2010年9月30日木曜日

初々しさの欠落

『嘔吐』(サルトル著/鈴木道彦訳)読みました。

ぼくは「異邦らくだ」ってハンドルネームを使っています。
「異邦」は、カミュの『異邦人』が好きで、影響を受けてつけたもの。
「らくだ」は高校時代につけられたあだ名です。

カミュの『異邦人』を最初に読んだのは、
たぶん20代で、すごい衝撃でした。

答えがわかならいってことは知っている、
知っているけどそれでも答えを探す……みたいな思想なんだろうと
勝手に解釈して、一人感動してたんです。

そんな勝手な解釈でも何でもいいので、
もう一回あの感動が得られたら嬉しいなと
期待して読んだのがこの『嘔吐』。

でも、結果は惨敗でした。

面白く読めなかったんです。
「答えなんかない、ただ偶然、存在してるだけなんだ」って感じの思想は
なんとなくつかめたんですが、
そこからは『異邦人』のときみたいな感動は出てこなかった。

これってやっぱり、ぼくの読み方が浅かったのと、
読者としての若さとか初々しさとかが
欠けていたせいなんだと思っちゃいました。反省。



嘔吐 新訳嘔吐 新訳
J‐P・サルトル 鈴木 道彦

人文書院 2010-07-20
売り上げランキング : 18742

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

まだら的。

『インシテミル』(米澤穂信)読みました。

本をつくる仕事をしているとき、
ぼくはいろんな方面から出る要望に関して、
基本的にすべて受け入れ、
作品に反映させるようにしています。

出版社の人が「ここにはこんな内容を入れて欲しい」といえば、
「はい喜んで」と従い、
校正さんが「この文章は少し違和感あります」って朱字を入れたら、
「ご指摘ありがとうございます」とサクサク直します。

そりゃあ、絶対勘違いしている指摘もあるので、
そんなときは、丁重に説明して理解してもらいますけど、
基本は全部受け入れです。

人にみてもらうモノをつくっているんですから、
自分がヘンだと感じなくても、誰かがヘンだと感じるのだったら、
そこには何らかのミスなり浅はかさなりがあるって思うからです。

でもね。
そうやって全部受け入れてつくっていくと、
なんだか全体にまとまりがないというか、まだらになっちゃうというか、
部分的にはヘンが直っても、一冊の本としてみたときに、
ヘンになるってことがあるんです。

だから木を直すときは、
森も見ながら直さないとダメなんですね。

わかりやすく極端な例をあげるとすれば、
章のタイトルを直したのに、
目次にある章タイトルを直し忘れるという感じ。

で、この本。

前半にかなり、まだら的と思っちゃった部分がありました。
修正作業をした上のまだらではなく、
天然のまだらってこともあり得えます。

とはいえ、
そんなこと気にしなくても、
すすっと読めるエンタメ作品。楽しむことができました。

インシテミル (文春文庫)インシテミル (文春文庫)
米澤 穂信

文藝春秋 2010-06-10
売り上げランキング : 256
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月27日月曜日

無法って、無法?

『現代語訳 武士道』(新渡戸稲造著/山本博文訳)読みました。


「私は新しい法律ができる度に、とても悲しくなります」

これは、これまでの人生の中でも
結構な衝撃力を持って、ぼくにドカンと響いた言葉。

発言者は、自動車免許教習所の教官さん。
場所は、知り合いなどまったくいない教習所の教室。
授業に出ないと免許がとれないので、
誰もが仕方なしに出席するような学科教習の時間でした。

ぼくも、仕方ねーなーと心の中でつぶやきながら
半分眠りつつ話を聞いていました。
よって、この発言をした先生の名前さえ知らないんです。

交通法規ってのは毎年のように改正があるらしく、
その度に新たなルールが追加になる。
そしてその度にこの教官先生は悲しむ。

 
先生いわく
「本当は、人に迷惑をかけないように運転しましょう
ってルールだけでいいはずです。
それなのに、そんな簡単なルールを守らない人が大勢いるから、
どんどん法律が細分化されていく。
あなたたちが勉強しなくてはならいことがどんどん増えていくんです」

半分眠りつつ聞いていたこの言葉が、
なぜか免許を取ったあとに思い出され、
で、よく考えてみると、
これって交通法規だけじゃく、
法律全部にいえることじゃないの! と思い当たる。

 うーん、深い。

で、武士道。
この本によると、
「武士道とはこれこれこういうことである」と
きちんと明文化したものはないとのこと。

ぼくなりに解釈すれば、
サムライが持つまっすぐな心がルールだったんですね。
法律がまったくない社会って、
「無法」という言葉のイメージとはまったく正反対の、
すごく成熟した場所なんじゃないかな。


