2026年7月30日木曜日

『チャックの数奇な人生』(スティーヴン・キング)読みました。


実家の近所には、
ありがたい人がたくさんいて、
重たい荷物の移動とか廃棄とか、
電気系統の修繕だとかを嬉々として
手伝ってくれたりします。

とっても温かな下町的助け合い心に
支えられてはいるんですが、
その援助によりかかるには
少し重たい事案がありました。

今は使っていない小さな建物が、
ボロボロになって倒壊寸前で、
何かある前にきちんと解体しとかないと
危ない状況だったんです。

その解体作業を近所の人にお願いすれば、
きっと2つ返事でやってくれたと思います。

でも、
やっぱそんな大変な仕事を頼める図々しさはなく、
業者の人に発注して取り壊してもらいました。

で、この『チャックの数奇な人生』。

小さな建物なので解体工事は1日もかからず完了。
この本を読みながら工事が終わるのを待ってました。
ストーリーにのめり込み過ぎていて、
ハッと気がつき顔を上げたときには、
跡形もなくなっていました。

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2026年7月28日火曜日

『ゲームの王国(下)』(小川哲)読みました。


『ザ・スタンド』(スティーヴン・キング)を
読書中の友だちが、ルビなしの難読漢字がやたら出てくる
と知らせてくれたので、そうだったかなと、
本棚にある文庫版をパラパラめくったら、
ざっくり眺めたページには平易な文字しか見当たらず、
文庫だから違うのかとすぐ納得して深追いはしませんでした。

深追いしなかった理由は、眼球事情がからんでます。
なにしろ最近は、ぼけぼけしちゃって
小さなルビが判読できないんです。

それだけじゃなく、画数が多い漢字はどれも
トトロに出てくる、まっくろくろすけに見えてしまう。

仕事で使ってるリーディンググラス(老眼鏡ともいう)を
かければ見えるんですが、
普段の読書にそれを持ち出すのも面倒で、
そのまま前後の流れから判断して読み続けちゃう。

どの本も物語はきっと正確に理解できておらず、
ぼくだけの作品が頭に流れ込んでいるはずです。

で、この『ゲームの王国(下)』。

そんな感じでぎくしゃくと流れ込んできたお話でした。

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2026年7月24日金曜日

『文明怪化奇談』(荒俣宏)読みました。


もうだいぶ前になりますが、
アマゾンで出している電子書籍が、
その名の通りスマホやデジタル端末だけでなく、
簡易印刷した紙の本として発売できるようになったと
知らせを受けました。

コンテンツを提供している著者側というか
出版社側というかは特に何もしなくてよく、
アマゾン側がそこにアップされているデータを
勝手に印刷してくれて製本もしてくれて、
購入者に送ってくれるのだとか。

本といえば今までは同じ書籍を大量につくらないと
1冊の単価がとんでもなく高くなってしまうから
採算がとれないといわれていたんだけれど、
オンデマンド印刷とかいう方法で
1冊だけでも比較的安価につくれるようになったとか。

携帯にしてもパソコンモニターにしても
長い文章を画面で読むのが苦手なもんで、
そういうサービスが出てくれると助かる気がするけど、
まだためしたことないんですわ。
読書の方法うんぬんをいう前に、
ネット通販自体が苦手なもんで。
まずはその克服からかな。

で、この『文明怪化奇談』。

帝都物語が紙の本で読みたくて探しているけど、
見つからないから同じ著者さんの
新しく出た本を読みました。
帝都を探す意欲、ちょびっと減退したような気がしました。

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2026年7月22日水曜日

『カウンセリングとは何か』(東畑開人)読みました。


人里離れた山奥にこもって
……と書く前に
「人里離れた」は、いかにも紋切り型の表現だから、
使い古されていない面白い言い方にしたほうがよくないか、
と頭の中がぐつぐつしてきて、

「ポツンと一軒家ってテレビ番組があるけど、
 あそこに出てくる場所よりも
 もっとぜんぜんひと気がない」とか
「熊や猪さえ出そうもない静まり返った森の中」とか、
いろいろ浮かんでは却下してたら、

いつの間にか指が勝手に動いて、
モニターに「人里離れた」の文字が表示されてて、
それ見ると、
これまでの人生で
この言葉を何かの文章に書いた覚えはないぞ、初体験なんじゃね、
とたぶん海馬あたりの
言い訳を作成するニューロンネットワークが作用したもんだから、
まいいか、とそのままにしました。

でもそのままだと、
読んだ人がステレオタイプの言葉しか持たぬ哀れなヤツと思って、
かわいそうだから施しをしてあげようなどと考えて
金品が送られてきても困るので、
そのままにした経緯を説明したらこんなに長くなっちゃいました。

言いたかったのは、
その人里離れた山奥で、
何年も人に会うこともなく修行を続けていたお坊さんが、
あまりに孤独なもんだから、
幽霊でもいいから話し相手が欲しいと望んだこと。
孤独ってそんなに耐えられないものなのかなと疑問に感じたこと。

で、この『カウンセリングとは何か』。

いい本だと思います。
それと、孤独はいかんものってのが前提なんだなと思いました。

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2026年7月14日火曜日

『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅴ〜扉子と謎めく夏〜』(三上延)読みました。


うちの本棚をさぐってみたら、
マンガは数える程しかありませんでした。
残っていたのは何かの資料にするため買った
文庫の『天才バカボン』1・2巻と大友克洋作品。

たしか大友作品は映画学校時代にはまって、
『童夢』をごくごく飲み込んで、
『AKIRA』をがつがつ消化してから、
これは永久保存でしょとつぶやきつつ
仕舞い込んだ記憶があります。

出版されてすぐ買ったはずだから
どちらもたぶん初版本です。

だけども、
今回のちょこっと探索作業で出てきたのは
『気分はもう戦争』と『ハイウェイスター』の2つだけ。

奥付を見たら2つとも初版ではありませんでした。

きっと、『童夢』『AKIRA』だけでは飽き足らず、
他も読みたくなり、しばらく後に手に入れたものでしょう。
ま、とにかく、
最初の2冊がなぜ見当たらないのか不思議なんです。

で、この『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅴ〜扉子と謎めく夏〜』。

初版の『童夢』が結構な価値があると、この本で知りました。
もう少し真剣に探します。
そんな情報を教えてくれたビブリアシリーズは
最初から読み続けてます。高いクオリティがずっと維持されてて
今回もそれが続いてて、うれしかったです。

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2026年7月9日木曜日

『スプラッシュマンション』(畠山健二)読みました。


前回書いた『暗黒の瞬間』のときは、
久しぶりに面白かった翻訳ミステリなんだけど、
ニコに至らずともクスってくらいは
笑える要素が入ってると嬉しいのにな、
などと、ないものねだりをしてました。

つくる側がユーモアシーンを組み込むに
どんだけ苦労するかわかっているつもりだけども、

こっちとら、
涼しい部屋で寝っ転がって目で文字を追ってるだけなんで、
ついつい贅沢言っちゃうんです。
(だからこそ贅沢を言っちゃいかんだろとも思います)

ほんでもって、その暗黒本を本棚にしまって、よし次だ、
と手を伸ばす先の積ん読本コーナーには
本屋さんから仕入れてきたばかりの
4冊の真新しい未読書籍が並んでいました。

いずれも何かしらの興味があって入手したものだから、
どれから始めてもいいんですが、そこはやっぱり、
この前足りなかったものがちょぴっとでも入ってるやつがいい。
炭水化物と脂質とタンパク質っていう
最低必要な三大栄養素は十分摂取した気がするけど、
どうも体調が今ひとつなんで
ビタミンとミネラルを補うべきでしょ、みたいな。

