2026年4月7日火曜日

『さよならジャバウォック』(伊坂幸太郎)読みました。


このセルに、
別のシートのAで指定した範囲の数字が入力されたら、
Bの中から該当するものを見つけ、
その3つ隣の列にある金額を、Cの値で割って集計する、

とかいうプログラムというか数式を、
あちこちに埋め込んでつくったエクセルファイルがあります。

通常は、その時々の数字を打ち込めば、
答えが示される欄を見るだけで事足りて、次の作業に進めます。

なんですが、そのファイルって、有効期限が1年で、
年が変わると埋め込みプログラム(つーか単なる数式。以下数式)
を調整しないといけないんです。

ところがどっこい、頭のつくりがポンコツなもんで、
自分でつくったファイルなのに、その修正作業を始めると、
どことどこが関連してるのか、使った関数にはどんな意味があるか、
直接は関係なさそうに見えるセルだけどそれに何の役割があるのか、
などのあれやこれやが、こんがらがってウギャーとなっちゃうんです。

1年に1度とはいわずに、もっと頻繁にこの作業があれば、
それなりに脳内情報整理はできるんでしょうが、
前回やり終えた時点からほぼ365日たっていると、
どうやったのかなんて記憶は、まるごとすっ飛んでる。

そんな仕事をこの前ふーふー言いながらこなしました。
ほんでわかったのは、数値の関連性だとか関数の意味だとか
の解明は放っておいても、ただ、年号が表示されているセルの
数字を打ち変える(2025→2026)だけで、
すべてが完了するってことでした。

そういえば、去年も同じことやったな。
あの時点で、1年後の現在にタイムスリップしてくれれば、
こんがらがってウギャーとはならなかったろうに。

で、この『さよならジャバウォック』。

そうか。量子力学ってタイムスリップと関係あるんだな。
なお、この作品の主人公の名前は量子です。

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2026年4月1日水曜日

『ソシオパス』(パトリック・ガーニェ)読みました。


昔からヤンキー座りができません。

と書いたところで、
今はもう誰も「ヤンキー座り」なんて言わないかもと、
検索窓にこの言葉を入れてみると、AIくんの解説から始まり、
ニュース番組のネタやらユーチューブやら
整体院の健康ハックまでごまんと表示されました。

死語にはなってない、
たぶん通じるとわかったのはいいけど、
それらサイトに掲載されている内容が、
その座り方のできない人が最近増えてて、
できないと体調おかしくなるよ的な煽り文句ばっかりで、
ほへーって思いました。

こんなストレッチを続けるとヤンキ座法を身につけられる
なんて図解するページもあったけど、
同じこと昔からやっててそれでもできないぼくは
どうなんでしょう、と思ったり。

で、この『ソシオパス』。

そんな座り方ができないのは個性だから
まま受け入れるのがいいんじゃない、
それと同じように心の働き方が普通と違うってのも
個性の範疇に入れてみたらどうかしら、
と、やさしくいわれているような感じでした。

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2026年3月24日火曜日

『成瀬は都を駆け抜ける』(宮島未奈)読みました。


たぶんそうじゃないかと思って
去年の同じ時期の感想文もどきをたぐってみました。

この1カ月の分量は、去年と今年ともに5冊。

ほんでもって両方とも、感想文もどきを書いたのは、
読了日からだいぶ後になってから。
しかも5冊分を短い時間で一気に仕上げてる。

先週、もどき文5冊にかけたのは1日(というか2、3時間)。
去年は記憶がおぼろだけど確か1日半(時間数は同じだけど、
うんざりして途中でやめ、翌日続きをした覚えがあります)。

