2019年3月19日火曜日

『伯爵夫人』(蓮実重彦)読みました。


何回か前に、
ドラえもんに登場するキャラクターを使った
たとえ話を書いた気がするんですが、
えーっと……
自分で書いたのに忘れちゃってるので、
前の分をひっくり返してみます。 

──ひっくり返しの間──

あ、ありました、ありました。
『ゲームの王国(下)』のとき。

「じらす」は、相手を意図的に
イライラさせるという意味の言葉で、
ならば、
わざとじゃない行為で
人を苛立たせたときは、
なんていうんだろうって疑問。

「じらす」行為や、わざとじゃない行為を、
のび太やスネ夫を使って例示したんでした。

なぜ、それを言い出したかというと、
その例示を読んだ人が、
もしドラえもんを知らなかったら
…って考えたんです。

どんなキャラなのか知っているから、
それなりに内容を把握でき、面白がれもする。

でも、ドラえもんが何者であるのか、
マンガであることさえ知らない人だったら、
頭の中はクエスチョンマークで
山積みされちゃうだろうな、と。

で、この『伯爵夫人』。

面白かったです。
ただ、ぼくがドラえもんだけじゃなく、
文学や映画などの古典的名作を
もっと知っていれば、
数倍面白がれたんだろうなって思うんです。
勉強不足。でもエロさは好きです。





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2019年3月12日火曜日

『人体はこうしてつくられる』(ジェイミー・A・デイヴィス)読みました。


前回の小説『ひゃっか』のところで、
本を読む速度について書きました。

そんとき、
「そうだ『数学ガール』のことを
 例に挙げよう」
と途中までは思っていたのですが、
なんやかんや文字を並べているうち、
その話題の入るスペースが
なくなっちゃいました。

なので、
ここに無理矢理押し込んじゃいます。

『数学ガール』は、
だいぶ前に読んだ小説です。
結城浩さんって人のベストセラー。

その本を、
読むのに時間がかかる
「ぼく的代表例」にしようと思ったんです。

細かい内容はすっかり忘れちゃったけど、
面白かったのは覚えてる。
もひとつ、時間がかかったのも覚えている。

だって、数式が出てきたんです。
高校時代、
数学の授業=睡眠時間だったぼくには、
まるで宇宙人の書いた文字列でした。

Σ(シグマ)の上に5が乗ってて、
下にはk=1、右にはakとかって書いてある。

すると、
前のほうに出てきたその数式の意味を
もう一度読み直し、
「そうかそうか、
 kに1から5までを入れ込んで、
 それを合計すると」
とかつぶやきながら、
計算機なぞを叩いたりする。
そりゃ、時間かかるわ。
でも、面白かったんですね。その本。

で、この『人体はこうしてつくられる』。

時間かかりました。
専門用語的な言葉がてんこ盛りで、
行きつ戻りつしながらでしたので。
でも、面白かったんですね。この本。





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2019年3月7日木曜日

『ひゃっか!』(今村翔吾)読みました。


ページ数も同じで
文字の詰まり具合もだいたい一緒の本でも、
読み終えるまでにかかる時間は、
それぞれ違うんですよね。

内容が違うから当たり前なのかなあ、
でも、目で追う文字の数には
変わりはないから、
同じ速度で目線を動かしていれば、
読了時間も同じになるはずで。

ってことは、
本によって目線移動速度が違うのか。

いや、まあそれもあるけど、
目線が進むのは頭で理解できたからで、
文字を追っても何を言っているか
わからん状態だと、前の文章に戻ったり、
難しい言葉で立ち止まったりしながら
脳みそ内の整理をするんで、
つまりは理解速度の違いかな、だろうな。

