2025年10月2日木曜日

『君のクイズ』(小川哲)読みました


どんでん返しされるのは、
びっくりさせてくれるから面白いんですが、
ときには諸手を挙げて歓迎するのにはちょっと
抵抗があるのもたまに目にします(主に後述の②)。

それとは逆にまったく抵抗なしの
両手あげっぱなしでスタンディングオベーション
できるものもある(主に後述の①)。
その拍手パチパチ物語の代表例は、
(あくまでぼくの貧弱な記憶内の作品中ですが)
昔の映画の『スティング』でしょうか。

どんでんというからには、
表と裏があって、それがひっくり返る状況。

表ってのは、よきこと。
満面の笑顔で暮らせていたり、楽しい仲間がたくさんいたり、
花畑をるんるんでスキップしていたり。
裏はその反対で、よくないこと。
死んじゃったり、大切なものを奪われちゃったり、
苦しい状況にはまり込んだり。

この表裏を使うどんでんには2つのパターンが考えらます。
①(裏→表)
物語の中で、いろんなことがあったけど、結局死んじゃいました。
どんでん。生きてました。
②(表→裏)
物語の中で、いろんなことがあったけど、結局幸せに暮らせました。
どんでん。幸せは勘違いで、すぐ死んじゃいました。

で、この『君のクイズ』。

面白かったけど、最後だけ少し抵抗ありました。

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2025年9月30日火曜日

『遠巷説百物語』(京極夏彦)読みました。


前にも言いましたが、うちの本棚には、
購入してまだ読んでいない書籍を並べておく
積ん読空間があります。
てか、そのスペースを無理やり捻り出しています。

それとは別に、余裕ができたら再読するぞ作品を置く、
も一度コーナーも設けています。

ただそこにはなかなか手がつけられず、
もう何年もライナップが変わっていません。
(どの作品だったかもよく覚えておらず、
 本棚が目の前にない今、薄い記憶をたどって
 浮かんできたのは伊坂幸太郎さんの『ガソリン生活』)
そうはいっても、も一度コーナーをすっ飛ばして、
違う棚から持ってきて再読してるのもあるんですが。

常盤新平さんは『剣客商売』(池波正太郎)の巻末解説に、
この作品を何度も読み返すって書いていました。
でも、内容はあまり覚えてなくと。

ぼくも同じで、再読する本は、
たいてい初読から何年も間があいているので、
あまり覚えてないどころか、
まるで初めて開いた本のように、
頭の中はまっさらさらなのが普通です。

で、この『遠巷説百物語』。

シリーズ再読している小説の6巻目。
直前の5巻まではまさしく
記憶まっさら状態だったんですが、
なんとこれに関しては、話の筋が脳の隅っこに
かすみとかもやレベルで引っかかってました。
5巻以前は15年以上前、
この6巻は3、4年前の読了ってのが原因のようです。

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2025年9月25日木曜日

『グレイラットの殺人』(M・W・クレイヴン)読みました。


もうずいぶん前から、
平日は1日1ツイートという自分縛りを課して
140文字ぴったりのつぶやき文を
ネットに投稿しています。
文章修行しているつもりで、
多少は面白く読めるよう工夫したりする。

それやってて気づいたことがあるんです。
例えば次の140字。
《文章の行の先頭には、句読点とか終わりカッコとかが
こないようにするのが作文するときのルールなので、
無意識のうちにそうならないよう書いているけれども、
もし、マル(。)くん、テン(、)ちゃん、
とじカッコ氏(」)らが意思を持ち、自分たちも
行の先頭に置いてほしいと訴え出したらどうしませう。》

これ最初は、ウィンドウ表示に合わせて
1行の文字数が自動的に増減する画面だと、
句読点が先頭にきても仕方ないよね、でも変だよね的な
文章の流れにしようと考えていたんです。

ところが途中で「ちょい待て。それで面白いか?」と
立ち止まったら、それまで脳内のどこにもなかった
マルくんやテンちゃんって名前が浮かんできて、
それ使ったらこんなヘンテコな文章になったんです。
ぼく的にはこっちのほうが面白くて。
立ち止まりの大切さに気づいたような。

で、この『グレイラビットの殺人』。

たくさん立ち止まって
面白くしてくれてるんだろうなと勝手に感心。

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2025年9月19日金曜日

『依頼人は死んだ』(若竹七海)読みました。


前回の感想文もどきで
同じ本をダブりで買ってしまう話を書いたとき、
例をあげて、
「ダブってもいいやと入手したら、
 案の定って感じでしょうか」
とまとめました。

