2024年5月10日金曜日

『寺田寅彦随筆集 第四巻』(寺田寅彦)読みました。


さっき会社の喫煙所(5階ベランダ)で
タバコを吸っていたら、
階下に見える歩道のところで、
駐車違反を取り締まる職員が2人、
乗っていたチャリンコを止め、
荷台の箱の中からクリップボードに挟んだ書類やら
コンパクトカメラやら巻き尺やらの
仕事道具を取り出していました。

昔はミニパトの婦人警官(昔なのでこの呼称)が
指揮棒みたいなのの先にチョークのついたヤツで
違反駐車しているクルマのタイヤと道路に印をつけ、
一回りして戻ってきたとき位置がずれてなければ違反とみなし、
告知の張り紙をワイパーに挟んでいったものですが、
いつの頃からか、
その仕事は警察じゃなく民間(たぶん)に
委託されるようになって、
さっき見たおじさんたち
(そういえば、あの職員はいつもおじさんで
 女性には会ったことがありません)
が街を見回るようになっていました。

でも今回、
ぼく眺める範囲に停められてるクルマは
1台もないんです。

何が目当てなんだろうと見ていると、
2人は歩道の脇に置かれた原付スクーターを
ターゲットにしたみたいなんです。

ナンバーを書き写したり写真撮ったり
車道からの距離測ったり。

あー今はそんなことになってるのか。

ま、その原付の持ち主はすぐに戻ってきて、
違反キップは切られずに済んだようですが。

で、この『寺田寅彦随筆集 第四巻』。

上記駐車ネタは、
本の内容とつながりがあるからと考えて
書き出したのですが、
書いているうちにどうつながるのか忘れてしまいました。
すみません。
でも、勉強になる本でした。


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2024年5月8日水曜日

『妄想感染体(上)』(デイヴィッド・ウェリントン)読みました。


「空腹」を題材に
なんかを書いてスペースを埋めようと思い、
自分の経験してきた食い意地に関するエピソードを
あれこれと思い浮かべたんですが、

物心つく5才から現在までの55年間で
1日3回として計算しても
365╳55╳3で約6万回も
なんらかの物質をこの手で口に運んでいるはずなのに、

これだっていう面白逸話が出てこなくて、
今更ながらに記憶力の貧弱さというか、
アウトプットの悪さというかを実感したので、

仕方なく食べ物関連でネット検索して
ネタ探そうとして
「そうだ、健康オタクの友だちから野菜ファーストにしな」
と最近言われたと気づき、

それググってみると、
その食べ方はあまり意味がないと書いてあり。

で、この『妄想感染体(上)』。

「空腹」が怖く怖く使われてました。
このあとの下巻にも使われているんだろうな。
なるべく満腹にしてから読むようにしようっと。
野菜は、あとでもいいから。

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2024年5月2日木曜日

『46番目の密室』(有栖川有栖)読みました。


前にもここに書いたような気がしますが、
いつのことだったか忘れているので
もう1回、ネタ使い回しします。

まとまりのある文章をつくるコツの件です。

どんなつたない文章でも、
冒頭で示す事柄と、締めになる結びの部分を
同じ内容にすると、
あらら、ちゃんとした書き物に見える
という不思議。

起承転結や序破急を意識して構成するとよい、
なんて言われますが、
たとえ「起承転結」が「承結起転」になっていても、
その前後を同一の内容でサンドイッチすれば、
読んだ人はなんとなく納得した感じになる。

ちとたとえが違うかもしれないけど、
騙し絵みたいなもんですかね。

なんか文例を出しましょうか、
なんでもいいんだけど、とりあえず

「その火は瞬く間にビル全体に燃え広がった」
で始まって、へぼへぼ構成の「承結起転」がきて、
「ビル全体を包んだ炎は3日間、燃え続けていた」
ってなれば、
中身の「承結起転」ところに、
初恋物語が来ようが、首相談話が挟まれようが、
大丈夫らしいです。

ぼくも書いてる内容に自信がないとき
よく使ったりします。

で、この『46番目の密室』。

期待したサンドイッチ形式じゃなかったけど、
それなりに面白く読めました。


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2024年4月25日木曜日

『結晶世界』(J・G・バラード)読みました。


この感想文もどきの記録とは別に、
読んだ本のタイトルや作者名だけを
エクセルに入力して一覧のリストにしてます。
年ごと読了順に並べているので、
過去を振り返るのに便利なので。

