2026年10月29日木曜日

『冒険者カールの地球ダンジョン1』(マット・ディニマン)読みました。


2つ前の『夏帆』(村上春樹)のとき、
読書と自転車漕ぎについての考察をしました。

たしか芥川龍之介さんは
「風呂に入るのは簡単だけど、
 風呂に入ったことを書くのは難しい」
みたいに言ってました(たぶん)。

それと同じで自転車に乗るのは簡単だけど、
それを文章にするのは大変で、
ましては読書について感じているものを
チャリにて説明するなんてのは、ねえ。

だから、2つ前の感想文もどきだけでは
中途半端なんじゃないかと思って、
今回もネタをひきずっておこうかと。

何かってーと、最近感じるようになった
本を読み進めるときの重さです。

どうも文字を目で追うときの負荷が
作品によって違うような気がしてる。
上り坂なのに自転車のギアを重い段にして
漕いでいるようなマッチョ仕様の文体がある
かと思えば、
ペダルを踏まなくても転がっていくような描写ばかり
だったりするのもある。

重いものがつまらない、
軽快に読めるのが面白いって、
単純な等式になるわけではないんですけどね。
そう、作品の完成度とはまた別の話です。

で、この『冒険者カールの地球ダンジョン1』。

宇宙人の襲撃でほとんどの生命が滅亡し、
地球はなぜかゲームの舞台に改造されてしまう。
わずかな生存者がそのRPGのクリアを目指すお話。
ペダルは軽快に漕げました。

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