4つの作品は、『文明怪化奇談』(荒俣宏)、
『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅴ』(三上延)、
『チャックの数奇な人生』(スティーヴン・キング)。

 と、この『スプラッシュ マンション』。

ほかの3冊はまだ手をつけてないけど、
たぶんこの選択が最良だったと思います。

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2026年6月30日火曜日

『暗黒の瞬間』(エリーザ・ホーフェン)読みました。


いまだ続けてるジョギング通勤では
キツさを和らげるため、交差点に差し掛かると、
なるべく赤信号で止まれるようスピードを調整します。

そうすれば休めるので。
(完全に止まると次の走り出しがしんどいから足踏みして)

歩行者用の青表示が点滅しようものなら、
渡りかけた横断歩道も後戻りして足踏み。

この前、
その踏み踏みひょこひょこ休憩をしている隣に、
赤ちゃんを抱っこした、おじいちゃんらしき人が
並んで信号待ちしてました。

首は座っていたけど、
まだ1才にはなっていないだろう、きっと女の子。
おじいちゃんは、
とってつけたような真新しい抱っこひもに、
おどおどした感じの手を添えています。

ちょっと引きつった表情で孫(たぶん)をあやす
おじいちゃんをよそに、赤ちゃんがくるっと頭を回し、
ひょこひょこ休憩しているぼくのほうを見ました。

そしてこっちに目を止めた瞬間、笑ったんです。

赤ちゃんなので大人みたいなワハハハ声じゃありませんが、
キャキャキャみたいな高音で、手足をバタバタさせて。

ひょこひょこの動きが滑稽だったのか、
走りでヘロヘロなげっそり顔がおかしかったのか、
何が笑いのツボを刺激したのかわからないけど、
とにかく笑顔になった。

そのニコニコが、おじいちゃんとぼくに伝染して、
なんかほんわかしたんだとさ。

で、この『暗黒の瞬間』。

面白かったです。面白かっただけにもう一声。
キャキャキャでもいいし、クスッでもいいから
あと5、6カ所くらい笑えるというか、
ユーモアチックなとこがあったら、
迷いなく好みレベル5つ星をつけます。

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2026年6月25日木曜日

『ゲームの王国(上)』(小川哲)読みました。


段落分けの改行がほとんどなく、
ときには1つのパラグラフが数ページも続く
文字ぎっしりの本が好きって人がいます。

1文ごと改行的な下半分が白紙状態の書物だと、
何だか損をしたような気になるとか。

ぼくは逆に、その白紙感が好きというか、
さくさくとページをめくれる感じが心地よくて、
どちらかといえば、スカスカなほうがいいな。

とはいえそれも一概にはいえなくて、
たぶん次回に登場する『暗黒の瞬間』という
翻訳物ミステリは、分けるとすれば
文字ぎっしり系なんだけど、
すかすか系の感覚で読み進められて、
「いやーこれも好きだわ」と感じました。

結局のところ、その語り口というか文体というかが、
自分好みかどうかってとこなんでしょうか。

で、この『ゲームの王国(上)』。

ぎっしり系でページめくりスピードはのっそりでした。

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2026年6月18日木曜日

『人はなぜ記憶するのか』(チャラン・ランガナス)読みました。


パソコンに入っているやつとか、
ネットにあるサービスとかで
言葉の意味を調べるんじゃなくて、

本になっている辞書を使うほうがいい
と勧める人は、よくこんな理由をあげています。

「ほかの言葉に目移りするから」

検索窓に用語を入れてエンターを押したら、
その項目だけが表示される。
それでは目移りはできません。

でも辞書だったら、
目的ページの中に直接関係ない、
そのタイミングではどうでもいいウンチクが
ちっちゃい文字でごまんと並べられている。

「犀利(さいり)」って何さと調べたら、
少し右側の「美人の形容に用いられる」って文が目に入り、
ほー「細腰」って書いて「さいよう」か、
なんて感心してから元に戻り、

犀利ってのが「頭の働きが鋭いこと」と知識を得る。
(そしてすぐ忘れちゃう。むしろ「細腰」を覚えてる)

とはいうものの、言葉の解説画面ではなく、
ネット検索窓の周囲には、広告とかニュースとか
余計なものがたくさんあり、調べる前段階の目移りはできる。

そんなのをクリックして飛んでみれば、
そっちの情報に興味はどっぷり移って、
最初に何を調べようとしていたのか失念することができます。

で、この『人はなぜ記憶するか』。

そんな直前のことの物忘れも人の能力のうちなんだとか。

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2026年6月16日火曜日

『野獣死すべし』(大藪春彦)読みました。


2つ前の『百億の昼と千億の夜』では、
中学生のとき買った文庫本を
ずっと保管していたといいました。
いや、あえて保管していたというより、
なぜかしらねど残っていたって書いてたかな。

でも、よくよく記憶をたどってみると、
この本には思い出があったんです。

物語にはインド神話とか仏教経典に出てくる
阿修羅が主要キャクターとして登場し、
巻末にはその解説が載ってます。

その解説文を、
今風にいえばコピペして「修学旅行文集」の作文で
提出しちゃったんです。まあ、そのままじゃなく、
語尾を「と思いました」みたいに変えてですが。

奈良の興福寺にある阿修羅像見学の感想として書いたら、
あろうことか国語の先生にベタ褒めされて、
すんごく申し訳ない気分になったという思い出です。

で、この『野獣死すべし』。

中学、高校と進んで、次に行ったのは映画学校。
そこではシナリオ作成の課題があって、
学生ごとにプロの脚本家が1人指導についてくれました。
その初回の面談のとき
「『野獣死すべし』みたいなものを書きたい」
と先生に言いました。そんで苦笑されました。
って思い出があるのに、なぜか『百億〜』のように
当時の文庫本は残ってませんでした。
だから新しく買って読み直しました。
残さなかった理由が見えた気がしました。

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2026年6月11日木曜日

『宇宙は「もつれ」でできている』(ルイーザ・ギルダー)読みました。


こんな面白い生き物がいるよ的な話とか、
そんなあんなの激動の環境を乗り越えて
どうやって今の形になったとかの進化の話とか、
それらしきうんちくが並べらている本はわりと好きで、
そっち系のキャッチーなタイトルがついている書籍があると、
いつの間にか目を通していたりします。

専門家じゃないんで、
その関連本を網羅的に押さえられるわけもなく、
これまでせいぜい10冊程度こなしただけなんですが、
そこにはなぜか虫に関する内容がまったく出てなかったんです。

でも去年、虫だけに特化した本を見つけ、
おのれの脳内ミッシングリンクを埋め合わせることができました。
(ポンコツ記憶力のお陰で、知識の全体が消え失せているので、
 ミッシングができる土台もありませんが)

と、長い前振りを終えて、最初に言おうとしたこと。
虫のいる世界では、彼らの周りの空気は
人の感じているものより、もっと粘っているらしいんです。

人間は大きいから空気の中にある分子とかを
それほど感じなくて済むけど、虫はちっちゃいから、
相対的に分子は大きく、抵抗が強くなる。
ぼくらが水の中にいるような感じでしょうか。

ほへー。人間の大きさの自分には、
虫のことはわからんのだな、と思って。

でっかい宇宙のことや、ちっちゃい素粒子のことなんか、
わからなくて当然だな、と思って。

で、この『宇宙は「もつれ」でできている』。

読んでもわからないこと半分、
わかったような気になったこと半分って感じでした。

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2026年6月9日火曜日

『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)読みました。


ちょこちょこ棚卸し作業をし、
泣く泣くブックオフへ運ぶものを選別し、
ある晴れた日の昼下がりにドナドナし、
スペース確保を試みている我が書庫(本棚のこと)ですが、

