2026年6月16日火曜日

『野獣死すべし』(大藪春彦)読みました。


2つ前の『百億の昼と千億の夜』では、
中学生のとき買った文庫本を
ずっと保管していたといいました。
いや、あえて保管していたというより、
なぜかしらねど残っていたって書いてたかな。

でも、よくよく記憶をたどってみると、
この本には思い出があったんです。

物語にはインド神話とか仏教経典に出てくる
阿修羅が主要キャクターとして登場し、
巻末にはその解説が載ってます。

その解説文を、
今風にいえばコピペして「修学旅行文集」の作文で
提出しちゃったんです。まあ、そのままじゃなく、
語尾を「と思いました」みたいに変えてですが。

奈良の興福寺にある阿修羅像見学の感想として書いたら、
あろうことか国語の先生にベタ褒めされて、
すんごく申し訳ない気分になったという思い出です。

で、この『野獣死すべし』。

中学、高校と進んで、次に行ったのは映画学校。
そこではシナリオ作成の課題があって、
学生ごとにプロの脚本家が1人指導についてくれました。
その初回の面談のとき
「『野獣死すべし』みたいなものを書きたい」
と先生に言いました。そんで苦笑されました。
って思い出があるのに、なぜか『百億〜』のように
当時の文庫本は残ってませんでした。
だから新しく買って読み直しました。
残さなかった理由が見えた気がしました。

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2026年6月11日木曜日

『宇宙は「もつれ」でできている』(ルイーザ・ギルダー)読みました。


こんな面白い生き物がいるよ的な話とか、
そんなあんなの激動の環境を乗り越えて
どうやって今の形になったとかの進化の話とか、
それらしきうんちくが並べらている本はわりと好きで、
そっち系のキャッチーなタイトルがついている書籍があると、
いつの間にか目を通していたりします。

専門家じゃないんで、
その関連本を網羅的に押さえられるわけもなく、
これまでせいぜい10冊程度こなしただけなんですが、
そこにはなぜか虫に関する内容がまったく出てなかったんです。

でも去年、虫だけに特化した本を見つけ、
おのれの脳内ミッシングリンクを埋め合わせることができました。
(ポンコツ記憶力のお陰で、知識の全体が消え失せているので、
 ミッシングができる土台もありませんが)

と、長い前振りを終えて、最初に言おうとしたこと。
虫のいる世界では、彼らの周りの空気は
人の感じているものより、もっと粘っているらしいんです。

人間は大きいから空気の中にある分子とかを
それほど感じなくて済むけど、虫はちっちゃいから、
相対的に分子は大きく、抵抗が強くなる。
ぼくらが水の中にいるような感じでしょうか。

ほへー。人間の大きさの自分には、
虫のことはわからんのだな、と思って。

でっかい宇宙のことや、ちっちゃい素粒子のことなんか、
わからなくて当然だな、と思って。

で、この『宇宙は「もつれ」でできている』。

読んでもわからないこと半分、
わかったような気になったこと半分って感じでした。

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2026年6月9日火曜日

『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)読みました。


ちょこちょこ棚卸し作業をし、
泣く泣くブックオフへ運ぶものを選別し、
ある晴れた日の昼下がりにドナドナし、
スペース確保を試みている我が書庫(本棚のこと)ですが、

その過酷な状況下でも、
はるか半世紀以上前の中学時代に読んだ
もはや古文書とも呼べる書籍が1冊残っています。

それは、文庫本で、
もしやして翼が生えていて、楽しい牧場に
戻ってきたわけではありません。

棚卸しの度に、どこかの陰に隠れて見えなかったのか、
中2病を思い出すノスタルジックな気分のせいか、
そうしたちょこっとした幸運が重なって
ずっと保管されてきたものです。

ところがこの前、
その古文書的文庫を再読したいとの欲求が
なぜかムクムクしてきて手に取り、
半分ほどまで進んだところで、
きっと糊が劣化していたのでしょう、
ページがバラバラになってしまいました。

