2020年9月30日水曜日

『殺し屋最後の仕事』(ローレンス・ブロック)読みました。


やっとたどり着いたと思ったトイレが
清掃中で使えなかったり、

今日は頑張った自分へのご褒美に
ちょっと奮発して
友達から聞いた美味しい高級店で
トロトロのビーフシチューにありつくぞと、
よだれを拭いながら
電車を乗り継ぎわざわざ出向くと
「都合により本日はお休みいたします」
の札が掛かっていたり、

おっしゃー、あと10行で
この紙面は完成だから、
みんながほれぼれするような
結びの文章で締めるぞと、
キーボードを叩いたら、
いきなりパソコンが落ちて
それまでのデータがぶっ飛んだり、

ってな感じで
物事が自分の思い通りに
いかないことは知っています。

知っているんだけど、忘れちゃう。
まるでスーダラ節の歌詞のようです。

それでもね。
半世紀以上生きてきて、
最近やっと、ほんの少しだけど、
思い通りにいかないってことを
事前に意識できるようになった
気がするんです。
「漏れちゃうってときに限って
 清掃中なんだろ」とか
「定休日避けても、ぼくが行くと
 突然の都合で休むんだぜ」とか
「きっとクラッシュだ」
なんて前もって考えたりする。

そうするとですね。
不思議なことにそうした障害が
出てこなくなるんです。
頭の中で予想すると、
その出来事は
完了しちゃうのかもしれません。

で、この『殺し屋 最後の仕事』。

ああー面白かった。
殺し屋さんが不安に思って
いろんな障害を頭に浮かべるのが、
最近のぼくのようでした。
で、予想すればヤなことは起こらない。





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2020年9月28日月曜日

『激甚気象はなぜ起こる』(坪木和久)読みました。


昔、とある雑誌の記事を
つくっているとき、
その雑誌には度々登場している
有名人の写真を
載せたことがありました。

そのとき、
ぼくはもう何度も目にしてるお顔だから
(実際にお会いしたわけではなく、
 掲載する写真やテレビで)
ついつい写真にその人の名前を
(いわゆるキャプションです)
つけ忘れちゃったんです。

たぶん、
「わざわざ書かなくても、
 みんなわかるだろう」
って意識が働いたんだと思います。

それに中身の記事を読めば、
わかるようになっていたし。

そんで、
できた誌面をチェックする
出版社の人も気づかず、
(たぶんぼくと同じ意識が
 働いたんでしょう)

そのまま
世に出回ることになりました。

案の定、
どこからもクレームらしきものはなく、
読者アンケートでも
「あれは誰?」なんて疑問は
寄せられません。

でも、後日。
その記事を何気なく見ていたとき、
ふと思い出したんです。

その雑誌の
最初の仕事をやったとき、
送られてきた画像データを見て、
「これ誰ですか?」
ってぼくが聞いたこと。
「えっ?知らないんですか?」
と編集者さんに呆れられたこと。

その最初の時には、
何の迷いもなくキャプションはつけました。
ぼくのような人のためにも
説明書きはいるよなと、
名前なしの写真を見て
初心にかえったのでした。

で、この『激甚気象はなぜ起こる』。

キャプションなしの写真を載せちゃったこと
思い出しました。





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2020年9月25日金曜日

『四畳半タイムマシンブルース』(森見登美彦)読みました。


「ピストルが登場したら
 発射させなきゃいけない」
って聞いたことがあります。
それが物語をつくるときの
定石だって。
(例によって誰がどこで
 言った言葉なのか忘れてます)

例えば、
「彼女の部屋のベッドの下に
 ガムテープで貼り付けられた
 拳銃が隠してあった」
なんてエピソードが
お話の中に出てきたら、

その拳銃は、
後のストーリーの中で
使われなくちゃいけない。

見つけた彼氏が、
悪いやつに襲われている彼女を
救うとき使ってもいいし、

痴話喧嘩の末、
彼女が彼氏を撃っちゃう
ってんでもいいから、

とにかく、
ベッドに貼り付けられたまま、
お話が終わっちゃいけない
んだそうです。

伏線は回収しなさいって
ことでしょうか。

思わせぶりな小道具を出したら、
思わせぶりだけで
放置プレイしているのは、
読む人の精神衛生上よくないんでしょう。

でも、
物語をつむぐ人だって人間なんだから、
ついつい忘れちゃうこともあるはずです。
特に、はちゃめちゃで
やっほーと掛け声が出るほど
ノリノリのお話だったりしたら。

