーな方にかかる人は、
いつもその〈軽→重〉方式。

逆が好きな人なら、
常時〈重→軽〉パターンになり、

それが混在することは
あまりないのかなって思う。

……のですが、実はぼく、混在なんです。

「まず重いのをやっつけよう」
と考えちゃったら
もう軽いのに手を付けるのが
とんでもなく非効率に見えて、

と思えば逆の
「軽いのまず済ませよう」
と作業しだしたら重いのは
目に入らなくなる。

その時々によって、
性格が変化してるんじゃないか
と思えます。
キャラが統一されていない。
ぶれぶれなんですよね。

で、この『任務の終わり(下)』。

ぶれないですね、キャラ。
みんな一人ひとりエッジがクッキリしてて、
日本語で書くと見分けが
つかなくなる名前(フレディとブレイディ)でも、
誰のこといってるのかすぐわかっちゃう。

おっしゃ、次は「ザ・スタンド」
読みまっせ(ブックオフで見つけた!)。





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2018年12月11日火曜日

『任務の終わり(上)』(スティーヴン・キング)読みました。


これから読み始めようとする本を
開いたとき、
まずは本文以外のところに
目を通すのがクセになってます。

目次とか、あとがきとか、解説とか、
後ろのほうに載っている「好評既刊書」とか、
間に挟んである「今月の新刊」チラシとかを
一通り読んでから、

「よっしゃ、かかってこい」
って感じで最初の1行目に向かう。

おいしいモノは最後に食べたい心理というか、
読み終わったときに
余計な情報を入れたくないわがまま心というか、
とにかく本文の周囲を片づけてから読み出すんです。

で、この『任務の終わり(上)』
(もしかしたら「下」だったかも)
の後ろのほうに載っている好評既刊書リストには
スティーヴン・キング作品が並んでいました。

そして、その文庫本リストに
『ザ・スタンド(1〜5)』があったんです。

それ、ずっと読みたくて、
新刊の本屋さんに行くたび探しているけど、
大きな本屋さんにも置いてないヤツなんです。

もう絶版なんだろうなと諦めていたけど、
ここに載っているってことは、
まだ在庫有りの可能性は大ですね。
よし、もうちょい探そ。

あ、『任務〜』も面白いです。





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2018年12月6日木曜日

『羆嵐』(吉村昭)読みました。


今この文章を書いているのは
12月3日の月曜日です。

ということは、昨日は日曜日。

世の中の一般的習慣からして
お休みの日です。

なのでぼくも会社には顔を出さず、
家でのんびり過ごしました。

いつものは5時過ぎに起床するのに、
2時間も余計にベッドですやすやして
7時過ぎに起きて、朝食を食べて、
カミさんが選んできたレンタルビデオを観て、
スーパーへの買い出しに付き合って、
昼食食べて、昼寝して、もう一回
ショッピングセンターへの買い物に行って、
少し本を読んで、風呂に入って、洗濯たたんで、
明日(というか今日というか)の用意して、
夕食食べながら「西郷どん」観て、
寝床でスティーヴン・キング読んでいるうち
うとうとしてきて、
目が覚めたら今日の朝5時になってました。

こういう何でもない日っていいですよね。

で、この『羆嵐』。

読み終わったのは、先週末。
木曜か金曜でした。
「いいなぁ」と思える何でもない日曜日に
読んでなくてよかった。

だって、クマが怖すぎるんだもの。






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2018年12月4日火曜日

『用心棒』(ディヴィッド・ゴードン)読みました。


休みの日とかに
カミさんが借りてきたレンタルビデオ
を一緒に観たりします。

何の映画を観るのかは、
画面に映像が出てきて初めて知る。

どの映画がいいのか、ぼくが選ぶと、
たぶんカミさんの趣味には
合わないものになる可能性が高いから、

お任せにして
何も口を挟まないほうが平和的だし、

事前に知らなければ
サプライズを楽しめたりするから
それでいいんです。

ほんで、
この前もサプライズがありました。

映し出されたクレジットの監督名に、
なんと、ジム・ジャームッシュって出てきた。

最近は、まったくといっていいほど、
自分では映画を観なくなってしまったけど、
映画学校に通っていて
年に200本近くも観ていた頃、
大好きだった監督なんです。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」に刺激され、
真似した作品を撮っちゃったくらい。
(あの8ミリはどこいったんでしょうか…)

