2023年1月26日木曜日

『文にあたる』(牟田都子)読みました。


前回の『ボケと利他』の疑似感想文の中に
「ぼくがここにしたためてるのは〜」
って文言がありました。

その文字を入力しようとしたとき
「あ、おもろい。これもネタにして書こ」
と考えたことがあったんです。
でもそれを盛り込んでいったら、
いつも配分している
1冊分のスペースを超えちゃうから、
じゃあ次回にしようとたくらんだ結果が、
今回です。

えーっと、冒頭の文言の中の
「したためる」についてです。

これをローマ字入力して
スペースキーの変換キーで出てきたのは
「認める」でした。

えっ、それは「したためる」じゃなく
「みとめる」じゃないの
日本語変換プログラムくん、
と呼びかけたのですが、

パソコンマシンからは何の返答もなく、
仕方なく辞書を引いてみると、
ありましたありました。

「したた・める 4【認める】」と、
ちゃんと項目が立ってます。

(間に入っておる[4]は
 よく知らんけれどアクセント記号みたいです)

5つほど意味が出ていて
その先頭に「文章を書く」とあります。
うん、ぼくの使い方は間違いじゃなかった。

でもそれをプログラムくんに従って
漢字にするのはいただけないと思い
ひらがな表記にしたんです。

で、この『文にあたる』。

文章の間違いを指摘する
校正者(もしくは校閲者)さんの
書いたエッセイ。面白かったです。

この著者さんだったら
「したためる」の「認める」が出てきたとき、
どう対応するのかなと思いました。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月24日火曜日

『ぼけと利他』(伊藤亜紗/村瀬孝生)読みました。


ツイッターに投稿した文章を
ここにコピペしてみたら
結構なスペースを占領とわかり、

驚いて、ほんじゃまあ
同じものを何回貼り付けたら
どれほど埋まるかやってみたら
3回でほぼ通常の投稿の満杯状態。
4回やったら、長ったらしく、あふれ気味。

ツイートってのは
上限140文字制限なので、
3回なら420文字。
それにちょい余りが出たから
500文字ということですね。

原稿用紙1枚と数行。

前にスピーチの仕方みたいな本をつくったとき
(もしかしたら読んだだけかも)
原稿用紙1枚は
話すと1分強だと言ってた覚えがあるので、
ぼくがここにしたためてるのは、
カップラーメンもできない時間で
どっかに飛んでっちゃうほどの
軽さなんだと実感しました。

で、この『ボケと利他』。

その最初にコピペしたツイートは以下の通り。
[子どもがまだ小さくて言葉を覚えたてだったころ
 飲酒で赤くなったぼくを見て「パパ、顔が夕焼け」
 と言いいました。今読んでいる『ぼけと利他』
 という本の中で、認知症のお年寄りが「好き」
 という単語が出てこず悩んだ末に言ったのが
 「好意が満腹」だったと書いてありました。
 どっちも素敵いや詩的です。]




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月20日金曜日

『果てしなき流れの果に』(小松左京)読みました。


何を覚えていて、どれを忘れるのか
不思議に思うことがたびたびあります。

もともと貧弱な記憶力しか持っておらず、
小学校のとき掛け算の九九が
どうしても頭の中に入ってくれずに、
ぼく一人だけ何日も放課後に残されて、
担任の先生と1対1で
「言ってごらん」
「いんいちがいち、いんにが…」
とやってました。

もう半世紀も前のことなのに、
そのとき先生がショートピースを
吸いながら怖い顔していたのを覚えています。

ほら、不思議でしょ。

「覚えられなかった」
という出来事を覚えている。

ちなみに、大昔なので
タバコはあらゆるところで許されてました。
灰皿持参で教室に来る先生はざらにいたんです。

そうそう小学校といえば、
厚紙に人の絵なんかを描いて切り抜き、
それを割り箸の先にセロテープでくっつけて、
ぺらぺら人形をつくり、
それで人形劇をやったのも覚えてます。