で、この『四畳半タイムマシンブルース』。

修理に出したリモコンは返って来たっけ。
なんて疑問は、読み返せばきっと
解決してるから忘れていいんです。
おもろいんだから。





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2020年9月23日水曜日

『スキップ』(北村薫)読みました。


その頃はまだ
子どもたちは2歳か3歳で
保育園に行っていました。

かみさんのほうが朝早く
仕事に出なくちゃいけないので、
ぼくが二人の子どもを送っていく。

強化ママチャリで
前と後ろに幼児用座席をくっつけ、
今日はどっちが前だ後だと
キャーキャーいいつつ、
家から5分ほどの道のりを
ぎごぎご漕いでいきました。

そんときのぼくは、
保育園にいるほかの子どもたちに
なぜか好かれ、
会社に行かなきゃならないのに、
しばらく奴らの相手をし、

先生たちからの
「もっと遊んでいってくださいよ」
などという甘い言葉を後に、
家に帰り、チャリを置き、
会社に向かいました。

そのときはまだ
ランニング通勤もしておらず、
20分くらい電車に揺られて
到着するる場所に会社があった。
数人規模の編集プロダクションです。

仕事内容は、今とだいたい一緒。
つくっているモノは、
単行本や雑誌、企業の出している
プロモーション媒体とか。

原稿を書いて、
ライターさんや著者さんの
テキストを整えたり、
レイアウトしたり、
イラスト描いたり。

その頃はまだパソコンじゃなく、
ワープロで作業していたけど、
おおむね同じです。

帰りは結構遅くて
夜の10時前後でした。

というのが、
ぼくの25年前の日常。
そこから四半世紀たちました。
成長してないな。

で、この『スキップ』。

56歳のぼくの25年前は31歳。
その30代からスキップして、
いきなり今になったとしても、
まあ、たいしたことないでしょうね。
けど、やっぱ17歳からだと大変です。





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2020年9月18日金曜日

『梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安(3)』(池波正太郎)読みました。


あの場面はとても泣けた
とかって書いて
その理由を述べていったり、

共感できない部分やツッコミどろを
ずらずらあげていったり、

ネタバレ何するものぞと
ストーリーを細かく記していったり

……なんてことをすれば、
ここに埋める文章も
もう少し素直な内容になるはずで、

しかも本の紹介(というか感想)
という土台のテーマがあるのだから、
ゼロからネタを考える必要もなく、
労力的にも省エネになり、
すらすら筆は進んで、

あっという間に空白は
埋まってしまうと思うんです。

でもね。
本の内容は、
ネットなんかを見れば
すぐに出てくるし、
面白かった、つまらなかった、
という感想もごまんと
あふれているだろうから、

そういうのとは
少しでも違う方向でやりたい的な
へそ曲がり精神で
長年やってきたので、
今更変えるのも
なんだなって思ってるんです。

で、この『梅安最合傘 仕掛人・藤枝梅安(3)』。

ということで今回も
内容に触れるの忘れちゃいました。
とにかく、次の4巻、早く読みたいです。





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2020年9月16日水曜日

『地磁気逆転と「チバニアン」』(菅沼悠介)読みました。


物語を面白く感じさせる
効果的なツールに
《勘違い》があると、
何個か前に書いた気がします。
池波正太郎さんの
ときだったかな。

それはちょっと
マイナーっぽい要素なんだけど、
もっとメジャーに振れば、
《対立》があります。

個人的な喧嘩はもちろん、
コワモテの人たちの
団体同士の闘争だとか、
もっと大きくなって戦争も。

ひょっとすると、
そん中にはスポーツも
含んでいいかもしれません。

でも、髪の毛の先の方まで
臆病者のぼくは、
戦うのが嫌いなんです。
つーか、怖いのかな。

小説だから、頭の中で
「これはフィクションだぞ」
と言い聞かせても、
なんかゾワゾワ感が残っちゃう。

それでも、
対立が描かれているのに、
好きだと思うストーリーはありますよ。

この前読んで
びっくらこいた『三体』なんか、
宇宙人との対立ですし。

だけどね。
だけど、争いのない面白い話がいいな。

で、この『地磁気逆転と「チバニアン」』。

一般向けに自然科学を解説する
講談社の新書シリーズです。
もちろん小説じゃないノンフィクション。

だから、今まで知らなかった知識に
「へぇー」とうなずいて、
「そりゃ、面白い。興味深い」
と感心する本なんです、きっと。

《対立》を紹介しても、ぼく的には
内容は深まってはいきませんでした。
(対立が出てくるのは
 ほんのちょびっとなんですけどね)





