2019年1月16日水曜日

『熱帯』(森見登美彦)読みました。


連作の短編を何本か
文芸雑誌などに掲載して、
それがある程度たまったら、
一冊の単行本にまとめて出版
という形は結構ありますよね。

そのときよく、
単行本用に書き下ろしたものを
最後の1編に加えたりしている。

その1編で物語を締めくくる
という意味があるかもしれないし、

雑誌を読んでいて
「内容は知っているからもういいや」
という読者にも、
新規分があれば買ってもらえるぞ
みたいな商魂があるかもしれない。

いやいや、
そんな目論見はどうでもいいんだけど、
今までぼくが読んできた
そうしたつくりの本では、
その書き下ろしの最後のストーリーに、
つまらないものは、あまりなかったんです。

最終話にいくまでのほとんどの短編が
「そんなもんでいいの?」って感じでも、
最後の話でなんとかしてくれてた。

連載していたとき、
手応えを感じなかったから、
せめて締めくらいは
目一杯力を注ごうとしてるのかもですね。

で、この『熱帯』。

短編集ってわけではなく、
お話は全部つながっているけど、
たしか最初の2章が
雑誌か何かに連載したもののようです。
それが正しいのなら(すみませんあやふやで)
今までの経験から
後半部分が面白くなるハズなんだけど、
ぼく的にはトーンダウンって感じでした。
でも前半は、とてもグッドでした。
今までと逆のパターン。





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2019年1月10日木曜日

『狐花火 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


中学生の頃、
星新一さんのショートショートが
とても好きで貪り読んでいました。

でも小遣いの額には限度がある中学生。
安価な文庫本しか買えません。

モノをため込むことに
あまり興味がなくなった今と違い、
読んだら手元に置いておきたかった
子どもぽっい気持ちがてんこ盛りの中坊です。

最初にその面白さと出会ったときは、
すでに十数冊は出版されていて(たしか新潮文庫)
発行の古い順から月2〜3冊買っていました。

そうすると、
1年足らずで既刊書は全部入手できちゃう。

その後は、
本棚に揃っているヤツを再読しながら、
新しい文庫が出るのを
今か今かと待ち望んでいたんです。

書くより読む方が早いのは当たり前なので、
仕方がないのはわかっていても、
「早く〜」とジリジリしてたのを覚えています。

で、この『狐花火 羽州ぼろ鳶組』。

作者の今村さん、早いです。
どの作品も面白いので、
新刊がでるたび追っかけて
入手しようとしてるんですが、
読むのが追っつかない。
中坊のときとは逆の意味でジリジリしてます。





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2019年1月8日火曜日

『ハロー・ワールド』(藤井太洋)読みました。


送られてくるPDFやWordのファイルを
複数ページがつながった1個のPDFにして
デジタル小冊子のような体裁で配布する
仕事のような趣味のようなことやってます。

それをまとめる手順は次の通り。
〈1〉Wordで送られてくるデータを
   まずPDFにし保存しておく
〈2〉Macの標準ソフト「プレビュー」で、
   表紙から裏表紙までついたおおもとのPDFを開き、
   サムネール表示させておく
〈3〉揃ったPDFをやはりサムネール表示で開き
   おおもとPDFの該当箇所に、サムネール表示内の
   アイコンをドラッグ&ドロップして挿入
〈4〉末尾に自分の書いたPDFを挿入して保存
〈5〉つながったPDFをAcrobatというソフトで開き、
   [ファイル]→[その他形式で保存]→
   [サイズが縮小されたPDF]と選択して
   ファイル名をつけ保存。

書くと長いけど、
やってみればほんの数分で終わる作業。
毎月やっているので、もう慣れたもんです。

なんですが……。
前回は、同じ作業をしたあとで検証してみると
PDF内に貼り込んでいた画像がどうしても表示されない。
もう、あたふたアタフタするだけで
半日もその処理をして、結局原因もわからぬまま
画像表示なしということで目をつぶり、
時間もなかったので、発行してしまいました。ぐすんっ。

で、この『ハロー・ワールド』。

デジタル技術者たちのお話。
その登場人物くらいのスキルがあれば、
あんな不具合、ちょちょいのちょいで直るだろうにな。




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2018年12月26日水曜日

『悪夢のエレベーター』(木下半太)読みました。


先日、本棚を整理して、かなりの冊数を
ブックオフに持っていきました。

スペースに余裕のある家ではないので、
本来ならすべての本を荷馬車に載せて
ドナドナしないとダメなんですが、
やっぱ残しておこうと
思っちゃうのが出てきます。

残るのは面白いと思った本(当たり前か)。
それから、
ある程度数が揃っている好きな作家の本、
全巻揃っているシリーズ物、
自分が制作にかかわった本なんか。

そういうのに場所を占領されるものだから、
「それなりに面白かった」くらいでは、
やはり段ボール箱の中に詰められてしまいます。

うちの本棚でいつ再読されるかわからず
ホコリを被ったままいるよりも、
店員さんにきれいに並べられ、
ハタキをかけられ、
立ち読み客にパラパラめくられたりするほうが、
本たちもきっと幸せでしょう。