その過酷な状況下でも、
はるか半世紀以上前の中学時代に読んだ
もはや古文書とも呼べる書籍が1冊残っています。

それは、文庫本で、
もしやして翼が生えていて、楽しい牧場に
戻ってきたわけではありません。

棚卸しの度に、どこかの陰に隠れて見えなかったのか、
中2病を思い出すノスタルジックな気分のせいか、
そうしたちょこっとした幸運が重なって
ずっと保管されてきたものです。

ところがこの前、
その古文書的文庫を再読したいとの欲求が
なぜかムクムクしてきて手に取り、
半分ほどまで進んだところで、
きっと糊が劣化していたのでしょう、
ページがバラバラになってしまいました。

で、それがこの『百億の昼と千億の夜』。

仕方ないので新しい文庫を買って続きを読みました。
ロングセラーなんですね。新刊書店で売ってました。

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2026年6月4日木曜日

『ガソリン生活』(伊坂幸太郎)読みました。


少し前の『ランニング・マン』のとき、再読したいけど
躊躇している本棚ストック作品のこといいました。

いつかは目を通そうと、
昔読んだ文庫本をそのままとってあって、
開いてみるとページが黄ばんでいて文字が小さく、
老眼にはつらく厳しいって話です。

なんですが、
積ん読本の在庫がめずらしく空になってしまい、
この際だからと一念発起して、
その黄ばみ文庫に手を出しました。

今、その最中。『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)です。
初めてページをめくったのは中学生の頃。
つーことはもう半世紀も前になるんじゃん。

どおりでセピア化レベルが9・5にもなってるはずだ。
想定外だったのが、その黄色っぽさ。
文字の小ささは覚悟していて、
手を伸ばして目から少し距離をおけば
なんとかなるだろうとやってみたものの、
日が照っている明るい場所なら大丈夫なんですが、
ちょっとでも薄暗くなるとダメ。
紙の黄ばみに、かすれ気味の印刷文字が溶け込んで、
ぼけぼけMAX。
だからそれ読むときは、
「電気スタンド5センチ位置」+「腕伸ばし」
で対応してます。

で、この『ガソリン生活』。

『百億〜』同様の再読本。
でも、それほど年月はたっていないので
紙の劣化も、文字のミニミニ化もなく、
普段と変わりなく読めました。楽しかった。

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2026年6月2日火曜日

『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』(片桐彰久/長野伸彦)読みました。


新刊が出たときのプロモーションで
書店におもむきサイン会した作家さんが、
ブログかエッセイかなんかで書いてました。

小説は本屋さんで扱っている商品の中の
ほんの一部でしかないって。

当日その時間に行って用意された席に座っていれば、
あとは流れ作業的に
並んでるお客さんが持ってくる自著に名前を書くだけ、

と勝手に想像していたけど、
実際には事前の打ち合わせで現場の書店に足を運んだり、
その日は結構前から会場に入って
準備の様子をチェックしたり要望出したり
とかの作業があるらしく。

そんなとき立ち入るのは本屋さんのバックヤードで、
そこには「食べられる野草の見分け方」だの
「よくわかる個人事業の経理」だの
「美しいペン字練習帳」だの
実生活にダイレクトに役立つ本が飛び交って、
それを書店員さんたちがさばいてる。

さらに、店を訪れるお客さんも、
ほとんどがそれぞれの実用目的に沿ったジャンルの棚に直行し、
食い入るように適切な書物を探している。
それ見て、
「つくり話の本ってどうなんだ」
とその作家さんは思ったとか。

で、この『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』。

この本も小説以外でした。

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2026年5月19日火曜日

『悪党たちのシチュー』(ロス・トーマス)読みました。


本を入手する方法は、
ほぼひと月に1度の書店への買い出しです。
(何度も言ってる気がしますが……)

(それから以下も
 何度目になるかわからないほどですが……)
10冊程度の書名を書いたメモを持ち、
その指示通りに棚から抜いてレジに運ぶ。

そんなやり方をもう10年20年と続けているのですが、
直近の前回、ルーチンの書店棚取りの際、
ふと、違う方法も試して見るべきじゃないか
というプチ悟り的な脳内発光があったんです。

1度に使う予算は1万円までと決めています。
メモに書くときにはそれ以内に収まるように
値段も計算しています。

だから該当する本を棚から取るとき
「えっ、ローレンス・ブロック作品の新刊が出てるじゃん」
とメモにない書籍で、
読みたい読みたい今すぐ読みたいなものが
目に入ったとしても、自分縛りのルール上、
次回の買い出しメモに記して我慢し、
ほぼひと月後を待つ的なメソッドを
採用しなくてはなりません。

プチ悟り的な脳内発光は、それを打ち破るものでした。
メモなしで、その場の直感だけで
10冊ほどを選んだら楽しいかも、です。
それはまだ試していません。
でも、次回のメモには着々と書名が増えているから
どうしましょ。

で、この『悪党たちのシチュー』。

ルーチンの書店棚取りの際、
「えっ、ロス・トーマス作品の新刊が出てるじゃん」発見で、
メモ上の同じ値段の作品と差し替えて手に入れました。

土壇場で未購入になったやつはまだ読んでないけど、
たぶんそっちよりは面白いでしょう。

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2026年5月14日木曜日

『コメンテーター』(奥田英朗)読みました。


誰から聞いたのか、はたまた、どこで読んだのか、
そういうのは忘れちゃったんですけど、
誰かが言っていた「歳を取ると性格が悪くなる理由」。

昔はとってもいい人だったのに、
高齢者の仲間入りした頃から
穏やかさがどんどんなくなってきて、
今や強烈な意地悪じいさんっていわれてる。

みんながみんなそうなるわけではないけれど、
同じような例は結構あるようで、
自分の周りにも相当する人がいるんだなぁ、な気がします。

んで、そうなる理由。
それは優しいからだっていうんです。

歳をとって死期が近くなって、
自分が穏やかな善人のままこの世を去ってしまうと、
周囲の人はみんな悲しむ。

でも、嫌われ者になって
早く死ねばいいのになどと陰口叩かれるくらいになれば、
実際に逝ったときに悲しまれなくて済む、
からだとか。

で、この『コメンテーター』。

善人→悪人って変わり方じゃなく、
シリーズ通して変質者→常識人って方向で
主人公の性格が変遷してる気がしました。

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2026年5月12日火曜日

『世界の終わりの最後の殺人』(スチュアート・タートン)読みました。


新聞、雑誌、ネットで見かけて、読みたいと思った本は、
専用メモ紙に書名とか値段とかを記録しておき
1月分まとまったら、それを片手に買い出しに行きます。

最近、このメモ作業のとき
頭をよぎるようになったのが、サイズです。

小さな文庫本なのか、
大きな(つーか普通サイズの)単行本なのか。

前々からいっているように、
住宅事情とか住宅事情とか住宅事情により、
保管しておくスペース、つまり、
本棚の空きはもうほとんどなく、
できれば場所をとる単行本は避けたい。

文庫なら何とか奥に並べた色褪せ背表紙群の前に、
少し棚板から飛び出させて重ね置きできるから、
そっちを優先したい。といったよんどころなさのせいです。

しかしこの前、
何気にその書庫(いや、この用語は希望が漏れ出てた結果
キーボード上の指が勝手に叩いてしまったもので、
正しくはニトリで買った「本棚」です)を見ると、
前面重ねの文庫山に隠れるように
単行本数冊分の空きがあるじゃないですか。

で、この『世界の終わりと最後の殺人』。

面白かったです。
なのでブックオフ行きにはせず書庫(まただ)保存です。
よかった空きが見つかって。これ単行本だもん。

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2026年5月1日金曜日

『言語化するための小説思考』(小川哲)読みました。


確かブログを始めた頃は、
あらすじとか、聞きかじった作品の背景とかの、
その読了本に関する情報を、ある程度は紹介したうえで、
面白かったとか、つまらなかったとかの感想を
述べていたような気がします。