自分の担当した役もしっかり頭に浮かびます。
日本の総理大臣でした。
さらにそのときのセリフも言えるんです。

「私は我が日本国の最高責任者として、
 今、我々が未曾有の危機に直面していることを
 お伝えしなければなりません」

小学生のぼくにきちんと意味が
理解できていたかどうかはわかりません。
それより、こんな難しいセリフを覚えられるなら、
もっとすんなりと九九を覚えなさいよ、ぼく。

で、この『果てしなき流れの果に』。

小松左京さんの作品です。
ぼくが小学生で暗記した総理大臣のセリフは、
同じ小松左京さんの『日本沈没』でした。
作者つながりということで。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月17日火曜日

『私の文学史』(町田康)読みました。


6人だったか7人だったか、
知り合いをたどっていけば、
世界のどの国に住んでいる人でも、
どっかしらでつながっている
って話ありましたよね。

友だちの少ないぼくでも、
それは当てはまるのかしら
って疑問に思ったりするけど、
あ、そうか。
仕事でインタビューした
おっきい会社の社長さんなんかを、
知り合いに含めれば、
きっと実業界とか政界とか
いろんな出入りがあるだろうから、
そこから一気に広がって
2人介しただけでも、
結構な「友だちの友だちは皆友だちだ」
になるかもなるかもですね。

初対面の人と話したとき、
共通の知人がいることがわかり
「世間は狭いですね」なんて話を
することもあるけど、
まあ、ありきたりのことなのかと。

で、この『私の文学史』。

著者の町田康さんって、
すごい文章を書く人だなあ
といつも感心していて、
こんな人と知り合いだったら
ぼくの生き方も違ってたかな
と考えたりしてました。
それが、この本に出てくるエピソードで
共通の知人がいると知り、
ひょっとしたらひょっとしたんだと、
びっくり。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月13日金曜日

『鳥脳力』(渡辺茂)読みました。


ということで、
この鳥の本を読み終えて次に読んでいるのは、
文章の間違いを指摘する校正者さんが書いたエッセイ。

これがいいんですわ。

チェックしている原稿の中に、
他の著作物からの引用文(たった数行)があって、
それが正しく転記されているか照合するため、
ネットはもちろん、あちこちの図書館やらなんやらに
4日間もかけて原典を探し回ったとか。
真面目さに思わず涙しちゃう内容なんです。

で、この『鳥脳力』。

わかりやすい文章で内容も面白く、
実験なんかで疑問を解消していく態度も
校正者さんのような熱心さがいいと思いました。

ただ、その熱心さゆえに
実験に使われる鳥たちがかわいそう。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月11日水曜日

『捜索者』(タナ・フレンチ)読みました。


神聖な本という存在に対し誠に失礼な
「シチュエーションずらしの3冊並行読書」
をしているぼく。

それぞれの場面で1日にめくれるページは
いかほどかと思い返してみると、
あまり波風の立っていない平常なときで、
会社の昼休み=30頁、
帰宅時バス車中=20頁、
就寝前=50頁くらいです。

なお、就寝前の数字は
休みの日にゴロゴロしながらめくれちゃう
200頁ほどを含めてです。
平常なときの休みを考えると
一週に一度だから7日で割って
1日約30頁。
それにリアル寝る前の20を足して
50と算出しました。

これをみると、
一冊を一番早く読み終えられるのは就寝本で、
次に昼本、最後がバス本になる。

とはいえ、それは平常時。
なんやかんやで立て込むと
バランスはものの見事に崩れます。

一番に影響の出るのが
仕事に追われまくり
休みなどとは言ってられないときで、
そういうときには
ベッドに入っても瞬く間に眠っちゃうので、
50と見込んだ就寝本の数字が
一桁少ない5になったりします。

で、この『捜索者』。

就寝本でした。しかも立て込み時。
日速5頁、せいぜい10でした。
もっと続けて読めれば
面白いと思えたかもです。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2023年1月5日木曜日