年間を通してほぼ同じスケジュールで進行している仕事があり、
それがちょうど、この時期に山場を迎え、
どうしても時間を割けずため込んでしまうんです。

読書に当てる隙間の息抜きタイミングも少なくなり、
こなせる冊数も減ってる。

そんなあたふた状態がちょぴっと落ちついて、
読了後それほど間を開けずにもどきライティングできるのが、
今回のこの時期の1冊なんです。

で、この『成瀬は都を駆け抜ける』。

それならもうちょい
気の利いた内容にできるはずなんだけど、
やっぱいつも通りのすかすか文。すみません。
いやいや本は面白いです。

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2026年3月17日火曜日

『ランニング・マン』(スティーヴン・キング)読みました。


住宅事情という現実を前に、残しておく本は
いつか再読したいと思えるものに限定しよう、
と確固たるではないけれど、ゆるやかな
自分しばりのルールを決めてます。

ですが、
いざもう一度ページを開こうと手に取ってみると、
予想外の障害に出くわします。重たかったりすることです。

もしかすると、それは
大好きな京極夏彦作品に限った難点かもしれませんが、
分厚くて持ち運びが不便で、腰を据えて立ち向かわないと、
寝転がっての姿勢や通勤バス車中の立ち読みでは、
とても目を通せない。

だから、この前シリーズ再読チャレンジした十数冊は、
重量級の単行本がぎゅぎゅう本棚に鎮座してるにもかかわらず、
お手軽サイズの文庫を新調してこなしました。

さらに障害はもう1つある。老眼です。
今の書籍に比べて、昔のは、
文字の大きさが小さいものが多かった。

文庫サイズで残してあるやつは
寝転びや持ち運びには不自由しないのだけれども、
黄色く色褪せたページを開くと、ぼやけるぼやける。

文字大きめの今様本は、ひらがなはきちんと判読できて、
漢字はぼやけても文脈から類推できるけれど、
過去本は、そのひらがなさえ、ぼけぼけるミニ文字なんです。
ってのを以前何冊か経験したから、
きっとこれもそうだろうと、再読希望本のうち何年も開かずに
そのまま時を経ている困ったちゃんが、
わが家の本棚には数冊貯蔵されています。

で、この『ランニング・マン』。

そんな開かずページ本の1つが『バトルランナー』で、
それが改訳して復刊されたんですから、
読みますわ、読みましたわ。うん、面白かった。
文庫で1650円をどう感じたかはまた別の話だけど。

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2026年3月10日火曜日

『神狩り』(山田正紀)読みました。


昔の先生方は教室でもタバコを吸ってました。
もちろん映画学校でも。

長机を四角く囲んだ会議室のようなゼミ教室に
先生が来ました。

知る人ぞ知る名監督でもある師の座った席は、
飲みかけの缶コーヒーを脇に置いていた
上野くんの隣でした。

先生は、
おもむろにタバコを取り出して火をつけ
2口3口吸ったと思ったら、
灰をぽんぽんと飲みかけ缶コーヒーの中に落とした。

2人の向かい側に座っていたぼくは、
そのときの上野くんの「えっ」って顔を、
何十年もたった今でもよく覚えています。

で、この『神狩り』。

山田正紀さんの作品がいいと教えてくれたのが
上野くんでした。
その推薦本のほうが、どっちかっていうと好きかな。

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2026年3月5日木曜日

『複眼の映像』(橋本忍)読みました。


なよなよ青年の、
どっちが前なんだよ波を受けてから(前回参照)
半年くらいたってからでしょう。
今現在から数えれば4、5年前といったところ。

ランニング通勤のゴールであるジムにたどりつき、
サウナのあるプールエリアの入口に立ったとき、
人生2度目の念波襲撃を経験しました。

水中を歩くとき抵抗があって
なかなか前に進まないのと同じように、
足を踏み出そうとしても普段通りスムーズに前進できない。
空気の密度が濃くなって粘りのある気体の中を行く感じです。

それと同時にゴゴー的な騒音を耳じゃなく身体で感じ、
あっ、なよなよ青年みたいって思い出した。

一度経験したことだから
音源はどっかにあると確信して、見回すと……。
いつもはニコニコ「おはよーございます」と
声を張り上げている監視員スタッフのおねえさんが、
苦しげな顔をしてじーっと目を伏せてる姿を発見。

身体に痛みがあるのか、心配ごとか、失恋したのか、
そんなことはもちろんわかりませんけれども、
彼女が発した悲観的念波をぼくが受けたことはわかりました。

で、この『複眼の映像』。

プール監視員おねえさんは、
離れた場所のぼくにも何かを伝える能力があったようで、
それと同じような力を、橋本忍さんや黒澤明さんは
持っていたんだろうなって、これ読んで思ったとさ。