で、それがこの『百億の昼と千億の夜』。

仕方ないので新しい文庫を買って続きを読みました。
ロングセラーなんですね。新刊書店で売ってました。

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2026年6月4日木曜日

『ガソリン生活』(伊坂幸太郎)読みました。


少し前の『ランニング・マン』のとき、再読したいけど
躊躇している本棚ストック作品のこといいました。

いつかは目を通そうと、
昔読んだ文庫本をそのままとってあって、
開いてみるとページが黄ばんでいて文字が小さく、
老眼にはつらく厳しいって話です。

なんですが、
積ん読本の在庫がめずらしく空になってしまい、
この際だからと一念発起して、
その黄ばみ文庫に手を出しました。

今、その最中。『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)です。
初めてページをめくったのは中学生の頃。
つーことはもう半世紀も前になるんじゃん。

どおりでセピア化レベルが9・5にもなってるはずだ。
想定外だったのが、その黄色っぽさ。
文字の小ささは覚悟していて、
手を伸ばして目から少し距離をおけば
なんとかなるだろうとやってみたものの、
日が照っている明るい場所なら大丈夫なんですが、
ちょっとでも薄暗くなるとダメ。
紙の黄ばみに、かすれ気味の印刷文字が溶け込んで、
ぼけぼけMAX。
だからそれ読むときは、
「電気スタンド5センチ位置」+「腕伸ばし」
で対応してます。

で、この『ガソリン生活』。

『百億〜』同様の再読本。
でも、それほど年月はたっていないので
紙の劣化も、文字のミニミニ化もなく、
普段と変わりなく読めました。楽しかった。

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2026年6月2日火曜日

『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』(片桐彰久/長野伸彦)読みました。


新刊が出たときのプロモーションで
書店におもむきサイン会した作家さんが、
ブログかエッセイかなんかで書いてました。

小説は本屋さんで扱っている商品の中の
ほんの一部でしかないって。

当日その時間に行って用意された席に座っていれば、
あとは流れ作業的に
並んでるお客さんが持ってくる自著に名前を書くだけ、

と勝手に想像していたけど、
実際には事前の打ち合わせで現場の書店に足を運んだり、
その日は結構前から会場に入って
準備の様子をチェックしたり要望出したり
とかの作業があるらしく。

そんなとき立ち入るのは本屋さんのバックヤードで、
そこには「食べられる野草の見分け方」だの
「よくわかる個人事業の経理」だの
「美しいペン字練習帳」だの
実生活にダイレクトに役立つ本が飛び交って、
それを書店員さんたちがさばいてる。

さらに、店を訪れるお客さんも、
ほとんどがそれぞれの実用目的に沿ったジャンルの棚に直行し、
食い入るように適切な書物を探している。
それ見て、
「つくり話の本ってどうなんだ」
とその作家さんは思ったとか。

で、この『医師が教える赤ちゃんのまぁるい頭の育て方』。

この本も小説以外でした。

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2026年5月19日火曜日

『悪党たちのシチュー』(ロス・トーマス)読みました。


本を入手する方法は、
ほぼひと月に1度の書店への買い出しです。
(何度も言ってる気がしますが……)

(それから以下も
 何度目になるかわからないほどですが……)
10冊程度の書名を書いたメモを持ち、
その指示通りに棚から抜いてレジに運ぶ。

そんなやり方をもう10年20年と続けているのですが、
直近の前回、ルーチンの書店棚取りの際、
ふと、違う方法も試して見るべきじゃないか
というプチ悟り的な脳内発光があったんです。

1度に使う予算は1万円までと決めています。
メモに書くときにはそれ以内に収まるように
値段も計算しています。

だから該当する本を棚から取るとき
「えっ、ローレンス・ブロック作品の新刊が出てるじゃん」
とメモにない書籍で、
読みたい読みたい今すぐ読みたいなものが
目に入ったとしても、自分縛りのルール上、
次回の買い出しメモに記して我慢し、
ほぼひと月後を待つ的なメソッドを
採用しなくてはなりません。

プチ悟り的な脳内発光は、それを打ち破るものでした。
メモなしで、その場の直感だけで
10冊ほどを選んだら楽しいかも、です。
それはまだ試していません。
でも、次回のメモには着々と書名が増えているから
どうしましょ。