現代語訳 武士道 (ちくま新書)現代語訳 武士道 (ちくま新書)
新渡戸 稲造 山本 博文

筑摩書房 2010-08-06
売り上げランキング : 47466

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月21日火曜日

理解できちゃうかもしれない。

『現代文訳 正法眼蔵2』(道元著/石井恭二訳)読みました。

日本経済新聞2020年9月18日付の「私の履歴書」からの引用します。
哲学者の木田元さんが大学進学の理由を記した内容です。

「(ドイツの哲学者ハイデガーの『存在と時間』について)
 読もうとしてもさっぱり分からない。
(中略)だが、何か重要なことが書かれていることは分かる。
これは大学の哲学科に入って専門書を読む専門的訓練を
受けなければ読めない本だ(以下略)」

えーと……
ぼくのつたない知識で申し訳ないのですが、
この正法眼蔵は仏教の教えを説いてはいるのですが、
一方で日本最高の哲学書ともいわれているようです。

哲学者の「私の履歴書」を引用したのは、
この哲学つながりがあったから。

何がいいたいかというと、
ぼくにもまったくわからなかったってこと。

だって、
「言葉ってすごく重要だ」みたいなことが書いてあって、
そのあとに
「言葉を発しないことは言葉を云い得ることの真骨頂である」
って結ばれちゃう。

話をしないことが、話すことの本当の姿だっていわれても、
「えっ、ちょっと待って」ってなっちゃうじゃないですか。

自分の理解力のなさに笑っちゃうような感じだったのが、
木田元さんの「私の履歴書」を読んで、少しほっとしたところです。

でも、これ全5巻のうちのまだ2巻目。
もしかしたら3巻目以降は、すすっと理解できちゃうかもしれない。
もしそうだったら、いいじゃないですか。

3巻目、挑戦しちゃいます。


現代文訳 正法眼蔵 2 (河出文庫)現代文訳 正法眼蔵 2 (河出文庫)
道元 石井 恭二

河出書房新社 2004-08-05
売り上げランキング : 41614
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月20日月曜日

仲良し大好き

『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(広瀬隆)読みました。

仕事で環境問題に関する記事なんかを書いているので、
こういった本にも触れておかなきゃいけないなと思い読んでみました。

環境問題に関する記事を書いているといっても、
ぼく自身は専門知識をたくさん持っている人ではないので、
記事の中に自分の意見は書きません。

誰か(主に公共団体)の発表とか報告とかをもとに、
「こんな人がこんなことを報告しました」と書くだけです。
「〝人間の活動によって排出される二酸化炭素の増加で
地球が温暖化していく〟と国連が発表しました」みたいな感じ。

記事を載せるのは環境問題ばかり扱う媒体なので、
この二酸化炭素温暖化のことは、何度も何度も書きました。

でも、この本のタイトルだと、
それが「崩壊」しちゃってるらしい。
そういうことなら、
その「崩壊してるじゃないか」って意見も知っておいて、
その上で記事を書いたほうが、
なんとなく深みが出るだろうと
殊勝なことを考えたんですね、ぼくでも。

で、読み終えて。

いろんな見方や考え方があるんだなってことがわかりました。

温暖化が間違っているって人もいるし、正しいって人もいる。
世の中のほとんどの物事と同じです。

で、ぼくは「こんな人がこんなことを発表しました」的な情報を伝える人。
自分の中で意見を持ったとしても、
それを記事には表しません。判断するのはあくまで読んだ人です。

あっ、それとこの本、
ぼくは少し引いちゃうトコがありました。
著者の人が結構強い調子でいろんな人を批判しているんです。
ケンカが嫌いで仲良しが大好きなぼくは、
そんな文章を読むと、
もういいから止めようよって気分になってきちゃいます。


二酸化炭素温暖化説の崩壊 (集英社新書)二酸化炭素温暖化説の崩壊 (集英社新書)
広瀬 隆

集英社 2010-07-16
売り上げランキング : 399
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月17日金曜日

ゲラは1割カット

『虐殺器官』(伊藤計劃)読みました。

スティーブン・キングの著作に、
作家になるまでの道とか自分が小説をつくるにあたって
気をつけていることなんかを記した
『小説作法』って本があります。

この中でキングは、
ゲラ刷り(原稿を本の体裁に合わせてページに組み込んだもの)を
チェックするときの心掛けとして、
「文章の1割を削るのがいい」みたいなことを言っています。

ぼくも遊び半分に
小説みたいなものを書いたりするんですが、
自分の書いたモノをあとから読み直してみると
「いやいや足りないな」と思って、
読み直すたびに、どんどん書き足しちゃうんです。

キングとはまったく逆
……だからベストセラー作家になれないんですね。
あっ、じゃァ、逆やれば、ベストセラー書けるんだ!