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2020年9月14日月曜日

『花唄の頃へ くらまし屋稼業』(今村翔吾)読みました。


8冊前に書いた
『三体2 黒暗森林(上)』のとき、
読了したら、まずは
エクセルに書名や日付だけ
メモっておき、そのあとで、
仕事の合間を縫って
この文章をつくっていくと
いいました。

だからメモだけ先行して、
ここに書くのはだいぶ後に
なってしまうこともあると。

その『三体〜』のときには
7月28日に読み終わり、
もうじき1カ月に
なろうかという8月19日に書いて、
それでもまだ
7冊ぶん残っているから
どうしようって。

その残り7冊目に、
なんとかたどり着きました。

読み終えた日付を見ると、
8月20日。
それから約1ヶ月弱。

例年この時期は、
仕事がバタババするので、
本を読む時間が限られてきて、
ましてはその感想文
(感想になっていないのが
 ほとんどですが)
を記す隙間も
ほとんど見つけられず、
こんな事態になってしまいます。

それでも不思議と、
書かなくても読んだけの冊数は
溜まっているんですよね、
このところ。

で、この『花唄の頃へ くらまし屋稼業』。

読む時間は少なくなっているはずなのに、
読了本の数はそれなりに
積み上げっているときは、
あっという間に読めて
「まあ面白かったね、次っ」
ってのが続いているってことです。
この本みたいに。





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2020年9月11日金曜日

『癒す心、治る力』(アンドルー・ワイル)読みました。


いつだったかは忘れましたが、
これから読む本の方向性について、
ここに書いた覚えがあります。

方向性なんて
難しそうな言葉を使っちゃいましたが、
まあ、どんなジャンルの本に
挑戦するのかってこと。

今まで読んできたのは、
何かしら興味があって
手にしたものだったけど
(仕事で読まなきゃいけない本でも、
 どこかに自分の好みは
 反映されていました)
そうじゃない本に
チャレンジするのも
いいんじゃないかと。

新聞の第1面下段に並ぶ
書籍広告の中から、
一番読みたくないと思うものを
選んでみるとか。

この人はどうも合わない、
言っていることがことごとく
ぼくの考えと反対だって人の
座右の書を買うとか。

そんなふうに
無理やりじゃないと
触れもしないような本を
読んで理解していくと、
視野はぐんと広がって、
誰もに尊敬される
立派な人になれるんじゃないかと
企んだんです。

でも、最初に書いたように、
そう思ったのがいつだった忘れるほど、
その戦略は
すっかり頭の中から抜けていました。

なぜ思い出したかというと、
ネットを見ていて画面の端に、
たまたまインド料理の
レシピ本の広告が出ていて
「あ、レシピ本って読んだことない」
と考えたからなのでした。

で、この『癒す心、治る力』。

この本の後半、
なんだかレシピ本のようでした。
(レシピ本読んだことないけど)
それもあって
上記を思い出したのでした。





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2020年9月9日水曜日

『太宰治の辞書』(北村薫)読みました。


人の偉さは
年齢によって
決まるもんじゃない
のは知ってます。

バカボンのパパは41歳なのに、
はじめちゃんは
まだ赤ちゃんですから。

それでも実際の人と対面するとき、
上記バカボンの法則は
頭から飛んでしまい、
無条件で「年上だから偉い」と
感じてしまいます。

もちろん、
長幼の序っていうんでしょうか、
常識として
知らぬうちに身体に
しみついちゃっている
礼儀の習慣みたいなのも
あるんでしょうが、
そんな決まり事とは
違う次元のしばりが、
ぼくの中のどっかにあるようです。

そして性別も、ぼくにとっては
年齢と同様の効力を発揮します。

子どもは別にして
一般的に女性と呼ばれる人を
前にすると、もう脊髄反射的に、
この人は
「賢い」「偉い」「優れてる」
なんて思っちゃうんです。

だから女性に対し
紳士的に教え諭すような態度がとれる
男性はうらやましくて。

あっ、そうえいば、
高校時代の先生は
みんな女生徒に対して、
そういう接し方をしていたな。

で、この『太宰治の辞書』。

「円紫さんと私」シリーズ。
円紫さんは《私》に対し、
今言ったような紳士な接し方をします。
そんな人物を、よく書けるな
と思ったら、著者の北村さんは
昔、高校の先生をしていたらしいです。





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2020年9月7日月曜日

『三体2 黒暗森林(下)』(劉慈欣)読みました。


ちょっと前、
新しく読む本のストックが乏しくなり、
積ん読本が品切れになったときに
備えておこうと、本棚の中から
「次に再読するならコレ」を
決めておくことに思いました。

