2025年2月12日水曜日

『狂った宴』(ロス・トーマス)読みました。


中学生のときでした。
「今年一番良かった映画は?」と聞かれ、
答えたのは『幸福の黄色いハンカチ』。
山田洋次監督のあの作品です。

それからだいぶたって、
自分でも自主映画なんかをつくるようになってから、
その山田組の現場で守られていたルールを知りました。

タイトルにもある「黄色いハンカチ」が、
観客に最も印象に残るよう、黄色い色彩のモノは、
ハンカチ以外一切画面に映り込まないように
してたという話。撮影隊全員が注意してたらしいです。

たぶん、満開の菜の花畑なんかはロケハンのときに
真っ先に却下されていただろうし(もちろんヒマワリも)
道端にたんぽぽなんかが咲いていたら、
助監督さんが慌てふためいて抜き去ったに違いない。

広角で街の情景の撮影後、現像したラッシュに、
たまたま小学生が交通安全の黄色い帽子をかぶり
登校している後ろ姿が映っているとわかってしまったら、
そのカットは撮影し直すか、本編には使用しないか、
よくは知らんけどオプチカルとかいう処理で色を変えちゃうか、
したんだと思います(知らんけど)。

同じ種類のモノを徹底的に作品の中から排除して、
「これだ!」という見せたい1品だけを浮かび上がらせる。
ふーん。ものづくりってのは、
いろいろ大変だなあと感じたのでした。

で、この『狂った宴』。

主人公が「思い通りにならない事柄」って、
1つしかなかったなと、読み終えて感じました。
それ以外はほぼ順風満帆の思い通りなので、
「NOT思い通り事柄」は、くっきり浮かび上がってる、
と思ったのでした。

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2025年2月6日木曜日

『死はすぐそばに』(アンソニー・ホロヴィッツ)読みました。


これを書いているのは
2024年12月9日です。
あと20日ほどで1年が終わる時期。
この年、ここまでに読んだ本は90冊。

さて、残りの日数であと10作品をこなして、
年間3桁の大台に載せられるでしょうか。

なんてことを考えていたら、
ここ十数年つけてる
読了本リストを振り返りたくなって、
というか1年で何冊読んできたのか
過去の自分とどちらが多いか勝負したくなって、

確認してみると、
まず去年の2023年は、楽勝で超えていました。
その年の12月の最後の行に記されていた
『ナイフをひねれば』って本の通し番号は80。
すでに今時点で10も上回っています。

ほんでその前の2022年は92冊。
これもきっとクリアできるでしょう。
でも、厳しい感じなのが
3年前の2021年で、99冊なんだなあ。
つーことは、あと9冊。そこに到達するには
2日強で1冊ずつこなさないとダメなんか。
それ無理だってんなら当然3桁なんて、
当たり前にいかないわけで。

で、この『死はすぐそばに』。

いや、やっぱ数えるはやめましょう。
せかせか読むと、面白くなくなっちゃうから。
この作品だって、もっと時間かけて読めば、
もっと面白かったと思うので。

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2025年2月4日火曜日

『グッドコーチになるためのココロエ』(荒井弘和ほか)読みました。


これはもしかしたら、
ぼくの悪いクセなのかもしれませんが、
著者さんからもらった原稿を記事にするとき、
めったやたらと手を入れちゃうんです。

「玉稿」と崇め奉って、
やっとの思いで売れっ子作家から作品を受け取る
文芸書の編集者だったら、なんて罰当たりなことを、
と叱られること間違いなしです。

でも、よくよく振り返ってみると、
原型をとどめないほど、いじり倒された文章で
校正刷りを出し、著者さんにチェックしてもらっても、
「私の書いた原稿に何てことしてくれたんだ」
みたいに激昂してしまう怖いお方は、
この仕事を何十年もしていますが、一人もいませんでした。

(運が良かっただけかもしれず、明日、
 そんな著者さんと出会うかもしれませんが)

いないどころか、ほとんどの人から、
「よくぞ意を汲んで、意味を通りやすくしてくれた」と
素直に承諾してもらえます。

(あ、これは少し盛りぎみで、正直に言うと
 一番多いのは校正刷りのチェック後に
 「問題ありません」の一言をもらうくらい)