それがいつの間にやら、
なんの関連性もないおちゃらけで文字を埋め、
最後の最後にちょっとだけ
読んで感じた気持ちを付け加えるという
感想文もどきスタイルになってしまったのか。

その変化をもたらした明確なきっかけがあったなら、
いくら記憶力がへなちょこなぼくでも、
きっと頭に残っているはずです。

バックナンバーをたどっていけば判明するんでしょうが、
そんな作業をするまでもなく、
グラデーション効果をかけたがごとくなだらかに
この形になっていったのだと自覚しております。

今じゃあ自分ではこのやり方もありなんだろと
思っているんですが、1つ気になる部分もあります。

それは作品(もしくは著者さん)に対して
失礼なんじゃないかってこと。

今回だって、こんだけだらだら書いても
まだ一言も内容には触れてないですから。

と思っていたらですね。
作品に対する感想よりも、その本をどんな人が読んだのか
読者当人の性格とかプロフィール的な情報とか
人となりなんかがわかる文章(言ってみれば、このブログ)
のほうを好んで読み、参考しているという作家さんがいました。

で、この『言語化するための小説思考』。

言ってみれば、大きな視野で超拡大解釈して言ってみれば、
この感想文もどきチックな文章を参考にしている
的なことが書いてありました。
いやーそれほどでも。

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2026年4月28日火曜日

『町長選挙』(奥田英朗)読みました。


はるか昔の高校時代に所属していたバドミントン部では、
今でも年に1度OB会をやってます。
昼間に母校体育館で現役高校生と一緒に
ゲーム練習をしてシャトルを追っかけ、
夜は学校近くの居酒屋で飲み会。

夜の会だけでもだいたい20人ほどが集まります。

メンバーのほとんどとは普段の付き合いはなく、
七夕伝説のように年1だけ顔を合わせる集まりです。

キーホルダーに付けてるクマのマスコットを
箸で突き刺す仕草をしながら
「来年も来てくださいね。来なかったら、
 こいつがどうなっても知らないからね」
と脅迫する後輩もいるので、先日もその会に行ってきました。

継続的にずっと参加してて最近感じるのが、
やんちゃだなと思ってたやつほど、
普通の常識人になっていくってこと。
誰でも1年としをとるごとに大人になるのは当たり前。
だからきっと、ぼくが欠席したとしても、
あのクマちゃんは無傷のまま普通の常識に守られていくんだろうな。

で、この『町長選挙』。

主人公はだんだん大人になっていくような気がしました。

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2026年4月23日木曜日

『流血マルチバース』(五条紀夫)読みました。


パソコンで文章をつくるために使うツールは、
ワードとか一太郎とかのワープロソフトか、
テキストエディターと呼ばれるメモ帳や
テキストエディットなんかが普通でしょう。

でも、ぼくの場合はたいてい印刷用のデータをつくれる
レイアウトソフトで原稿を書いています。

本来は紙面のデザインをする人のためのツールだから、
そんな使い方は邪道なのでしょうが、
長いことそれでやってきたので慣れちゃった。

作業時の細かな操作にも、身体というか指の動きは、
慣れが染み込んでいます。
何も考えずにやっている慣れ慣れの動きといえば、
画面移動の操作。

ウィンドウ内の表示されている部分を移動したいとき、
スペースキーを押しつつマウスをドラッグする手順です。

これもう脊髄反射的にやってる。

なんですが、
実はそのスペース+ドラッグをするときは注意が必要です。

文字入力できるカーソル点滅状態のままでこれやってしまうと
スペースキーの入力が生きているので
文章の中に不要な空白が挿入されちゃう。

だからまず、文字入力可能な状態を解除
(文字入力以外のツールを選択)してから
移動操作に移らないとダメ。

ほんでね。最近、
このスペース+ドラッグのとき同時にオプションキーを押すと
入力解除しなくても表示移動できることを発見したんですわ。

そうすれば手順は1つ減る。
でも、まだ身体というか指は慣れずに、使いこなせてはいないんですけどね。

で、この『流血マルチバース』。

慣れずに使いこなせない状態…って感じの読後感でした。

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2026年4月21日火曜日

『猿』(京極夏彦)読みました。


1ページ目を開いて目を落としたときから
本を閉じる最後の瞬間まで、ずーっと
「わわわっ」って感じで、
絶え間なく面白く感じられる本なら何も申し分ない、
ってのは当たり前です。

でもそんなのはめったにあるもんじゃない。

記憶の中にも、それほど完璧な作品は見当たりません。
出だしはダルダルで、あくびを噛み殺しながら
何とか先に進んでいき、それでも中盤からぐーんと加速して、
やっほーとなる。のは結構あり、

そういうのは、読み始めの頃のことを
あまり覚えておけないポンコツ記憶力が自慢の
ぼくからすると、即、高評価に
カテゴライズされる物件です。

そのカテゴライズ作業が難航するのは、
ラストが「えっ何?そんで終わりなの」なお話です。

序盤・中盤・終盤が満足いく走りでも
ラストの末脚がどうなんでしょっていうやつ。

で、この『猿』。

星4つ(満点は5)の区域にカテゴライズしましたが、
作業は難航しました。

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2026年4月14日火曜日

『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』(安達未来)読みました。


引っかかりがありそうな話題を最初に持ってきて、
つらつらと何の実にもならない文章を並べ立て、
オチをつけたのか、
そんな手間は省いて、ネグレクトしちゃったのか、
ってところで、段落を変えて、
そんときの読了本のタイトルをペコペコ入力し、
もう1回段落変えて
「面白かった」くらい感想を述べる、
という流れを今回も、と考えたけれど、
なかなか最初の話題が浮かばずに、
とりあえず最後のタイトル以降の段落を仕上げたら、
そうだその創作過程を紹介しようとひらめいて、
カーソルを先頭に戻してここまで書いちゃいました。

で、この『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』。

きっとこの本の原稿も、
出版社の人とかが希望したスケジュールに遅れることなく、
それよりもだいぶ前に送稿されたんだろうな、
などと想像しながら最終ページを閉じました。

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2026年4月7日火曜日

『さよならジャバウォック』(伊坂幸太郎)読みました。


このセルに、
別のシートのAで指定した範囲の数字が入力されたら、
Bの中から該当するものを見つけ、
その3つ隣の列にある金額を、Cの値で割って集計する、

とかいうプログラムというか数式を、
あちこちに埋め込んでつくったエクセルファイルがあります。

通常は、その時々の数字を打ち込めば、
答えが示される欄を見るだけで事足りて、次の作業に進めます。

なんですが、そのファイルって、有効期限が1年で、
年が変わると埋め込みプログラム(つーか単なる数式。以下数式)
を調整しないといけないんです。

ところがどっこい、頭のつくりがポンコツなもんで、
自分でつくったファイルなのに、その修正作業を始めると、
どことどこが関連してるのか、使った関数にはどんな意味があるか、
直接は関係なさそうに見えるセルだけどそれに何の役割があるのか、
などのあれやこれやが、こんがらがってウギャーとなっちゃうんです。

1年に1度とはいわずに、もっと頻繁にこの作業があれば、
それなりに脳内情報整理はできるんでしょうが、
前回やり終えた時点からほぼ365日たっていると、
どうやったのかなんて記憶は、まるごとすっ飛んでる。

そんな仕事をこの前ふーふー言いながらこなしました。
ほんでわかったのは、数値の関連性だとか関数の意味だとか
の解明は放っておいても、ただ、年号が表示されているセルの
数字を打ち変える(2025→2026)だけで、
すべてが完了するってことでした。