で、この『悪党たちのシチュー』。

ルーチンの書店棚取りの際、
「えっ、ロス・トーマス作品の新刊が出てるじゃん」発見で、
メモ上の同じ値段の作品と差し替えて手に入れました。

土壇場で未購入になったやつはまだ読んでないけど、
たぶんそっちよりは面白いでしょう。

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2026年5月14日木曜日

『コメンテーター』(奥田英朗)読みました。


誰から聞いたのか、はたまた、どこで読んだのか、
そういうのは忘れちゃったんですけど、
誰かが言っていた「歳を取ると性格が悪くなる理由」。

昔はとってもいい人だったのに、
高齢者の仲間入りした頃から
穏やかさがどんどんなくなってきて、
今や強烈な意地悪じいさんっていわれてる。

みんながみんなそうなるわけではないけれど、
同じような例は結構あるようで、
自分の周りにも相当する人がいるんだなぁ、な気がします。

んで、そうなる理由。
それは優しいからだっていうんです。

歳をとって死期が近くなって、
自分が穏やかな善人のままこの世を去ってしまうと、
周囲の人はみんな悲しむ。

でも、嫌われ者になって
早く死ねばいいのになどと陰口叩かれるくらいになれば、
実際に逝ったときに悲しまれなくて済む、
からだとか。

で、この『コメンテーター』。

善人→悪人って変わり方じゃなく、
シリーズ通して変質者→常識人って方向で
主人公の性格が変遷してる気がしました。

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2026年5月12日火曜日

『世界の終わりの最後の殺人』(スチュアート・タートン)読みました。


新聞、雑誌、ネットで見かけて、読みたいと思った本は、
専用メモ紙に書名とか値段とかを記録しておき
1月分まとまったら、それを片手に買い出しに行きます。

最近、このメモ作業のとき
頭をよぎるようになったのが、サイズです。

小さな文庫本なのか、
大きな(つーか普通サイズの)単行本なのか。

前々からいっているように、
住宅事情とか住宅事情とか住宅事情により、
保管しておくスペース、つまり、
本棚の空きはもうほとんどなく、
できれば場所をとる単行本は避けたい。

文庫なら何とか奥に並べた色褪せ背表紙群の前に、
少し棚板から飛び出させて重ね置きできるから、
そっちを優先したい。といったよんどころなさのせいです。

しかしこの前、
何気にその書庫(いや、この用語は希望が漏れ出てた結果
キーボード上の指が勝手に叩いてしまったもので、
正しくはニトリで買った「本棚」です)を見ると、
前面重ねの文庫山に隠れるように
単行本数冊分の空きがあるじゃないですか。

で、この『世界の終わりと最後の殺人』。

面白かったです。
なのでブックオフ行きにはせず書庫(まただ)保存です。
よかった空きが見つかって。これ単行本だもん。

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2026年5月1日金曜日

『言語化するための小説思考』(小川哲)読みました。


確かブログを始めた頃は、
あらすじとか、聞きかじった作品の背景とかの、
その読了本に関する情報を、ある程度は紹介したうえで、
面白かったとか、つまらなかったとかの感想を
述べていたような気がします。

それがいつの間にやら、
なんの関連性もないおちゃらけで文字を埋め、
最後の最後にちょっとだけ
読んで感じた気持ちを付け加えるという
感想文もどきスタイルになってしまったのか。

その変化をもたらした明確なきっかけがあったなら、
いくら記憶力がへなちょこなぼくでも、
きっと頭に残っているはずです。

バックナンバーをたどっていけば判明するんでしょうが、
そんな作業をするまでもなく、
グラデーション効果をかけたがごとくなだらかに
この形になっていったのだと自覚しております。

今じゃあ自分ではこのやり方もありなんだろと
思っているんですが、1つ気になる部分もあります。

それは作品(もしくは著者さん)に対して
失礼なんじゃないかってこと。

今回だって、こんだけだらだら書いても
まだ一言も内容には触れてないですから。

と思っていたらですね。
作品に対する感想よりも、その本をどんな人が読んだのか
読者当人の性格とかプロフィール的な情報とか
人となりなんかがわかる文章(言ってみれば、このブログ)
のほうを好んで読み、参考しているという作家さんがいました。