ちょっと前、
そのエクセルリストに書名を追加しているとき、
ふと前の行にあるタイトルが目に入り、
そういや2、3日前にその本読み終えたな、
と思ったはいいけれど、
内容がまったく頭に浮かんでこない。

そりゃまあ、記憶力がポンコツなのは
生まれつきだとわかっているので、
思い出せないからといって、
落ち込むとか、年とったと嘆くとか、
なんて気持ちは起きないんだけど、

もう少しストーリーのかけらでもいいから
胸中に残っていれば、
自分が文章つくるときの参考になるかもしれないし、

ネタがないと常々ぼやいている状況も、
その物語からイメージされる発想がわいて
改善されるかもしれないじゃないか、と気づきました。

とはいえ生来の能力を
いきなりアップできるはずはなく、
まあ、とりあえず、一旦本を閉じたら、
そのまま次に手を伸ばすのではなく、
最初からプロットに従ってあらすじを追い、
頭の中でエンディングまで振り返るってこと
やってみたんです。

で、この『結晶世界』。

実は読み終えてから4、5日たってます。
上記「振り返り作業」の効果なのか、
内容は結構覚えてます。
それを何かに役立てられるような気がしてこないのが、
想定外ですが。


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2024年4月23日火曜日

『剣客商売七 隠れ蓑』(池波正太郎)読みました。


自主映画をつくっていた頃だったか、
学校で脚本の書き方を習っていた頃だったか、
互いのつくってきた作品を評価し合う場がありました。

そのとき、がぼくの書いてきたストーリーに対して
誰かが「これは御都合主義だよ」と言いました。

事件の真相がつかめずムシャクシャして
思わず道端の小石を蹴ったら、
通りすがりのおじいさんに当たってしまい、
どうもすみませんと介抱しているうち、
その老人が事件を目撃していたことがわかり、
めでたく解決につながる、

みたいな話だから
その誰かの指摘はど真ん中の正論なんですが、
当時のぼくは(というか少し前までのぼくも)
彼の言った「御都合主義」の意味がよくわからず、

なんか難しい言葉使って
ケムに巻こうとしているだけだろう

くらに思い、それほど気に留めなかったようです。
そんなことをなぜか今、思い出して、
そのなんちゃら主義とやらを辞書で引いてみると

「一定の方針や定見を持たず、
 その場その場の状況に合わせて行動する
 無節操なやり方をさげすんでいう語」

とあって、わかったようなわらんような
当時と同じ気持ちになり、

ま、ついでにとウィキペディアに行ったら、
もう1つ意味が載ってて

「(こそから転じて)ストーリーの進行に
 都合のよいように作られた強引もしくは安直な
 設定・展開のこと」

とありました。あ、なるほどね。

で、この『剣客商売七 隠れ蓑』。

その主義がチラつく箇所もあるように思えましたが、
それでも面白んだから、逆にすんごい。


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2024年4月16日火曜日

『文系のためのめっちゃやさしい対数』(山本昌宏 監修)読みました。


たぶんアメリカのコメディ映画の
1シーンだったと思います。

ニセモノの先生が、授業時間に教室で、
生徒たちと一緒になってバカ騒ぎしてて、

そこに突然、校長先生が見回りにくる。

慌てたニセ先生は、
すかさずチョークをつかんで、
黒板にすばやく数式を書き込み、
真面目な授業のふりをする。

そこに記したのが「E=mc2」
(2は上付きの小さい字で二乗のこと)
だったんです。

ごっつセンスいいなと感心したのを覚えています。
(なんの映画だったかは忘れてるけど)

