お寺や神社にお詣りに行って、
お賽銭を出してお祈りするとき、
ぼくは大抵
5秒くらい手を合わせるだけで
済んでしまうんです。
心の中で何かお願い事を唱えれば、
そんな一瞬では終わらないんだろうけど、
その願掛けすることが、
おこがましいというか、厚かましいというか、
何だか神様や仏様に対して
失礼なんじゃないかって思っちゃう。
特に激混みの初詣のときなんかは、
「こんなにたくさんの人が、
一度に願い事を言ったら、
いくら神様だったパンクするだろ」
などといらぬ心配をしてしまう。
だからぼくは、
手を合わせたとき「こんにちは」とか
「あけましておめでとうございます」とか
の挨拶だけ胸中でつぶやいて
賽銭箱の前から下りてきちゃうんです。
でも
それはそれで逆に失礼なのかもなって、
最近は考えるようになって
……まあ、
自分の中でどうするのが正解か、
結論は出ていないので、
当分は挨拶だけで済ませるでしょうが。
で、この『パーマネント神喜劇』。
お願い事をされる神様のお話。
ぼくも一度このテーマで
物語をつくってみようかな。
そうすれば、結論が出るかも。
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「あんなに大きくて重たい船が
なんで海に沈まないで
いられるんだ?」
って質問に、
「それは浮力が働いているから」
と答えたとき、
「浮力ってヤツは真面目なんだな」
と真剣に返されたら、
まあ苦笑しちゃいます。
読んでいる本の中に
そんなセリフが出てきたら、
クスクスっとほほが緩みます。
「浮力」って名前の小さな人たちが、
潜水服に身を固めて、
一生懸命船を押し上げている絵も
浮かんできたりします。
あ、こんな会話が出てきたのは、
伊坂幸太郎さんの作品でした。
本棚から引っ張り出して
正確に引用すればいいんだけど、
面倒だったので、
記憶をたどって雰囲気だけ引用しました。
そういったクスクスとか
ギャハハが入っている作品が
好きなんです。
ほかに、今ぱっと思い浮かんだのは、
森見登美彦さんの作品。
タヌキが主人公ってだけで、
にやにやしてきちゃうのに、
あちこちに
笑いの仕掛けが張ってある『有頂天家族』。
例えば、本当は馬鹿なのに
頭を良くみせようとするタヌキが、
意味不明の四字熟語を連発するとか。
で、この『明治・妖モダン』。
畠中恵さんの『しゃばけ』が好きです。
(シリーズが続き過ぎて、途中から未読ですが…)。
あの本、クスクスやニヤニヤが、
ほどよくブレンドされているんですよね。
だからこの『明治〜』にも、
そんな要素を、もうちょい加えてもらいたかったな。
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確か糸井重里さんだと思うんですが
(違っていたらごめんなさい)
同窓会とかクラス会とか、
昔の仲間が集まるところが苦手だと、
エッセイか、何かのインタビューかで
言っていました。
学生時代の仲間は、
まだ何者にもなっていない時期の
つながりですよね。
将来、
途方もなく偉くなっちゃうヤツも、
落ちぶれちゃうヤツも、
人気者になって
世の耳目を集めちゃうヤツも、
みんな一緒くたのごった煮闇鍋状態。
だからまあ、
その時は世間的な優劣は何もなくて、
互いに気づかいもなく、
楽しく過ごせる。
でも、それが社会に出て、
それぞれが
何者かになったあとで集まると、
昔のままの気持ちじゃ、
いられなくなる。
自分ではそんなこと考えていなくても、
ねたみをもらすヤツも出てくれば、
あわれみをかけちゃう人も出てくる。
そんな空気がイヤなんだそうです。
だから、人が集まる宴会ならば、
今一緒に仕事で何かを
動かしている仲間だとか、
新しいプロジェクトに
かかわっていく人たちだとかで、
騒いだほうがいいんだとか。
で、この『ちゃんぽん食べたかっ!(下)』。
この本を読む限り、さだまさしさんは、
同窓会だろうがクラス会だろうが、
現在の仕事仲間だろうが、
どこでも関係無く、
楽しめちゃう人なんだろうなって感じました。
それが好きです。
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あれはいつ頃のことだったのか。
