2025年7月31日木曜日

『翻訳者の全技術』(山形浩生)読みました。


「自己啓発本」と入れて
グーグル検索で出てきた「AIによる概要」は

「自己成長や能力向上を目的とした書籍のことです。
 これらの本は、人生観、仕事術、思考法など、
 様々なテーマを扱い、読者に気づきや行動を促すことを
 目指しています」

とありました。
実は、これまでそういう本を自分の意思で
手に取り読んだ覚えがないんです。

それだから、成長とか向上とかいえるような
輝かしい何かをつかめないのかもしれません。

そんなピカピカな何かに触れることは、
ちっともやぶさかではないので、
読んでみようかと思うんですが、
ほかの面白そうな本ばかりに目がいちゃうもので。

で、この『翻訳者の全技術』。

これってもしかしたら自己啓発本なのかなと思ったり。

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2025年7月29日火曜日

『フェアリー・テイル(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


これまで読んできた小説では、
登場人物の名前は、なんらかの前振りが
あってから明かされるものでした。

「吾輩は感想文吾である」
という書き出しの物語であっても、
それ自体が前振りというか説明になっているから、
読解力がポンコツなぼくでも
すんなり理解して次の文に目を移せる。

初登場の人が、しばらくは「妖しげな美女」とか
「彼女」とかと記されていても、誰かがセリフの中で
「牡丹野花子さん」と呼びかけたあとは、
もう名前はわかったでしょ、
じゃあ次からはそれでいくね、とばかりに
「牡丹野はレースのハンカチで口元を隠した」
みたいに進んでいく。

そういう暗黙のルールに従わないのって、
これまで読んだ本の中になかったような気がします。

浦島太郎の視点で、
悪ガキたちがカメに意地悪している描写があり、
「私はいたたまれなくなり、やめなさいと叫びながら、
 砂浜に駆け降りて行った。子供たちは一斉に逃げ去った。
 その様子を為次郎が木陰から見ていたかどうかはわからない。
 私はカメを抱き上げ、海に戻してあげた」
の中の為次郎がそれまでのストーリーの中に1度も出てなくて
「えっ、誰よ為次郎って」みたいな。

で、この『フェアリー・テイル(下)』。

あのとき出てきたキャラは、たぶん初登場でいきなり名前
だったような気がするんだけど、
自信がないので再読して確認したいんだけど、
ちと長いんだよな、この6割くらいがぼくには適量でした。

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2025年7月25日金曜日

『ストーンサークルの殺人』(M・W・クレイヴン)読みました。


この本を読みましたって体裁にしていながら、毎回、
あまりにもそのストーリーには関係のない話ばかりで
恐縮なので、今回はこの作品の中でニヤっと
ほほが緩んだ場面を書いときましょう。

ネタバレにはならなず、たぶん読者サービス的に
面白味を加えるための描写と思われる部分です。

ホテルのロビーから主人公が、
そこに泊まっている仲間の部屋に電話をかけて、
急いで下りてこいと呼び出すシーン。

朝の時間で、
当人は少ししか眠れていないのはわかっていたので、
寝ぼけ声の彼に、10分待つからシャワーを浴びて
目を覚ましてくるように言う。

何をそんなに慌てる必要があるのかと不平気味の彼に、
差し迫った事態を端的に伝えると、
そんなことなら10分も使っていられない
「5分で行く」と答えた。
そして実際に彼がロビーに現れたのは
15分後だった。じゃんじゃん。

あ、さっき面白味を加えるためなどといいましたが、
それを意識させるような表現ではありませんでした。
説明じゃなくセリフだけのやり取りみたいな構成なんです。
おしゃれな感じで。

で、この『ストーンサークルの殺人』。

上記ニヤつき部分も含め、極上品でした。
あ、よく考えたら、ニヤつき部も伏線になってるわ。

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2025年7月23日水曜日

『アイドリング脳』(井ノ口馨)読みました。


毎度つらつらと、本を読みましたぜ、
とここに報告しているけれど、
そのうちの何冊かは、全ページに目を通したとは
いえないものがあります。

(巻末の広告とか奥付けなんは、ほぼスルーしちゃってるので、
 それを入れればほとんどすべて未読になりますが、
 そういうのは除いて)