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2026年3月3日火曜日

『最後の一色(下)』(和田竜)読みました。


前回からの続き。

念波の来るカゴ棚の向こうに
誰かいるのはわかってました。

ちょっと前に、若いなよなよ系の青年が
湯から上がってきたのは目の端に映ってたんです。

なので、とりあえず浴衣は合わせずに、
だらんとさせたまま、棚の横から顔を出して
そっちのほうを確認してみたんです。

すると、なよなよ青年が、
泣き出しそうな顔をしながら
腕を通しただけの浴衣で
左右の身ごろをつかんでパタパタさせながら、
ウロウロきょろきょろ。

一種のパニック状態でした。
声には出さずとも「どっちが前だー」と心の中で叫んでる。
その心中の叫びが、ぼくにゴゴーって感じの騒音として
耳じゃなく体で聞こえたんだと思います。

で、この『最後の一色(下)』。

上巻にはもっと、超人的な要素があったけど、
この後半ではそれが弱まった気がしました。
弱まらないほうが好きかな。

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2026年2月26日木曜日

『サイコパスから見た世界』(デイヴィッド・ギレスピー)読みました。


念波というんでしょうか、テレパシーのほうが適当かな。
そんなゴゴーって感じの騒音みたいなものを、
頭の中に感じたことが、これまで2度あります。
音として耳から聞こえたわけじゃないですよ。

その2回うちの最初のやつは、
確か家族での温泉旅行のときでした。
(ネタとして使えると思うので、
 もう1つのテレパシー体験は別の機会にして、
 ここは最初の1回目だけ。出し惜しみです)

大浴場で、あーいい湯だったと、ほかほかしながら、
タオルで汗を拭いパンツを履いて
浴衣を着ようと袖を通したときでした。

脱衣カゴの並ぶ棚の向こう側から、
そのゴゴーっな感じが、頭蓋骨の中、いや、
どこか一部というより身体の内側全体に
膨れ上がってきたんです。

その途端、
浴衣の合わせを右と左でどちらを前にすればいいのか、
わからなくなっちゃったんです。

それまでは何も意識せずに、まず右から
身体に巻くようにして次に左と、いわる右前にしてたのに、
いやいや、それは間違いじゃないかぁーと、
昔のアニメみたいにでっかいはてなマークが
空から降ってきて押しつぶされた。

んん、まだ話が終わらないけど、もう結構な分量を
書いた気がするのでこの辺で「次回へ続く」にします。
この話題が次回の読了本に相応しいかどうかわからないけど、
なんとかこじつけられると信じて。

で、この『サイコパスから見た世界』。

超能力というか霊能力というか、
そんな内容の本かと思ったら違ってた。
上記はそっちのオカルト方面につながるネタでした。
間違ってすみません。誤りと気づいたもんだから、
あまり長くしないで途中でやめました。

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2026年2月24日火曜日

『不穏な眠り』(若竹七海)読みました。


今日はあれとこれを一生懸命にやって早く終わらせ、
なんとか時間を捻り出して、もう一つの作業を仕上げる。

だいたい毎日、そんな心づもりをして1日を始めるんですが、
9割がた予定通りにはいきません。

朝の時点で思い描いている帰宅時の姿は、
3つの仕事をこなして晴れ晴れした表情で「ただいまー」と
自宅ドアを開ける様子。

で、実際は1つの仕事の半分もできず肩を落として
開けようとするドアがやけに重たくふーふー息切れする姿。

そこで考えました。
頭に浮かべた姿と正反対になるのがデフォルトなのであれば、
初めに想像する様子をダメバーションにしておけば、
現実はそれが反転してハツラツデーになるんじゃないか。