ありゃりゃ、
アインシュタインの数式をネタにしようと思ったら、
映画のこと思い出して
こんなに文字埋めちゃいました。

まあとにかく、この式は、
エネルギーってのは、
質量╳光の速さ╳光の速さと
同じになるってことらしい。

でも、
エネルギーと質量(ちなみにぼくの体重は約73キロ)と
光の速さって、どうやったら結びつくんでしょうか。

月とスッポンが結びついて、
なんで比較を示す比喩表現になったのかわからないくらい、
わからないんです。

で、この『文系のためのめちゃめちゃやさしい対数』。

ここにも「なぜそんな結びつき?」が
たくさん出てきました。


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2024年4月11日木曜日

『シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦)読みました。


社交性には乏しいと自覚しているので、
そもそも飲み会などにはそれほど誘われず、
あっても年に2、3回くらいなのですが、

コロナの3年を経て、さらにその間隔が伸びていき、
ようやくそんな宴席に参加すると、

そうした顔ぶれとは
もうだいぶ会ってなかったと懐かしく、
たがいの老け顔をおちょくり合う場面ばかりに
なってるような気がします。

会わずにいる時間があくと、
容姿ばかりでなく、性格というか、
中身というか、考え方というか、
そんな部分も変わってくる仲間は結構いる。

そういう席には我れ先に駆けつけ、
誰よりも大量にアルコールを摂取し、
店に入ったときには
「えっ、あの騒がしい若者グループの隣の席かよ」
としぶしぶ席についた15分後には、
その若者グループからのクレームできたと思われる
責任者らしき店の人から
「すみません、周りのお客様もいらっしゃるので、
 もう少し声のボリュームを下げてもらえませんか」
と常に名指しされ、
電車のある時間に姿を消したことはなく、
いつも日が出て街が動き出した中を
よれよれの足取りで帰って行った、あのヤンチャくんも
「ごめん、明日仕事なんだよ」
と二次会の誘いを断って、
終電までまだ何時間もある宵の口に
去っていったりしてます。
変わっていくもんです人は。

で、この『シャーロック・ホームズの凱旋』。

著者の森見さんの本は
デビュー作からずっと読んできました。
やっぱ、変わっていくもんだなと思いました。

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2024年4月9日火曜日

『寺田寅彦随筆集 第三巻』(寺田寅彦)読みました。


通っていた映画学校では、
併設されていた立派な劇場で
古今の名作を観る洋画鑑賞という授業がありました。
講師は同年代の人なら誰もが知っているだろう
映画評論家の淀川長治さん。

その授業のあれこれ
(フィルムの手配から映写技師の仕事、
 さらには淀川さん送迎車の運転まで)
を全部担当してくれていた教務課の先生は

「俺なんか『ベニスに死す』を
 何度観たかわからんよ」

と言ってました。
淀川さんはあの映画お気に入りだったんです。

その授業(講演?)の中で、
来日したチャップリンの話を聞いた覚えがあります。

今風にいえばアポ無しの突撃訪問をし、
あなたの映画が死ぬほど好きで、
大ファンで、超尊敬してるみたいなことを
つなたい英語でまくし立てて頼み込んだ結果、

そんな無礼なやつでも笑顔で受け入れてくれて、
滞在先のスイートルームで長時間話をしてくれたとか。

で、この『寺田寅彦随筆集 第三巻』。

以前の第二巻のとき
100年以上前に書かれた文もあるといって
古典のように紹介したけど、
この第三巻にはチャプリン来日の話題も入っていました。
それって淀川さんを通じた地続きの体験であり
「うわー、古典とぼく、つながってるじゃん」
とびっくり。

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2024年4月4日木曜日

『第五の季節』(N・K・ジェミシン)読みました。


なぜかわからないけどニヤニヤしてきたり、
カズオ・イシグロさんの作品みたいに
ノーベル賞もらえるほどの一流文学なのに、
ふふふってほほが緩むエピソードが
あちこちに置かれていたり、
とにかく笑いに近いものが入っている
物語が好きです。

前にもいったけど、
一冊の本を読み始めるとき、
まず目を通すのは目次、まえがき、
あとがき、解説などのいわゆる付き物で、
本文はそれらが済んでから取りかかります。

そうじゃないと、
せっかく中身を読み終えたのに、
いやいやまだ残っているじゃん状態になるから。

毎朝やっているランニング通勤で、
ゴールにしているジム(シャワーを浴びるため)が
休館日であること忘れてて、
へろへろになりながらそこまでたどり着いて
「あっ休みだ!」と気がつき、
仕方なしにゴールを変更して
走って会社へ向かうような、
終わったつもりなのに
終わりじゃないじゃん状態を避けたいから。

おっと、
それはどうでもいいんだけど、
言いたかったのは、
最初に解説とかあとがきとか読むと、
「おっこれは笑える要素が期待できる」
などと先入観を持っちゃうこと。