子ども時代であったのは
間違いないんですが、
何歳だったのかとか、
どこの場所だったのかとか、
そういう細かなトコは覚えてなんですよね。
まあ、覚えておくほど
大した出来事じゃないけど。
そう、ほんと大したことじゃない。
一言でいえちゃう。
「昔、ぬかるみにはまりました」
以上。
あ、これで終わっちゃ、手抜きだな。
なので、もうちょい説明します。
たぶん、土砂降りの雨が上がった
あとだったんでしょう。
あちこちに水たまりが出来ていました。
昔は、
道路も舗装されていない場所が結構あって、
地面はあちこち土が
むき出しになっていたんです。
子ども時代といえば、
つまりガキですから、
水たまりを見つけたら、
バシャンって足を突っ込みます。
水しぶきを飛ばして、ぎゃははと、
鼻水と一緒にツバと奇声を振りまいたら、
数歩先には別の水たまりがある。
そこでまたバシャーンです。
そんなことを繰り返していたとき、
深いヤツがあったんですね。
今までは浅かったのに、
そこだけ土がドロドロになってて。
片足をつっこんだら、
抜けなくなっちゃった。
長靴から思いっきり足をひっぱったら、
足だけ抜けてスッころび、全身ドロドロ。
そういうときは、もちろん泣きます。
ガキですから。
で、この『あとは野となれ大和撫子』。
小説の深さも、水たまりと同じように、
突っ込んでみないとわからないもんですね。
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1週間に一度、事務所の掃除をします。
一旦始めると、
細かいところも気になってしまうぼくは、
天井から壁からハタキをかけてホコリを払い、
イスや机の上なんかも
ガムテープ逆巻きのコロコロ掃除具で
ごみを取り、床はクイックルワイパーして、
トイレは素手で汚れを落とし、
玄関周りは拭き掃除……って感じで
完了するまで2時間弱も
かかってしまうことがあるんです。
で、どこで聞いたのか
まったく思い出せないんですが、
「歌を歌いながら
掃除をすると頭が良くなる」
という都市伝説まがいのデマ話が、
この2時間弱の掃除の最中、
頭の中をよくかすめます。
まあ、ハタキを振っているときや、
雑巾でゴシゴシやっているときなんて、
特に何か考え事を
しなきゃいけないワケでもないし、
そのデマ話が胸中に聞こえたときには、
素直に従うことにしてるんです。
とはいえ、
ぼくが覚えていて
きちんと歌える歌なんか限られていて、
いつも決まったレパートリーしか出てきません。
で、この『ちゃんぽん食べたかっ!(上)』。
掃除の最中、
デマ話に誘われて歌い出す主な曲目は、
『無縁坂』『秋桜(コスモス)』『主人公』など。
曲もつくれて、歌も上手くて、
こんな面白い本も書けるなんて、
さだまさしさん、ずるい。
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人を喜ばせようと企む
サプライズってありますよね。
記念日のことなんか
まったく忘れているふりして、
当日になって
「はい、プレゼント」とか。
それはそれで、
喜びと同時に驚きが加わって、
相手に与えるうれしさ効果は
跳ね上がると思います。
その一方で、
サプライズではないやり方は
どうなんだろうって、
へそ曲がりなぼくは考えたりします。
こそこそ内緒で動くのはやめて、
事前準備の段階から、喜ばせる相手に、
「とっておきのプレゼントあげるから、
楽しみに待っててね」
と宣言しちゃう。
そうすると、相手は、
とっておきグッズの贈答日までの間、
わくわくできる。
サンタさんにお願いするように、
自分の欲しいモノを伝えることもできる。
喜び指数は、
サプライズとノンサプライズで
どっちが大きいんでしょうかね。
で、この『陽気なギャングは三つ数えろ』。
伊坂幸太郎さんの作品は、
これまで何冊か読みましたが、
どれもサプライズ的な効果が
用意されていると思います。
読んでいる人には内緒にしておいて、
タイミングが来たら
「ほら、どうだ」って感じの。
それはそれで面白い。
でも、へそ曲がりなぼくは、
ノンサプライズ的にやったら、
