2022年3月25日金曜日

『プロジェクト・ヘイル・メアリー(下)』(アンディ・ウィアー)読みました。


次の1冊で終わるはずの「ぼくの1日」シリーズ。
その続きです。

前回の三谷さんの対談本のときには、
朝イチで行ったトイレから出てくるとこまで。

その時点ではベッドから出て
まだ数分しかたっていないのですが、
溜まっていたものを放出した分、
ぼけぼけだった頭も少しはかすみが晴れてきます。

次に向かうのは、
さっき抜け出したベッドです。

ショートカットするために、
和室を斜めに横切り
(この言い方へんですね。
 「斜め」と「横」は違うだろうから
 「和室を斜め切り」なら2つの言葉が
 ぶつからなくていいんだろうけど、
 そんな日本語はあまり聞いたことない。
 なので、よしとしときます)
寝室へ。

さっき開けたままにして通ったドアのノブに
寝巻きにしているスエットの袖を
引っ掛けたりして少しつんのめったりしながら、
ベランダ側のカーテンとガラス戸を開ける。
このとき網戸が一緒に引っ張れないよう注意。

3月くらいだと朝焼けの空、
それより前の冬場だとまだ夜、
もっと季節が進むと
すっかり朝日を拝めます(6階)。

頼みもしないのにまた朝が来たなんて
ポンキッキーズみたいなこと考えつつ、
小窓にあるカーテンも開けて、ベッドの脇に立つ。

目の前にあるのは、
枕、布団、シーツのくしゃくしゃした姿です。
ここらで次回に続く…
でも、あと1冊分じゃあ「1日」に
ならなでしょうね、きっと。

で、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー(下)』。

とっても面白かったです。




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2022年3月23日水曜日

『ボクもたまにはがんになる』(三谷幸喜/穎川真)読みました。


ネタ続き物の疑似感想文。「ぼくの1日」。
第何回目になるか忘れたけど、
たぶん5、6回目。

そんなに続けているのに、
まだ、朝起きてトイレに行くまでの
ほんの数分間を紹介しただけ。

京極夏彦さんの小説(いやエッセイかも)に、
プルーストの『失われた時を求めて』が
ショートショートに見えるほどの
大々大長編作品を執筆中の
仙人のような作家が登場する話があって、

その作品は自分の身体を題材にしていて、
もう何千枚もの原稿用紙に文字を埋めているのに、
まだ足先の親指の爪の描写の途中だ
というエピソードが出てきました。

それを真似したいわけではないのですが、
キーボードをペコペコ打っていると、
なぜか本筋から離れた話題になってしまい、
そんなことになっている。

ほら、もうこんなに書いちゃった。

戻しましょう。
朝のトイレから出るところに。

ジャーと流して、
タンクの上のとこから出てくる水に手を、
というか指を、ちょろっとくぐらせ、
横にかけてあるタオルを、
これまたちょろっとなでて、
(このとき、濡れた指が
 タオルにヒットするのは10回に1回。
 まだ寝ぼけているので)
ドアを開ける。

で、この『ボクもたまにはがんになる』。

大河ドラマで使われたセリフの背景が見えました。
ふーっ。あと2冊。




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2022年3月17日木曜日

『朝日新聞記者の200字文章術』(真田正明)読みました。


読んだ本の感想を発表する体裁にしていながら、
その実、中身は横に写真を並べているだけの
書籍とは何の関係もない内容なので、
(いや少なとも最後の2行は
 関連づける努力をしています)
著者さんや関係する方々から、
お叱りの声を受けちゃうのではないかと、
最近ひやひやしているんですが、

ぼくの左肩に乗った半透明の性悪リトルピープルが
「言論の自由ってもんがあるよ、平気平気」
と言うもので、

加えて、
右肩のエルフが戒めてくれると思いきや
「書籍の内容とかけ離れていても、題名を示すだけで、
 ごくわずかかもしれないけど世に広めている。
 役に立ってるよ」
とささやくもんだから、懲りずに続けます。

よし、「続ける」って言葉が出てきた。
なので「続ける」つながり、いきます。

前々からの続き「ぼくの1日」です。
確か5時5分起床で、
トイレに行くところまで話しました。

溜まった水分を解放し、
じゃーと流してトイレを出ていく。

あっそうだ。
このときは「小」なんですが、
「大」のときと同様に、
便座に座ってこなします。

昔は立った姿勢でいたしていたのですが、
外側に放ってしまったのに気づかずにいたことがあり、
その痕跡を後から入った家族が拭き取っていて、
ぼくがその痛ましい姿をたまたま目にしてしまい、
何てだらしのないやつなんだぼくは、
と痛感してから、
座位で放水口を抑えつつするようになりました。
以来、こぼさなくなりました。