「本を読むのが好きです」とか言うと、
「じゃあ、分厚くて、ちっちゃな活字が
 ぎっちり詰まった感じの本が好きでしょ」
といわれることがよくあります。

いや、ぼくはそうじゃなく、
スッスすっすとページをめくれるような、
文字スカスカのほうが好きなんです。

目線移動速度、理解速度が
速いほうがいい。

普段も落ち着きがなく、
ふらふら動き回っているので、
じっくり動かず、
黙考って感じになるのが苦手なようです。

で、この『ひゃっか!』。

すらすらスススーって読めました。
著者の今村さんは
時代物をたくさん書いているけど、
こういう現代青春モノも結構いけます。
こっち方面、もっと読んでみたいな。





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2019年3月5日火曜日

『公正的戦闘規範』(藤井太洋)読みました。


今『理科系の作文技術』という本を
読んでいます。

再読です。というか何度目か
わからないくらいの読み返しです。

そんなに読んでるのに、
ぼくの頭に入っている事柄は
ホントに少なくて、
毎回初体験みたいに、
勉強させられてます。

今回、「ああそうだよな」と
思ったのは以下の部分。

引用すると、
「書くことに慣れていない人は、
 誰が読むのかを考えずに
 書きはじめるきらいがある。
 (中略)
 読者が誰であり、
 その読者はどれだけの予備知識を
 もっているか、またその文書に
 何を期待し、要求するだろうかを、
 十分に考慮しなければならない」

仕事で、他の人の書いた文章に
手を入れるとき、よく感じていたことを
ズバッと示してくれました。

でも、小説の場合、
どの層を読者対象にするかって、
難しいとこですよね。

で、この『公正的戦闘規範』。

流し読み的にやっつけちゃうと、
ついて行けないところが約6割。
注意深く読解しても3割はこぼれる。
どうやらぼくは、
この本の想定読者対象には
未熟すぎるようです。





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2019年2月28日木曜日

『ミスター・メルセデス(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


「この小間使いの話はいつまで続くんやろ」
というメールが
万城目学さんから送られ来たと、
森見登美彦さんのブログに書いてありました。

人気作家同士が昔の名作を読んで
感想を述べ合う雑誌か何かの
対談企画があったようで、
題材になったのが
ブロンテの『嵐が丘』。

題材の古典を読んでいる途中で、
万城目さんがぼやき、メールを送った。

ぼくも『嵐が丘』は読んでいないのですが、
たぶん、その小間使いは、
ストーリーの本筋にはそれほど深くは
関係していなくて、それなのに、
その人の過去の人生とかの描写が
延々と続いていたんでしょう。

ありますよね、そういうの。
特に名作っていわれる古典に
多いような気がします。
昔の読者は、
そういう寄り道が好きだったんでしょうか。

で、この『ミスター・メルセデス(下)』。

あります、あります。あちこちに寄り道。
キングさんはほとんどの作品で、
本筋からそれた寄り道があるようで、
そのうろうろ加減がぼくは結構好きです。
少なくとも誰かに
「いつまで続くんやろ」と書いたメールは
送らないと思います。





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2019年2月26日火曜日

『夏の戻り船 くらまし屋稼業』(今村翔吾)読みました。


ぼくは昔、映画学校に通っていて
その1年のとき短編映画の
製作実習がありました。

進め方は、
→ 学生が一人ずつ脚本を書いてくる
→ その中から良い作品を選ぶ
→ 選ばれた作品をプロの監督のもとで撮る、
という流れでした。

脚本は指定された3本ほどの小説の中から
好きなモノを原作にして、
それぞれ仕上げるてくるようにとの指示でした。

ぼくは確か赤川次郎さんの小説を
ベースとして選んだように記憶しています。

でも、そのままやるのではつまらないから、
もう一つ別の作品とミックスしちゃえば、
いいんではないかと考えたんです。

そこに、ぱっと浮かんだのが、
映画『スティング』でした。

ロバート・レッドフォードと
ポール・ニューマンの
あの格好良い姿が忘れられなかった。

赤川さんのベースの物語は、
(実はよく覚えてないけど)
自殺するとか、殺されちゃうとかが、
クライマックスになっていた。

その盛り上がりはまま使って、
「あーあ、死んじゃった」ってあとに、
いやいや「実は生きてます」としたんです。
『スティング』のオチ通りに。

これ、自分では、なかなかの出来だと
思ったんですけど、みんなには不評でした。
「なんだよお前、パクリじゃん」って。

で、この『夏の戻り船 くらまし屋稼業』。

いろんな名作のいろんな名場面が
てんこ盛りされている感じでした。
そうだよな、
組み合わせるのは1つだけじゃなく、
もっとたくさんにすれば良かったんだ。




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2019年2月21日木曜日

『ナバロンの要塞』(アリステア・マクリーン)読みました。


本は読み終わりエクセルでつけている
読了本リストには、書名と作者名を
入力したけれど、このブログは
まだ書いていない。

そんな本が何冊かたまって、
「早くやっとかないと、
 ストーリーも忘れちゃう」
と焦っているときは、
仕事がドタバタしているとか、
それなりに理由があるもので、
頭の中もかなり
ぐちゃぐちゃ状態なのです。

