2026年6月30日火曜日

『暗黒の瞬間』(エリーザ・ホーフェン)読みました。


いまだ続けてるジョギング通勤では
キツさを和らげるため、交差点に差し掛かると、
なるべく赤信号で止まれるようスピードを調整します。

そうすれば休めるので。
(完全に止まると次の走り出しがしんどいから足踏みして)

歩行者用の青表示が点滅しようものなら、
渡りかけた横断歩道も後戻りして足踏み。

この前、
その踏み踏みひょこひょこ休憩をしている隣に、
赤ちゃんを抱っこした、おじいちゃんらしき人が
並んで信号待ちしてました。

首は座っていたけど、
まだ1才にはなっていないだろう、きっと女の子。
おじいちゃんは、
とってつけたような真新しい抱っこひもに、
おどおどした感じの手を添えています。

ちょっと引きつった表情で孫(たぶん)をあやす
おじいちゃんをよそに、赤ちゃんがくるっと頭を回し、
ひょこひょこ休憩しているぼくのほうを見ました。

そしてこっちに目を止めた瞬間、笑ったんです。

赤ちゃんなので大人みたいなワハハハ声じゃありませんが、
キャキャキャみたいな高音で、手足をバタバタさせて。

ひょこひょこの動きが滑稽だったのか、
走りでヘロヘロなげっそり顔がおかしかったのか、
何が笑いのツボを刺激したのかわからないけど、
とにかく笑顔になった。

そのニコニコが、おじいちゃんとぼくに伝染して、
なんかほんわかしたんだとさ。

で、この『暗黒の瞬間』。

面白かったです。面白かっただけにもう一声。
キャキャキャでもいいし、クスッでもいいから
あと5、6カ所くらい笑えるというか、
ユーモアチックなとこがあったら、
迷いなく好みレベル5つ星をつけます。

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2026年6月25日木曜日

『ゲームの王国(上)』(小川哲)読みました。


段落分けの改行がほとんどなく、
ときには1つのパラグラフが数ページも続く
文字ぎっしりの本が好きって人がいます。

1文ごと改行的な下半分が白紙状態の書物だと、
何だか損をしたような気になるとか。

ぼくは逆に、その白紙感が好きというか、
さくさくとページをめくれる感じが心地よくて、
どちらかといえば、スカスカなほうがいいな。

とはいえそれも一概にはいえなくて、
たぶん次回に登場する『暗黒の瞬間』という
翻訳物ミステリは、分けるとすれば
文字ぎっしり系なんだけど、
すかすか系の感覚で読み進められて、
「いやーこれも好きだわ」と感じました。

結局のところ、その語り口というか文体というかが、
自分好みかどうかってとこなんでしょうか。

で、この『ゲームの王国(上)』。

ぎっしり系でページめくりスピードはのっそりでした。

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2026年6月18日木曜日

『人はなぜ記憶するのか』(チャラン・ランガナス)読みました。


パソコンに入っているやつとか、
ネットにあるサービスとかで
言葉の意味を調べるんじゃなくて、

本になっている辞書を使うほうがいい
と勧める人は、よくこんな理由をあげています。

「ほかの言葉に目移りするから」

検索窓に用語を入れてエンターを押したら、
その項目だけが表示される。
それでは目移りはできません。

でも辞書だったら、
目的ページの中に直接関係ない、
そのタイミングではどうでもいいウンチクが
ちっちゃい文字でごまんと並べられている。

「犀利(さいり)」って何さと調べたら、
少し右側の「美人の形容に用いられる」って文が目に入り、
ほー「細腰」って書いて「さいよう」か、
なんて感心してから元に戻り、

犀利ってのが「頭の働きが鋭いこと」と知識を得る。
(そしてすぐ忘れちゃう。むしろ「細腰」を覚えてる)

とはいうものの、言葉の解説画面ではなく、
ネット検索窓の周囲には、広告とかニュースとか
余計なものがたくさんあり、調べる前段階の目移りはできる。

そんなのをクリックして飛んでみれば、
そっちの情報に興味はどっぷり移って、
最初に何を調べようとしていたのか失念することができます。

で、この『人はなぜ記憶するか』。

そんな直前のことの物忘れも人の能力のうちなんだとか。

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2026年6月16日火曜日

『野獣死すべし』(大藪春彦)読みました。


2つ前の『百億の昼と千億の夜』では、
中学生のとき買った文庫本を
ずっと保管していたといいました。
いや、あえて保管していたというより、
なぜかしらねど残っていたって書いてたかな。

でも、よくよく記憶をたどってみると、
この本には思い出があったんです。

物語にはインド神話とか仏教経典に出てくる
阿修羅が主要キャクターとして登場し、
巻末にはその解説が載ってます。

その解説文を、
今風にいえばコピペして「修学旅行文集」の作文で
提出しちゃったんです。まあ、そのままじゃなく、
語尾を「と思いました」みたいに変えてですが。

奈良の興福寺にある阿修羅像見学の感想として書いたら、
あろうことか国語の先生にベタ褒めされて、
すんごく申し訳ない気分になったという思い出です。

で、この『野獣死すべし』。

中学、高校と進んで、次に行ったのは映画学校。
そこではシナリオ作成の課題があって、
学生ごとにプロの脚本家が1人指導についてくれました。
その初回の面談のとき
「『野獣死すべし』みたいなものを書きたい」
と先生に言いました。そんで苦笑されました。
って思い出があるのに、なぜか『百億〜』のように
当時の文庫本は残ってませんでした。
だから新しく買って読み直しました。
残さなかった理由が見えた気がしました。