で、この『朝日新聞記者の200字文章術』。

ためになりました。よし、あと3冊分。




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2022年3月15日火曜日

『冬を怖れた女』(ローレンス・ブロック)読みました。


ぼくの1日という
誰も関心を持ちそうにないネタで、
続き物の疑似感想文を、
これ入れてあと4冊分、一気に書く
と告知してから早3日たってしまいました。

(一気に書くとは「1日で書く」の意味で、
 ここにアップするタイミングとは異なります。
 アップは書き溜めストックしたものを
 ちょろりちょろりとやってます)
 
したらなんと、
その3日の間にもう1冊新たな本を
読み終えてしまったんです。なので、あと5冊。

水前寺清子さんの歌のようです。
(あ、でも「三歩進んで二歩下がる」だと一歩前進ですね。
 今回はそうじゃなく「一歩進んで二歩下がる」感じです)
まあそれは、ぼくの人生を象徴しているような展開なので、
慣れているから大丈夫。
(結局後ろに進んでいるんです。方向が違うだけで
 前でも後ろでも、進んでいるんだからいいじゃないですか。
 本当はどんなものにも、たとえ自分自身の意志にも、
 動かされずに止まっていたいんですけど)

あっやば。こんなに書いちゃった。
しかもカッコ内の文字ばっか。
「ぼくの1日」の続きじゃないし。

で、この『冬を恐れた女』。

それなりに楽しめました。
あと4冊。次回は「1日」続けます。




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2022年3月10日木曜日

『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)』(アンディー・ウィアー)読みました。


ということで、前回から続く
(というかもっと前から続く)
ぼくの1日。

疑似感想文(『三世代探偵団〜』の回、参照)の
執筆ノルマはこれを入れてあと5冊。

その5冊分は、
天国に近いシワシワ機関からの助言により、
同じネタで通す続き物になります。
(『同志少女よ〜』の回、参照)

ほんで前回は、5時5分起床まで話しました。
ベッドから抜け出ただけ。

その30分前くらいから、
下腹部が腫れているように感じていて、
その感覚に対し、いやまだ大丈夫
と言い聞かせながら瞼は開けるものかと
意固地になっています。

だから立ち上がったときは、
自然の訴えに素直に従いトイレを目指す。
(たいていは夜中に1度起きて、
 溜まった水分を放出しているんですが、
 それでもこの朝イチのときには
 結構な勢いで出ていくので、
 おいおい干からびちゃうんじゃねか、
 と少し心配になります)

目指す場所まで約10歩。
最初のベッドから寝室のドアまでは、
ふらつく寝ぼけた足取りで3歩ほど。

ドアを開けて次の足を踏み出すか、
さらにもう一歩かってところで、
台所からカミさんが
「おはよう」と言ってくれます。

下腹部に排出すべき水分を溜めた
ぼやぼや頭のぼくは、
きちんとした挨拶の言葉を出せず、
「おいん」みたいな音を
口からとも鼻からとも不明な場所から
発して応えます。
ちゃんとしなくて、ごめんね。

で、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)』。

面白かったです。
面白かったけど、えっ、そっちいっちゃうの、
それで面白くなるの、って不安もありの上巻。

未執筆の疑似感想文はあと4冊分で、
その最後がこの本の下巻です。
早くそこまでたどり着きたいです。




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2022年3月8日火曜日

『鎌倉殿と呪術』(島崎晋)読みました。


ということで、
ぼくの1日(前回参照)。

ここ数年、
平日はほぼ同じタイムスケジュールで
過ごしています。
(休日も休日なりにほとんど同じだけど、
 お出かけとかあったりするので多少は変動します。
 それいうと平日もだけど。
 でもまあ平日はほぼ会社で、外出はまれ)

まず朝。
夏でも冬でも(春でも秋でも)
5時ちょい過ぎに起床します。

カミさんが家族みんなのぶんの朝食と
お弁当をつくってくれていて、
そのために4時過ぎに起きるので、
台所のほうからまな板と包丁のトントントンとか、
レンジのチンとか、水道のジャーッとかの
心地よい音が流れてきて、

ベッドの中で頭がぼんやり起き出して、
そこからうつらうつら
1時間ばかりうだうだしつつ時計を確認して、
もうそろそろ年貢の納め時だ
とばかりに布団から出ていきます。

