住宅事情という現実を前に、残しておく本は
いつか再読したいと思えるものに限定しよう、
と確固たるではないけれど、ゆるやかな
自分しばりのルールを決めてます。
ですが、
いざもう一度ページを開こうと手に取ってみると、
予想外の障害に出くわします。重たかったりすることです。
もしかすると、それは
大好きな京極夏彦作品に限った難点かもしれませんが、
分厚くて持ち運びが不便で、腰を据えて立ち向かわないと、
寝転がっての姿勢や通勤バス車中の立ち読みでは、
とても目を通せない。
だから、この前シリーズ再読チャレンジした十数冊は、
重量級の単行本がぎゅぎゅう本棚に鎮座してるにもかかわらず、
お手軽サイズの文庫を新調してこなしました。
さらに障害はもう1つある。老眼です。
今の書籍に比べて、昔のは、
文字の大きさが小さいものが多かった。
文庫サイズで残してあるやつは
寝転びや持ち運びには不自由しないのだけれども、
黄色く色褪せたページを開くと、ぼやけるぼやける。
文字大きめの今様本は、ひらがなはきちんと判読できて、
漢字はぼやけても文脈から類推できるけれど、
過去本は、そのひらがなさえ、ぼけぼけるミニ文字なんです。
ってのを以前何冊か経験したから、
きっとこれもそうだろうと、再読希望本のうち何年も開かずに
そのまま時を経ている困ったちゃんが、
わが家の本棚には数冊貯蔵されています。
で、この『ランニング・マン』。
そんな開かずページ本の1つが『バトルランナー』で、
それが改訳して復刊されたんですから、
読みますわ、読みましたわ。うん、面白かった。
文庫で1650円をどう感じたかはまた別の話だけど。