どうなんだろうなって
思ったりしちゃうんです。
イヤな読者。
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佐藤賢一さんの『小説フランス革命』を
読んでいるときに、
「ぼくってひょっとして頭がいいのかも」
と感じることがよくありました。
フランス革命なんて歴史的大事件だから、
王様、お姫様、従者、大臣、
議員、革命家、街の商売人などなど、
実に色んな人物が登場して、
それぞれの思惑が、
ごちゃごちゃとあちこちに絡み合って、
時代が流れていく。
それを確か20巻くらいの
長編小説にまとめたのが、
佐藤賢一さんの作品で、
ぼくはそれをワクワクしながら
読み進められたんです。
あんなにたくさん登場人物がいて、
それぞれが派閥とかつくって、
ロマンスなんかもときどき出てきて、
物語の構図は
複雑多岐になっているのに、です。
自分の勝手な思い込みや、
忘れちゃっう部分もあったんだけど、
きちんと筋は追えて、楽しめた。
だから、
それだけ複雑な構成を覚えられて、
理解できていたぼくは、
頭がいいんじゃないかって。
でも!
それは勘違いに決まってる。
作者が巧いからに違いないんです。
で、この『中原の虹(2)』。
描かれている舞台は、
フランス革命と同じようなの中国の動乱期。
絡み合っているけど、
楽しめちゃってます。
……ぼく頭いいのかな。
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中学生のとき、
星新一さんのショートショートが
大好きでした。
影響を受けて、
自分でも短い物語をつくり、
それを卒業文集用の原稿に
したりしました。
その卒業文集ショートショートは、
我ながら結構出来がいいと感じ、
先生にも褒められたように
覚えています。
それ、たぶん捨てちゃって、
今はもうどこにも見当たらないんですが、
もし残っていたら、
やってみたいと思うことがあります。
ショートショートコンテストみたいなのに
そのまま応募するんです。
それと同時に、
今のぼくがまったく別の物語をつくって、
別の名前で応募する。
結果は、
2つとも落選するのが目に見えていますが、
もし、中学生の自分の作品が賞をもらって、
おじさんのぼくのが落選だったら、
面白いだろうなと思って。
(その逆だとつまらないですけどね。
んなことはないだろうけど)。
で、この『人工知能の見る夢は』。
いろんな作家の書いた作品が
載ってるショートショート集でした。
中学生のときこれを読んでも、
卒業文集には書かなかっただろうな…。
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読書は、
シチュエーションの違う3つの場所で、
それぞれに異なる本に目を通している
って話は、前にも何度かしています。
仕事場の昼休み、
会社帰りのバスの中、
自宅の就寝前です。
(以下、ヒル本、バス本、トコ本)
このうち、トコ本は、
ベッド脇の棚に置いてあり、
寝る前だけじゃなく、
仕事が休みの日に、
家中をゴロゴロしながら、
ページをめっています。
なので、普通なら一冊を
一番早く読み終えるのは、
このトコ本です。
ヒル本は
お弁当を食べながらの1時間弱だし、
バス本は車中の約20分、
トコ本は、
読み始めてから10分で
寝ちゃうこともあるけど、
休日の数時間をぶっ通しで読むことで、
ほかより立ち向かう時間を
多くとれるんです。
ところが最近、
ちと事情が違ってきました。
ここで前に紹介した
『数学で生命〜』からの3冊は
どれもトコ本じゃなく、
ヒル本、バス本、ヒル本の順でした。
要領の悪いぼくは、
最近、仕事のドタバタをおさめきれず、
なかなか休みをとれなくて、
トコ本のゴロゴロ読み時間を
つくれなかったんです。
そうなるとトコ本は、
短い時間の細切れ読みになってしまいます。
続けて読めば面白い本でも、
そんな読み方だと魅力が半減しちゃう。
で、この『死神の浮力』。
細切れ読みで、
ようやっと読み終えたトコ本でした。
魅力が半減しちゃう読み方だったハズなのに、
いやいや、面白かった。
そんな本もあるんですね。