そんなに大きな本棚が
あるわけじゃないけど、いや、
少ないスペースしかないからこそ、
前後2列になって
裏に隠れているのがわんさかある。

そんなのをひっぱり出しながら、
どれにしようかななんて
ニタニタしながら至福の選択時間を
過ごしていたんです。

そこで、ふと目に止まったのが、
全部揃えようと企みながら
最初の3巻くらいで
止まっていた山本周五郎全集。

すべて集めると
たしか30巻ほどになるヤツです。
そうでした。昔はよく読んでました。
周五郎さん。

知ったのは黒澤映画の
原作だったからじゃないかな。

すぐパッと思い浮かぶのは
『樅ノ木は残った』です。
(ふー、やっとこの題名にたどりついた。
 じつは今までの
 四百字詰め原稿用紙1枚分くらいの文章は
 このタイトルを出すための
 前振りだったんです。
 いきなりだと唐突かなぁって、
 読む人に配慮したつもりが、
 もう書き過ぎな気がしてきて、
 ここらで終わってもいいかと
 思えてきました。
 それだと枕だけの落語だな。
 だと怒られるので、もちょい)

物語の流れを
しっかり覚えているわけじゃないけど、
あの主人公は周りのみんなに
「自分は裏切り者である」
と誤解させることで、
おっきな良い行いをしたんですよね。
そんな人物、素敵だな。

で、この『三体2 黒暗森林(下)』。

そう考えると、このSFには周五郎節も入ってます。





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2020年9月3日木曜日

『おくのほそ道(全)』(松尾芭蕉)読みました。


若かりし頃、
東京から北海道まで
クルマで旅行しました。

高速は使わずにほぼ一般道で、
地図とにらめっこしながらです。

スポーツタイプの乗用車なので
座席は狭く、そこにむりくり
5人がおしくらまんじゅう道中。

その途中で観光名所に
あちこち寄り道したんですが、
誰かが
「松島は日本三景って
 いわれてるから、きれいだぜ」
とのたまい、

風光明媚など解せるはずのない
むさい連中なのに、
「三景じゃあしかたねーな、
 サンキュー」
と天命を知るはずの歳を超えても
今なお口にしている
ダジャレとも呼べないセリフを
それぞれ吐きながら、
三景の一つに向かいました。

音量のつまみを
あと5回転くらい絞っても
十分聴こえるボリュームで
『翼の折れたエンジェル』
が流れる車内。

地図を見ていたナビ役が、
中村あゆみの歌声に負けじの大声で
「もう、ここらへんだぞ、
 いや通り過ぎちゃったかも」
とみんなに知らせました。

えっ、と窓外をキョロキョロして、
「ああ、たぶんあれだろうな」
とむくつけき5人は納得して、
海岸線をそのまま過ぎていきました。

「名物にうまいモノなし」
とはよくいうけれど、
風景も同じようなモノなのかね、
と思った若かりし頃でした。

で、この『おくのほそ道(全)』。

「松島や ああ松島や 松島や」は、
芭蕉さんの作品ではなかったんですね。





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2020年9月1日火曜日

『朝霧』(北村薫)読みました。


出版関連の仕事をしたいと思って、
こっちの業界にきて
一番最初に入ったのは、
編集というよりも、
広告をとってくる営業の仕事を
やる会社でした。

その前にも
営業職は経験していたので、
橋渡し的にはいいかなと思って。

そこで、
誌面をつくるとかの作業を覚えて
(今のように全部パソコンで
 済んしまうのではなく、
 手書きで原稿用紙に書いて、
 レイアウトの指示書をつくって、
 版下屋さんに持って行って、
 あがってきたゲラに色指定とかして
 ……といった工程です)
その会社の次に
編集作業を本業にする会社に入りました。

その編集会社に入ってまずびっくりしたのは、
会社の外に出ていると、
仕事してないヤツみたいに見えること。

前までの営業職は逆で、
出払っているほど
仕事している感があった。

ずーっと会社にいて、
原稿書きとか校正作業とか
してるのが普通なんですね。
(今もだけど)

それともう1つ驚いた、
というか嬉しかったのは、
誌面のラフスケッチを描くのが
仕事になること。

それまで遊びで、
自主映画のチラシなんかをつくるとき、
落書きみたいにして
喜んでつくっていたものと
同じことをやって給料がもらえる。
今までやってたのって、
遊びじゃなく仕事なんだって思えた。

で、この『朝霧』。

主人公は女性だけど、
ずっぽり感情移入しちゃいました。
学生から出版社へ入って
そこで感じること。ぼくと同じでした。





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