それと一緒に自分のケースも紹介して、
きちんと失敗したとは明記せず、
落ち込んだとか、まあいいか、
とかで結びました。
もう1つあげたケースでも、
「2つ目がこれでした」と書いただけ。

これでいいのかなって今更ながら思ったんです。
最初の例なら、「案の定」の後に、
その人の本棚には同じ書籍が並べてありました、とか、
自分の例だったら
『続々・深泥丘奇譚』が2冊になっちゃいました、とか、
結論まではっきり記さないと、
読んでいる人に対して不親切じゃないだろうか。
というか、伝えようとした内容がわかってもらえず、
意味不明の文章になっているんじゃないだろうか、
と考えたんです。

したらそこで唐突に、
昔友だちが言っていた(たぶん、言っていたと思う)、
「全部を表現しないのが芸術だ」
という意見を思い出しました。

映画なら観客に、小説なら読者に、
想像してもらう余地を残しておく。
もっというと自分の意見を押し付けた表現じゃなく、
「ここまでこういう話をしたけど、
 それについてどう思うか考えてみて」
みたいなのが本物の芸術作品なんだよって思想です。

で、この『依頼人は死んだ』。

短編集。
よく考えないと「えっ、だからどうなったの?」
になるお話がいくつかありました。
全部はいわない、と。

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2025年9月17日水曜日

『本と鍵の季節』(米澤穂信)読みました。


同じ本をダブって買ってしまうことが、
古本のコレクターにはよくあると聞きました。
書痴あるある、らしいです。

好きな作家や価値があるとされる全集物を揃えようとして、
何巻と何巻が抜けているのか忘れてしまい、
古本屋さんの棚に刺さっているのが
それに該当するかどうかわからず、
でもこの機会を逃せば
もう二度と巡り会えないかもしれないと不安になり、
ダブってもいいやと入手したら、案の定って感じでしょうか。

ぼくはまだまだ、その域には達していないので、
ダブリスクの経験はそれほどないのですが、
これまで2度ほどやらかしたことはあります。

1つ目は、綾辻行人さんの『深泥丘奇譚』シリーズ。
今Amazonで見てみたら全部で3巻しか出ていないのですが、
3冊とも読んでいるのに、新しいのが出たのだと勘違いして、
3作目を購入し、本棚のストックも確認せず、
そのまま読み進めて、3分の1ほど目を通してから、
「これ前と同じ話じゃないの、ひょっとして手抜き?」
なんて思ったら、という本人にしてみると
1週間は落ち込みメンタルな事態でした。
でもまあ、こうして書いてみると、
ちょいネタになったからいいか程度のものかな。

で、この『本と鍵の季節』。

2つ目がこれでした。しかもシリーズはまだ2作だけ。

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2025年9月11日木曜日

『本所おけら長屋(十七)』(畠山健二)読みました。


30冊近くある鬼平犯科帳、
10冊くらいの仕掛人・梅安、
20冊ほどの剣客商売、
その3大シリーズがある池波正太郎さんのスペースは、
奥に村上春樹さんの単行本が並んでいるトコの
前空き部分です。

なぜこれを選んだのか
今ではとっても不思議なこの本棚は、結構な奥行きがあるので、
普通の大きさなら2冊を縦列駐車(車じゃなく本ですが)しても、
まだ前に数センチ余裕ができ、
そこにガチャポンでゲットした動物とか寿司ネタとかの
カプセルトイが置けたりします。

でも縦列しちゃうと奥にセットしたものは、
背表紙がまるきり隠れちゃって何があるかわからないので、
奥には文庫本よりは背の高い単行本を並べ、
その前は判型の小さい文庫ちゃんの場所にしているんです。

そうすれば後段であっても
タイトルの最初の1文字か2文字目くらいは
顔を出してくれるので、とりあえず識別はできる。

とはいっても、さっき言った池波3シリーズは
ざっくり合計して60冊あるから、そのまま並べたら、
村上シリーズの前段スペースには収まらない。

そこで、この大勢の時代物くんたちには
窮屈な姿勢をとらせて申し訳ないんですが、
後ろの1文字が見えるギリギリの高さまで平積みにして
がまんしてもらっている状況です。