『老神介護』(劉慈欣)読みました。


小松左京さんの代表作が
『果てしなき流れの果に』だと言われて、
えっそうなの知らなかったわ、
と思ったので、今、読んでます。

プロローグが恐竜の生きていた時代の話で、
その十数ページを読んでいる途中、
『果てしなき〜』のタイトルを思い出し、
これはきっと太古の昔から徐々に現代まできて、
そんで遠い未来まで
長い時間軸を描く作品なんだろうと思ったら、

第1章で(今はその1章の途中まで読み進んでるトコ)
いきなり現代になったから、
やっぱぼくの推察力ってポンコツだなと思いました。

で、この『老神介護』。

短編集。その中の1つに『白亜紀往事』
って話があり、それが恐竜の話で、
ちょうど別の読書時間(バス車中)に
『果てしなき〜』のプロローグを読んでいるときだったので、
頭がごっちゃになりました。なんか似てた。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年12月27日火曜日

『べらぼうくん』(万城目学)読みました。


その分野に精通していないからこそ、
わかりやすい本がつくれる、
と勝手に思っているぼくなので、
余裕のあるときには
ジャンルを問わずどんな書籍の制作も
ほいほいと請けてきました。

高校の先生向けに、
生物の教科書に沿って教える
ポイントを並べたガイドブックなんかも
つくったなあ。

生物つながりでいえば、
シロアリ駆除のノウハウ本とかも。

そんな仕事の中に、
シェイクスピアの戯曲を
紹介する書籍がありました。

精通していないからこそ、
自分が理解できるように
徹底して噛み砕いてつくったら、
結構評判がよくて、
よかったなあと思ってたら、

テレビ番組でシェイクスピア解説者として
出演してくれないかって誘いがきて、
いやいや精通してないですからと、
丁寧にお断りしました。
あんとき無理を承知でうんって言ってたらと、
ときどき思います。

で、この『べらぼうくん』。

作者の万城目さんも、
コメンテーターのオファーがあって
断ったと本の中で言ってました。
ワイドショーでの万城目さんも見てみたいなと、
ときどき思います。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年12月22日木曜日

『射精道』(今井伸)読みました。


自分で書いたものであっても、
記した内容は右から左へ忘れていくのが
ぼくの常態なんですが、
ときどきその通常ルールを
逸脱することもあるんです。

3年近くも前に
(検索をかけてみて、経過年数がわかって、
 そんなに前だったのかと驚きました)
この感想文もどきブログでいったことも、
なぜか思い出せちゃう逸脱物件でした。

新刊の本に挟んである出版社のチラシの件。
同時期発売の作品を
「今月のラインナップ」とかいって
並べて印刷してる小さいペラペラの、
よく栞代わりにするやつです。

そこでは、
チラシにある作品の並び順は
誰がどうやって決めるのだろう
って問題提起したんです。

そのとき読了した藤井太洋さんの小説のほうが、
チラシ内トップ扱いで
でかでかとスペースをとって紹介されていた
某作品よりも面白いのに「おかしくない?」って。

そういうの、よくあるんです。
ぼくが面白そうと思ったのは、
みんが面白くなくて、
みんが喜ぶのはぼくにはつまんなくて
みたいな。

で、この『射精道』。

みんなは関心を寄せないだろうなと思ってたのに、
結構売れているみたいですこの本。
チラシで大きな扱いだったのかな。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年12月20日火曜日

『へろへろ』(鹿子裕文)読みました。


本を読んでいて、
その物語の中に出てきた別の本や、
巻末の解説で紹介されていた
別の作家さんの作品が面白そうで、
次はそっちを読んでみる
って例は結構あります。

本を選ぶときの5分の1くらいは、
そういう感じでリストに書き留めたものです。
(あとの5分の4はメディアで紹介されていたり、
 広告だったり、ネットの書評だったりで
 興味がわいたもの、または好きな作家さんの新刊です)

そういうのは大抵、
今まで知らなかった人の書いた作品です。
それをきっかけに、
もしや新たなお気に入り作家が増えるかもしれない、
なんて期待でわくわくしながら、
本屋さんの棚から抜き、レジに持っていくんです。