そこにネタバレなんかがあるぶんには、
読んでいるうちに忘れちゃうからいいんですが、
先入観ってのは、
どういうわけか頭の中から離れない。

だから、
第1章が過ぎてニヤニヤがなくても、
いやこれからだと諦められず、
2章3章と進み、あれもしかして?
と思っているうちに最終ページに至るってこと
よくあります。

で、この『第五の季節』。

そのパターンでした。

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2024年4月2日火曜日

『剣客商売六 新妻』(池波正太郎)読みました。


作家を長くやって歳をとってくると
短編を書く気力がなくなってきて、
つくるものが長編にかたよってくるんだ
と言ってたのは誰だったかな…。

年齢とともに体力が衰えてきて、
それが創作活動に影響するんだったら、
長い作品こそ執筆していくのは大変で、
かかる時間だけ考えたら
すぐに終わらせられるだろう短編のほうが
すんなりこなせると思いきや、
そうじゃないらしい。

まあ人によって違うんでしょうけれど。

書き上げた原稿の枚数が同じだとすれば、
短編には1つ1つ違うアイデアを
盛り込んで仕上げないとだめだけど、
長編なら1つのアイデアから派生したものを
つなげて形にしていくのだろうから、
ひらめきの数からいえば
長いもののほうが少なくて済むってことでしょうか。

で、この『剣客商売六 新妻』。

じゃあこんな面白い連作短編は
どんな位置付けになるのかしら。

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2024年3月28日木曜日

『8つの完璧な殺人』(ピーター・スワンソン)読みました。


今は池波正太郎ブームがぼくの中で再燃して
未読だった剣客商売シリーズを
がつがつと食い漁っているけど、
以前にも特定作家の作品のむさぼり時期はあって、

ざっと思い出すと、
山田風太郎さん、伊坂幸太郎さん、
ルパンのモーリス・ルブランさん、
それに、
京極夏彦さん&村上春樹さん&スティーヴン・キンングさんは
通奏低音ですね。
(誰かがこの四字熟語を使っていたから、
 真似してここに持ってきたけど意味あってるか不安です。
 なので、辞書引いてみます……
【1】で音楽の伴奏のことが書いてあって、
【2】に「(比喩的に)表面にはあらわれないが
 一貫してその物事に影響を及ぼし続けている要素」
 ってあります。
 ちと違う気がするけど、せっかく調べたんだからいいでしょ。
 既刊の本はだいたい制覇したから
 新しいマイブームにはならないけど、
 新刊が出るたびに買わずにはいられなくなる
 作家さんってことです)
そんで、今回言いたかったのは、
ローレンス・ブロックさん。
普通の本屋さんにはもう在庫はなくて、
ブックオフ入荷お知らせメールを駆使して揃えたっけな。

で、この『8つの完璧な殺人』。

ローレンス・ブロック『聖なる酒場の挽歌』を一気読みして
最後の1行に泣いたと書いてありました。
それもあって5つ星。

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2024年3月26日火曜日

『剣客商売五 白い鬼』(池波正太郎)読みました。


PDFのファイルを見るとき、通常は
パソコン(マック)に最初から入っている
プレビューってソフトを使うんですが、

拡大印刷とか特別な機能が必要になると、
アドビのアクロバットってのに登場してもらいます。

その高機能ソフトがね、
ここんとこ調子悪いんですわ。

普通に使用するぶんには、
なんの支障もないんだけれど、作業が終わって
(終わっているからほんとに支障なしなんですよ)
「Adobe Acrobat Proを終了」ってのを選ぶと、
ウィンドウは全部閉じられて、
ほー終わり終わりと安心してると、

その2秒後くらいに突然、
「Acrobatが予期しない理由で終了しました」
というマックくんのアラート画面と
「エラーが発生しました」
ってアドビの故障報告表示が出る。

んでまあ、
その2つを閉じればいいんだけど、
気になるからもう一回起動して、
同じ終了操作すると、やっぱ2つのエラー告知。
終わっても終わらない無限ループな感じなんです。

で、この『剣客商売五 白い鬼』。

5巻目です。面白いです。
やめられないとまらない感じで、
さっそく6巻にかかっちゃいました。
これは無限ループでもいい感じ。

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2024年3月22日金曜日

『親密な手紙』(大江健三郎)読みました。


この感想文もどきについて
「あえて本の内容を書かないのは、
 本をこれから読む人のことを
 想っているのかと思ったりしました」
と好意的な分析をしてくれた友だちがいました。
どうもありがとうございます。