で、この作品。
キングの教えみたいに削ってくれたら、
ぼくはきっと、ドスンっと音が聞こえるくらいに
頭の中に落ちてきた作品になったと思います。

そして、
ちょっと前に読んだ同じ作者の『ハーモニー』って作品が、
「あっ、アレってきっと、削られてつくられたんだ」
と感じているところです。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃

早川書房 2010-02-10
売り上げランキング : 733
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月13日月曜日

アンバランス棒の綱渡り

『マルドゥック・スクランブル
──The Third Exhaust 排気』(冲方丁)読みました。

2巻目の途中で飛んで行っちゃったと思われた舞台は、
3巻目の後半で元に戻ってきました。

この舞台転換は、アクロバット的です。とっても危ういバランス。

サーカスの綱渡りの人は、
長いバランス棒を持って一本のロープを渡っていきますが、
あの棒はやっぱりバランスをとるためにあるんですよね。

そこでもし、そのバランス棒の片側だけにたくさん重りをつけて、
到底釣り合わないようなアンバランス棒にしちゃった場合、
綱渡りの人は困るでしょうね。

そんなもの持ってロープを渡りきるのは、とっても難しい。
でも、見ている人は、
そもそも綱渡りの行為自体にハラハラしているのであって、
バランス棒がいくらアンバランスでもそんなにすごいこととは思えない。

まあ、それでもきちんと渡りきれば、
すごいすごいと拍手を送るんですけどね。

で、この本、
アンバランス棒を持ってロープを渡りきっちゃった感じでした。拍手!

マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)
冲方 丁

早川書房 2003-07
売り上げランキング : 17036
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月9日木曜日

天丼と小説

『西巷説百物語』(京極夏彦)読みました。

東京の神保町に「いもや」ってお店があります。
みなさんご存じかもしれないですが、一種のチェーン店で、
そう離れていない場所に4〜5店ほどあり、
いずれも天ぷらやとんかつなどの揚げ物を
食べさせてくれるところです。

ぼくはその中でも
白山通り沿いにある天丼のお店がお気に入りで、
しょっちゅう利用させてもらっています。

初めて行ったのは水道橋にある予備校に通っていた時代。
だからもう20、30年前です。
いついっても、
同じ職人さんが、同じ動きで天丼を次々につくっていく。

カウンターしかない店なので、スグ目の前で職人技を堪能できます。

美味しくて値段も手ごろなのはもちろんなんですが、
ぼくがその店を気に入っていたのはその職人さんの動きにもあったんです。

小刻みに上下に少し揺れながら、
人数分のネタに衣をまぶし、
油の中にひょいひょいと滑らせながら入れていく。

その動作はたぶん1センチの違いもないほど毎回同じ。
たぶん小刻みに揺れる上下の幅も毎回同じ。
雨の日も雪の日も、かんかん照りの日も同じ。

注文する以外、1度も話したことはありませんが、
この人すげーって思っていました。

その後、予備校の勉強も無駄に終わって、
横浜の映画学校に行き、あちこちぶらぶらしていたこともあり、
10年くらいは「いもや」に足を運ばない時期がありました。

で、何かの用事で10年ぶりくらいに行ってみると
──いたんですね、その職人さん。

しかもぼくが覚えている動きとまったく同じ。
びっくりでした。
(今はその職人さんも引退してしまったのか、
 若い人に変わってしまいましたけどね)


……で、
京極さんのこの本。職人技でした。


西巷説百物語 (怪BOOKS)西巷説百物語 (怪BOOKS)
京極 夏彦

角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-07-24
売り上げランキング : 1682
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2010年9月6日月曜日

エッチ記事と冠婚葬祭マナー

『マルドゥック・スクランブル
—The Second Combustion 燃焼』(冲方丁)読みました。

スケジュールとかの条件さえ合えば、
どんなジャンルの本づくりでも請けてしまう節操のないぼく。

だって、どんなジャンルでも、本をつくるのって楽しいんですもの。
今はやらなくなったけど、
アダルト系の仕事(エッチサイトの紹介記事とか)も
かつてはやったことあります。

でもそんなふうに仕事をしていると、
とてもヘンテコな状況になることがあります。
それはいつくかの仕事を掛け持ちでやるとき。

例えば、今いったエッチサイトの紹介記事と
冠婚葬祭のマナー集みたいな本を同時に進行するようなとき。

同時進行で仕事が進んでいるとき、
ぼくは「ここまで終わったら、次はこっち」というように
順番に少しずつこなしていきます。

「あっはん、うっふん。このサイトええでぇー」
みたない文体で文章を書いたあと、
「お葬式には、遺族の気持ちを考慮して
派手なアクセサリーなどの着用は控えます」
なんて真面目なですます調に切り替え。

そんな作業を繰り返していると、
だんだん「ぼくは誰なんだろう」と哲学的な疑問で
頭がいっぱいになってきます。

で、このマルドックの2巻目。

前半と後半では、登場人物たちがあれやこれやする舞台が、
まったく違っちゃいます。
もちろん、各キャラの性格とか状況設定が変わってくるわけじゃなく、
話としてはつながってはいるのですが、
ぼくとしては、エッチサイトの紹介記事と冠婚葬祭マナー本の
違いと同じくらいジャンルが飛んじゃってる気がしました。

で、この本まだ3巻目があります。未読です。
このあとも、舞台が飛んじゃうのかな……。

ある意味、楽しみです。

マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)
冲方 丁

早川書房 2003-06
売り上げランキング : 7012
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools