2017年10月4日水曜日

『火星に住むつもりかい?』(伊坂幸太郎)読みました。


若かりし頃、
スクリーンに齧りつくように観た
映画『スティング』の見せ場は、
やはりあのどんでんですよね。

いわばラスボスを騙くらかすため、
自分たちを死んだと見せかける。

騙されるのはラスボスだけじゃなく、
映画の観客も一緒という
憎いつくり方でした。ぐぐっときました。

たぶんそれと同じ頃だと思います。
テレビ漫画の『ルパン三世』でも、
ぐぐっとくるシーンがありました。

銭形たち警察をてんてこ舞いにさせようと、
あっちもこっちもルパンだらけにする作戦。
街を行く一般人を変装させて、
ルパンだけじゃなく、
次元、五右衛門、不二子も
ぎょうさん溢れさせ、
果ては銭形のコピーも練り歩く。
あれも、ぐぐっときました。

そんなぐぐっと場面を使って、
お話の中に盛り込めたら、楽しいだろうな。
でも、アイデアをそのまま使ったら、
二番煎じで興ざめだろうな……。

で、この『火星に住むつもりかい?』。

いやいや興ざめじゃあありませんでした。
逆に新鮮って思えちゃった。




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2017年9月28日木曜日

『同時代ゲーム』(大江健三郎)読みました。


ネットの検索によると、
日本の法律で一番長い名前は、

「日本国とアメリカ合衆国との間の
 相互協力及び安全保障条約第六条
 に基づく施設及び区域並びに日本
 国における合衆国軍隊の地位に関
 する協定及び日本国における国際
 連合の軍隊の地位に関する協定の
 実施に伴う道路運送法等の特例に
 関する法律」 だそうです。

これまたネットから引っ張った
落語の「じゅげむ」で、
たぶん一度は聞いたことがあるだろう
あの長い名前は、

「寿限無 寿限無 五劫の擦り切れ
 海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末
 食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子
 パイポ パイポ パイポのシューリンガン
 シューリンガンのグーリンダイ
 グーリンダイのポンポコピーの
 ポンポコナーの長久命の長助」のようです。

ネットからのコピペだけで文字を埋め
手を抜こうと考えたのですが、
それだけではまだ足りなそうなので、
自前の文章を少し加えます。

文章が長いか短いかだけで判断するのは
早計なんだろうけど、
やっぱ長いと読みにくいですよね。
(寿限無はちょっと意味が違うけど…)

どれが主語で何が述語で、
これはどれを修飾しているのか、
などなどを頭の中で整理しながら
読まなきゃいけない。

そんな文章を本気で理解しようと思ったら、
深い読書が必要になる。
深い読書ができれば、
描かれた物語もずずんと身体に染みこむ。

で、この『同時代ゲーム』。

再読のハズなのに
1ミリも覚えていませんでした。
前に読んだときは、
たぶん染みこむ読み方を
していなかったんだろうな。 




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2017年9月26日火曜日

『中原の虹(4)』(浅田次郎)読みました。


社会人になってからの大半の時間を、
パソコン前にして
ペコペコ原稿打つことに
費やしてきたぼくなので、

波瀾万丈の人生を
歩んできた人に比べれば、
人物を判断する能力とか経験は
ごく貧弱だと思います。

そんな薄っぺらな対人交流歴の中で、
なんとなく感じていることがあります。

それは
〈話に聞く人物はデカい〉ってこと。

噂話で聞く人物像は、
とてつもなく器の大きな人になる。
でも、実際にその人に会ってみると、
そんなに大したことはない。

話す人は、
自分のしゃべる内容に
興味を持たせたいと思って、
盛っちゃう部分があるんでしょうね。

「あいつ、すげーんだよ。
 いいヤツなんだ、ホントすげーんだから。
 話してみりゃわかるって」
みたいに「すげー」ばかりを連発します。

そうするとぼくの頭の中でも
「すげー」がかけ合わさって、
指数関数的に膨れあがっていく。

人格面でほめていれば
「ガンジーよりすげーかも」

頭の良さなら
「アインシュタインよりスゲー?」

ビジネスセンスなら
「すげー度はジョブズ越え?」

さて、もしそうだとすると、
小説で人物を描写するときも、
本人の行動を直接示すより、
ほかの登場人物に語らせるほうが
「すごさ」は増すのかな…。

で、この『中原の虹(4)』。

すげーです。
ほかの登場人物での語らせ方。
しびれます。




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2017年9月22日金曜日

『ゼロからわかる虚数』(深川和久)読みました。


テーブルみたいな形で
端っこは滝になっていて
海の水が流れ落ちている地球とか、

大きな皿状の大地を
ゾウが何頭も支え持ち上げている図とか、

横たわっている
巨大な人間の表面に
海やら地面やらが描かれ
それが世界全体を表している絵とか、

そんなふうな、昔の人が考えた、
この世の姿を見た覚えがあります。

そうした想像をしていた人たちは、
自分が住んでいるこの場所が
丸い球のようになっているなんて、
思いもしなかったんでしょうね。

ぼくだって、誰かに教えられなきゃ、
ボールに乗っているような状態で
生きてるなんて考えつかない。

とはいえ、
昔の人でも、丸い場所にいるというヒントは、
ちらほらと見え隠れしていたんでしょう。

地平線や水平線を眺めると
なんとなく両端は
丸くなっているように見えるし、

どこまでも海が真っ直ぐだったら
水平線はクッキリと線にならなくて
グラデーションで
だんだんぼやけていくはずだし、

船が近づいてくれば
帆の先端から徐々に見えてくるし。

そんな、ちょこっとしたヒントを
「なんでやろ?」とあれこれ考え、
「そうか、地球って丸いんだ!」
という答えになった。

で、この『ゼロからわかる虚数』。

ひょっとして虚数って、思いもしなかった
「この世界の本当の形を知る
 ヒントなんじゃない?」
なんて思ったり思わなかったり。




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2017年9月20日水曜日

『へこたれない UNBOWED ワンガリ・マータイ自伝』(ワンガリ・マータイ)読みました。


そのスジの人たちは、
トラブルがあったり、もめ事があったり、
という人が争っている状況を
「稼ぎどき」と考えて、
積極的にごたごたの場面に
乗り込んでいくのだと、
聞いたことがあります。

何らかの方法でその争いに勝敗つけて、
勝者からはお礼をもらい、
敗者からはふんだくる、
とかってことなんでしょうか。

どんな仕組みで「稼ぐ」のかは
知らないんですけどね……。

でも、それとは逆にぼくは、
争い事にはなるべく近寄りたくない人です。
(ほとんどの人がそうだと思うけど)

話を聞くだけだといわれても敬遠します。

……なんですが、
まったく一人で、
世知辛い世の中を生きているわけではないので、
ちょっとした衝突とか、不仲とか、
いがみ合いとかをしている人なんかが、
近くに現れることもある。

本心では避けたいのに、
相談に乗って欲しいといわれたり。

そんなとき、仕方なしに話を聞いてみると、
どう判断しても「相手が悪い」と思えちゃう。

そりゃそうです。
相談者は、その〈相手〉を悪いと考えて、
いざこざして相談しているんですから。

そのスジじゃなく、
公平に争いを収めたいと思ったら、
その〈相手〉の話も聞かなきゃダメですよね。
聞きたくないけど。

で、この『へこたれない〜』。

判断するには〈相手〉が書いた本も
読まなきゃと思いました。




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2017年9月14日木曜日

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(デボラ・インストール)読みました。


少し前に読んだ
『書く人はここで躓く』(宮原昭夫)の中に、
こんな作者のミスが例示されていました。

小説講座みたいなところの受講生の作品で、
普段は我が子の言うことなど
何も聞かない傲慢ママが登場するお話です。

ストーリーの途中で何か危険なことが起きて、
傲慢ママは子どもを連れてその場を離れ、
助けを呼びに行こうとする。

でもそのとき、
子どもが「疲れたからここに残る」と
わがままを言い出します。

傲慢ママは、仕方なく
子を残して一人で助けを呼びに行く。

したらそのあと、
残された子どもが、さらわれるか何かして、
物語はハラハラドキドキの
展開になるという筋──。

さて、この中のミスの指摘は、
傲慢ママが子どものわがままを聞き
一人残して行った部分でした。

だって、この場面になるまで、
ママのキャラをさんざん「傲慢」として
描いてきたんだから。

ここで急に、
素直ママになるのはあり得ないと。

ストーリーを面白くすることだけに
引っ張られて、他が見えなくなり、
作者の都合のいいように、
自分で決めた設定をねじ曲げちゃってる。
それじゃあ、読者はついていけない、と。