ぼくの読むもののような
一般に流通している書籍の内容は、
ネットを見ればごまんと出てくるだろうし、
そのごまんの人たちと同じことしてもつまんないし、

きっとその人たちのほうが、好意的な紹介であれ、
非難ごーごーのレビューであれ、
的確に大筋を説明できているだろうし、
ならば、ぼくだけにしか書けないものにしたほうが、
ちっとは価値も出てくるかなと思って
(だから逆に価値はなく、誰の役にも立たない
 代物になっているともいえますが)
このような文字のつらなりを、
キーボードペコペコ叩いて入力してるんですが、

毎回毎回、
その都度思いついた事柄を
むりやり読んだ本に関連づけて、頭に浮かんでくる
「いくらなんでもそれはちょっと無理あるだろう」
って言葉を振り払いながらつくるのって
「実はかなり大変なんです」
と書こうと思ったんだけど、

実はかなり楽なんです。

あえて大変な点を挙げるとすれば、
どんなネタを持ってくるか、かな。
ネタがないんです、最近。

で、この『親密な手紙』。

ネタなかったので友だちの分析を持ってきちゃいました。
あ、いけない。本の内容とつならがらなかった。
……つなげとこ。
ノーベル賞作家のエッセイだけあって、
ネタはぼくと違い、ものすごく高尚です。

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2024年3月19日火曜日

『寺田寅彦随筆集 第二巻』(寺田寅彦)読みました。


昔、上板東映という映画館がありました。
東武東上線の上板橋駅のすぐ近く。
そこは、結婚して家を出るまで
ぼくが過ごした実家の最寄駅でした。
つまりは上板東映まで徒歩圏内。

あ、違う違う。

今回は映画館について話そうとしたんじゃなく、
その道路を挟んだ向かい側にあり、
もうじき閉店して取り壊されると聞いた
イトーヨーカドーのことを書いておこうと思ったんです。

ぼくが小学生のときにできた
5階建てくらいの結構大きなスーパーで
まだあちこちにサッカー場数面規模の原っぱがあった
東京とはいえさびれた場所に、

そんな立派なピカピカのハイカラスペースが出現し、
ぼくをはじめ鼻垂れガキどもは
はしゃぎまくって、叱られながらも
店内を走り回ったものです。
ネットみると築52年だとか。時は流れます。

で、この『寺田寅彦随筆集 第二巻』。

大正11年に書かれたものもあり、
数えてみれば102年。
時は流れてるけど、
そのまま残るものもあるんだなと、しみじみ。

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2024年3月14日木曜日

『魔眼の匣の殺人』(今村昌弘)読みました。

   

これからここに紹介しようと思っている
レイモンド・チャンドラー作品に対する寸評
(というか解説、もしくはツッコミ)は
長編全7作を翻訳してる村上春樹さんが、
どっかの対談で言ってたことなんですが、
例によってうろ覚えで、
正確じゃないかもしれません。

いや、もしかしたら、
言ってた人自体が村上さんとは違っている
可能性もなきにしもあらずで、

絶品オマージュを何冊も出している原尞さんとか、
熱心なチャンドラーファンだと
ウィキペデアに載ってた大沢在昌さんだったかもしれず、

いやいや、それどころか、発言者は、
ぼくの夢の中に出てきた幼稚園のとき以来音信不通で
たぶん街で会ってもわからない
性格が妙にスネ夫ライズされている
山本くんという架空の存在で、
ぼくの頭の中で醸成されたエピソード内の
小話だという危惧もあり、

そんなあやふやなことを
ここに書いてしまってもいいのか、
きっと怒られるぞと心配になってきたので、
やっぱ、やめます。

うーん、でも……
ここまで読んでくれたであろう皆さんに
申し訳ないので、やっぱ、やります。

「チャンドラー作品は、総体的には素晴らしい
 文学なんだけれど、設定なり、人間関係なり、
 それぞれの思惑なり、トリックなりが、
 ラストの締めでごちゃごちゃし過ぎて
 よくわからん」
という寸評(というか解説、またはツッコミ)でした。

で、この『魔眼の匣の殺人』。

チャンドラー的ハードボイルドとはちょいと違うけど、
ごちゃごちゃ感は通じるものがあると、
貧弱回転数仕様のぼくのおつむは判断しているようです。
とはいえ面白かったです。

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