それとは逆に、
新しく読んだ本の中に、
既読の作品が出てくるときもある。
でも、そんなときは、
「ああ、それ読んだな」くらいで
スルーするのが通例になっていました。

で、この『へろへろ』。

この本読むのは確か3回目。
少し前に読んだ『シンクロと自由』の中に出てきて、
今回はスルーせず、読み返しちゃいました。
面白かった。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年12月15日木曜日

『三体X 観想之宙』(宝樹)読みました。


ワサビは緑っぽい色、
和カラシは黄色っぽいおうど色、
しかもチューブのラベルには
きちんとそれぞれの名前が書いてあるから、
幼稚園児でもない限り、
いや幼稚園児であっても、
しっかり確認すれば間違うわけはないんです。

それなんで間違うんでしょうかね、ぼく。

刺身を食べようと思ったら、
普通はワサビを溶いた醤油につけます。
それをなぜか、
冷蔵庫からカラシのチューブをとってきて、
目の前で絞って出し、醤油まで垂らして、
溶きまでして、その段階でも気づかない。

おいしそうな短冊状のイカの刺身を
2、3切れ箸でつまみ、
そこにしゃらしゃらとひたしても気づかない。

箸を口元に運び、もぐっとした瞬間に、
あれ? と思って、このイカ傷んでるかなどと、
頭の中にはてなマークが浮かんで、
この味はワサビじゃねーとわかって、
チューブをよくよく見て、
初めて気づいたんです、このあいだ。
あーあ、老化現象かな、これも。
って、たそがれつつ、
意外とカラシでもOKじゃん、
なんて思っていました。
強がりとか、ごまかしじゃなく。

で、この『三体X 観想之宙』。

本屋さんに持参した購入本リストには
『老神介護』と『流浪地球』書いてありました。
家に帰ってカバンから出したら
『老神介護』と『三体X』でした。
面白かったからいいか。
強がりとか、ごまかしじゃなく。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年12月13日火曜日

『殺しへのライン』(アンソニー・ホロヴィッツ)読みました。


少し前に読んだ、小説の書き方の本では、
読者を引き込むには謎を入れないと
ダメだといってました。

謎、ミステリーの要素ですね。
こんな殺し方、どうやったんだろうとか、
誰にも恨まれるような人じゃない
って書いてあるのに
何で殺されちゃったんだろうとか。

わからないことを、
わからないままにしておくのは
確かに気持ちが悪く、
わからないことをわかりたいって欲求が
ページをめくらせるんだろうと思います。

ただ、その一方で、
謎解き要素などまったくなくて、
あったとしてもしょーもないトリックだったり、
仕掛けがあちこちほころびていて
ツッコミどころ満載だったりしても、
そんなのは気にせず、
ゴクゴクバクバクと読み進められる本もあります。

ぼくの場合、
おバカな登場人物がおバカをしているストーリーだと、
ゴクバク読みができる傾向にあるようです。
それと、噛み合わないけど、
なぜか前進していくセリフのやりとりがあるとき。
笑いの要素ってことかしら。

で、この『殺しへのライン』。

作家と探偵が登場するシリーズの確か3作目。
謎は出てきました。
それでページをめくる力はわきました。
ただ、もう1つの「笑いの要素ってことかしら」は、
ぼくには少し不足でした。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年11月29日火曜日

『鉄塔 武蔵野線』(銀林みのる)読みました。


ある女性の作家さんは、
自分の感性の変化を
定点観測的に客観視して分析するため、
『風と共に去りぬ』を
数年おきに読み返しているそうです。

(「ある女性の〜」などと、わかっていながら
 匿名で書いているんだぞ的な表現で始めましたが、
 いつもの通り、その人が誰だっか
 忘れてしまっただけなんです。
 もっといえば、女性であったかどうかも
 定かではありません。
 女性が主人公の『風と共に去りぬ』なので、
 きっと女の人が言ったことなんだろうって、
 短絡的に考えただけで
 ……すみません。
 それに、くだらないカッコ書き注釈で
 こんなにも文字を埋めてしまったのも
 ……すみません)