そういえば、去年も同じことやったな。
あの時点で、1年後の現在にタイムスリップしてくれれば、
こんがらがってウギャーとはならなかったろうに。

で、この『さよならジャバウォック』。

そうか。量子力学ってタイムスリップと関係あるんだな。
なお、この作品の主人公の名前は量子です。

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2026年4月1日水曜日

『ソシオパス』(パトリック・ガーニェ)読みました。


昔からヤンキー座りができません。

と書いたところで、
今はもう誰も「ヤンキー座り」なんて言わないかもと、
検索窓にこの言葉を入れてみると、AIくんの解説から始まり、
ニュース番組のネタやらユーチューブやら
整体院の健康ハックまでごまんと表示されました。

死語にはなってない、
たぶん通じるとわかったのはいいけど、
それらサイトに掲載されている内容が、
その座り方のできない人が最近増えてて、
できないと体調おかしくなるよ的な煽り文句ばっかりで、
ほへーって思いました。

こんなストレッチを続けるとヤンキ座法を身につけられる
なんて図解するページもあったけど、
同じこと昔からやっててそれでもできないぼくは
どうなんでしょう、と思ったり。

で、この『ソシオパス』。

そんな座り方ができないのは個性だから
まま受け入れるのがいいんじゃない、
それと同じように心の働き方が普通と違うってのも
個性の範疇に入れてみたらどうかしら、
と、やさしくいわれているような感じでした。

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2026年3月24日火曜日

『成瀬は都を駆け抜ける』(宮島未奈)読みました。


たぶんそうじゃないかと思って
去年の同じ時期の感想文もどきをたぐってみました。

この1カ月の分量は、去年と今年ともに5冊。

ほんでもって両方とも、感想文もどきを書いたのは、
読了日からだいぶ後になってから。
しかも5冊分を短い時間で一気に仕上げてる。

先週、もどき文5冊にかけたのは1日(というか2、3時間)。
去年は記憶がおぼろだけど確か1日半(時間数は同じだけど、
うんざりして途中でやめ、翌日続きをした覚えがあります)。

年間を通してほぼ同じスケジュールで進行している仕事があり、
それがちょうど、この時期に山場を迎え、
どうしても時間を割けずため込んでしまうんです。

読書に当てる隙間の息抜きタイミングも少なくなり、
こなせる冊数も減ってる。

そんなあたふた状態がちょぴっと落ちついて、
読了後それほど間を開けずにもどきライティングできるのが、
今回のこの時期の1冊なんです。

で、この『成瀬は都を駆け抜ける』。

それならもうちょい
気の利いた内容にできるはずなんだけど、
やっぱいつも通りのすかすか文。すみません。
いやいや本は面白いです。

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2026年3月17日火曜日

『ランニング・マン』(スティーヴン・キング)読みました。


住宅事情という現実を前に、残しておく本は
いつか再読したいと思えるものに限定しよう、
と確固たるではないけれど、ゆるやかな
自分しばりのルールを決めてます。

ですが、
いざもう一度ページを開こうと手に取ってみると、
予想外の障害に出くわします。重たかったりすることです。

もしかすると、それは
大好きな京極夏彦作品に限った難点かもしれませんが、
分厚くて持ち運びが不便で、腰を据えて立ち向かわないと、
寝転がっての姿勢や通勤バス車中の立ち読みでは、
とても目を通せない。

だから、この前シリーズ再読チャレンジした十数冊は、
重量級の単行本がぎゅぎゅう本棚に鎮座してるにもかかわらず、
お手軽サイズの文庫を新調してこなしました。

さらに障害はもう1つある。老眼です。
今の書籍に比べて、昔のは、
文字の大きさが小さいものが多かった。

文庫サイズで残してあるやつは
寝転びや持ち運びには不自由しないのだけれども、
黄色く色褪せたページを開くと、ぼやけるぼやける。

文字大きめの今様本は、ひらがなはきちんと判読できて、
漢字はぼやけても文脈から類推できるけれど、
過去本は、そのひらがなさえ、ぼけぼけるミニ文字なんです。
ってのを以前何冊か経験したから、
きっとこれもそうだろうと、再読希望本のうち何年も開かずに
そのまま時を経ている困ったちゃんが、
わが家の本棚には数冊貯蔵されています。

で、この『ランニング・マン』。

そんな開かずページ本の1つが『バトルランナー』で、
それが改訳して復刊されたんですから、
読みますわ、読みましたわ。うん、面白かった。
文庫で1650円をどう感じたかはまた別の話だけど。

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2026年3月10日火曜日

『神狩り』(山田正紀)読みました。


昔の先生方は教室でもタバコを吸ってました。
もちろん映画学校でも。

長机を四角く囲んだ会議室のようなゼミ教室に
先生が来ました。

知る人ぞ知る名監督でもある師の座った席は、
飲みかけの缶コーヒーを脇に置いていた
上野くんの隣でした。

先生は、
おもむろにタバコを取り出して火をつけ
2口3口吸ったと思ったら、
灰をぽんぽんと飲みかけ缶コーヒーの中に落とした。

2人の向かい側に座っていたぼくは、
そのときの上野くんの「えっ」って顔を、
何十年もたった今でもよく覚えています。

で、この『神狩り』。

山田正紀さんの作品がいいと教えてくれたのが
上野くんでした。
その推薦本のほうが、どっちかっていうと好きかな。

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2026年3月5日木曜日

『複眼の映像』(橋本忍)読みました。


なよなよ青年の、
どっちが前なんだよ波を受けてから(前回参照)
半年くらいたってからでしょう。
今現在から数えれば4、5年前といったところ。

ランニング通勤のゴールであるジムにたどりつき、
サウナのあるプールエリアの入口に立ったとき、
人生2度目の念波襲撃を経験しました。

水中を歩くとき抵抗があって
なかなか前に進まないのと同じように、
足を踏み出そうとしても普段通りスムーズに前進できない。
空気の密度が濃くなって粘りのある気体の中を行く感じです。

それと同時にゴゴー的な騒音を耳じゃなく身体で感じ、
あっ、なよなよ青年みたいって思い出した。

一度経験したことだから
音源はどっかにあると確信して、見回すと……。
いつもはニコニコ「おはよーございます」と
声を張り上げている監視員スタッフのおねえさんが、
苦しげな顔をしてじーっと目を伏せてる姿を発見。

身体に痛みがあるのか、心配ごとか、失恋したのか、
そんなことはもちろんわかりませんけれども、
彼女が発した悲観的念波をぼくが受けたことはわかりました。

で、この『複眼の映像』。

プール監視員おねえさんは、
離れた場所のぼくにも何かを伝える能力があったようで、
それと同じような力を、橋本忍さんや黒澤明さんは
持っていたんだろうなって、これ読んで思ったとさ。

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2026年3月3日火曜日

『最後の一色(下)』(和田竜)読みました。


前回からの続き。

念波の来るカゴ棚の向こうに
誰かいるのはわかってました。

ちょっと前に、若いなよなよ系の青年が
湯から上がってきたのは目の端に映ってたんです。

なので、とりあえず浴衣は合わせずに、
だらんとさせたまま、棚の横から顔を出して
そっちのほうを確認してみたんです。

すると、なよなよ青年が、
泣き出しそうな顔をしながら
腕を通しただけの浴衣で
左右の身ごろをつかんでパタパタさせながら、
ウロウロきょろきょろ。

一種のパニック状態でした。
声には出さずとも「どっちが前だー」と心の中で叫んでる。
その心中の叫びが、ぼくにゴゴーって感じの騒音として
耳じゃなく体で聞こえたんだと思います。