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一時、「すごい」って言葉を
文章では使わないようにしていた
時期がありました。
たしか、「作文の書き方」とか
「小説のつくり方」とかの本に載っていた
「語彙を増やすための心掛け」
みたいな教えを
そのまま鵜呑みにしたから
だったと思います。
(ま、今は「もういいか」と思って、
バンバン使ってますけど。
ボキャブラリーが
増えたわけじゃないけど)
「すごい」って本当にすごくって、
ちょっと普通じゃない状況なら
大抵の場面で使えちゃう
オールマイティ・ワードですよね。
素敵なことも、荒々しいことも、
キレイなことも、汚いことも、
ヘロヘロでも、バリバリでも、
前後の流れがわかっていれば
「すっげー!」の一言で伝わっちゃう。
それを安易に多用しまくると、
のっぺらぼうな文章になって、
面白味がなくなるってことでしょう。
そんな文書だと誠意は伝わらないし、
読者に買ってもらう書籍なんかだったら
売上は伸びない。
スゴイ悲惨な結果が待っているわけです。
で、この『ベストセラーコード』。
英語ではどうやら
「すごい」に当たるのが
「very」という言葉みたいです。
この本に載ってたコンピュータ解析では、
(アメリカの本なので)
ベストセラーの人気本での
veryの使用回数は少ないんだとか。
すごく。
**********************
ディズニーアニメ
『トイ・ストーリー』の
1作目が公開されたのは、
もうだいぶ前ですよね。
まだうちの娘たちが
小学生くらいの頃だったと思います。
「パパ嫌い」
と言われるのが怖くて、
子どもたちの話題に
ついていかなくちゃと
必死になっている父親としては
もちろん一緒になって観ました。
ウッディとアンディの物語。
観たんですよ、仕方なしって感じでね。
子どもたちに付き合って。
したら、なんとまあ、
面白いじゃないですか。
大人が面白いと感じる以上に
子どもにも大ウケで、
あれだけクオリティの高い遊園地を
長年やっていけるだけあるわと、
ほとほと感心したのを覚えています。
その数年後に公開された続編も、
まだ娘たちの年齢は、
パパが一緒になってアニメを観ていても
おかしくない頃合いだったので、
観ました。
したら、なんとまあ、
1作目よりも面白いじゃないですか。
1作目がよくて、
それがあっての2作目なんですが、
きちんと前作を越えて、
どきどきわくわくげらげら
させてくれました。
んで、3作目。
……実はまだ観てないんです。
娘たちと一緒に観る頃合いを
過ぎちゃったみたいです。
でも、評判を聞くと、
これがシリーズの中でも
最高の出来みたいですね。
ちょい悔しい。
で、この『中原の虹(1)』。
『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』に続く
シリーズ3作目。
オモチャ物語みたいに
どんどん面白くなってます。
トイ3を観られていない悔しが、
これで少しまぎれてきました。
**********************
直前に並んでいる数字と、
その1つ前の数字を足し合わせて
数字を並べていくという
フィボナッチ数列のことを知ったのは、
たぶん数年前です。
最後に数学を習った高校時代には、
知りませんでした。
(というか、先生は教えてくれた
のかもしれないけれど、寝てました)
1の次に
ゼロと1を足した1がきて(1,1)、
その次は
1と1を足した2がきて(1,1,2)、
次は
1と2の足し算で3がくる(1,1,2,3)
ってルールでつなげていきながらできる
数の並び(1,1,2,3,5,8,……)を、
フィボナッチ数列っていうみたいです。
たしか、小川洋子さんの
『博士の愛した数式』を読んでから、
「もしかしたら数学って面白いかも」
と思い始め、
初心者向けの数学本を何冊か読んでみたら、
どの本にも
「フィボナッチ数列はすごい」
みたいなことが書いてあって
(いまだにそのすごさが
理解できていないんですが…)
気になっていたんです。
そんで、
「みんながいうんだから、
とにかくすごいんだろうな」