で、この『本所おけら長屋(十七)』。

もう17冊になっちゃいまいした。
どこに置けばよいの。

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2025年9月9日火曜日

『キュレーターの殺人』(M・W・クレイヴン)読みました。


最近出た2、3作は除いて
ほとんど読ませてもらってる伊坂幸太郎さんの作品に
『クジラアタマの王様』というのがありました。

この本、小説ではあるんですが、
ところどころにマンガが差し込まれているんです。
(実物が手元になくて、もしかしたら間違って
 ほかの本のこと言っているかもしれません。
 と不安になり、ネットで確認してみたら
 Amazonでサンプルページがあったので見ると、
 やっぱマンガページ載ってました。よかった)

なぜ、そうしたつくりにしたのかを語る著者談が、
あとがきか、解説か、もしくは
どっかのインタビュー記事だかに載ってて、
(またまた、出典があやふやで、すみません)
いわく、
アクションを表現するのに文章だけではどうしても弱い、
ビジュアルにはとても叶わないので助けてもらった、
みたいな感じでした。

まあ、そうかもしれないな。
突如出現した怪物から逃げるシーンで
「石につまずき転んだ」と文字を読まさせるより、
絵を見せたほうが臨場感あるだろうし、
とそのときは思ってました。

で、この『キュレーターの殺人』。

ぼく的には、
絵よりも臨場感ある描写がありました。すごっ。

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2025年9月4日木曜日

『ケアと編集』(白石正明)読みました。


メモってある読み終えた日付は7月30日。
んで今、この感想文もどきの文章を、
キーボード叩いて打ち込んでいるのが8月25日。
なんとまあ、1カ月近くたっています。

この後続くだろう感想文もどきについても、
これを書いた後にとりかかるわけで、
わかっているだけでもあと5冊残っています。

幸いにしてどの作品も、
好みから大きく外れたやつはなかったので、
内容が頭からすっ飛んでしまい
カケラも残っていないというものはなく、
かろうじて、こじつけ作文はつくれそうです。

たしか吉本ばななさんの小説だったと思うんですが、
新学期の始まる直前まで夏休みの宿題をやらない友だちを、
うらやましく思うという小心者の登場人物がいました。

彼女はビビり屋さんなので、宿題は早くから手をつけていないと
終わらせられないかもというプレッシャーがあって、
1日でも早く片づけようと、ずっとびくびくしてる。

なのに、友だちは宿題のことなど気にもせず、
のびのびと遊び回っていられる。
自分はアリで、友だちはキリギリス。
キリギリスのような度胸を持ちたいと。

それ読んだとき、
同じく小心なぼくはいたく共感し、
そうそうキリギリスの肝っ玉を10分の1でいいかから
わけてほしいよねと思ったことがあったのに。
実際、宿題は早く終わらせてて、でも友だちには
「まだ終わってねーぜ、へへ」なんて言って
ワルなフリしてたのに。

今ではなぜに、いつまでもやらず
読了本の溜め込みしちゃうのでしょう。

で、この『ケアと編集』。

すいません。本とは無関係な話で
またここまで来ちゃいました。
とっても面白い本だったのに。

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2025年9月2日火曜日

『本所おけら長屋(十六)』(畠山健二)読みました。


テレビのCMなんかで言ってるように
最近の洗濯用の洗剤は、進化してるように思います。

何度も洗っていて、いい加減ゴワゴワになって、
もう雑巾にしたほうがいいかもと思っていたタオルが、
それほど劇的には変わらないけど、
ちょびっとずつフワフワ度が戻っていく。

これなら新しいタオルを
買わなきゃいけないローテーションが引き伸ばされ、
その分、資源を使わなくて済むようになるだろうから
環境問題界隈でもグッドジョブ的な位置づけになり、
いいことずくめじゃないかと思っていました。

でもまあ何事にも、不都合な面はあるようで、
フワフワ過ぎて水分を吸い込みづらい仕様の新品タオルが、
いくら洗ってもフワフワのままで
いつになったらちょうどいい使い心地になるのやら。