枕元の時計は
長い針と短い針がくるくるしてる
アナログ目覚まし。
なぜかこれが35分進んでいて、
きちんと合わせればいいのにやらないから、
5時40分を指したら起きることにしています。
日本の標準時間でいえば、
5時5分になるんでしょうね。

で、この『鎌倉殿と呪術』。

今年の大河ドラマを観ている人には
もれなくおすすめしたい一冊。
ちなみに著者さんは、
同じ高校に通った同級生の友だちなのでした。
すごいな、こんな本書けるの。

えーっと、あと5冊。




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2022年3月3日木曜日

『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)読みました。


ということで、
これを入れてあと7冊分の
疑似感想文の作成ノルマが残っています。
(前回参照)

ここからは一気に書き上げたい。
そのためにはどうすればいいか。
それを、地面から一番遠いところについている
ぼくのへなちょこ脳みそに問い合わせてみました。

返ってきたのは
「いっそのこと続き物にしちまえ」
という投げやりで無計画なアイデアです。

あちゃー。さすが地に足がついていない、
いや足にはのっかているけど
地面から遠く天国に近い位置にある
シワシワ機関からの教えです。

でもまあ、無計画ってのは、
先のことなど考えないで今日を生きる
という思想につながり、
それはジョン・レノンさんも
『イマジン』で訴えている。

あれは「投げやり」とは違うけど。

……そんな瑣末は気にしないで、
天国からの意見を採用してもいいんじゃない、
って気分になってきました。

しかし、続き物といったら、
ストーリーを考えなきゃいけないんだから、
そっちのほうが大変で、
1回ごとに行き当たりばったりのネタを
こしらえて済ましちゃうほうが、
オール・ザ・ピープル・リビング・フォー・トゥディ
になるんじゃない。

いや待てよ、
ぼくの1日を時系列で記述していけば
続き物にできるかも……と次回に続く。

で、この『同志少女よ、敵を撃て』。

いい感じで読めました。
次回作に期待です。
あと6冊。




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2022年3月1日火曜日

『三世代探偵団 枯れた花のワルツ』(赤川次郎)読みました。


前回も言ったように、
これを入れてあと8冊分の疑似感想文
(こんな疑似なんて堅そうな文字は使わずに
 これまでは「感想文もどき」と表記していたのですが、
 それだと最後の三文字がひらがなになってしまい、
 多くそのあとにつづくと予想される
 「は」とか「が」とか「を」とか「とか」とかの、
 同じひらがな仲間と、区別がつきににく
 読むのにややこしい気がしたので、
 今回からこの漢字5文字にしてみました。
 とはいえ、その場その場でどっちの書き方になるか、
 または別の表現が登場するかは、時の運。
 表記の統一ってのを、
 仕事ではさんざん気にしているので、
 せめてこの場では、そんなものをどっかに置いて、
 風の向くまま気の向くままに
 文字を埋めていきたいんだもの。
 人間、どこかで息抜きは必要ですから。
 あら、またカッコ内にこんなに書いちゃった。
 これも息抜きバージョンの1つです)
が残っています。

で、この『三世代探偵団 枯れた花のワルツ』。

ぼくの好みには合いませんでした。
よし、あと7冊。




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2022年2月22日火曜日

『007/ロシアから愛を込めて』(イアン・フレミング)読みました。


自己ベストじゃないな自己ワーストを
更新してしまいました。

1冊読み終えたら、
すぐここに感想文もどきを書けばいいんですが、
なんやらかやらで後回しになっちゃうことがある。

書くのは放っておきながらも、
昼休みとか通勤バスとか寝る前なんかには
次の本を読む時間ができるので

(その時間を使って読まずに書けばいいんですが、
 いつの頃からか、
 目の前に大きなパソコン画面がないと
 文章をつくれない体質になってしまい、
 そうなるとバスなんかでは
 モニターを背負って乗らないといけないし、
 寝る前だと画面に押しつぶされちゃうし、
 昼休みはパソコンのキーボードなんか
 見たくもないし)