飛ばしちゃってるのは、注釈のところ。
本文に*印がついてて、その説明が
同じページの下段とか左端とかに入っているときは、
あちこち移動しなくてもよいので、
げんなり気分を抑えながらも何とかこなします。

(そういえば、少し前に読んだ『バベル』って小説は、
 その同ページ注釈がてんこ盛りだったな。
 斜め読みで対応したけど)

でも、それが章ごとの終わりにまとめて載ってたり、
後ろの方にどっさり詰め込まれているときには、
97%くらいは見なかったふりをして
その1冊を閉じちゃうんです。
「終わり、はい次」って感じで。

で、この『アイドリング脳』。

後ろまとめ方式でした。ところが、
この本に限って(総ページ数が少なく薄かったこともあり)
全部きちんと熟読しちゃいました。
したらなんと、本文より面白く感じちゃったんですわ。

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2025年7月17日木曜日

『まぐさ桶の犬』(若竹七海)読みました。


前回、内容とかにはまったく触れずに
スティーヴン・キング新刊の話題を出しちゃったので、
ここでちと書いときます。

とはいえ、まだ最初の章しか読み終えてないけど。
上下分冊で全部で何章あるか、現物が手元にないので
見当もつかず、済んだ1章分だって分量は
確か20ページ前後しかなかったな気がするけど。
だからストーリーの本筋にはまったく入っていないとは思うけど。

おっとっと、勢い余って進めちゃった。
あのですね。前の3つの文末に使った「けど」ってのは、
あとに続く文が逆説的な内容になる
接続詞の「しかし」みたいな言葉です。

後続に逆説文がないといけないのに、
同じ「けど文」を続けちゃってる。
まあ並列するやり方もないわけなじゃいけど、やっぱ読みにくい。

なので簡単にいいましょう。
「さわりしかかじってないのに、読了したような物言いですみません」

(ちなみにこの「さわり」の使い方は誤用らしく、
 それについてはまた別の機会に)

と、言い訳しといて、キング本がいいと感じたのは、セリフ。
ぼくだったら「恨んでるけど我慢してる」
くらいで済ませちゃうとこを
「恨まないようにしている。憎しみの気持ちは
 ほとんどの時間で、うまく手なずけられている。
 とはいえ夜中の2時に一人で目を覚ましたときには、
 うまくできているとは思えない」
とかにしている。いいっす。

で、この『まぐさ桶の犬』。

セリフの語尾に「けど」をつけるのが口癖のおばさんが出てきて、
そんなやり方もあるのね、と感心しました。


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2025年7月10日木曜日

『上弦の月を喰べる獅子(下)』(夢枕獏)読みました。


上下分冊になった作品を
連続でここに載せるは珍しいことだと、
少し前に言ったような気がします。気がするので、
それについてはこの4行だけにしといて、
別の話題にしましょう。

上下分冊つながりで。
スティーヴン・キングさんの新刊について。

たしか1冊5千円近くして、
2冊買ったら日本一の最高額紙幣1枚出して、
小銭がちょろちょろ戻ってくるぐらいの、
購入時尻込み感97%で「いっちゃえ」の
胸奥の掛け声が必須の本でした。

ハードカバーで高級感あるつくり。
一般的な単行本より少しサイズが大きくて、
もしかして今流行りの大きな文字で印刷してくれてんのかな、
それなら老眼にやさしいので助かるな、
と思っていたらフォントの大きさは他の書籍なんかと変わらず、
しかも上下2段の、みっしり文字文字。

とはいえ、パラパラめくってみると、
いつものキング本のように、
章や節が短い間隔で分かれていて、
そこに白地があるから、それほどの圧迫感はありません。

で、この『上弦の月を喰べる獅子(下)』。

これ読み終えたので、やっとキング本に移れました。
なんていうんでしょ。高低差みたいなのをすごく感じてます。


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2025年7月8日火曜日

『上弦の月を喰べる獅子(上)』(夢枕獏)読みました。


強烈に面白かったという記憶が残っていて、
そろそろ再読したいなと思っているんだけど、

その同じ作品をなぞるんじゃなく、
同じ作者の別の作品を試したほうがいいんじゃないのと、
どこぞの中空から不明瞭な声が聞こえてきて、

ネットでおすすめを探し、
手をつけることが何度かありました。

ぱっと思い出すのは、船戸与一さんの『山猫の夏』。

確かこの感想文もどきを始める前だったように思うんですが、
その若かりし頃に船戸さんの『砂のクロニクル』を読んで、
こんなすごい話よく書けるな、すごい、すごい、すごい、

