前回の感想文もどきで
同じ本をダブりで買ってしまう話を書いたとき、
例をあげて、
「ダブってもいいやと入手したら、
案の定って感じでしょうか」
とまとめました。
それと一緒に自分のケースも紹介して、
きちんと失敗したとは明記せず、
落ち込んだとか、まあいいか、
とかで結びました。
もう1つあげたケースでも、
「2つ目がこれでした」と書いただけ。
これでいいのかなって今更ながら思ったんです。
最初の例なら、「案の定」の後に、
その人の本棚には同じ書籍が並べてありました、とか、
自分の例だったら
『続々・深泥丘奇譚』が2冊になっちゃいました、とか、
結論まではっきり記さないと、
読んでいる人に対して不親切じゃないだろうか。
というか、伝えようとした内容がわかってもらえず、
意味不明の文章になっているんじゃないだろうか、
と考えたんです。
したらそこで唐突に、
昔友だちが言っていた(たぶん、言っていたと思う)、
「全部を表現しないのが芸術だ」
という意見を思い出しました。
映画なら観客に、小説なら読者に、
想像してもらう余地を残しておく。
もっというと自分の意見を押し付けた表現じゃなく、
「ここまでこういう話をしたけど、
それについてどう思うか考えてみて」
みたいなのが本物の芸術作品なんだよって思想です。
で、この『依頼人は死んだ』。
短編集。
よく考えないと「えっ、だからどうなったの?」
になるお話がいくつかありました。
全部はいわない、と。