まあ、今までやってきたのが、
文芸物とは違うジャンルだからでしょうけど。

で、この『グッドコーチになるためのココロエ』。

1字1句、どこも修整できないだろうと思う部分もあり、
この原稿をもらったら、めったやたらと手を入れるだろうな、
なんて思うもののあり、自分の仕事を思い浮かべながら
読み進めていました。

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2025年1月30日木曜日

『老いの深み』(黒井千次)読みました。


健康のために1日1万歩を歩くようにしましょう、
なんてことをよく聞きます。

聞いていただけで、やろうと思ったこともないし、
万歩計も持っていないし、自分に関係することじゃなく、
まったく別の世界のモンだと思ってました。

だけれども、それを友だちが実践してて、
やたら1万歩、1万歩とうるさく言うもんだから、
少しは興味を示してやらねば、
友情にヒビが入りそうな雰囲気だったので、
何か質問はないかと脳みそをフル回転させたら

 そうだ、ぼくが日課にしている6キロの
 ランニング通勤と比べればいいんじゃん

と閃いたので、
「1万歩って距離でいうとどれくらいなの?」と、
少し方向性は違うけど、まあ友だち関係保持のための
排他的経済水域内におさまるくらいだろうと
思える問いかけをしたら、思いの外、食いつきがよくて、
排他の200カイリどころか
領海の12カイリもしくは領土内に命中したような
笑顔を浮かべ
「おれの歩幅はだいたい70センチなんだよね。
 だから1万歩っていうと7キロくらいかな」
とおっしゃるではありませんか。
きょえー、ぼくの6キロより多いんか。

で、この『老いの深み』。

著者さんは90代で毎日20分歩いてるそうです。
何キロだろ。

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2025年1月28日火曜日

『方舟』(夕木春央)読みました。


ここでは何度もいってますが、
解説とかあとがきなんかは先に読みます。

最近はその付録的文章に、親切にも、
ネタバレありと注意書きしているものが多くなってて
「この先は物語の内容に触れています。
 本文を先に読むことをお勧めします」
とかと知らせてくれます。

でも、事前に大まかな内容がわかったって、
記憶力の低弱さに自信があるぼくは、
中身を読み進めている最中に、
カンニングペーパーのような
解説文の内容も忘れてしまい、結末で
「ほほうそうくるか、おもろいじゃん」
なんて感心してるのが大半です。

それもこれも、
いくら筋をバラすと書いてあっても、
ど真ん中の犯人の名前までは
明かされていなかったから。
これまで読んだのは。

で、この『方舟』。

付録の解説に「ネタバレ」って書いてありました。
でもまさかど真ん中の真相までとは思いませんでした。
とはいえ、知って読んでも面白かった。

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2025年1月23日木曜日

『ほんとうの名前は教えない』(アシュリィ・エルストン)読みました


小説を読んでいると、その物語を書いた
作家さんの性別がなんとなくわかります。

どこがどうって、
はっきりいえないのがもどかしいんですが、

(それより、このジェンダーフリーの時代に、
 女性だ男性だとかっていってること自体、
 どうなのよと言われそうですが。
 あと、ぼくが読んだ作家さんは
 圧倒的に男性作家が多くて、そもそも
 分析対象の母数が違いすぎで、
 わからせんだろうとも言われそうですが)

その区別はもちろん、話の中に登場する
主人公の性別で判断できるもんじゃありません。

むくつけき野獣のようなむんむんマンが活躍する
ストーリーなのに「ああ、これは女性作家さんだろうな」
って感じることがあるし

(むくつけき野獣とは違うけど、
 柚月裕子さんの『孤狼の血』なんかは
 暴力団と警察の汗臭い男たちの話だったけど、
 女性の筆だなとつくづく思い)

この前読んだ、スティーヴン・キングさんの作品は
ほとんど1人の少女しか出てこないのに、
それでも男性作家の匂いぷんぷんって感じでした。
(まあ、キング作品を味わいたいと気張って
 読み始めたのもあったけれど)