と信じてしまい、
自分のクルマのナンバーは
「1123」にしちゃいました。
で、この『数学で生命の謎を解く』。
やっぱりフィボナッチ数列が
登場してました。
といっても、そのスゴさは、
まだ理解できてはいませんけれど…。
**********************
もうだいぶ昔になりますが、
ジョン・アーヴィングさんの
『ホテル・ニューハンプシャー』を
読んで、とんでもなく面白いと思い、
本を閉じると同時くらいに
家を飛び出して、映画館に
駆けつけたことがありました。
そのときはちょうど
映画化した作品が
ロードショウされていた
時期だったんです。
文字だけであんなに面白いんだから、
それに映像や音声がついたら、
もうどうなっちゃうんだろう。
ドキドキワクワク、
楽しみでじっとしていられず、
大人しく幕が上がるのを待っている人たちに
キョロキョロと視線を巡らしながら、
「みんな、覚悟しておたいほうがいいよ。
ビックリ仰天しちゃうから」
などと心の中でつぶやきながら
(いや、声に出ていたかもしれません)
投影を待ちました。
なんですが……
やっぱ、違うんですね。映像と原作は。
いい映画だとは思うんだけど、
原作を読み終えたときに受けた
「これすごい!」感はなかった。
もしかしたら、読了直後じゃなく、
少し時間を置いてから観れば、
もっと違う印象を
受けられたのかもしれません。
で、この『サラバ!(下)』。
ストーリーの中に何度か、
『ホテル・ニューハンプシャー』が
出てきます。
昔はまってたアーヴィングさん、
また読みたくなりました。
**********************
本の値段の約1割が印税として
作家さんに支払われるのは
ご存じの通りです。
なので、同じ1冊が売れるのなら、
小さくて値段の安い文庫本よりも、
厚紙の表紙を使った
高価な単行本のほうが
作者の実入りは大きくなる。
そう考えると、
お気に入りの作家さんなら、
応援する意味を込めて
単行本を買ってあげたいと
考えたりします。
でもね。
文庫本は持ち運びに
ちょどいいサイズだし、
軽いから手も疲れない。
それに、大抵の文庫本には
解説とかの付録がついてるんです。
なぜか知らないけど、
単行本は小説とかの場合は
そんな付録はなしに、
本体だけのことが多い。
比べると値段が安いのに、
オマケもついてるってなると、
賢い消費者としては、
文庫本を選んじゃいますよね。
さて、そこで。このオマケ。
ついていたほうがいいのか、
ホントのところは不要なのか。
そりゃまあ、
作品が出来上がる背景とか、
作家の人間性だとか、
物語だけじゃわからない情報が
入手できるんだから、
いいに決まってる……のかな。
で、この『サラバ!(上)』。
まだ文庫本は出ていないようなので、
単行本で読んでます。
(下巻に入ったトコです)
今のところ、
たぶん「なし」が正解だと感じています。
物語の本体だけで、
ほかの情報は要らないです、これ。
**********************
それほど興味を
引かれなかった本なのに、
後から物語のあらすじを思い出すと、
「それならぜったい面白だろ」
って作品が、ときどきあります。
(一般論じゃなく、ぼくの場合)
例えばそうだなぁ、
数人の主婦が協力して
死体をバラバラにする話。
細かくされた人体パーツは
レジ袋とかに入れて生ごみで出す。
最初はやむにやまれずやったのに、
それが仕事になってしまい、
処理請負業みたいになっていく
……っていうのとか。
そんで、それとは逆に、
筋を思い出しても、
つまらないなぁと思えるのに、
とっても良かった本もあります。
例えばそうだなぁ、
ずっと歩いている話。
高校の学校行事で
100キロとか200キロとかを
一晩かけて歩き通し、
そのイベントの間に、
話がしたくても
できなかった男女が仲良くなる
……ってヤツとか。
そういうのを考えてみると、
当たり前かもしれないけど、
物語の面白さって、
ストーリーだけじゃないんですね。
で、この『黄砂の籠城(下)』。
上下巻通しての感想です。
ストーリーはとっても面白かったです。
だけどなぁ、なんでかなぁ……。
**********************