次の本を読む。
それを読了しても、
まだなんたらかんからが片付いてなくて、
またまた書かずに次の本に手を出す。

そうやって溜まった数の、
これまでの最高は確か5冊でした。

それがなんと、
今文字を打ち込んでいる分を含めて9冊。

どうせならあと1冊ためて、
2桁の大台に乗せてもよかったんですが、
それは将来の課題としてとっておきましょう。

で、この『007/ロシアから愛をこめて』。

面白かったです。
ふー、あと8冊。




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2022年2月17日木曜日

『夜明けの光の中に』(ローレンス・ブロック)読みました。


今朝は本館のジムが休みで、
それは事前にわかっていました。

そういうときには、
いつものランニング通勤のゴールは
簡易ジム(ここは年中無休)にして、
そこにある簡易のシャワーを浴びて
会社に行くんです。

自宅を出発するときにも
「今日の終点は別だ」と意識してました。

ああ、なのに、なのに。

約6キロを道のりを走っている間に
その意識はどこぞに飛んでいってしまい、
気がついたら
「本日休館」のフダの前にいたんです。

仕方なくそこから約1キロの
簡易ジムに向かって
もう一走りした次第です。
もう、ぼくの頭ったら、
なんて、へなちょこさん。

で、この『夜明けの光の中に』。

この文章を書き始めるとき、
題名がうろ覚えだったけど
(短編集なのでそれぞれ違う題名が
 ついていたこともあり)
本を手元に置くこともせず、
頭にぼんやり浮かんだタイトルを、
指のおもむくまま入力してみました。

結果は『夜明けの光の中で』。
末尾の「で」が一文字違うだけでした。
(確認後、すぐ直しました)

それ見て
「それほど記憶力が悪いわけじゃない」
と自分を見直したくなったんですが、
さっき読み終えた書籍名が
正確に出てこないのは
やっぱへなちょこ頭だと、
今朝の失態も含め納得しました。




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2022年2月15日火曜日

『泥棒は哲学で解決する』(ローレンス・ブロック)読みました。


因果応報ってのは、
何をしてもその報いが結局は自分に
返ってくるという意味ですよね。違うかな。

でもまあ、少なくともぼくの頭の中では、
そんな感じの戒めみたいに捉えているようで、
そのやがては返ってくる(帰ってくる)ガラガラヘビが

(あ、あの歌を捩り
 (カッコ内カッコで失礼します。
  「もじる」と打って変換したら
  この字になりました。そうだったっけ?
  と疑問に思ってパソコン辞書の検索窓に
  「捩る」の2文字を放り込んでみたら、
  「すじる」「ねじる」「もじる」「よじる」と
  4通りの読みが出てきました。
  使い出あるなこの漢字。
  「すじる」がよくわからないけど、
  「ねじる」と「よじる」は同じような意味っすね。
  ぼくもシチュエーションごとに
  性格の違う人間になってしまうウッディ・アレンの
  『カメレオンマン』のような
  ぐにゃぐにゃ感があるんですが、
  この「捩」の字もそれに似た
  臨機応変さんなんですね。
  さてここでカッコ内カッコ閉じようと思いますが、
  もう直前の言葉を忘れているだろうから、
  念のため閉じ後に反復表記しときます)
 あの歌を捩りたいのなら「やってくる」でした。
 次に1コ目のカッコを閉じようと思いますが、
 その直前言葉も反復しときます)

ガラガラヘビが怖くて、本はなるべく
新刊で買って著者さんに幾らかでも
お金が返っていくようにしてるんです。
自分の作品もどうか還元されますようにって。

で、この『泥棒は哲学で解決する』。

古本で買っちゃいました。
だって新刊ないんですもの。




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2022年2月10日木曜日

『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子)読みました。


夏休みの間の1カ月ほど
田舎に帰っている友だちの
アパートに住まわせてもらい、
プチ一人暮らしをしたことがあります。

その時は映画撮影の手伝いがある
とかなんとかいって、
勤めていた会社からも
長期で休みをもらっていたので、

そこで過ごす時間は、
まるまる自分用に使えました。

せっかくなので、
脚本とか小説とか書こうかなんて
考えていたんです。
(あのとき書いたホンは
 どこにいったんでしょうねえ、母さん)

外をうろうろしていると会社の人に
出くわす可能性もあるので、
ほぼ部屋の中に閉じこもってる生活です。

誰かと話をしたのも、
その数週間で一人か二人。

でも、ぐだぐだしてたらダメだと
自分に言い聞かせて、結構規則正しく
していたと思います。

その頃は、独居老人なんて言葉は
誰も言ってなかったけど、
身寄りのない一人暮らしって
こんな感じかなと思いました。
それが妙に心地よかった。

で、この『おらおらでひとりいぐも』。

心地良さの理由がチラリと見えた気がしました。




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2022年2月8日火曜日

『死者の長い列』(ローレンス・ブロック)読みました。


スティーヴン・キングさんが
「なぜあんなに一つの話を引き伸ばし
 長々と語るのか」みたいな質問に、
どっかで答えていました。

その返答では確か、
まず『ヘンゼルとグレーテル』の物語を
引き合いに出したんです。

父親と兄妹の3人暮らしの家庭に、
後妻がやってきて、子どもを厄介払いするため、
森の中に置いてけぼりにする。
それでも兄妹は知恵を絞ってなんとか家に帰りつき、
やがて後妻も去り、親子三人もと通り。
めでたしめでたし。