で、この『本所おけら長屋(十六)』。

フワフワ過ぎるってことはないようです。
みんな読み心地のいいキャラクターだと思います。

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2025年8月28日木曜日

『ブラックサマーの殺人』(M・W・クレイヴン)読みました。


今年に入ってから、京極夏彦さんの
妖怪時代小説シリーズを読み返しています。

最初の『巷説百物語』に続き、そのタイトルの前に
それぞれ「続」「後」「前」「西」「遠」「了」と
つく全7作品。

今は、この前ここに感想文もどきを書いた
「西」の次の「遠」を、3分の1ほど読み終えました。

どれも面白くて、これに懲りずに、またいつか
シリーズ再読シーズンに突入したいなと思ってます。

6冊目を駆け抜けている今、
これまでの5つを思い返して感じるは、
好みの濃度が違うこと。

いくら好きな作家さんがつくったものだといっても、
すべての作品が素晴らしいと思えるのは稀で、
中には退屈するのが混じったりする。

まあ、このシリーズは、さっきもいった通り、
どれも面白いから退屈とは無縁なんですが、
半端ない没入感があるものと、
テレビの音が聞こえてきたとき気を取られて
読み進められなくなったりするのがあって、
その違いてなんだろうなと考えました。

で、この『ブラックサマーの殺人』。

その違いは、たぶん笑える部分じゃないかな。
ユーモアというんですかね。
このブラックサマーにも、それがたくさんあって
きっとそのニヤニヤする感覚が決め手なんだと思いました。

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2025年8月26日火曜日

『プレゼント』(若竹七海)読みました。


誰のどの作品だか忘れてしまったのですが、
(本当は、おぼろげに誰のどの作品だかの
 見当はついていて、
  (↑ここ最初、「検討はついていて」と変換されてて、
   そのまま3行ほど書き進め、その直前にある「の」が
   「お」になっている誤植に気づいて修正しようとしたら
   「検討」まで消してしまい、も一度「けんとう」と打って
   スペースキーを叩いたらポップアップのリストの中に
   「見当」があって「わっ、こっちだ」と選び直したのでした。
   この同音異義語でも意味が通ってるような雰囲気があるので、
   ほかの原稿でも間違いをスルーしてる可能性大だな。気をつけよ。
   といってたらカッコ書きの重ね使いになってるわ)
 検索すれば、そのおぼろげ見当が正しいことも確認できると
 思うのですが、「誰」と「どの」を明記しちゃうと、
 このあと書く内容が、その作品のネタバレになってしまうので、
 忘れた仕様のままにしときます)
読者が誤解するような書き方を意図的にしている小説がありました。

第一章〈1月〉、第二章〈2月〉……第十二章〈12月〉みたいな
章の扉がついていて、1年の時間の流れに沿って話が進んでいる
と思いきや、物語の本当の時間軸は、
最終章の12月のあとに、第一章の1月が来る。
つまりは結末みたいのが最初にあって、
それは次の2章にうまくつながってて、
でもやっぱりよく考えると時間の流れは逆で、
その仕組みは最後まで読んで、やっとわかる。
ほー捻ってるね、と感心する構成でした。

で、この『プレゼント』。

捻っているね。考えているね。
なるほどね、ちょっとびっくりしたよ。
と思わせてくれました。

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2025年8月21日木曜日

『本所おけら長屋(十五)』(畠山健二)読みました。


ひどいときには、
ここに感想文もどきを書く段になって初めて、
本の題名と著者名がわかっていなかったことを知る、
みたいなお粗末ていたらくがあります。

覚えてないというか
読み始めたときには気にしないまま読み終えて
「あれ、なんてタイトルだったけ。誰が書いたんだっけ」
となる。

本を買うのは月に一度。
10冊ぐらいまとめて購入してきます。
そのときは、
スーパーで買い物中の人がよく手にしている
「牛乳、キャベツ、玉ねぎ、コメ、歌舞伎揚…」
などと書いた紙切れのように、
書名・著者名・出版社とかを並べたメモを見つつ、
書店の棚から抜いていきます。

仕入れて帰ったら積ん読用のスペースに置いておく。

そこに未読の本が残っていたら
手に取りやすいよう前のものは右側にずらして、
新入りは奥の左側にセットする。

店に並べる商品のように手前は古いもの、
奥は賞味期限がまだ先のもの、って感じです。

そうすると、
1冊とじて次に手にするやつの位置が決まっているので、
タイトルなんかを見ないでピックアップして、
そのまま読み進めちゃうことがあるんです。

ということで最初に戻って、
題名や著者名がわからず読了しちゃう場合がある
ってことの説明でした。

で、この『本所おけら長屋(十五)』。

それでもシリーズで読んでるやつは
題名を忘れたりはしません。

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2025年8月19日火曜日

『西巷説百物語』(京極夏彦)読みました。


仕事場まで約10キロあったときは、
ジムにいた健康おじさんを見習って
自転車で通勤してました。

それが数年続いた頃、
事務所を引っ越すことになり、
Googleマップで距離を測ってみると、
それまでの半分の約5キロになると判明し、
そのままでは運動量が不足しちゃうんじゃないと、
見えないけれども肩に座っている天使だか悪魔だかの
ささやきが聞こえてきて、ならば、転がる車輪に頼らず
地に足裏つけて走ったれ、とジョギング通勤に切り替えました。