だから、この文章を書き始めようと
ソフトを起動する前、
血迷った脳内では、
1つ前に仕上げた
『ゲームの王国(下)』についての
文章をまとめていたんです。
頭の中でね。

「よし、あの本を読むきっかけは、
 山本周五郎賞の受賞作だったからって
 出だしにしよう。
 そんでもって、周五郎賞は
 今までほとんどアタリで、
 森見登美彦さんも伊坂幸太郎さんも、
 船戸与一さんだって、この賞で知って
 ほかの作品も読むようになったんだ。
 
 でもでも、ハズレがないこともない。
 それは読んだときの体調とか、好みとか、
 いろいろ理由があるから仕方ない、

 って構成にしよう」と。

でも、ソフトを立ち上げてみると、
『ゲームの王国(下)』のところは、
もう文字が埋まっていたのでした。
自分で書いたのになぜ忘れる!

で、この『ナバロンの要塞』。

なので、何も考えてませんでした。
まあまあだったってことで。




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2019年2月19日火曜日

『ゲームの王国(下)』(小川哲)読みました。


辞書で「じらす」を引くと
〈相手がいらいらするようにさせる。
 いらだたせる。〉
とありました。

ということは、
スネ夫とのび太がいたとして、
スネ夫が意図的に
のび太へ意地悪するのと同じような
意味ですよね。

のび太に
「タケコプター返してよ」と言われて、
「うるせーな、ほらっ」と目の前に出し、
渡すと見せかけて、引っ込める。

それだけで、
のび太が泣きそうな顔すると
「あ、ごめんごめん」と、
も一度差し出し、
おずおずとのび太が受け取ろうとすると、
また引っ込める。

まさしく「じらす」です。

それなら、
スネ夫が意図的じゃない場合は
何て言うんでしょう。

ちゃんと渡そうとしたときに、
突風が吹いてきて落としちゃう、
のび太が受け取る寸前に
ジャイアンが来て奪い取っちゃう。

このときにのび太は「じれる」けど、
スネ夫は「じらす」わけじゃない。
そのスネ夫の行為を表す言葉って
ありますかね。

で、この『ゲームの王国(下)』。

たぶん著者さんは、
読者をじらす意図はないんだと思います。
でもぼくは、結構じれちゃいました。






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2019年2月15日金曜日

『ミスター・メルセデス(上)』(スティーヴン・キング)読みました。


自動車の助手席の前に
小物入れがあるでしょ。

クルマのマニュアルとか車検証とかを
よく入れておく場所です。

あの小物入れの名前って、
みんな知っているんでしょうか。

ぼくは自動車の板金屋さんの
家に生まれ、親父の仕事を
少し手伝っていたこともあるんですが、
それでもその名称を知りませんでした。

もったいぶるのも何なので、
いっちゃうと「グラブコンパートメント」
もしくは「グラブボックス」だそうです。

ネットによると
語源は「手袋入れ」だそうで、
グラブ(グローブ)を入れる箱って
感じでしょうか。

それが語源といわれても「なんでや」と
首をかしげたくなる気もしますが、
パソコンの画面に文句を言っても
何も答えてくれなかったので、
よしとしましょう。

で、この『ミスター・メルセデス(上)』。

出てきたんですグラブコンパートメント。
前回読んだときには(あ、再読なんです)
前後の文脈から、
ぼんやり自分を納得させちゃったんですが、
今回はちゃんと調べました。

ふーん、
知らない言葉ってたくさんあるんだな。
下巻でもそんな言葉見つけます。





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2019年2月13日水曜日

『ゲームの王国(上)』(小川哲)読みました。


高校時代の仲間が集まった会
(メンバーは五十代が大半)で、

当時の恩師(ぼくは直接教わったことは
ないのですが)も来てくれました。
その先生がこんなこと言ってたんです。

「生徒たちと接していると、
 日本語が変わっていくのを
 ライブで実感できるんだよ。
 例えば、きくち君たちの世代は、
 〈大丈夫です〉って言葉を
 〈不要です〉の意味で使わないでしょ。
 
