2019年8月28日水曜日

『あむんぜん』(平山夢明)読みました。


このブログのデザイン、
確認したわけじゃないけど、
もう10年近く同じですね。

色使いとか配置はいじらずに、
書影のリンク先とテキストを
差し替えていくだけ。

いつかリニューアルしなきゃなぁ
などと時々思うけど、
まあ、当分の間ここまでしょう。

デザインもそうだけど、
下の署名欄的なトコもそのまま使うので、
前に書いたものを新規投稿画面に
コピペして、使っています。

ってことは、書き始めるときには、
適当に拾って貼り付けた前のテキストが
ここに残っている。

その上から新しい文字を
ペコペコ打ち込んで、書き換えた結果が
この文章です。

そんで今、消しつつあるのは、
前に書いた『宇宙と宇宙をつなぐ数学』でした。
足し算とかけ算の関係を
バラバラにしたいのだけれども、
一般的な数学の世界では、それは無理なので、
違う宇宙の数学を考えて、そこでバラバラにする。
……みたいな本でした。
凡庸なぼくには、わけわからん内容でした。

で、この『あむんぜん』。

コピペで拾った前の本の影響が
残っているのでしょうか。
凡庸なぼくには、
とても発想できない内容でした。
おもろいです。





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2019年8月22日木曜日

『雲霧仁左衛門 前編』(池波正太郎)読みました。


まったく同じ内容の文章でも、改行の有り無しに
よって読む速度が変わるのかどうか知りたいです。

いや、是が非でも答えを聞きたい
ワケではないですけどね。
その証拠に自分で検索すらしてないし…。

えーっと、例えば最初の一文を、

 まったく同じ内容の文章でも、
 改行の有り無しによって
 読む速度が変わるのかどうか
 知りたいです。

と、書くのと、
ずらずらと一行に続けるのと、
読んで理解する速度に違いがあるなら、
その微妙な差は
一体どれほどのものなのかってこと。

それ、音読では同じだと思います。
改行は声に出せないだろうから。

なので黙読の場合です。
そんなことを研究した人がいるとは思えず、
結果は出ていないと思いつつ、
ぼくの感覚では、
やはり改行があったほうが
速いんじゃないかと予想してます。

ずらずら書きだと、
目線は必ず移動しなくてはいけないけど、
細切れ書きなら、
1つの視点で全部の文字が目に入ることも
あるだろうからってのが理由。
ちゃうなか。

で、この『雲霧仁左衛門 前編』。

池波さんの相変わらずの細切れ書き。
大好きです。
紙の余白がもったいないように思えるけど、
その軽い後ろめたさからくる
微妙なムズムズ感も好きです。





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2019年8月20日火曜日

『ルポ 人は科学が苦手』(三井誠)読みました。


十年近く前に親父が亡くなって
墓をどうしようかと
家族で相談していたとき、

ぼくはその手の実用書を読んで
「代々末長く管理していくべきものである」
という記述にうなずき、
引き継いでいけない可能性があるなら、
「永代供養の合祀などを検討しましょう」
の文言を真に受けて、
そっち方面のやり方を調べ、
お袋とかにすすめました。

そうして
あれやこれやの話し合いの結果、
結局は永代供養ではなく、
個別の墓をつくるようになったんです。

ぼくの付け焼き刃的な知識は、
「自分たちだけの墓を立て見守っていきたい」
という、たぶんすごく当たり前の感情に、
あっさり却下されてしまいました。

そんで、ぼくもいまは、
こうしておいてよかったなあと、
墓参りで草むしりなどをするたび、
思ってます。

で、この『ルポ 人は科学が苦手』。

「賢い愚か者」っていう
考え方というか、学説というか、
を初めて知りました。
墓の例とは少し違うけど、
勉強するほど愚かになるみたいな…。

本を読むほどバカになる。
そんなフレーズを頭の片隅に置きながら、
これからも本を読んでいこうと思います。





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2019年8月16日金曜日

『双風神 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


作家さんごとに小説をつくる手順は
違うんだろうけど、
少なくとも殺人事件の犯人を
突き止めるようなミステリー作品の場合は、
書き始めるとき作者の頭の中で
犯人はわかっていて、
そこにトリックなり謎解きなりを
盛り込んでいくんだろうと思います。

作家さんに聞いて統計をとったとか、
その手のノウハウ本を読んだとか、
そういう裏づけがあるわけじゃないから、
わらないですけどね、ホントのとこは。

でも、
作者の頭の中で犯人がわかっていないまま、
物語をつくっていったら、
とてもトンチンカンなストーリーに
なってしまうと考えられるので、
やっぱりそうなんでしょう。

ぼくがそんな話をつくるとしても、
やっぱ、最初に犯人を決めると思います。

それを決めた上で、
何も知らない名探偵とかが、
ちっちゃなヒントをほじほじしながら、
読者と一緒に事の真相に迫っていく。
ま、それが通常の作法でしょうね。

とはいえ、
もし書き始めのとき、
作者自身も犯人がわからないで
(というか決めないで)
事件が起きて、
作中のキャラと作者が一緒になって
事件解決を進めていくようなつくり方をして、