で、この『言語化するための小説思考』。

言ってみれば、大きな視野で超拡大解釈して言ってみれば、
この感想文もどきチックな文章を参考にしている
的なことが書いてありました。
いやーそれほどでも。

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2026年4月28日火曜日

『町長選挙』(奥田英朗)読みました。


はるか昔の高校時代に所属していたバドミントン部では、
今でも年に1度OB会をやってます。
昼間に母校体育館で現役高校生と一緒に
ゲーム練習をしてシャトルを追っかけ、
夜は学校近くの居酒屋で飲み会。

夜の会だけでもだいたい20人ほどが集まります。

メンバーのほとんどとは普段の付き合いはなく、
七夕伝説のように年1だけ顔を合わせる集まりです。

キーホルダーに付けてるクマのマスコットを
箸で突き刺す仕草をしながら
「来年も来てくださいね。来なかったら、
 こいつがどうなっても知らないからね」
と脅迫する後輩もいるので、先日もその会に行ってきました。

継続的にずっと参加してて最近感じるのが、
やんちゃだなと思ってたやつほど、
普通の常識人になっていくってこと。
誰でも1年としをとるごとに大人になるのは当たり前。
だからきっと、ぼくが欠席したとしても、
あのクマちゃんは無傷のまま普通の常識に守られていくんだろうな。

で、この『町長選挙』。

主人公はだんだん大人になっていくような気がしました。

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2026年4月23日木曜日

『流血マルチバース』(五条紀夫)読みました。


パソコンで文章をつくるために使うツールは、
ワードとか一太郎とかのワープロソフトか、
テキストエディターと呼ばれるメモ帳や
テキストエディットなんかが普通でしょう。

でも、ぼくの場合はたいてい印刷用のデータをつくれる
レイアウトソフトで原稿を書いています。

本来は紙面のデザインをする人のためのツールだから、
そんな使い方は邪道なのでしょうが、
長いことそれでやってきたので慣れちゃった。

作業時の細かな操作にも、身体というか指の動きは、
慣れが染み込んでいます。
何も考えずにやっている慣れ慣れの動きといえば、
画面移動の操作。

ウィンドウ内の表示されている部分を移動したいとき、
スペースキーを押しつつマウスをドラッグする手順です。

これもう脊髄反射的にやってる。

なんですが、
実はそのスペース+ドラッグをするときは注意が必要です。

文字入力できるカーソル点滅状態のままでこれやってしまうと
スペースキーの入力が生きているので
文章の中に不要な空白が挿入されちゃう。

だからまず、文字入力可能な状態を解除
(文字入力以外のツールを選択)してから
移動操作に移らないとダメ。

ほんでね。最近、
このスペース+ドラッグのとき同時にオプションキーを押すと
入力解除しなくても表示移動できることを発見したんですわ。

そうすれば手順は1つ減る。
でも、まだ身体というか指は慣れずに、使いこなせてはいないんですけどね。

で、この『流血マルチバース』。

慣れずに使いこなせない状態…って感じの読後感でした。

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2026年4月21日火曜日

『猿』(京極夏彦)読みました。


1ページ目を開いて目を落としたときから
本を閉じる最後の瞬間まで、ずーっと
「わわわっ」って感じで、
絶え間なく面白く感じられる本なら何も申し分ない、
ってのは当たり前です。

でもそんなのはめったにあるもんじゃない。

記憶の中にも、それほど完璧な作品は見当たりません。
出だしはダルダルで、あくびを噛み殺しながら
何とか先に進んでいき、それでも中盤からぐーんと加速して、
やっほーとなる。のは結構あり、