で、この『ロボット・イン・ザ・ガーデン』。

これがもし、小説講座みたいなところの
受講生の作品だったら、
いろんな指摘をされちゃうんだろうな。




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2017年9月12日火曜日

『中原の虹(3)』(浅田次郎)読みました。



中学高校の頃って、
見るもの聞くもの読むもの
周りのもろもろに、
どんどん影響されて、
人生観とか人との接し方とか
考え方とか言葉遣いとか、
くるくる変わっていきますよね。

それって一般的に
誰でもそうだと思うんですが、
もし違うんであれば、
少なくともぼくの場合だけは、
くるくるヘンゲに翻弄されてました。

洗濯機の中のシャツみたいに、
ぐちゃぐちゃにもみくちゃにされながら、
ひ弱な人格みたいなものが形になっていく、
みたいな。

そんなぼくの人格形成に、
影響を与えてくれたものは、
ラジオの深夜放送、
どん底を感じさせてくれる暗ぁーい映画、
歌詞の意味もわからないのに
なぜか元気の出てくる洋楽、
もちろん
家族とか友だちとかの周囲にいる人たち、
そんで、
半分(というか9割がた)忘れかけている
司馬遼太郎さんの描く坂本竜馬…。

で、この『中原の虹(3)』。

あの頃、この本の中に出てくる
張作霖のこと知っていたら、
竜馬以上に影響受けてたと思います。
あくまでも、
浅田さんが描いたこの本のキャラですけどね。




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2017年9月8日金曜日

『パーマネント神喜劇』(万城目学)読みました。


お寺や神社にお詣りに行って、
お賽銭を出してお祈りするとき、
ぼくは大抵
5秒くらい手を合わせるだけで
済んでしまうんです。

心の中で何かお願い事を唱えれば、
そんな一瞬では終わらないんだろうけど、

その願掛けすることが、
おこがましいというか、厚かましいというか、
何だか神様や仏様に対して
失礼なんじゃないかって思っちゃう。

特に激混みの初詣のときなんかは、
「こんなにたくさんの人が、
 一度に願い事を言ったら、
 いくら神様だったパンクするだろ」
などといらぬ心配をしてしまう。

だからぼくは、
手を合わせたとき「こんにちは」とか
「あけましておめでとうございます」とか
の挨拶だけ胸中でつぶやいて
賽銭箱の前から下りてきちゃうんです。

でも
それはそれで逆に失礼なのかもなって、
最近は考えるようになって
……まあ、
自分の中でどうするのが正解か、
結論は出ていないので、
当分は挨拶だけで済ませるでしょうが。

で、この『パーマネント神喜劇』。

お願い事をされる神様のお話。
ぼくも一度このテーマで
物語をつくってみようかな。
そうすれば、結論が出るかも。




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2017年8月31日木曜日

『明治・妖モダン』(畠中恵)読みました。



「あんなに大きくて重たい船が
 なんで海に沈まないで
 いられるんだ?」
って質問に、

「それは浮力が働いているから」
と答えたとき、

「浮力ってヤツは真面目なんだな」
と真剣に返されたら、
まあ苦笑しちゃいます。

読んでいる本の中に
そんなセリフが出てきたら、
クスクスっとほほが緩みます。

「浮力」って名前の小さな人たちが、
潜水服に身を固めて、
一生懸命船を押し上げている絵も
浮かんできたりします。

あ、こんな会話が出てきたのは、
伊坂幸太郎さんの作品でした。

本棚から引っ張り出して
正確に引用すればいいんだけど、
面倒だったので、
記憶をたどって雰囲気だけ引用しました。

そういったクスクスとか
ギャハハが入っている作品が
好きなんです。

ほかに、今ぱっと思い浮かんだのは、
森見登美彦さんの作品。

タヌキが主人公ってだけで、
にやにやしてきちゃうのに、
あちこちに
笑いの仕掛けが張ってある『有頂天家族』。
例えば、本当は馬鹿なのに
頭を良くみせようとするタヌキが、
意味不明の四字熟語を連発するとか。

で、この『明治・妖モダン』。

畠中恵さんの『しゃばけ』が好きです。
(シリーズが続き過ぎて、途中から未読ですが…)。
あの本、クスクスやニヤニヤが、
ほどよくブレンドされているんですよね。

だからこの『明治〜』にも、
そんな要素を、もうちょい加えてもらいたかったな。




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2017年8月29日火曜日

『ちゃんぽん食べたかっ!(下)』(さだまさし)