それがトンチンカンにならずに
破綻のない話になったとしたら、
それはそれで、
とっても面白いものができるんじゃないかな、
なんて思ったりもします。

で、この『双風神 羽州ぼろ鳶組』。

作家さんの頭の中には、
結末が最初からあるつくり方なんだろうな
と思いました。
途中途中でそれをチラッと見せるじらし方が、
もうほんとジリジリしちゃいました。





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2019年8月14日水曜日

『風邪の効用』(野口晴哉)読みました。


作品のタイトルと中身が違っているのは、
どの程度許されるのでしょうか。

作品じゃないけど、
選挙で選ばれたい人が、
できそうもない約束を掲げて当選し、
政治家になったあとで、
約束を果たせなくても、
まあ許されているじゃないですか。

「国民の誰もが働かないで、
 遊んで暮らせる国をつくりますので、
 よろしくお願いします」
と言ったとして、
そんなのはみんな本気にしないから、
言った時点でウソだとわかっても、
罪にはならない(なるのかな…)。

同じように、
犬の飼い方を書いた本に
『超わかる!パソコンの使い方』って
タイトルをつけて売ったとしたら、

チラッとでも中身を確認したり、
ネットで目次を見たりした人は、
きっと誰も買わないだろうから、
それも罪にならない気がする(なるのかな…)。

タイトルじゃないけど、
少し前、健康にいい食べ物なんかを
紹介するテレビ番組が、
効果がすごく出ているような
やらせの情報を放送していて、
それがばれて、
打ち切りになったことがあったけど、
あれも別に誰かが逮捕されたとかは
言ってなかったような気がするんで、
正確には犯罪にならないような
(なるのかな、なったのかな…)。

で、この『風邪の効用』。

すみません。
この本とは関係ないこと書いちゃいました。
ぼくのやっていることが、
題名と中身が違う行為でした。

ともあれ、この本は題名そのままの内容です。
さらに風邪の治し方まで教えてくれました。





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2019年8月8日木曜日

『たましいの場所』(早川義夫)読みました。


カズオ・イシグロさんの
『忘れられた巨人』に、
おじいさんの戦士が出てきて、
自分の老いを嘆くような場面が
ありました(たしか)。

自分はまだまだ衰えてはおらず、
女性をよろこばせることだって、
若い頃とそれほど変わらず頑張れる。

ちょっと前も、
元気具合を確かめようと思って、
自ら試練を加えてみたけれど、
それ相当のレベルまでは
たどり着くことができた。

そのときには、
たまたま最後までは到達しなかったが、
それはタイミングというか、雰囲気というか、
その場の環境が適合しないだけで、
要因は外部にあり、自身の問題ではない。

今のワシだって、十分いける。

……みたいな内容でした。

いわゆる下ネタになるんでしょうが、
そこにはクスッとさせる
ユーモアが入ってる。
それがいい。
そういうのが好きなんです。

どんなものにも、
笑いがあってほしい。

エロだけでも嫌いじゃないけれど、
顔の筋肉が緩んでくるようなものが
入ってないとちっと物足りなく感じます。

それがたとえ、
学術的な専門書でも、
ハウツーを教える実用書でも。

で、この『たましいの場所』。

下ネタ的なものも、ユーモアもありました。
なので、あえてわがままをいえば、
あと5割増しくらいの笑いがあったらなあ。





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2019年8月6日火曜日

『未必のマクベス』(早瀬耕)読みました。


食べ物の好みは人それぞれで、
とっても尊敬できる人が
「あの店は美味しい」
と言ったからといって、
自分も同じように感じるとは限らない。

(実は、どんなに話を盛ったとしても
 「舌が肥えている」とは
 自称できないんですけどね、ぼくは。
 だから、美味しいか、まずいかの判断は
 ホントのとこ、できないんだけれども…)

その好みが、どうしても合わない
友だちがいるんです。

実名挙げるのも何なので、
とりあえずここでは
粟津くんとしときましょうか。
アワズ君ね。

彼は、食べ物屋さんを回るのが好きで、
アソコがいい、ソコはダメと、
何かある度に教えてくれるんです。

気に入った店は、
何度も繰り返し薦めるもんだから、
こっちも根負けして行ってみる。

すると、ことごとく
ハズレちゃうんです(ぼく的に)。

だらからまあ、最初にいったように、
好みは人それぞれなんですわ。

で、この『未必のマクベス』。

期待していなかったんです。
だって、食べ物じゃないけど、
本の嗜好で、
どうしても合わない友だちが
薦めた本だったから。

だけど今回だけは違いました。
面白かった。
今度は、アワズ君のオススメ店にも
なるべく行くようにしよっと。





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2019年8月1日木曜日

『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(加藤文元)読みました。


仕事上どうしても必要という理由で
読む本だとしても、
どこかしら自分なりの興味があって
ページをめくります。

だから、
何のしがらみもなく
「これ面白そう」と選んで読む本は、
どんな分野だとしても
「興味ゼロ」ではありません。

そんなことを考えていたら、
生来のへそ曲がり気質が
むずむずし出してきて、

「次は、これまでの人生で
 まったく興味ゼロだった分野の本を
 読みたい!」

なんて思っちゃいました。

さっそくアマゾンの
「和書ジャンル」の項目を
たどってみると、
どれもこれでも興味ゼロとは言いがたく、
それでもあえてあげるなら、

常識・マナー、資格・検定、
ゲーム攻略本、楽譜、
スポーツ入門書…くらいかな。

で、この『宇宙と宇宙をつなぐ数学』。

ホーキングさんの本とかは面白く
「宇宙」は興味あり、
『博士の愛した数式』以来「数学」もOK。
そんな理由で読んだ本。

でも、そんな安易な選択は、
見事に撃沈でした。





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