《本当は3つの作業を済ませたいけど、どうせできない。
 3.0の完了じゃなく0.3の微完で「あーどうしよう」と嘆くはず》

と、終業時のポンコツ姿を、その日の目覚めにイメージすれば、
現実世界では、それが逆転、反転して、3.0ができちゃうとか。

で、この『不穏な眠り』。

そうはうまくいかないことを物語で知らされました。

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2026年2月19日木曜日

『最後の一色(上)』(和田竜)読みました。


前回のコインパーキングの話で、
もうちょっと付け加えておきたいことを、
今さらながら思い出しました。

こすってしまったガードレールの件です。

スペースが狭いってことは、よしとしましょう。
土地を余さず使い効率的に稼ごうとするのを非難しては、
「どの口が言うか」と返されてしまうので。

そのときは片側2車線の道路を走っていて、
右側の反対車線の向こうにそのパーキングはありました。

1〜4まで番号が書いてあり、
ぼくから見たら一番手前は4番。
空いていたのは向こう端の1番です。

対向の車列が途切れるのを待ってから右折で入庫するので、
出やすいようにバックから入るなどと
悠長なことはやってられません。

それに、入り口は2番と3番の真ん中で、
クルマ1・5台分ほどの幅しかなく
その脇には門のように歩道のとこに植えられてる街路樹が
デンデンと居座っており、前方から乗り入れても
くねくね曲がりながら数回の切り返しが必要なんです。

確かに「これ、出れなくなるんじゃね」と心配はしたんですが、
歩道には人通りも多く、もたもたしてると怒られそうで、
入れちゃったんです。
なもんで、出庫のとき苦労するのはわかってました。

で、前回言ったように案の定、悪戦苦闘。
なんとか脱出したのはいいものの、
左前のタイヤ脇フロントグリルをグリグリと。
ふー、やっと言いたい部分に来た。
あの運転席からは確認できない背の低いガードレール、
もっと高くしてちゃんと見えるようにして。

で、この『最後の一色(上)』。

これは上巻。下巻はきっともっと背が高くなって、
見通しよく面白くなるんじゃないかと期待。

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2026年2月17日火曜日

『絶賛語辞典』(関根健一)読みました。


この前利用したコインパーキングは
ギリギリ1台停められるかどうかの狭さで、
頭から突っ込んでなんとか駐車したのはいいけれど、

バックで出庫するときは、
数えきれないほど切り返しして、それでも脱出できず、
悪戦苦闘しているときに隣の車が出ていったので、
そこに乗り入れてようやく抜け出せました。

でも、運転席からは見えないヒザの高さほどの
ガードレールに当たってしまい
フロント下部にこすり傷をつくっちゃいました。ああ。

で、この『絶賛語辞典』。

この本によれば、
「絶賛」とは「この上なく褒めること」らしく、
それに類する言葉ばかりが例文と一緒に
たくさん掲載されています。
駐車場の出来事のようなシチュエーションでは、
あまり必要としない書籍です。

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2026年2月12日木曜日

『ミスコン女王が殺された』(ジャナ・デリオン)読みました。


一度はやりたかったチャットGPTでつくる感想文もどき。
やってみました。まず、

〈この感想文もどきと同じ文体で創元推理文庫の
「ミスコン女王が殺された」(ジャナ・デリオン著)
 について600文字前後でつくってください〉
みたいに投げかけたら、

アマゾンのレビューにあるような、
簡単なあらすじをズズズと列記したあとで、
おすすめできる楽しい本です、みたいに締める文章が
スラスラと表示されました。

いやいやそうじゃないでしょと
〈この感想文もどきは、書籍の具体的内容には触れずに、
 物語からイメージされる雰囲気をもとに、
 そこから想起される日常的なちょっと笑えるエピソードで
 構成しているようです。全体の9割がそのエピソードで、
 次に書籍名がきて、1〜2行程度の感想、
 という流れになっています。これを踏まえて、
 もう少し短い文章でつくってみて〉
と投げたら、

こんなんが返ってきました
《朝のゴミ出しで、なぜか近所のおばさんたちの井戸端会議に
 捕まってしまった。誰それの息子がどうしたとか、あそこの家の
 車が新しくなったとか、情報の精度は怪しいのに熱量だけは
 CIA並み。うっかり相づちを打つと、いつの間にか「あなた、
 あの件どう思う?」と捜査協力を求められている気分になる。
 逃げ場を失って話を聞いているうちに、これってミステリの序盤に
 ありがちなやつだな、と妙に冷静になる自分がいた。
 平穏な日常の顔をした場所ほど、トラブルはあっさり転がり込んでくるし、
 噂好きな人ほど事件の中心に寄っていく。結局ゴミ袋は重くなり、
 朝からどっと疲れたけれど、こういう小さな騒動も後から思えば笑い話だ。
 ――『ミスコン女王が殺された』(ジャナ・デリオン著)。
 のどかな空気の裏にあるドタバタ感が楽しい一冊。
 軽く笑いたいときにちょうどいい。》