確か糸井重里さんだと思うんですが
(違っていたらごめんなさい)
同窓会とかクラス会とか、
昔の仲間が集まるところが苦手だと、
エッセイか、何かのインタビューかで
言っていました。

学生時代の仲間は、
だ何者にもなっていない時期の
つながりですよね。

将来、
途方もなく偉くなっちゃうヤツも、
落ちぶれちゃうヤツも、
人気者になって
世の耳目を集めちゃうヤツも、
みんな一緒くたのごった煮闇鍋状態。

だからまあ、
その時は世間的な優劣は何もなくて、
いに気づかいもなく、
楽しく過ごせる。

でも、それが社会に出て、
それぞれが
何者かになったあとで集まると、
昔のままの気持ちじゃ、
いられなくなる。

自分ではそんなこと考えていなくても、
ねたみをもらすヤツも出てくれば、
あわれみをかけちゃう人も出てくる。

そんな空気がイヤなんだそうです。

だから、人が集まる宴会ならば、
今一緒に仕事で何かを
動かしている仲間だとか、
新しいプロジェクトに
かかわっていく人たちだとかで、
騒いだほうがいいんだとか。

で、この『ちゃんぽん食べたかっ!(下)』。

この本を読む限り、さだまさしさんは、
同窓会だろうがクラス会だろうが、
現在の仕事仲間だろうが、
どこでも関係無く、
楽しめちゃう人なんだろうなって感じました。
それが好きです。







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2017年8月24日木曜日

『あとは野となれ大和撫子』(宮内悠介)読みました。


あれはいつ頃のことだったのか。
子ども時代であったのは
間違いないんですが、
何歳だったのかとか、
どこの場所だったのかとか、
そういう細かなトコは覚えてなんですよね。

まあ、覚えておくほど
大した出来事じゃないけど。

そう、ほんと大したことじゃない。
一言でいえちゃう。
「昔、ぬかるみにはまりました」
以上。

あ、これで終わっちゃ、手抜きだな。

なので、もうちょい説明します。
たぶん、土砂降りの雨が上がった
あとだったんでしょう。

あちこちに水たまりが出来ていました。

昔は、
道路も舗装されていない場所が結構あって、
地面はあちこち土が
むき出しになっていたんです。

子ども時代といえば、
つまりガキですから、
水たまりを見つけたら、
バシャンって足を突っ込みます。

水しぶきを飛ばして、ぎゃははと、
鼻水と一緒にツバと奇声を振りまいたら、
数歩先には別の水たまりがある。
そこでまたバシャーンです。

そんなことを繰り返していたとき、
深いヤツがあったんですね。
今までは浅かったのに、
そこだけ土がドロドロになってて。

片足をつっこんだら、
抜けなくなっちゃった。
長靴から思いっきり足をひっぱったら、
足だけ抜けてスッころび、全身ドロドロ。
そういうときは、もちろん泣きます。
ガキですから。

で、この『あとは野となれ大和撫子』。

小説の深さも、水たまりと同じように、
突っ込んでみないとわからないもんですね。




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2017年8月22日火曜日

『ちゃんぽん食べたかっ!(上)』(さだまさし)読みました。

1週間に一度、事務所の掃除をします。
一旦始めると、
細かいところも気になってしまうぼくは、
天井から壁からハタキをかけてホコリを払い、
イスや机の上なんかも
ガムテープ逆巻きのコロコロ掃除具で
ごみを取り、床はクイックルワイパーして、
トイレは素手で汚れを落とし、
玄関周りは拭き掃除……って感じで
完了するまで2時間弱も
かかってしまうことがあるんです。

で、どこで聞いたのか
まったく思い出せないんですが、
「歌を歌いながら
 掃除をすると頭が良くなる」
という都市伝説まがいのデマ話が、
この2時間弱の掃除の最中、
頭の中をよくかすめます。

まあ、ハタキを振っているときや、
雑巾でゴシゴシやっているときなんて、
特に何か考え事を
しなきゃいけないワケでもないし、
そのデマ話が胸中に聞こえたときには、
素直に従うことにしてるんです。