で、この『ほんとうの名前は教えない』。

主人公は女性です。
だから余計に感じたのかもしれないけど、
この作品は女の人じゃないと書けないなと思いました。

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2025年1月21日火曜日

『ギャンブラーが多すぎる』(ドナルド・E・ウェストレイク)読みました。


確かスティーヴン・キングさんだったと
思うんですが、小説のつくり方的な本の中で、
最初の原稿はダダーと勢いに任せて書いていき
そのまま最後まで仕上げ、校正刷りが出てきたとき
そこから1割ほどを削るとよい、
みたいなことを言ってました。

後からチェックしていくと冗長な部分が見えてきて、
それをなくしていくと、すっきりとした仕上がりの、
完成度が高い作品になるんだそうで。

でも、ぼくなんかは、
最初の段階からしてダダーとするのは無理で、
なんとか行数を埋めるために、脳みそを振り絞って、
言葉を探して、引っ張り出して、
そこに無理クリでもハマるように1個ずつ、
おどおどしながら書き進めていくので、
(いや、進むというより戻っているほうが多い)

そんなふうにつくった文章だと、
どこが冗長でどこが必要な本筋なのかを
判断するどころか、まるきり全部とはいわないけれど、
95%は冗長エリアにつかっているから、

キングさんうらやましいな、そうなれたいいのにな、
などと青々と茂った他人の芝を眺めているんだなあ。

で、この『ギャンブラーが多すぎる』。

本筋はとっても面白かったです。
ただ、あと2割ほど短かったら、
ぼく的にはドンピシャだったと思います。

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2025年1月14日火曜日

『39人の言の葉』(荒井弘和ほか)読みました。


なりたいと思ったことはありませんが、
ぼくには到底なれないと思うのは
先生って職業です。

想像しただけで大変だろうと、
顔色が悪くなってきます。

今やっている編集の仕事でも、
いろんな人に原稿を書いてくれるようお願いして、
それをまとめるとき、
あがってきた文章を読みながら
「いや、これは
 このまま世の中に出しちゃいかんでしょ」ってのが、
当たり前のように寄せられてきて、
どういうわけか、論文なんかを毎日のように書いている
大学の教授とかに、そんな原稿が多くて、
頭掻きむしりつつ体裁を整えているんですが、

ぼくがなれないと思っている先生って職業は
生徒に作文の宿題とか出して、それ1個1個、
読んで添削してってことしなきゃいけないわけでしょ。

もちろんそんなのは
膨大な仕事のうちのほんの一部分だろうけど、
その一部分だけでもぼくには無理だと思うのでありまして。

で、この『39人の言の葉』。

タイトルの通り、40人ほどの人が寄せた文章を
1冊にまとめた本です。
編集した人は本当に大変だったんだろうなと思ったら、
世間一般にいる先生たちの仕事が、
頭に浮かんできて前段の内容になりました。

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2025年1月9日木曜日

『ほんまにオレはアホやろか』(水木しげる)読みました。


今はとてもじゃないけど無理ですが、
映画やテレビの助監督をやっていたときには
毎日20時間くらい働いてました。

夜中の2時くらいに家に帰って、
まだ陽も出てない朝5時前には出ていく。

それほどではないけれど、今の会社始めた頃は、
仕事を断ると2度と声をかけて
もらえなくなるんじゃないかと思って、
あれもやってこれもやってで
16時間くらい仕事してました。
そんとき思ったのが、
「助監督の頃を思えば、こんなん屁でもない」でした。

当時なんかのインタビュー記事で、
ベストセラーの翻訳家が1日12時間も訳して
訳して訳し続けたみたいなこと言っていて、
「そんなん大したことないじゃん」
と鼻で笑っていたのを覚えています。
(今では大したことだと尊敬できますが)

そんなこんなを思うと、
いい時代になったんかなと感じています。

で、この『ほんまにオレはアホやろか』。

はっきり何時間とは書いてなかったけれど、
ゲゲゲの先生もやっぱホントに
大層な仕事量をこなしていたみたいです。
みんな、すごい。

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2025年1月7日火曜日

『トム・ゴードンに恋した少女』(スティーヴン・キング)読みました。


前にもいったと思いますが、
本のおまけについている、
解説とか、はじめにとか、著者あとがき、
などは本編ページをめくる前に読みます。

中身のお話が締めくくられたそのタイミングで
「おお、終わった」と1冊全部を閉じたいから。

すると、
解説やらあとがきなんかでは、たいてい
「この本はオモロいでっせ」みたいなあおりを入れてくる。

そこであおられて素直に本編に進めばいいんですが、

そうそう、関係ないけど、
昔テレビで映画を放送するとき、
淀川さんとか水野さんとかが、
本編の始まる前と終わった後に解説してましたね。

本編前の解説では、
その映画の見どころみたいなのを教えてくれて
「では最後までお楽しみください」的にコメントする。

その「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」の
始まる前の客寄せトークのとき
「個人的な意見ですが、この映画は面白くありません」
と言っちゃった解説者がいたんです。