でも、あの何とも眠たくなるような
カメラ固定の環境映像みたいな作品が、
カミさんの好みだとは思えません。

きっと誰かの映画評が、
間違った伝え方をしたんだと思います。

そんなわけで、ぼくはそれなりに
ジャームッシュ作品を楽しめたんですが
(作品名は「パターソン」)
やっぱ茶の間で観るのは、
どんがらガッシャン、ドッカーン、
うわうわっ、ひょえー、みたいな、
どこからどうみても
エンタメの娯楽作品のほうがいいような気がします。

で、この『用心棒』。

どこからどうみてもエンタメ。オモロイです。





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2018年11月27日火曜日

『ロックンロール・ストリップ』(木下半太)読みました。


京極夏彦さんの小説「虚言少年」は、
この感想文もどきを書くときのネタで
何度か使わせてもらっています。

だって、面白いから。

今まで、数回読み直しています。
あ、最近は再読もご無沙汰してるから、
そろそろまた読みたくなってきた。
内容もだいぶ忘れてるし。

ネタに使ったのは覚えているけど、
その中の何を引用して、
どんなふうに引き合いに出したかは
忘れました。

たぶん、今から書こうとしていることと
同じだったような気がします。
ま、いいか。

えーと、「虚言少年」は、
教訓が何もないんです。

ひょっとするとあるのかもしれないけど、
ぼくにはそれが読み取れないんです。

小学生の子どもたちが、
純粋にバカをしているだけ。

まるっきり、ぼくの子ども時代です。

例えば、鼻くそをほじり出し、
丸めて黒くなった粒を
引き出しの端にしまっておいて、

次の日とかに出た鼻くそを、
その上に被せてまた丸め、
それをどんどん大きくしていくとか。
(その本の中にある
 エピソードじゃありません。ぼくのです)

そこに生きがいを見つけるとか、
モノを大切にする心を知らしめるとか、
そんなのは何もない。
だから、好きで、
何度も同じようにネタで使っちゃう。

で、この『ロックロール・ストリップ』。

バカさ加減が非常に面白いです。
でも、教訓みたいなモノが読み取れちゃった。
それがなければ、「虚言少年」に代わる
新しいネタとして使えたのになあ。





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2018年11月22日木曜日

『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


前回、腕のしびれについて話しました。
ピロピロ程度の軽いヤツ
(重い順に、ビシビシ、ビリビリ、
 ピリピリ、ピロピロ)が、
何の前触れもなくふっと
やってくるってこと。

昔はそんなことまったくなかったんですが、
数カ月前からそんな症状が出始めたんです。

前回の「死の接吻」についての感想文では、
そういうことがあるとの報告を
しただけだったので、もしかしたら
このブログの読者(ほんの数人だろうけど)が
心配して、

「それってひょっとして、
 変な病気の前触れなんじゃないか。
 もし、くたばるんだったら、
 ちゃんと借金返してからにしろよ」

なんて叫びながら、
ここまで駆けつけてくるかもしれないと思い、
ぼくなりに推測した原因を言っておきます。
(いやいや借金はありませんよ、
 記憶にある限り)

思い起こせばそのピロピロが
始まった数カ月前って、ジムで筋トレを
やり出した時期と重なるんです。

今までだるだるだった腕に
ちょっとずつ筋肉がつき始め、
今まで誰にも邪魔されなかった血管とか
神経とかの筋が、筋肉に圧迫され、
ピロピロしびれが出るんじゃないかと。

だって正座で足がしびれるのも、
圧迫されるからでしょ。
ほら、同じじゃん。

で、この『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』。

面白さをしびれレベルで表すとビリビリでした。





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2018年11月20日火曜日

『死の接吻』(アイラ・レヴィン)読みました。


正座を続けていると、
慣れていないぼくなんかは、
すぐに足がしびれます。

でも、ほんの数分続けたときの
ソフトなしびれ感は、
それほど嫌いじゃないんです。
(長時間続けたときの
 足首以下全体の感覚がなくなるような
 ハードバーションはきついけど…)