(「すごい」って言葉はとても安易な表現で、
 いろんな場面で便利に使えちゃうから、
 それを多用すると、手抜きになるからやめようよと、
 ぼくの中では使用禁止ワードの柵の中に放り込んでいるのですが、
 それでも、そこを飛び越えて逃げ出すヤツらがたくさんいて、
 とても困っています。ちなみに「とても」も柵に入れてる言葉です)

と感心しながら、すごいなと思いつつ幾星霜。
ほかの面白本や、それを読んでいるとなぜうんざりしてくるのか
その理由を探るためにこなした本などにまみれながらも頭の片隅にあって、
やっとこさ少し前に『山猫』に手をつけました。
ま、結局、『砂の〜』ほど衝撃はなかったという話。

で、この『上弦の月を喰べる獅子(上)』。

夢枕獏さんにも同じように、
ぼくの中での衝撃作『神々の山嶺』があり、
再読リストの中でうずうずしてるんですが、
例の不明瞭な声に従いこの本に手を出しました。
ま、まだ下巻があるし。

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2025年7月3日木曜日

『ユビキタス』(鈴木光司)読みました。


今調べてみたら
京極夏彦さんの『了巷説百物語』を
読み終えたのは去年(2024)の9月でした。

その本は、何年か間が空いて、やっと出た、
たぶんシリーズ最終話になる最新刊。

やっほーやっほーと小躍りしながら、
殺人事件の凶器にもなりそうな
重たくて分厚い書籍をがぶがぶと
こなしていきました。

これはやっぱオモロい、満腹、満腹と喜んでたら、
そうだ、これまで出てるシリーズも読み返そうと思い立ち、

でも本棚にあるのは、どれも凶器サイズだから
再びの手首の筋トレ状態は勘弁だし、
ならば小さな文庫版を新調して揃えよう、
そうすりゃ、またまた再読したくなったときにも楽だし、
文庫なら巻末に解説とかのおまけもついてるからお得だし。

ってことで今年(2025)に入って、
最初の刊から4冊目までを入手して
ごくごく飲み干しました。
残りは2作品あるので、お楽しみはまだ続きます。

再読して、物語の筋をまったく覚えてない
貧弱脳みその存在を再認識したのもさることながら、
作品世界に引っ張り込む力の強さなど、
いろんなこと勉強できたように思います。

で、この『ユビキタス』。

京極作品では楽しみたくて再読したけど、
この作品は別の意味で作者の過去作を
振り返りたくなりました。

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2025年7月1日火曜日

『本所おけら長屋(十三)』(畠山健二)読みました。


前回の感想文もどき、
なんか同じ話をしたような気がして、
ひっかかっていたので、
これを書く前に確認してみました。

やっぱあった。
3冊ほど前のごみ関連の本のときです。

もともと炭酸水の泡みたいに秒単位で
消え失せてしまう記憶力が売りのわが頭脳なので、
自分にとっては別段驚くことではないんですが、
もしきちんと読んでくれる人がいたら、
なんだまた同じネタ使って書いてんのかよ、
と呆れられてしまうから恐縮です。

少し前に、一回りほど年上の人と
物忘れについて世間話していて、彼が、

きのうなんかさ、よしそろそろ行くかなって家を出て、
戸締りして外を少し歩き出したら、
なんの用事でどこに向かってのか忘れちゃってるんよ、

と言うものだから、それはもう、あららなので、
ぼくまだそこまではと考えたけど、
よく思い出してみれば、
こたつから立ち上がって3歩進んだら、
なぜ立ち上がったのか忘れてることもあり、

だからネタが重複するくらいは、お許しくだされ。

で、この『本所おけら長屋(十三)』。

「おいらく」という話に似たようなエピソードがあり
自虐的に身に染みたのでした。
あと4話目の「ゆうぐれ」で泣きました。


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