何の作品で、誰がそう言ったかのも忘れてるんですが、
そのセリフは頭に残っていて、
それならどんなに面白くないのか、
確かめてやろうじゃんとなった覚えがあります。

といっても、
ストーリーも何も頭の中にはゼロなんだから、
ひょっとすると夢なんかで見たことを
現実と思ってるのかもしれませんが。

あ、違う違う。
本の解説のことでした。
そこに書いてある「こんなにオモロい」は、
あまり真に受けないようにしているってこと
言おうとしていたのでした。

で、『トム・ゴードンに恋した少女』。

解説に書いてあったことホントでした。
女の子が迷子になるだけの話なのに、
なんでこんなに面白いんだろ。

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2024年12月26日木曜日

『日本語と漢字』(今野真二)読みました。


文章をチェックしてもらったとき、
よく注意されるのが表記のぶれです。

「〜その一つがこれです」
みたいなカッコつけた言い回しをして、
表現力がないもんだから、その何行か後に、
ついつい同じ言葉を使っちゃうんだけれど、
そのとき「そのひとつが」って書いてる。

そこで「一つ」と「ひとつ」の表記ぶれが
起きているのにも気づかずに、
これまた何行か後に(ひどいときには同じ行の中に)、
「1つ」なんて算用数字を持ってきたりする。
注意されるわけですわ。

でも、
昔のひらがなは、変体仮名とかいって
同じ「あ」でも何種もあり、
書く人の気分次第で使い分けていた
とかいう話を聞いたことがあり、
そんな世界にいたら、ぼくはもう、
ぶれぶれだな、と思ったりするんです。

で、この『日本語と漢字』。

そんな日本語のこと、よくわかりました。

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2024年12月24日火曜日

『狐花 葉不見冥府路行』(京極夏彦)読みました。


印刷物のデータをつくるとき
インデザインという紙面レイアウト用のソフトに
テキストも直接入力しています。
(今回も最初はそれで打ち込み、
 ここにはコピペで持ってきてます)

文章は、ワープロとかテキストエディタを
使って書くのが一般的なんでしょうが、
慣れってのは恐ろしいもんで、
ほかのを使うとまったく進まず
1文字も頭に浮かんでこなかったりするもので。

ほんで、そのインデザインで最近、
新しい機能を見つけて
ちょこちょこ使うようになったのがあるんです。

写真を貼り付けたり罫線引いたり
図をつくったりとかのレイアウト作業をするとき便利な、
巻き戻し的ツール。

「ヒストリー」って名前のついた小さなウィンドウに、
リアルタイムでそんときやった作業が追加されていって、
リストになってる。
何工程も前にやったのからずーっと載っていて、
過去にやった作業名をクリックすれば、
その状態まで戻ってくれる。

直前の処理をなかったことにする
アンドゥって機能の強化版みたいな感じですね。

でも、それはレイアウト作業のときは便利なんですが、
こうやって文章書いているときだと、
あまり役立てられないと思いした。

今その作業名のリスト見たら
「タイピング」と「削除」しかないんですもの。

 で、この『狐花 葉不見冥府路行』。

作者の京極夏彦さんもレイアウトソフトに
直接小説を書いていると聞きました。
わー同じだと思って、余計に面白かったです。

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2024年12月19日木曜日

『エイレングラフ弁護士の事件簿』(ローレンス・ブロック)読みました。


あれって
生放送だった気がする「8時だョ!全員集合」を、
絶対にリアルタイムでは観ていない
小学生くらいの子どもが、
荒井注さんが出てた頃から「ダメだこりゃ」まで
解説して、髭ダンスが面白いだの
「ちょっとだけよ」は最高などとおっしゃるのを
最近のどっかのバラエティ番組で見かけました。