少し強めに揉むように触ると、
しびれがわき上がってくるくらいの
レベルの話です。

気持ちいいのとは違うけど、
しびれた部分が
「ワシもお前の一部だぞ、覚えときや」
って主張しているようで。

そうかそうか、ガンバレよ。
忘れてなんかいないよと、
なでなでしてあげたくなるというか。

ほんで最近、
何もしていないのに、
腕のヒジから先の部分(前腕っていうのかな)に、
ふっとそのソフトなしびれ感がやって来るんです。

ビリビリでもなくピリピリよりも弱く、
ピロピロ程度なんですが…。
腕が主張してるんでしょうかね。

で、この『死の接吻』。

面白さはビリビリでした。
こんなしびれ感がもし前腕を襲撃してきたら、
ビックリして腕を引きちぎっちゃうかも。





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2018年11月1日木曜日

『半七捕物帳(6)』(岡本綺堂)読みました。


本を読み終わったら、
エクセルでつくっている読了本リストに
タイトルと著者名を入力して、
一覧にしています。

で、最近のエクセルは
最初の何文字かを入力すると、
以前のテキストと同じなら
チップ表示して変換の候補を
あげてくれますよね。

この本もリストに入れておこうと思い
「半七捕物帳」まで入力してみたんです。

したら「半七捕物帳(1)」から
「半七捕物帳(4)」までは表示された。
……おや?

今回読み終わったのは『半七捕物帳(6)』です。

順番に読んでいるから、
当然(5)までは読み終わっている。

だからエクセルのチップ表示も
(1)から(5)までは
出なくちゃいけないハズ。

なぜに
(4)までしか出ないで(5)がないのか。

エクセルちゃん、また不具合?

なんて疑ったけど、
やっぱマイクロソフトは間違っちゃいませんでした。

(5)を読んだのに、ぼくが入力するのを忘れてた。

んでもって、
この感想文もどきも書くのを忘れてた。
そういうの他にもまだあるのかな。

今年読んだ本はリストによれば76冊だけど、
もうちょい多そうです。





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2018年10月30日火曜日

『春はまだか くらまし屋稼業』(今村翔吾)読みました。


モノをつくった人の思いと、
そのつくられたモノを
使うなり鑑賞するなりした人の気持ちは、
食い違うのが当然です。

原稿を書くとか紙面を構成するとかいう
ぼくらの仕事でいえば、
「素晴らしい原稿です」なんて感想を
多くもらうときに限って、
「ああ、やっつけで仕事しちゃったな」
などと思っていたりする。

もちろん、その逆もあって
「今回は少し、時間がなかったですかね。
 仕方ないですよね」なんて慰め混じりに
原稿の不出来を指摘されたりするときには、
往々にして
「何日も徹夜して、うんうん唸りながら、
 目一杯の力を出し切った」と
いつになく満足な仕上がりだったと
思っていたり。

つくる人と読む人は同じじゃないんだから、
食い違うのは当たり前。

どちらが正しいのか間違っているのか
という問題じゃないんだけれども、
どっちかといえば、
できたモノを受け取った側が
(書籍で言えば読者側)
正しいと思うんですよ、
読者様は神様だと思うんですよ、
ぼくなんかは。

で、この『春はまだか くらまし屋稼業』。

えいやー!とー!
みたいな掛け声を出しながら、
超速でつくり上げた作品なんじゃないかな
って感じました。
間違っているかもしれないけど、
ぼくは一応、今回は読者の側ですから。





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2018年10月25日木曜日

『ある世捨て人の物語』(マイケル・フィンケル)読みました。


「宇宙人に会ったら
 どんな質問をしますか」
だったか、
「神様に聞きたいことを
 3つあげてください」
だったか、もしくは
「数千万年後の未来人に
 聞きたいことは何?」
だったか、
はっきりとは覚えていないのですが、
そんな感じの問いかけに対し、