で、この『最後の一色(下)』。

上巻にはもっと、超人的な要素があったけど、
この後半ではそれが弱まった気がしました。
弱まらないほうが好きかな。

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2026年2月26日木曜日

『サイコパスから見た世界』(デイヴィッド・ギレスピー)読みました。


念波というんでしょうか、テレパシーのほうが適当かな。
そんなゴゴーって感じの騒音みたいなものを、
頭の中に感じたことが、これまで2度あります。
音として耳から聞こえたわけじゃないですよ。

その2回うちの最初のやつは、
確か家族での温泉旅行のときでした。
(ネタとして使えると思うので、
 もう1つのテレパシー体験は別の機会にして、
 ここは最初の1回目だけ。出し惜しみです)

大浴場で、あーいい湯だったと、ほかほかしながら、
タオルで汗を拭いパンツを履いて
浴衣を着ようと袖を通したときでした。

脱衣カゴの並ぶ棚の向こう側から、
そのゴゴーっな感じが、頭蓋骨の中、いや、
どこか一部というより身体の内側全体に
膨れ上がってきたんです。

その途端、
浴衣の合わせを右と左でどちらを前にすればいいのか、
わからなくなっちゃったんです。

それまでは何も意識せずに、まず右から
身体に巻くようにして次に左と、いわる右前にしてたのに、
いやいや、それは間違いじゃないかぁーと、
昔のアニメみたいにでっかいはてなマークが
空から降ってきて押しつぶされた。

んん、まだ話が終わらないけど、もう結構な分量を
書いた気がするのでこの辺で「次回へ続く」にします。
この話題が次回の読了本に相応しいかどうかわからないけど、
なんとかこじつけられると信じて。

で、この『サイコパスから見た世界』。

超能力というか霊能力というか、
そんな内容の本かと思ったら違ってた。
上記はそっちのオカルト方面につながるネタでした。
間違ってすみません。誤りと気づいたもんだから、
あまり長くしないで途中でやめました。

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2026年2月24日火曜日

『不穏な眠り』(若竹七海)読みました。


今日はあれとこれを一生懸命にやって早く終わらせ、
なんとか時間を捻り出して、もう一つの作業を仕上げる。

だいたい毎日、そんな心づもりをして1日を始めるんですが、
9割がた予定通りにはいきません。

朝の時点で思い描いている帰宅時の姿は、
3つの仕事をこなして晴れ晴れした表情で「ただいまー」と
自宅ドアを開ける様子。

で、実際は1つの仕事の半分もできず肩を落として
開けようとするドアがやけに重たくふーふー息切れする姿。

そこで考えました。
頭に浮かべた姿と正反対になるのがデフォルトなのであれば、
初めに想像する様子をダメバーションにしておけば、
現実はそれが反転してハツラツデーになるんじゃないか。

《本当は3つの作業を済ませたいけど、どうせできない。
 3.0の完了じゃなく0.3の微完で「あーどうしよう」と嘆くはず》

と、終業時のポンコツ姿を、その日の目覚めにイメージすれば、
現実世界では、それが逆転、反転して、3.0ができちゃうとか。

で、この『不穏な眠り』。

そうはうまくいかないことを物語で知らされました。

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2026年2月19日木曜日

『最後の一色(上)』(和田竜)読みました。


前回のコインパーキングの話で、
もうちょっと付け加えておきたいことを、
今さらながら思い出しました。

こすってしまったガードレールの件です。

スペースが狭いってことは、よしとしましょう。
土地を余さず使い効率的に稼ごうとするのを非難しては、
「どの口が言うか」と返されてしまうので。

そのときは片側2車線の道路を走っていて、
右側の反対車線の向こうにそのパーキングはありました。

1〜4まで番号が書いてあり、
ぼくから見たら一番手前は4番。
空いていたのは向こう端の1番です。

対向の車列が途切れるのを待ってから右折で入庫するので、
出やすいようにバックから入るなどと
悠長なことはやってられません。

それに、入り口は2番と3番の真ん中で、
クルマ1・5台分ほどの幅しかなく
その脇には門のように歩道のとこに植えられてる街路樹が
デンデンと居座っており、前方から乗り入れても
くねくね曲がりながら数回の切り返しが必要なんです。

確かに「これ、出れなくなるんじゃね」と心配はしたんですが、
歩道には人通りも多く、もたもたしてると怒られそうで、
入れちゃったんです。
なもんで、出庫のとき苦労するのはわかってました。

で、前回言ったように案の定、悪戦苦闘。
なんとか脱出したのはいいものの、
左前のタイヤ脇フロントグリルをグリグリと。
ふー、やっと言いたい部分に来た。
あの運転席からは確認できない背の低いガードレール、
もっと高くしてちゃんと見えるようにして。

で、この『最後の一色(上)』。

これは上巻。下巻はきっともっと背が高くなって、
見通しよく面白くなるんじゃないかと期待。

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2026年2月17日火曜日

『絶賛語辞典』(関根健一)読みました。


この前利用したコインパーキングは
ギリギリ1台停められるかどうかの狭さで、
頭から突っ込んでなんとか駐車したのはいいけれど、

バックで出庫するときは、
数えきれないほど切り返しして、それでも脱出できず、
悪戦苦闘しているときに隣の車が出ていったので、
そこに乗り入れてようやく抜け出せました。

でも、運転席からは見えないヒザの高さほどの
ガードレールに当たってしまい
フロント下部にこすり傷をつくっちゃいました。ああ。

で、この『絶賛語辞典』。

この本によれば、
「絶賛」とは「この上なく褒めること」らしく、
それに類する言葉ばかりが例文と一緒に
たくさん掲載されています。
駐車場の出来事のようなシチュエーションでは、
あまり必要としない書籍です。

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2026年2月12日木曜日

『ミスコン女王が殺された』(ジャナ・デリオン)読みました。


一度はやりたかったチャットGPTでつくる感想文もどき。
やってみました。まず、

〈この感想文もどきと同じ文体で創元推理文庫の
「ミスコン女王が殺された」(ジャナ・デリオン著)
 について600文字前後でつくってください〉
みたいに投げかけたら、

アマゾンのレビューにあるような、
簡単なあらすじをズズズと列記したあとで、
おすすめできる楽しい本です、みたいに締める文章が
スラスラと表示されました。

いやいやそうじゃないでしょと
〈この感想文もどきは、書籍の具体的内容には触れずに、
 物語からイメージされる雰囲気をもとに、
 そこから想起される日常的なちょっと笑えるエピソードで
 構成しているようです。全体の9割がそのエピソードで、
 次に書籍名がきて、1〜2行程度の感想、
 という流れになっています。これを踏まえて、
 もう少し短い文章でつくってみて〉
と投げたら、

こんなんが返ってきました
《朝のゴミ出しで、なぜか近所のおばさんたちの井戸端会議に
 捕まってしまった。誰それの息子がどうしたとか、あそこの家の
 車が新しくなったとか、情報の精度は怪しいのに熱量だけは
 CIA並み。うっかり相づちを打つと、いつの間にか「あなた、
 あの件どう思う?」と捜査協力を求められている気分になる。
 逃げ場を失って話を聞いているうちに、これってミステリの序盤に
 ありがちなやつだな、と妙に冷静になる自分がいた。
 平穏な日常の顔をした場所ほど、トラブルはあっさり転がり込んでくるし、
 噂好きな人ほど事件の中心に寄っていく。結局ゴミ袋は重くなり、
 朝からどっと疲れたけれど、こういう小さな騒動も後から思えば笑い話だ。
 ――『ミスコン女王が殺された』(ジャナ・デリオン著)。
 のどかな空気の裏にあるドタバタ感が楽しい一冊。
 軽く笑いたいときにちょうどいい。》