感覚的には、サイクルよりも5倍ほどきつかったんですが、
毎日ごまかしながらなんとか続けてます。

そこで不思議に思ったのが坂道のつらさ。
上り傾斜のしんどさを感じたのはチャリのみなんです。

500メートルほどだらだら続く上り坂があるんですが、
自転車だと太ももがパンパンになって何年やっても慣れなかった。
ジョグでもそれと同じ道を行くのですが、
ランニングだと平坦だろうが下り坂だろうが関係なくヘロヘロで、
それが上りになっても、負荷増量を感じる余裕はなく、
ゴールしてよくよく思い出してみてはじめて、
そういえばあそこ坂道だよなと気づく。不思議です。

で、この『西巷説百物語』。

お気に入りシリーズの再読。
それでも、大好き・好き・普通みみたいな
アップダウンはあるようです。
走りではないので気づきました。
読書はチャリに近いのかな。

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2025年8月7日木曜日

『10の法則で読む くずし字入門』(根本知)読みました。


「最後の1行を読み終えた瞬間、
 また最初から読み返したくなる」
みたいなミステリー小説なんかの宣伝文句を、
本屋さんに平積みされている書籍の帯や
新聞・雑誌の広告で、何回か見かけたことがあります。

作品を通して伏線が張り巡らされていて
「あれがこれなのか」「これはあれだったのか」的に
驚かされ、きっと確認したくなりますよ、
ということなんでしょうね。

でも、ほかの人はどうなのかわかりませんが、
ぼくはそんな惹句に踊らされて、
試してみようと思ったことがないんです。

最終ページを閉じたと同時に、
同じ本を読み直した覚えは
記憶にある限り1度もありません。

住宅事情により生活スペースを、
数百枚の紙を束ねた本という物体が押し狭めていき、
新種の外来種を増殖させるばかりだと
立ち行かなかくなると危機感を抱き、
在来種の繰り返し利用にも
目を向けるべきと気づいた十数年前にやっと、
再読って娯楽をスタートさせたばかりなので。

で、この『10の法則で読む くずし字入門』。

さっき読み終えて、
すぐこの感想文もどき書きました。
書いたらまた最初から読み返そうと思います。
そんな本もあるようです。ミステリーじゃないけど。

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2025年8月5日火曜日

『本所おけら長屋(十四)』(畠山健二)読みました。


一般にはサーキュレーターっていうんですか。
あの小さい丸型の扇風機。

去年、事務所でそれを使ってみたら
(ビックカメラのポイントで買えたので)
いと快適だったので、
勢いで自宅にも同じものを新調したら、
そっちも、いと快適で、
よかったよかったと思っていました。

事務所のほうはエアコンがついている場所の関係で、
ぼくの執務スポットにはあまり冷気が回らず、
しかも机が窓そばにあるから
外からの暖気がじんじん伝わって、
汗をふきふきパソコンキーボードを
ペコペコ叩いてたんです。

毎年そんな思いしながらやってたのに、
足元でちびまるサーキュを回したら、
涼しい風が来るじゃん来るじゃん。

去年はそうして夏を乗り越え、
霊験あらたかなちびまる君は、
秋が来ても、冬も春も、ありがたやと崇めるように、
そのままの位置に祀っておきました。

そして今年。
事務所では、夏がくる前に、
大家さんが新しいエアコンに替えてくれたんです。
設置の位置も微妙に変更してくれて、
冷気は全体に行き渡るようになり、
わが執務スポットでも、
びた一文も汗をかかなくなりました。

うん、満足だ。
と思っていたら、足元のちびまる君は、
とんと出番がなくなって、
その場に静かに鎮座していらっしゃいました。

で、この『本所おけら長屋(十四)』。

一時お話の中心に取り上げられ、
その後あまり出番がなかった登場人物でも、
長くやってれば脚光を浴びることもあるのです。

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