「あなたは孤独なんですか?」か
「孤独に耐えられる方法を教えてください」か
「孤独は排除できますか?」とかいう答えを
した人がいました。

有名人に「こんな質問をしました」みたいな
雑誌の企画だったのかなあ。

とにかくはっきりとは覚えていないので、
こんなにだらだらと書いちゃいました。

ま、言いたかったのは、
その答えが、
ぼくにはとても変に思えたってことです。

「なんで、そんなに孤独を嫌がるんだろう」
と思ったんです。

よくよく考えるとこれまでの人生で、
本当にたった1人だけになり、
長い間その状態が続いていたことはない。

だからなんでしょうか。
孤独って、憧れのようなものでこそあれ、
排除したいとか、耐えきれないとか、
そんな否定的なものじゃない気がしてて。

で、この『ある世捨て人の物語』。

面白かったです。
ぼくが思う孤独って、
まったく次元の低いものだったようです。





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2018年10月23日火曜日

『嫌いになれない害虫図鑑』(有吉立)読みました。


自宅のマンションは、
新築から住み始めてもう十数年たちます。

それでも、
今までGくんが出現したのは2回ほど。
とはいえつい最近の2回目は、
ベランダのサッシを開けたとき、
窓枠の隅にいたのを見つけたカミさんが
大声を出したら、
とっさに外に飛び出していったので、
室内の滞在時間はほんの数秒でした。

運がいいのか、
新築だったからかわかりませんが、
頻繁に出て来ないので、
とてもありがたく思っています。

それでも、1回目のときは、
どれくらいの期間、
同居していたのかはわかりません。

テレビの上の白い壁の端っこに、
すでにもう、いたんです。
娘2人とカミさん、ぼくの
4人家族が勢揃いしているときでした。

発見したのは娘。
「うわっ、うわっ、うわっ」と
おびえ声を上げたと思ったら、
もう一人の娘とカミさんは、
すぐ彼の存在に気づき、
3人同時にリビングから飛び出していきました。

廊下につながるドアを閉め、その向こうから、

「パパー!なんとかして」

と叫んでいるんです。
ぼくがドアを開けようとしても、
向こうから押さえている模様。

ぼくとGくんは2人きりになりました。

うわーこわいよー。
でもこういうのを処理するのは父親の役目。
恐る恐る新聞紙を十数枚重ねた即席の武器で
ぼくは勇敢に戦い、5センチほどの敵を倒しました。

で、この『嫌いになれない害虫図鑑』。

「嫌いになれない」という悟りを開けるかなあ
と思い読んでみました。
うーん、まだまだ。
そんな心境に至るには、
この本1冊では足りないようです。
面白かったですけどね。






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2018年10月18日木曜日

『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』(ほしおさなえ)読みました。


不治の病にかかったうら若き乙女との
病床でのお別れの場面だとか、

愛し合う恋人同士が対立する親に
引き離されてしまうシーンだとか、

友を助けるために満身創痍になりながらも
約束の地に走って向かうメロス君だとか、

そういうお話だったら、
泣いてもいいと思います。

物語の作者は、
読者を泣かせようと考えて
ストーリーを組み立てているんだろうから。

だけど、
へそ曲がりのぼくは、
そういう予定調和のように組まれている
泣かせどころには、どうも反応が鈍いようです。

お話をつくった人の思い通りに、
泣いたり笑ったりしていけば、
小説なり映画なりは、もっと楽しめるだろうに、
やっぱりおへその曲がり方が普通じゃなくて、
変形カーブを通るときに、
曲がりきれずに泣きの感情が
どこかに飛んでいってしまうのでしょう。

なんですが。
たぶん作者もほかの読者も視聴者も、
「え?なんでソコ」ってときに、
ぼくの涙腺はゆるみます。

字数が多くなちゃったので、
ひとつだけ、今思いついた例を挙げると、

子どもたちが1日中くたくたになるまで
鬼ごっことかで遊び回り、
日が暮れかけてそれぞれの家に帰るとき
「またねー」と言う。
そのセリフに泣いたりします。

で、この『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』。

こことか、あそことか、
あちこちの場面で泣いちゃいました。
たぶんみんなが泣かないとこ。





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2018年10月16日火曜日

『宝島』(真藤順丈)読みました。


同じ作家さんの作品を
他にも読もうかなと思って、
ネットで探したところ、
「この本は面白くない」的なことが
書かれているページを見つけました。
(この『宝島』のことじゃないですよ。
 他の本についてのレビューです)