そういうのは、読み始めの頃のことを
あまり覚えておけないポンコツ記憶力が自慢の
ぼくからすると、即、高評価に
カテゴライズされる物件です。

そのカテゴライズ作業が難航するのは、
ラストが「えっ何?そんで終わりなの」なお話です。

序盤・中盤・終盤が満足いく走りでも
ラストの末脚がどうなんでしょっていうやつ。

で、この『猿』。

星4つ(満点は5)の区域にカテゴライズしましたが、
作業は難航しました。

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2026年4月14日火曜日

『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』(安達未来)読みました。


引っかかりがありそうな話題を最初に持ってきて、
つらつらと何の実にもならない文章を並べ立て、
オチをつけたのか、
そんな手間は省いて、ネグレクトしちゃったのか、
ってところで、段落を変えて、
そんときの読了本のタイトルをペコペコ入力し、
もう1回段落変えて
「面白かった」くらい感想を述べる、
という流れを今回も、と考えたけれど、
なかなか最初の話題が浮かばずに、
とりあえず最後のタイトル以降の段落を仕上げたら、
そうだその創作過程を紹介しようとひらめいて、
カーソルを先頭に戻してここまで書いちゃいました。

で、この『締め切りより早く提出されたレポートはなぜつまらないのか』。

きっとこの本の原稿も、
出版社の人とかが希望したスケジュールに遅れることなく、
それよりもだいぶ前に送稿されたんだろうな、
などと想像しながら最終ページを閉じました。

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2026年4月7日火曜日

『さよならジャバウォック』(伊坂幸太郎)読みました。


このセルに、
別のシートのAで指定した範囲の数字が入力されたら、
Bの中から該当するものを見つけ、
その3つ隣の列にある金額を、Cの値で割って集計する、

とかいうプログラムというか数式を、
あちこちに埋め込んでつくったエクセルファイルがあります。

通常は、その時々の数字を打ち込めば、
答えが示される欄を見るだけで事足りて、次の作業に進めます。

なんですが、そのファイルって、有効期限が1年で、
年が変わると埋め込みプログラム(つーか単なる数式。以下数式)
を調整しないといけないんです。

ところがどっこい、頭のつくりがポンコツなもんで、
自分でつくったファイルなのに、その修正作業を始めると、
どことどこが関連してるのか、使った関数にはどんな意味があるか、
直接は関係なさそうに見えるセルだけどそれに何の役割があるのか、
などのあれやこれやが、こんがらがってウギャーとなっちゃうんです。

1年に1度とはいわずに、もっと頻繁にこの作業があれば、
それなりに脳内情報整理はできるんでしょうが、
前回やり終えた時点からほぼ365日たっていると、
どうやったのかなんて記憶は、まるごとすっ飛んでる。

そんな仕事をこの前ふーふー言いながらこなしました。
ほんでわかったのは、数値の関連性だとか関数の意味だとか
の解明は放っておいても、ただ、年号が表示されているセルの
数字を打ち変える(2025→2026)だけで、
すべてが完了するってことでした。

そういえば、去年も同じことやったな。
あの時点で、1年後の現在にタイムスリップしてくれれば、
こんがらがってウギャーとはならなかったろうに。

で、この『さよならジャバウォック』。

そうか。量子力学ってタイムスリップと関係あるんだな。
なお、この作品の主人公の名前は量子です。

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2026年4月1日水曜日

『ソシオパス』(パトリック・ガーニェ)読みました。


昔からヤンキー座りができません。

と書いたところで、
今はもう誰も「ヤンキー座り」なんて言わないかもと、
検索窓にこの言葉を入れてみると、AIくんの解説から始まり、
ニュース番組のネタやらユーチューブやら
整体院の健康ハックまでごまんと表示されました。

死語にはなってない、
たぶん通じるとわかったのはいいけど、
それらサイトに掲載されている内容が、
その座り方のできない人が最近増えてて、
できないと体調おかしくなるよ的な煽り文句ばっかりで、
ほへーって思いました。

こんなストレッチを続けるとヤンキ座法を身につけられる
なんて図解するページもあったけど、
同じこと昔からやっててそれでもできないぼくは
どうなんでしょう、と思ったり。

で、この『ソシオパス』。

そんな座り方ができないのは個性だから
まま受け入れるのがいいんじゃない、
それと同じように心の働き方が普通と違うってのも
個性の範疇に入れてみたらどうかしら、
と、やさしくいわれているような感じでした。

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