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2026年6月11日木曜日

『宇宙は「もつれ」でできている』(ルイーザ・ギルダー)読みました。


こんな面白い生き物がいるよ的な話とか、
そんなあんなの激動の環境を乗り越えて
どうやって今の形になったとかの進化の話とか、
それらしきうんちくが並べらている本はわりと好きで、
そっち系のキャッチーなタイトルがついている書籍があると、
いつの間にか目を通していたりします。

専門家じゃないんで、
その関連本を網羅的に押さえられるわけもなく、
これまでせいぜい10冊程度こなしただけなんですが、
そこにはなぜか虫に関する内容がまったく出てなかったんです。

でも去年、虫だけに特化した本を見つけ、
おのれの脳内ミッシングリンクを埋め合わせることができました。
(ポンコツ記憶力のお陰で、知識の全体が消え失せているので、
 ミッシングができる土台もありませんが)

と、長い前振りを終えて、最初に言おうとしたこと。
虫のいる世界では、彼らの周りの空気は
人の感じているものより、もっと粘っているらしいんです。

人間は大きいから空気の中にある分子とかを
それほど感じなくて済むけど、虫はちっちゃいから、
相対的に分子は大きく、抵抗が強くなる。
ぼくらが水の中にいるような感じでしょうか。

ほへー。人間の大きさの自分には、
虫のことはわからんのだな、と思って。

でっかい宇宙のことや、ちっちゃい素粒子のことなんか、
わからなくて当然だな、と思って。

で、この『宇宙は「もつれ」でできている』。

読んでもわからないこと半分、
わかったような気になったこと半分って感じでした。

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2026年6月9日火曜日

『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)読みました。


ちょこちょこ棚卸し作業をし、
泣く泣くブックオフへ運ぶものを選別し、
ある晴れた日の昼下がりにドナドナし、
スペース確保を試みている我が書庫(本棚のこと)ですが、

その過酷な状況下でも、
はるか半世紀以上前の中学時代に読んだ
もはや古文書とも呼べる書籍が1冊残っています。

それは、文庫本で、
もしやして翼が生えていて、楽しい牧場に
戻ってきたわけではありません。

棚卸しの度に、どこかの陰に隠れて見えなかったのか、
中2病を思い出すノスタルジックな気分のせいか、
そうしたちょこっとした幸運が重なって
ずっと保管されてきたものです。

ところがこの前、
その古文書的文庫を再読したいとの欲求が
なぜかムクムクしてきて手に取り、
半分ほどまで進んだところで、
きっと糊が劣化していたのでしょう、
ページがバラバラになってしまいました。

で、それがこの『百億の昼と千億の夜』。

仕方ないので新しい文庫を買って続きを読みました。
ロングセラーなんですね。新刊書店で売ってました。

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2026年6月4日木曜日

『ガソリン生活』(伊坂幸太郎)読みました。


少し前の『ランニング・マン』のとき、再読したいけど
躊躇している本棚ストック作品のこといいました。

いつかは目を通そうと、
昔読んだ文庫本をそのままとってあって、
開いてみるとページが黄ばんでいて文字が小さく、
老眼にはつらく厳しいって話です。

なんですが、
積ん読本の在庫がめずらしく空になってしまい、
この際だからと一念発起して、
その黄ばみ文庫に手を出しました。

今、その最中。『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)です。
初めてページをめくったのは中学生の頃。
つーことはもう半世紀も前になるんじゃん。

どおりでセピア化レベルが9・5にもなってるはずだ。
想定外だったのが、その黄色っぽさ。
文字の小ささは覚悟していて、
手を伸ばして目から少し距離をおけば
なんとかなるだろうとやってみたものの、
日が照っている明るい場所なら大丈夫なんですが、
ちょっとでも薄暗くなるとダメ。
紙の黄ばみに、かすれ気味の印刷文字が溶け込んで、
ぼけぼけMAX。
だからそれ読むときは、
「電気スタンド5センチ位置」+「腕伸ばし」
で対応してます。

で、この『ガソリン生活』。

『百億〜』同様の再読本。
でも、それほど年月はたっていないので
紙の劣化も、文字のミニミニ化もなく、
普段と変わりなく読めました。楽しかった。

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2026年6月2日火曜日

『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』(片桐彰久/長野伸彦)読みました。


新刊が出たときのプロモーションで
書店におもむきサイン会した作家さんが、
ブログかエッセイかなんかで書いてました。

小説は本屋さんで扱っている商品の中の
ほんの一部でしかないって。

当日その時間に行って用意された席に座っていれば、
あとは流れ作業的に
並んでるお客さんが持ってくる自著に名前を書くだけ、

と勝手に想像していたけど、
実際には事前の打ち合わせで現場の書店に足を運んだり、
その日は結構前から会場に入って
準備の様子をチェックしたり要望出したり
とかの作業があるらしく。

そんなとき立ち入るのは本屋さんのバックヤードで、
そこには「食べられる野草の見分け方」だの
「よくわかる個人事業の経理」だの
「美しいペン字練習帳」だの
実生活にダイレクトに役立つ本が飛び交って、
それを書店員さんたちがさばいてる。

さらに、店を訪れるお客さんも、
ほとんどがそれぞれの実用目的に沿ったジャンルの棚に直行し、
食い入るように適切な書物を探している。
それ見て、
「つくり話の本ってどうなんだ」
とその作家さんは思ったとか。

で、この『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』。

この本も小説以外でした。

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