このたかだか百文字ほどの文章で
一つのストーリーは完結する。
でも、それじゃあ、小説でも娯楽でも
なんでもないって言ってました。

ここに来る前の後妻は
食べるには困らない程度の
生活をしていたけれど、
それと同程度の暮らしを望むのなら、
子どもの食いぶちを減らす必要があったとか。

お兄ちゃんは賢くて、
森に連れて行かれるとき
小石なんかの目印を落としていったけど、
二度目の目印パンくずは失敗して
ハラハラドキドキさせるとか。

もっと波乱万丈効果を出すのに
お菓子の家の魔女を登場させるとか。

などなどいろんな付け足しをして初めて
作品になるんじゃないか、って感じで。

……とここまで書いて、思い出しました。
いつだったかははっきりしないけど、
前にも同じ話をここで言ってたなって。

スティーヴン・キングさんの物語のつくり方。
書きましたよね、ぼく。
うーん確か書いた。
でも、もうここまで書いちゃったし。
違うネタで最初からやり直す気力はないし。

で、この『死者の長い列』。

ストーリーの本筋だけ書けば
たぶん百字でまとめられる。
けど、それ以外の部分があるから、
面白いんですわ、この本。




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2022年2月3日木曜日

『三世代探偵団 次の扉に棲む死神』(赤川次郎)読みました。


昔、勤めていた会社近くの
中華屋さんのチャーハンの味が
忘れられずにいます。

舌には味覚の残骸があっても、
頭には店名のかけらすら残っておらず、

とはいえ思い出せても、
もう30年も前の話なので、
名前での検索も無駄でしょう。

と思って、
グーグルのストリートビューで
その場所をぐるぐる見たんですが、
やっぱありませんでした。
街の風景からして変わってるし。

いやいや、そのチャーハンがね、
一時よくいわれたパラパラした食感の
王道焼き飯じゃないんですわ。

べちゃっ、といったら言い過ぎだけど、
良さげな修飾語を使うとすれば、
しっとり、です。

それをときどき思い出し、
同じような味を求め、初見の
中華屋さんとかラーメン屋さんに入るんです。

今、ときどきって書いたけど、
ときどきなのは1人で外食する機会のことで、
機会があるときには、
3回に2回はチャーハン探訪してます。

今まで何軒試したか数えられないけど
当たったのは1軒だけ。
たいていは王道のパラパラ焼き飯です。
たぶん「違うだろうな」と思って店に入り、
予想を裏切らずに違ってくれる。
そろそろ裏切ってくれてもいいのに。

で、この『三世代探偵 次の扉に棲む死神』。

赤川次郎さんはかなり前に何冊か読んでいて、
ぼくには合わないなと思っていたんですが、
その予想を裏切られること期待して
このシリーズ2冊買っちゃったんです。
裏切られませんでした。




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2022年2月1日火曜日

『泥棒は深夜に徘徊する』(ローレンス・ブロック)読みました。


前回あげた2021年の5つ星の中に
『カササギ殺人事件』ってのがありました。

その本の解説にあった内容が、
今、唐突に頭に浮かんできちゃったので、
吐き出しておきます。

(いや、もしかしたら『カササギ〜』の
 解説じゃなくて同じ著者の違う作品の
 解説だったかも。
 ま、いいか間違っていたらごめんなさい)

それは確か評論家の杉江松恋さんの文章でした。

(言い切っちゃたけど、
 これも間違っていたらごめんなさい)

巻末についている
解説だってこともあるんでしょうが、
作品のことをとても褒めていて、
作者のアンソニー・ホロヴィッツさんを
すごくフェアな作り手だといってました。

ミステリー小説は、
誰が殺人事件の犯人だかわからんよねとか、
突然姿をくらましちゃった恋人が
なぜいなくなり何処へいったのかわらかんよねとか、
ってな謎を提示して最後に種明かしをする。

ありきたりな作品だと、その種明かしのとき、
前のページまでには何も触れていない
新たな事実が突如出てきて、

だから「犯人はお前だ」ってなる。

でもでも、
ホロヴィッツさんはそんなズルはいっさい無しで、
読者に前もって手札を全部見せてから、
謎解きに入る。
それがフェアなんだといってました。

で、この『泥棒は深夜に徘徊する』。

謎解き部分で続出する新事実がうれしくて、
ニコニコしながら読み終えました。
それって、アンフェアなんだろうけど、
それでも楽しめるんだから、すごいっす。




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