その感想ページは、冒頭に、
「ボクロソなことを記していくので
 覚悟して読んでください」
みたいな宣言があって、
突っ込みどころをいくつもあげて、
その本がいかに面白くないかを
とうとうと語っているようです。

本にしろ他のどんなものにしろ、
否定的な内容の文章を読むと、
脳みその表面にじんましんが
出てくるような気がするぼくは、
きちんと目は通さず、
速めのスクロールで、
そのページの下部までグリグリと移動させ、
締めの文章だけ読んでおくことにしました。

そこにはやはり、けなし文句があり、
同じ著者の作品も2つほど読んだけど
どれも同じようにつまらなかったと
書かれていました。

だけども、その最後の最後に、
このつまらなさをぶっ飛ばしてくれるような、
新たな作品を期待すると、
フォローの一文も入っていたんです。

で、この『宝島』。

これ読んだらきっと、
あのネットレビュアーは
「やった! ぶっ飛ばしてくれた」
って、喜ぶんじゃないかな。





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2018年10月10日水曜日

『動物学者が死ぬほど向き合った「死」の話』(ジュールズ・ハワード)読みました。


水の分子の一つひとつは、
てんでバラバラの方向に
動き回っているけどれど、
それがたくさん集まった例えば川なら、
個々はバラバラでも、
集団としては、
高い所から低い所へと動く。

バラバラなんだから、
高→低じゃなく、その逆に動く
パンクな分子もいるだろうし、
みんなを引っ張るように川下へ急速度で動く
オピニオンリーダー分子もい、
さらには横やら斜めやら、
上やら下やらのふうてん野郎もいる。

なんだけれど、
全体で見ると1つの動きになっている。

てなことを、
書名は忘れたけど、
何かの本で読んだ覚えがあります。
うーん、なんか意味深だなって思いました。

で、この『動物学者が死ぬほど向き合った「死」の話』。

水分子と同じようなことが
アリの世界にもあると、この本で知りました。
1匹1匹の働きアリは、
てんでバラバラの動きをしているんだけど、
全体としては、エサを巣に運んでいるんだとか。

えっ?面白くない?
大丈夫、まだたくさん面白いこと載ってます。この本。





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2018年10月4日木曜日

『ツナグ』(辻村深月)読みました。


メインで使っているものの他に、
1カ月に1度だけ違うパソコンを
操作しなければいけない仕事があります。

本当なら1台だけで済ませたいのに、
そのマシンを使わないとダメな
事務作業があるんです。

マックとウィンドウズの違い
ってことなので、仕方ないんです。

何でもただの1個に統一されちゃうと、
多様性がなくなって世の中いろいろと
ぎくしゃくしてくるようなので、
我慢しなきゃと思います。

でもね。
1カ月に1度しか使わないから、
その度に「システムの更新があります」とか
「アプリの自動バージョンアップをします」とかで、
その事務作業が始まらないんです。

いつも同じパソコンを使っていれば、
ちょこちょこ更新するんだろうけど、
月1回だと、それがたまっちゃって、
目一杯時間がかかる。
同じことをもう3年ほどやってます。

でもでも、それでは精神衛生上
良くないことに前回から気づき、

事務作業をする1日前に、
まずは更新だけするために
電源を入れることにしたんです。

あ、やば、本に関係無いこと、
こんなに書いちゃった。

で、この『ツナグ』。

もう8時間近くなると思います。
更新のためにそのパソコン立ち上げてから。
今、81%まで終わったという表示が出ています。
いつまでかかるんだろう。

やばやば、
この本のこと何も書いてない。
いや、一行だけ書いているか。
「で、この」とタイトル。

ま、いいか。





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