それけじゃなく、
美空ひばりさんがどうだとか、
V9時代の巨人は強かったとか、
なんでそんなこと知ってんねん、見たんかい。
見たんでしょうね。

スマホ画面を眺める時間が
1日平均10分程度のぼくは、
ネットに流れる映像のことはほとんど知りません。

きっと、ユーチューブとかって、
昔のこと知りたい子どもにとって便利なんだろうな。
そんで彼らはその映像がリアルタイムで流れてた時代が
うらやましいんだろうな。

で、この『エイレングラフ弁護士の事件簿』。

著者ローレンス・ブロックさんの本は
たいてい古本屋さんでしか売ってません。
その状況で出た新刊がこれ。
ブロック作品にのめり込んだのは最近で、
ぼくはリアルタイムのファンじゃないと、
ちとウジウジしてたんですが、
ぎりぎり新刊発行に間に合ったようです。

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2024年12月17日火曜日

『アスリートのメンタルは強いのか?』(荒井弘和 編)読みました。


いつも、
自分の好みに合うだろうと思われるものを
選んで読んでいるので、ときには趣を変えて、
新聞一面の下段で短冊状に並んでいる書籍広告の中から、
一番食指が動かない内容の本を
ピックアップしチャレンジしてみようかな、
って企みを持っていることは、
確かずっと前にここに書いたような気がします。

そのずっと前から今日まで
果たせていないイベントではあるのですが
1年に2、3回はそれを思い出して、
ポストに放り込まれた新聞を持ち
エレベーターに乗り込むとき、
あの上昇移動する個室の中で、
少し灰色っぽいざらざら紙の1面をざさっと眺め、
この書籍広告の中だったらどれかな、
と探したりもするけれど、結局はうやむやになって、
次の何カ月後かにまた同じことをしています。

それでも仕事で
「これを読んでおきなさい」的な指示が出たりすると、
おっ、そうだった、そうだったと
趣味以外の読書ができるのが嬉しくて、
面白くっても面白くなくても、
文章が洗練されてても雑でも、
どこかうきうきしながら、文字を追っています。

そんな機会は、仕事の指示以外にもときたまあります。

それは、誰かから本をもらうとき。
同業者の友だちから、
「こんな本をつくったので、暇があったら読んでみて。
 邪魔だったらブックオフに持って行ってもいいよ」
などとプレッシャーかけないような
気遣いの言葉と一緒に渡してくれるシチュエーション。

これって、
冒頭でいった企みを持ってるぼくにとっては、
渡りに船のウホウホなんです。

で、この『アスリートのメンタルは強いのか?』。

そんなふうにして、
取材に応えてもらった先生からもらい受け、
拝読させてもらった本でした。ウホウホでした。

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2024年12月12日木曜日

『本所おけら長屋(3)』(畠山健二)読みました。


1カ月間はランニングではなく歩きで
会社に通うようにしたと、前回いいました。

よくは知らないんですが、
一般的にウォーキングというと、
腕を振り走るような格好のままでの早歩き、
腰をねじるようなツイスト的仕草で
かなりのスピードを出す競歩、なんかを、
よくは知っていないぼくが一般的だと決めつけて、

そのうえで、
そっちをしながらの通勤は、
今回はやめようと思いました。

だって、身体の一部を切り刻んだあとの
養生のための1カ月なんだから、
運動になっちゃいかんかなと。

だからウォーキングではなく、散歩。
散歩といえば普通はどこ行くあてもなく
ふらつくものだろうから、
仕事場に行くのが目的の今回は
厳密にはその範疇ではないんでしょうけれど、
「ゆっくり歩く」は共通です。

さて、その1時間ほどの歩き通勤、
今日でもう1週間ほどになります。
最初の日のことを思い出すと、
10分ほどで嫌になった様子が浮かびます。

これまで走っていただけに身体は疲れはしないけど、
左右の足を交互に前に出す繰り返しに飽き、
景色も流れず、あーあ、なんだかなあ、と。

が、でも、しかし、今朝いつの間にか鼻歌歌いながら、
歩きを楽しんでいる自分がいたんです。

で、この『本所おけら長屋(3)』。

1巻目は歩きの最初の日に近かったけど、
3巻目まできたら、涙ぐしょぐしょにしながら
楽しんでる自分がいました。

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