 ふーん。そうくるか。やっぱ自分で書こう。

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2026年2月10日火曜日

『錆びた滑車』(若竹七海)読みました。


今まで読んだ本を振り返ってみて思うのは、
個性がないってこと。

ベストセラーとか、著名な文学賞を受けた作家だとか、
そのときどきで話題になった作品とか、
そんなのばっかりな気がします。

ニッチの奥の方でひっそりと
わずかな熱狂的ファンに支えられるような、
人に教えたくない店的なものはほぼなしな感じです。

去年代表作シリーズの再読マラソンをして、
ますますもっと読みたくなった京極夏彦作品も大メジャーだし、
新刊が出るたびに飛びつくスティーヴン・キングさんや
伊坂幸太郎さんなんかも言わずと知れたヒットメーカーでしょ。

だからぼくの読了本のうち、
「自分が読んでるのは1つもない、びっくりだ」と、
同じく本好きの友だちから言われたときには、
こっちがびっくりでした。

で、この『錆びた滑車』。

でも、そんな人にかぎって、こ
の作品のような若竹さんの一連の著作は、
過去に通過してるんじゃないかなと思うんです。
ま、まだならぜひ。
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2026年2月5日木曜日

『数えずの井戸』(京極夏彦)読みました。


小学校に通っていた子どもの頃は、
仮面ライダーカードや切手、コインなどを
周りの友だちと一緒になって集めてました。

ライダースナックを1箱分買って
カードだけ抜き取りたかったけど
1カ月分の小遣いを叩いても手が届かなかったので、
それができるスネ夫階級のやつから
スナックだけもらってポリポリしてるほど
夢中になって楽しく悔しくコレクションしてました。

でも、それがいつの間にやら、
どのようなものにしろ形あるモノに
それほど興味がわかなくなり、
世にいう蒐集家とされる人の気持ちが
よくわからなくなっているのが現在です。

本を集めている人の中には、
そこに書かれている内容にはまったく目を通さず、
希少価値やらコンプリート度合いやら、
または外観のデザインやらだけで判断して
入手するマニアがいるとよく聞きますが、
そんなふうに夢中になれるのって、
ちょっぴり羨ましかったりしてます。

で、この『数えずの井戸』。

著者の京極さんは、さっきいったマニア的な本好きのようで、
この本も最近、豪華版を再制作して出版した模様。
ぼくはもちろんハンディーサイズの文庫で読んだんですけどね。
おもろいです。

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2026年2月3日火曜日

『静かな炎天』(若竹七海)読みました。


アップで見れば悲劇だけれど、
カメラを引いて広角で眺めれば喜劇になる、
みたいなことを
確かチャップリンさんが言っていた気がします。

自転車で行こうと外に出てみると、
さっきまでのピーカンはどこへやら土砂降りの空模様。
チャリ使用はあきらめて傘を取りに戻り、
なけなしの小遣いを心配しながら
タクシーを拾おうとするも容易にはつかまらず、
靴をぐしょぐしょにしながら
なんとか目的地まで3分の1程の距離を歩いて
進んだところでやっと1台止まってくれて
シートに腰をおろしたはいいけど、そこから大渋滞。
これりゃもう間に合わんと、訪問先の相手に携帯すると、
約束は明日だと告げられる。

ってなことを実際に経験すれば、
そりゃもう、頭の中はイライラはらはらこんちくしょーで、
悲劇以外の何ものでもないでしょう。

でも、この一連のドタバタを、
頭上5メートルに浮かぶドローンで
全身おさまる画角によって押さえた映像を見させられたら、
たとえ自分がしでかしたポンコツであっても喜劇です。笑えます。
それが自分じゃなく他人だったら、なおのことガハハハでしょう。

思えば『ダイハード』がそうでした。
印刷機にゴキブリだかが引っかかって
名前の綴りが誤植され別人が
トラブルに巻き込まれる映画もありました(何でしたっけ)。
そうそう、
伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』もそんな話ですね。

で、この『静かな炎天』。

アップで体験したくはないお話だから、面白いんだな。

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