同じ小説でも、
若い時に読んだときと、年齢を重ねてからでは、
全然違う印象になるとは、よくいわれることで、
その変化の具合を
小刻みに確かめる行為に感心しました。

しかも、あの大長編のスカーレット・オハラ。
数年おきに読み返すって言ってたけど、
ぼくなら読み終えるのに数年かかるだろうから、
同じことしようと思ったら、
最終ページを閉じた翌日に、
また最初から読み始めるないとダメそうです。

で、この『鉄塔 武蔵野線』。

何年かぶりの再読でした。
最初のときより、感動は少し減。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年11月25日金曜日

『イヴリン嬢は七回殺される』(スチュアート・タートン)読みました。


確かAmazonの電子書籍端末の
テレビCMだったと思うんですが
(例によって自信はないです)
街頭インタビューで
「本の良さってなんですか?」
と尋ねていくシリーズがありました。

その質問に答えた人の中に
「本を読んでいると、
 その世界にのめり込んで、
 日常の雑事を忘れられるのが好き」
と笑顔を見せた青年がいたんです。

それ聞いたとき
「どうせやらせだろう」なんて
やらしい気持ちはまったく浮かばず
心から「いいな」と思いました。

その頃のぼくは、本を読んでいても、
たいていその内容以外のことが
頭の中でちらちらして、
のめり込むことなんか、
めっちゃごく少なかったから。

でも、ですね。
それが最近「めっちゃごく少」から、
なんの形容詞もつかない「少」
もしくは「中」くらいになっているんですわ。

生活の環境が変わり、わずらわしいことが
少なくなったわけではありません。
ここ何十年も
わずらわしさの数は人一倍です。

なのに何で「中のめり込み」まで
いけるんでしょうかね。

集中力がついたと
ポジティブに考えたいけれど、
たぶんそうではなく、
複数のことを同時に処理する
マルチタスク機能が
マイ頭脳からポロポロと剥がれ落ちているのかも。
ひとつのことしか情報処理できない頭になっている
そんな感じです。

で、この『イヴリン嬢は七回殺される』。

だってこの本「少」どころか
「中」を超えて「多」も見えたほどの
のめり具合だったのに
登場人物の名前も覚えきれず、
ぐちゃぐちゃだったんですからマイ頭脳。
でもなぜか面白かったです。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2022年11月22日火曜日

『シンクロと自由』(村瀬孝生)読みました。


半年ほど前に亡くなった映画評論家の
佐藤忠男先生の講演を昔、聴いたことがあります。
(もしかしたら、映画学校時代の邦画鑑賞の授業かも。
 いや、友だちの撮ったドキュメンタリー上映初日の
 セレモニー講演だっかかも……
 すみませんはっきり覚えていません)

お話の内容は、
昔の日本の農村はどのように
共同生活を送っていたのかというものでした。

ほとんどの農村では、
何か決め事をするときは、村に住む全員が
必ず賛成しないとダメという決まりが
あったといいます。

誰か一人でも、
「そんなのは嫌だ」という人がいたら、
やらない。

その前提があるから、
どうしてもやらなくちゃ村が困るってときには、
反対意見の人を何とかなだめて、
「わかったいいよ」と言ってもらえるまで、
みんなで粘る。

一度ダメだと言われても夜を徹して説得し、
一夜の話し合いで納得してもらえなければ、
何日も何日も、一週間も、二週間も、
わかってくれと翻意を促し、
何とか首を縦にふってもらって、
全員の賛意を揃えて初めて事を決める。

「現在の社会では無理ですが、
 日本の農村はそんな手間をかけて
 生活していました」
と佐藤先生は言ってました。

で、この『シンクロと自由』。

この本に出てくる
介護のエピソードを読んでいたら、
佐藤先生の講義で知った
農村の人たちを思い出しました。




**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************