2026年5月1日金曜日

『言語化するための小説思考』(小川哲)読みました。


確かブログを始めた頃は、
あらすじとか、聞きかじった作品の背景とかの、
その読了本に関する情報を、ある程度は紹介したうえで、
面白かったとか、つまらなかったとかの感想を
述べていたような気がします。

それがいつの間にやら、
なんの関連性もないおちゃらけで文字を埋め、
最後の最後にちょっとだけ
読んで感じた気持ちを付け加えるという
感想文もどきスタイルになってしまったのか。

その変化をもたらした明確なきっかけがあったなら、
いくら記憶力がへなちょこなぼくでも、
きっと頭に残っているはずです。

バックナンバーをたどっていけば判明するんでしょうが、
そんな作業をするまでもなく、
グラデーション効果をかけたがごとくなだらかに
この形になっていったのだと自覚しております。

今じゃあ自分ではこのやり方もありなんだろと
思っているんですが、1つ気になる部分もあります。

それは作品(もしくは著者さん)に対して
失礼なんじゃないかってこと。

今回だって、こんだけだらだら書いても
まだ一言も内容には触れてないですから。

と思っていたらですね。
作品に対する感想よりも、その本をどんな人が読んだのか
読者当人の性格とかプロフィール的な情報とか
人となりなんかがわかる文章(言ってみれば、このブログ)
のほうを好んで読み、参考しているという作家さんがいました。

で、この『言語化するための小説思考』。

言ってみれば、大きな視野で超拡大解釈して言ってみれば、
この感想文もどきチックな文章を参考にしている
的なことが書いてありました。
いやーそれほどでも。

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