 ふーん。そうくるか。やっぱ自分で書こう。

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2026年2月10日火曜日

『錆びた滑車』(若竹七海)読みました。


今まで読んだ本を振り返ってみて思うのは、
個性がないってこと。

ベストセラーとか、著名な文学賞を受けた作家だとか、
そのときどきで話題になった作品とか、
そんなのばっかりな気がします。

ニッチの奥の方でひっそりと
わずかな熱狂的ファンに支えられるような、
人に教えたくない店的なものはほぼなしな感じです。

去年代表作シリーズの再読マラソンをして、
ますますもっと読みたくなった京極夏彦作品も大メジャーだし、
新刊が出るたびに飛びつくスティーヴン・キングさんや
伊坂幸太郎さんなんかも言わずと知れたヒットメーカーでしょ。

だからぼくの読了本のうち、
「自分が読んでるのは1つもない、びっくりだ」と、
同じく本好きの友だちから言われたときには、
こっちがびっくりでした。

で、この『錆びた滑車』。

でも、そんな人にかぎって、こ
の作品のような若竹さんの一連の著作は、
過去に通過してるんじゃないかなと思うんです。
ま、まだならぜひ。
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2026年2月5日木曜日

『数えずの井戸』(京極夏彦)読みました。


小学校に通っていた子どもの頃は、
仮面ライダーカードや切手、コインなどを
周りの友だちと一緒になって集めてました。

ライダースナックを1箱分買って
カードだけ抜き取りたかったけど
1カ月分の小遣いを叩いても手が届かなかったので、
それができるスネ夫階級のやつから
スナックだけもらってポリポリしてるほど
夢中になって楽しく悔しくコレクションしてました。

でも、それがいつの間にやら、
どのようなものにしろ形あるモノに
それほど興味がわかなくなり、
世にいう蒐集家とされる人の気持ちが
よくわからなくなっているのが現在です。

本を集めている人の中には、
そこに書かれている内容にはまったく目を通さず、
希少価値やらコンプリート度合いやら、
または外観のデザインやらだけで判断して
入手するマニアがいるとよく聞きますが、
そんなふうに夢中になれるのって、
ちょっぴり羨ましかったりしてます。

で、この『数えずの井戸』。

著者の京極さんは、さっきいったマニア的な本好きのようで、
この本も最近、豪華版を再制作して出版した模様。
ぼくはもちろんハンディーサイズの文庫で読んだんですけどね。
おもろいです。

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2026年2月3日火曜日

『静かな炎天』(若竹七海)読みました。


アップで見れば悲劇だけれど、
カメラを引いて広角で眺めれば喜劇になる、
みたいなことを
確かチャップリンさんが言っていた気がします。

自転車で行こうと外に出てみると、
さっきまでのピーカンはどこへやら土砂降りの空模様。
チャリ使用はあきらめて傘を取りに戻り、
なけなしの小遣いを心配しながら
タクシーを拾おうとするも容易にはつかまらず、
靴をぐしょぐしょにしながら
なんとか目的地まで3分の1程の距離を歩いて
進んだところでやっと1台止まってくれて
シートに腰をおろしたはいいけど、そこから大渋滞。
これりゃもう間に合わんと、訪問先の相手に携帯すると、
約束は明日だと告げられる。

ってなことを実際に経験すれば、
そりゃもう、頭の中はイライラはらはらこんちくしょーで、
悲劇以外の何ものでもないでしょう。

でも、この一連のドタバタを、
頭上5メートルに浮かぶドローンで
全身おさまる画角によって押さえた映像を見させられたら、
たとえ自分がしでかしたポンコツであっても喜劇です。笑えます。
それが自分じゃなく他人だったら、なおのことガハハハでしょう。

思えば『ダイハード』がそうでした。
印刷機にゴキブリだかが引っかかって
名前の綴りが誤植され別人が
トラブルに巻き込まれる映画もありました(何でしたっけ)。
そうそう、
伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』もそんな話ですね。

で、この『静かな炎天』。

アップで体験したくはないお話だから、面白いんだな。

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2026年1月29日木曜日

『ザ・エッセイ万博』(万城目学)読みました。


小学校6年生のとき、
卒業していく子供たちが
大人になった自分に宛てた手紙を書き、
タイムカプセルと称した箱に入れて
日時計モニュメントの台座に格納しました。

30歳になった頃、
誰かがそのカプセル箱を思い出し、
同窓会イベントで取り出すことなり、
台座の上のコンクリ製日時計を
ズリズリずらして中をのぞてみると、
中身は空っぽ。

集まったみんなは唖然としてしまった
という出来事は、いつだったか忘れたけど
ここで書きました。
(違う場所かも。でもま一度は書きました)

噂では、
一部の悪ガキ連中が卒業後すぐに
勝手にカプセルを取り出し、
河原へ捨てたとかと言われています。

自分はそこに何を書いたのか、
現物がないので想像するしかないんですが、
「ぼくは新聞記者になりたいです」
みたいなことをつづっていたような気がするんです。
今の自分に、かすってる感じ。

で、この『ザ・エッセイ万博』。

エッセイ集。中学生のときテレビで見ていた
憧れの人のエピソードが面白く、
自分のタイムカプセル騒動を思い出しました。

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2026年1月27日火曜日

『ワニの町へ来たスパイ』(ジャナ・デリオン)読みました。


「完」もしくは「了」、
もしくは、そんな締め用語など使わなくても
自分の中で「よし終わった」
と思い込むまでたどり着けたものは、
もちろんごくわずかで、
(正直に言えば完璧に納得して筆を置いたのはゼロで)
途中で放り出しハードディスクの奥の方に格納されたまま
何年も開きもしないでいるのは、
いくつあるかも不明であるような、
わが物語創作遍歴ではありますが、

真似事ででも、
そうやって小説らしきもののつくる過程を経験すると、
きちんと出版されている作品を読み進めるときに、
作者の意図がちらりと見えるような気分になるので、
読書の楽しみが少し増えるんじゃないかと思います。

脳みそを絞りに絞って書き進め、
なんとか中盤に差し掛かったくらいのところで、
「あっ、ここで脇役Aにカツ丼をドカ食いさせたら面白い」
とひらめいたとして、
でもその場面をいきなり描いても話の流れがぎくしゃくするから、
序盤辺りで脇役Aの好物がカツ丼であることを
さりげなく盛り込むようにしたりする。
前に戻って「さりげなく、さりげなく」と
自分に言い聞かせながらカツ丼くだりを挿入する。

よっしゃこれで伏線的な仕掛けができたぞと
ニタニタしつつ中盤に戻り、ドカ食いシーンをつくっていく。

そうしてまあ、最後までできたとしましょうか。
しましょうよ。そして最初から読み返す。
そんで、序盤にいきなり
「なんなの!この取って付けたようなカツ丼のくだり」
に出くわす。難しいんだな、お話をつくるのって。

で、この『ワニの町へ来たスパイ』。

読んでる途中、作者の苦労があちこち見え隠れした気がして、
本来の楽しみ方とは違うかもしれないけど、楽しめました。


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2026年1月22日木曜日

『空中ブランコ』(奥田英朗)読みました。


パソコン黎明期から本づくりの仕事をしてると、
文字の書体データいわゆるフォントファイルの扱いに
とても臆病になります。

目の前の画面上で紙面がつくれるようになる前は、
写真植字で出力してもらった印画紙なんかで
印刷用の版下にする。

その作業を請け負う写植屋さんは
1種類うん万円するフォントを何十個も揃えて商売してた。

それがパソコンのお陰で
個人でできるようになったはいいけど、
何十種類のフォントを用意するには結構な投資が必要で、
しかも牧歌的なマシン処理速度だった最初の頃は、
そのデータ量が負担なようで、やたらクラッシュする。