 それが十数年くらい前からかな、
 普通に〈要らない〉を示す単語として
 使うようになった。
 ぐれたヤツとか、内気なヤツとか関係なく、
 みんな同じようにね。
 それが当たり前の日本語になってるんだ。
 面白なって思うよね」

ふむふむ。

確かに、ファミレスとかで
ウェイトレスさんが
コーヒーサーバーを持ちながら客席に来て
「お替わりいかがですか?」とか言ったとき、
少し前までは若者の答えに
違和感を覚えてたわ。

おいおい「大丈夫です」
って違うだろって。

でも、今はコンビニで
レジ袋が不要なおねーちゃんが
「袋、大丈夫でーす」とか言っても、
そのイケイケボディにニヤニヤはしても、
言葉に引っかかることはなくなったわ。

変わっていくんですね。ことば。

で、この『ゲームの王国(上)』。

ありました、ありました。
「大丈夫」。
ウィキペデアによると
著者さんは1986年生まれ。
三十代の前半ですね。
変わっていくんですね。ことば。





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2019年2月7日木曜日

『土 地球最後のナゾ』(藤井一至)読みました。


自分が過去につくった作品を
見返したとき「幼いなあ」と
感じて恥ずかしくなるのは
いいことだと思います。

昔つくったものが
稚拙とわかるほど成長した証拠なので。

ぼくも、過去作に対して、
そんなふうに感じることは
イヤになるほどあります。

でも、それより凹むのが、
変わっていない自分を
目の当たりにすること。

文章でも紙面のデザインでも、
出来上がったときに

「おっ、これはいいんじゃない。
 なんだか新しい境地に
 達した感じがするぞ。
 やるじゃん、ぼく」

なんて思って
鼻がピノキオになりそうなとき、

なぜか本棚にヒジをぶつけて、
転がり落ちた雑誌の
パラリと開いたページに、
昔つくった記事が載っていたりして、

そこに付けられたキャッチコピーや
飾り罫の使い方、写真のレイアウトなどが、
その「やるじゃん、ぼく」作品と
寸分違わず同じだったりする。

もちろん、中身の内容は違うのに…。
いつまでたっても、嗜好は同じで
変えられないってことなんでしょか。

で、この『土 地球最後のナゾ』。

内容も読まずアマゾンの紹介文だけで、
これはオモロイ本のハズだと、
人に推薦しようとした本。

と思ったら、以前、
同じ著者の違う本をすでに薦めてた。
成長のないぼくです。





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2019年2月5日火曜日

『そして夜は甦る』(原尞)読みました。


いつもいっているように、
家は生活する場所だけで手一杯なので、
読んだ本の大半はブックオフに
ドナドナしています。

さらにいつもいっているように、
ホントに気に入った本は、
やむなく本棚に残し、
もう一回読みたくなるときに
備えています。

その〈やむなく残し本〉についても、
気合いの入ったコレクターのように
大切に丁寧に扱うわけじゃなく、
ポンポンポンと放り込んでおくだけなんです。

(とはいえ、実は最近、
 カミさんや娘の本も収納するための
 家族全員兼用の本棚を購入したので、
 ちょっとばかり整理はしたんです
 …著者名ごとに揃えるとかね。
 でも、すぐバラバラすると思います)