とはいえ、
ぼくが覚えていて
きちんと歌える歌なんか限られていて、
いつも決まったレパートリーしか出てきません。

で、この『ちゃんぽん食べたかっ!(上)』。

掃除の最中、
デマ話に誘われて歌い出す主な曲目は、
『無縁坂』『秋桜(コスモス)』『主人公』など。
曲もつくれて、歌も上手くて、
こんな面白い本も書けるなんて、
さだまさしさん、ずるい。




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2017年8月18日金曜日

『陽気なギャングは三つ数えろ』(伊坂幸太郎)読みました。


人を喜ばせようと企む
サプライズってありますよね。

記念日のことなんか
まったく忘れているふりして、
当日になって
「はい、プレゼント」とか。

それはそれで、
喜びと同時に驚きが加わって、
相手に与えるうれしさ効果は
跳ね上がると思います。

その一方で、
サプライズではないやり方は
どうなんだろうって、
へそ曲がりなぼくは考えたりします。

こそこそ内緒で動くのはやめて、
事前準備の段階から、喜ばせる相手に、
「とっておきのプレゼントあげるから、
 楽しみに待っててね」
と宣言しちゃう。

そうすると、相手は、
とっておきグッズの贈答日までの間、
わくわくできる。

サンタさんにお願いするように、
自分の欲しいモノを伝えることもできる。

喜び指数は、
サプライズとノンサプライズで
どっちが大きいんでしょうかね。

で、この『陽気なギャングは三つ数えろ』。

伊坂幸太郎さんの作品は、
これまで何冊か読みましたが、
どれもサプライズ的な効果が
用意されていると思います。
読んでいる人には内緒にしておいて、
タイミングが来たら
「ほら、どうだ」って感じの。

それはそれで面白い。

でも、へそ曲がりなぼくは、
ノンサプライズ的にやったら、
どうなんだろうなって
思ったりしちゃうんです。
イヤな読者。




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2017年8月16日水曜日

『中原の虹(2)』(浅田次郎)読みました。

佐藤賢一さんの『小説フランス革命』を
読んでいるときに、
「ぼくってひょっとして頭がいいのかも」
と感じることがよくありました。

フランス革命なんて歴史的大事件だから、
王様、お姫様、従者、大臣、
議員、革命家、街の商売人などなど、
実に色んな人物が登場して、

それぞれの思惑が、
ごちゃごちゃとあちこちに絡み合って、
時代が流れていく。

それを確か20巻くらいの
長編小説にまとめたのが、
佐藤賢一さんの作品で、
ぼくはそれをワクワクしながら
読み進められたんです。

あんなにたくさん登場人物がいて、
それぞれが派閥とかつくって、
ロマンスなんかもときどき出てきて、
物語の構図は
複雑多岐になっているのに、です。

自分の勝手な思い込みや、
忘れちゃっう部分もあったんだけど、
きちんと筋は追えて、楽しめた。

だから、
それだけ複雑な構成を覚えられて、
理解できていたぼくは、
頭がいいんじゃないかって。

でも!
それは勘違いに決まってる。
作者が巧いからに違いないんです。

で、この『中原の虹(2)』。

描かれている舞台は、
フランス革命と同じようなの中国の動乱期。
絡み合っているけど、
楽しめちゃってます。
……ぼく頭いいのかな。




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2017年8月14日月曜日

『人工知能の雨見る夢は』(新井素子ほか)読みました。

中学生のとき、
星新一さんのショートショートが
大好きでした。

影響を受けて、
自分でも短い物語をつくり、
それを卒業文集用の原稿に
したりしました。

その卒業文集ショートショートは、
我ながら結構出来がいいと感じ、
先生にも褒められたように
覚えています。

それ、たぶん捨てちゃって、
今はもうどこにも見当たらないんですが、
もし残っていたら、
やってみたいと思うことがあります。

ショートショートコンテストみたいなのに
そのまま応募するんです。

それと同時に、
今のぼくがまったく別の物語をつくって、
別の名前で応募する。

結果は、
2つとも落選するのが目に見えていますが、
もし、中学生の自分の作品が賞をもらって、
おじさんのぼくのが落選だったら、
面白いだろうなと思って。
(その逆だとつまらないですけどね。
 んなことはないだろうけど)。

で、この『人工知能の見る夢は』。

いろんな作家の書いた作品が
載ってるショートショート集でした。
中学生のときこれを読んでも、
卒業文集には書かなかっただろうな…。




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