校正用のゲラを出すのにプリンターがいうこと聞かず、
何度徹夜したことか。

ということで今、
フォントメーカーが販売システムを変えるので、
インストールし直しなどしましょうとアナウンスされても、
怖くて手が出せなかったんです。
といいつつ、

今さら時代の流れには逆らえないので、
さっきやりました。

したらすぐ終わっちゃった。
その後もまったく不具合なし。
案ずるより産むが易しでしたわ。

で、この『空中ブランコ』。

昔は確か持っていたはずなのに今は薄れている
「いろんなこと考えずに、まずやっちゃおうよ、
 やっちゃえばなんとかなるでしょ」な勢いを、
思い出させてくれた作品でした。


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2026年1月20日火曜日

『嫌いなら呼ぶなよ』(綿矢りさ)読みました。


今回は、
登場するキャラクターが女なのか男なのか、
まずはそこをはっきりさせないと、読んでる人は
物語に深く入っていけないんじゃないかチックな
前振りから始めようと思ったところで、

いや待てよ、世の流れからいって、
もはやそんなのは朽ち果てちまった考え方
なんじゃないかと不安になり、

パソコン辞書で「ジェンダー」を引いてみたら、
前方一致リストの中に、その不安と関係ありそうな
2つの用語を見つけたから引用します。

1つ目
【ジェンダー‐フリー〖gender-free〗性による社会的・
文化的差別をなくすこと。ジェンダーにとらわれず、
それぞれの個性や資質に合った生き方を自分で決定
できるようにしようという考え方。】

2つ目
【ジェンダーレス〖genderless〗〘形動〙社会的・
文化的な男女の区別がないさま。】

とコピペしたら、
おやっと感じた文字というか記号があって、
本筋とはまったく関係ないけど、
どうせ大した本筋じゃないし、
そっちのほうがぼく的には「今でしょ!」だから
ここで触れとくんだな。

〖〗のこと。
【】は隅付きカッコと呼ぶらしく、
「かっこ」と入力すれば変換リストにすぐ出てくるんだけど、
この白抜きの隅付きカッコは出てこない。
ああもうこんなにいっぱい文字並べたので、ここら辺にしとこ。

で、この『嫌いなら呼ぶなよ』。

前振りで気にした通り、最初に思い込んでいたキャラの性別が
途中で間違っていたことに気づき、混乱したのはたぶんぼくだけ。

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2026年1月15日木曜日

『覘き小平次』(京極夏彦)読みました。


今さらですが、前回の感想文もどきを読み直し、
もうちょいちゃんと構成的なもの考えて書こうよ、
と自分に言い聞かせました。

(そう思ったならやり直せ、
 との意見があるのは承知してますが、
 聞こえないふりします)

文字を打ち込む前に頭に浮かんだ構成は、
「少し前まではタイムパラドックスを何とかしないと
 安直なストーリーにみられていたけど、
 今は過去を改変してもそっから無限に枝分かれする
 パラレルワールドがあるから大丈夫」
って流れでした。

そのために時間旅行ものの小説を持ちだそう、
ならばキング作品じゃん、
とひらめいたまではいいのですが、
その作品名が出るまでに約300文字。
全体で450文字ほどしか書いてないのにです。
中身は薄くほとんど前振り。
それってどうなのよ、という自戒です。

で、この『覘き小平次』。

何度目かの再読。
再読した今回は、物語の前振りが長過ぎるような気がして
好きさ度合いが少しトーンダウンしたけど、
まあ、懲りずに、また読みます。
きっと次は、その長さが気に入るだろうから。

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2026年1月13日火曜日

『百年文通』(伴名練)読みました。


年齢的なものもあるような気がしているのですが、
このところ、これまでに読んだ作品をもう一度読み直す
再読ブームが自分の中で進行していて、

ちょっと前にここでも話題にした
万城目学さんのエッセイだったり、
京極夏彦さんの巷説百物語シリーズだったり
(ちなみに次回の感想文もどきは、
 そのスピンオフ的な小説の『覘き小平次』に
 なる予定です。現時点で読了。しかも確か3度目)
と、古き良きものに興味が傾いている様子。

その流れにのって、今手を出そうとしているのが、
スティーヴン・キング作品です。

そして、
それだったらばどこから行こうかと考えたとき、
ふっと頭に浮かんだのが『11/22/63』でした。
アメリカのケネディ大統領暗殺の時代に
タイムスリップしちゃう話。
時間をさかのぼって過去を変えちゃう。

でもそうすると、
いわゆるタイムパラドックスの問題があり、
それとの折り合いをどうつけていくのかが
作家の腕の見せ所って感じがありました。

で、この『百年文通』。

今はパラレルワールドってものがあるので、
腕もなかなか見せられないようです。

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2026年1月8日木曜日

『嗤う伊右衛門』(京極夏彦)読みました。


3冊並行読書で今取り組んでいるのは、
『嫌いなら呼ぶなよ』(綿谷りさ)
『静かな炎天』(若竹七海)
『覘き小平次』(京極夏彦) です。

このうち京極作品はたしか3度目くらい読み直し。
少し前に7、8巻ある「巷説百物語」シリーズを
こなしたとき、ネットの解説を見てみたら、
連作に関連する話が3つほどあり、
そのうちの1つが小平次だったので、
どうせならそっちも手をつけようと。

この小平次、マイベスト10の中に入る1冊で、
最初に読み終えた頃は興奮がさめやらず、
友だちなどにやたらすすめていたんです。

でも、
同じように認めてくれる人はおらず、反応は超うす。
「今まで、映画なんかでは、目を逸らしてもう見れない
 という場面はいくつかあったけど、
 小説だったら、ひどいシーンでもグログロドロドロの内容でも
 へいちゃらで読んでた。でも小平次はダメだった」
なんて言って途中で投げ出す人もいました。

まあ、山本周五郎賞なんかもとってる作品だから、
ぼくだけ特別ってわけでもないと思うんだけど。

で、この『嗤う伊右衛門』。

関連3作品のうちの1つでした。
これも読み直し。
再読してマイベスト10に入っちゃいました。

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2026年1月6日火曜日

『さよならの手口』(若竹七海)読みました。


感想文的な体裁をとっているのに、
毎度のごとくその本とは関係ない話になってるので、
やっぱ少しは作品に引っ掛かりのある内容にしなければ、
と今回もキーボードを叩き始める前に頭をよぎったのですが、

どうも、前回のレモンの話に、
もう一つ言いたかったことを書いていないと思い出し、
ため込むのは身体によくないと、
ヨボヨボ到来のお年頃だから健康配慮すべしと、覚醒したので、
『万感のおもい』からの続きいっちゃいます。

その万感の本は、文庫版で読んだものです。
3年ほど前に単行本で出てたやつが文庫化されたもの。

ほんで、
実はその単行本のほうも昔読んでいて、
判型は違うけれども内容はほぼ一緒の、いわば再読だったんです。
調べたら2022年の7月にこの感想文もどきも書いてました。
(ひょっとして過去のぼくも、同じレモン談義をしているかと、
 恐る恐るその文章も読みました。けれどさすがに違うネタでした)

当然、初出の単行本にもレモンの話はありました。
ということは、3歳若い過去のぼくはきっと
「あっ京都なのか」とびっくりしているはずなんです。
(なぜびっくりなのかは前回分参照)

一度びっくりしたんだから、情報はインプットされ、
今回の再読では、もう驚くことはないだろうと考えられるものの、
その定理を覆すポンコツレベルの記憶力。
いや、頭の出来具合というより、
ぼくの中では、さださんの曲が常に、梶井さんの短編を
風呂敷包みするポジションにいて、本来の京都の話がチラ見えしても
聖橋から放る東京の話が、自動で閉まるカーテン的に
覆い隠しちゃうんじゃないかな。

で、この『さよならの手口』。

面白かったです。毎度すみません。

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