ほんで、
自分でもよくわからないのが、
「もう一回読みたくなる」タイミングです。

最後のページをとじた直後に、
最初のページを
めくりたくなっちゃうこともあるし、

読み終えてから何年も忘れていたのに、
ふと思い出すこともある。

同じ著者の最新作が久々に出て、
「そういえば、あの感動をも一度」
とかいって手にすることもある。

で、この『そして夜は甦る』。

半年ほど前、
十何年ぶりの新作を読んだ原尞さんの作品。
新作読んで、「あの感動をもう一度」
ってなもんで、デビュー作を再読しようと
本棚を探ってみると、

……ないんです。

絶対に〈ドナドナ〉じゃなく
〈やむなく残し〉のはずなのに……。
仕方ないので、文庫本をも一度買いました。
もうドナドナはしません。





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2019年1月31日木曜日

『RANK』(真藤順丈)読みました。


この感想文もどきを
読んでる人はたぶん

「あることないこと、
 ちょちょちょいと書いて、
 ただ流してるだけじゃん」

と感じていると思います。

まあ、たしかに大半はその通りで
「ちょちょちょい」って書いてます。

なぜか知らねど、
いつの時期からか(最初からかな)
本の内容を詳しく紹介することは
やめようと思い立ち、

そうなると、
読んだ本にちょっぴりでも関連するネタを
引っ張り込んでこないといけなくなり、

でも、きちんと一冊にまとまって
出版されている書籍の内容よりも
面白いネタなど、のんべんだらり凡々と
人生を送ってきたぼくが
自前で持っているわけはなく、

なので、
トゲもなくスベスベでもない無色透明の
どうでもいい話題を
つらつらと綴ることになり、

つまりは、
「ちょちょちょい」って
流しているんだよな、これが。

でもまあしかし、
そんな流し書きをポリシーにしていても、
たまにはネタにつまることもあるんですわ。

そういうときには、
ネットに載っている他の人の
正当な読書感想文を読んで、
参考にしようかなあと考えます。

そんなネットの海の中に
「その作家が好みかどうか判断するには
 1冊だけじゃなく、せめて2冊は読もう」
って書いてありました。

で、この『RANK』。

好みっていうのとは違うけど
前に読んだ同じ著者の『宝島』が
すごく面白かったので、
ネットのアドバイスに従い、
もう1冊読んでみました。

うーん、やっぱ好みとは違いました。





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2019年1月29日火曜日

『童の神』(今村翔吾)読みました。


恩田陸さんの『蜂蜜と遠雷』のことを
書こうと思って、さっき、
既読本リストでいつ読んだのか
探してみたら、2016年12月でした。

あらら丸2年も過ぎてる。

つい数週間前に読み終わったと
思っていたのに……。
って、
「光陰矢のごとし」について触れようと
思ったわけじゃなく、その本のこと。

というか、その本のとった賞のこと。

『蜂蜜と遠雷』は、
そのときの直木賞を受けた作品でした。

受賞作が発表になる前、
候補の5作品のうち、
ぼくはこの恩田さんの作品と、
森見登美彦さんの『夜行』の2つを
読んでいました。

森見さんの小説は好きで
全部読んでいるから、
その流れでこなしていたんです。

「全部読み」ってことは
世間的にいえばファンといえるでしょう。
でも、その身内びいきみたいな
ハンディを加えたとしても、
『蜂蜜と遠雷』のほうに1票でした。
(もちろん、ぼくが選考委員ではありませんが…。
 そんな冗談を口にするだけでもおこがましいです)
そう、結果は予想通りの順当でしたね。

で、この『童の神』。

今この文章を書いている時点では
発表されていませんが、
この作品も直木賞候補みたいです。
そしてこの前読んだ
森見さんの新作も同じく候補。
蜂蜜のときほど差はないけど、
童に1票かな。





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2019年1月24日木曜日

『熊と踊れ(下)』(アンデシュ・ルースルンド/ステファン・トゥンベリ)読みました。


会話が噛み合わないことって、
ときどきありますよね。

ぼくは自分に都合が悪い話題になると、
勘違いした振りをして、
わざとそうすることがよくあります。

あ、そうだ。
噛み合わないといえば、歯。

上と下の歯がきちんと合わさらないで、
モノがかみ砕けないイメージから、
そんな慣用句が出てきたんだと思うんですが、
今、ぼくの右の奥歯、噛み合ってないんです。

右下の親知らずがなくなっちゃったから。

なので、右の上あごについてる親知らずは、
今まで合わさっていた相手がいない。

少し前まで、
口の中の最奥にある大きな臼歯は
4本とも揃っていました。

でも問題の右下くんは、
虫歯で被せモノをしていたんです。

それが、ピーナッツを食べていたとき
取れちゃいまして、歯医者さんに行くと、
「あ、こりゃもう、抜いちゃいましょう」
ってなり、スッポンと。

だから、現在ぼくの口の中では
右奥が常に噛み合っていない。

もしかしたら、
奥のスペースが空いたからと
前の歯が徐々に移動して
多少は噛み合うようになってるのな。

で、この『熊と踊れ(下)』。

噛み合わない会話が、実におしゃれ。
とはいえ、体言止めの使い方が
ぼくにはちょっと噛み合わなかったけど。





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