で、この『悪夢のエレベーター』。

一続きのお話ですが
4つほどの章に分かれていて
(以下の事情により今手元にないので
 正確に何章かはわかりません)
その最初の章がめちゃくちゃ面白かったです。
その章だけだったら、
たぶんブックオフには持っていかなかったと思います。





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2018年12月20日木曜日

『ビブリア古書堂の事件手帖 扉子と不思議な客人たち』(三上延)読みました。


カクカクと引っかかる文章を
時々目にします。

どんな文章がスラスラ読めて、
どんな文章が引っかかるのは、
人それぞれ違うと思うんですが、

ぼくの場合は、
語尾に「る」を多用したのが、
どうも苦手です。

語尾が「た」だったら、
連続してもそんなに気にならないけれど、
「る」だと、
首筋とか背中だとか頭の芯のほうだとかが、
ムズかゆくなってくる。

思えば、この前読んだ
『熊と踊れ(上)』も『任務の終わり』も、
結構な割合で「る」が使われていた気がします。

「ぼくは、ヘロヘロでも走った」
と言ってほしい部分が、
「ぼくは、ヘロヘロでも走る」
になっていたりする。

現在形と過去形みたいなことを
厳密に区分すると、
もしかしたらその文脈の中では
「る」が正解なのかもしれないけど、

でもねって感じちゃう。

村上春樹さんの小説の中に、
「完璧な文章なんてない」みたいなことが
書いてあった気がするけど、
ホンマそうですね。

それぞれの人にとって
気持ちいい文章は違うんだろうから、
万人に通じる完璧なんて
あり得ないんだろうな。

で、
『ビブリア古書堂の事件手帖
 扉子と不思議な客人たち』。

ぼくにとっては、
かなり気持ちいい文章でした。
このシリーズ、終わったと思っていたから、
続編が出て良かったです。





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2018年12月18日火曜日

『熊と踊れ(上)』(アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ)読みました。


前回のキング作品『任務の終わり』の感想は、

[1] 軽い作業と重い作業があったとする
[2]軽重のどちらを先にするかは、
   その人のキャラによって決まる
  (同じ人ならいつも同じ順にやるのが普通)
[3]キャラがぶれぶれのぼくは、
   その時々によって、軽重の順番が違う
[4]キング作品の登場人物は、
   ぶれたキャラの人はいない(から、すごい)

という文章の流れでした。

と、今さら分析してみると、
書き出す前から[1]〜[4]の構成は
頭の中で出来上がっていたような感じがします。

でもね。そうじゃなかったんです。

[4]は、[3]の内容をペコペコと
打ち込んでいる途中で思いつき、
もう文字数もいい加減多くなってきたから、
ここらで締めちゃえって、
無理矢理くっつけたんです。

最初に考えていたのは、
[2]とか[3]あたりから発展させ、
「重い」を「密度の高いぎっしり感」、
「軽い」を「すき間が多いパラパラ感」に、
それぞれ結びつけようという
目論見だったんです。

それで締めは、
『任務の終わり』を読んで感じたのは、
「9割がた〈ぎっしり〉で、ラストの場面を含む残り1割は
 〈パラパラ〉だった」と結ぶ。
これなら、いかにも感想文になるかなと。

で、この『熊と踊れ(上)』。

最初は昔流行した「だんご3兄弟」という歌から、
歌詞の内容を発展させて
感想にしようと思ったんです。

でも、なぜか書き始めたら、
前回の言い訳で終わっちゃいました。

でもまあ、まだ下巻があるからいいや。
楽しみなんです下巻。上巻は面白かったから。





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2018年12月13日木曜日

『任務の終わり(下)』(スティーヴン・キング)読みました。


「こりゃ、ちょちょいのチョイで終わるな」
と思える作業が2、3個あって、
「いやいや、かなり手間がかかるな」
とビビる作業が一つどかんとあって、

そのチョチョイとビビリを全部こなして、
はじめて1個の仕事が完了する場合、

どちらを先にやるか。

ぼくが思うに、その人の性格によって、
決まったパターンがあるような
気がするのですが、違うのかな。

まず軽い方を済ませ、
次にヘビーな方にかかる人は、
いつもその〈軽→重〉方式。

逆が好きな人なら、
常時〈重→軽〉パターンになり、

それが混在することは
あまりないのかなって思う。

……のですが、実はぼく、混在なんです。

「まず重いのをやっつけよう」
と考えちゃったら
もう軽いのに手を付けるのが
とんでもなく非効率に見えて、

と思えば逆の
「軽いのまず済ませよう」
と作業しだしたら重いのは
目に入らなくなる。

その時々によって、
性格が変化してるんじゃないか
と思えます。
キャラが統一されていない。
ぶれぶれなんですよね。

で、この『任務の終わり(下)』。

ぶれないですね、キャラ。
みんな一人ひとりエッジがクッキリしてて、
日本語で書くと見分けが
つかなくなる名前(フレディとブレイディ)でも、
誰のこといってるのかすぐわかっちゃう。

おっしゃ、次は「ザ・スタンド」
読みまっせ(ブックオフで見つけた!)。





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2018年12月11日火曜日

『任務の終わり(上)』(スティーヴン・キング)読みました。


これから読み始めようとする本を
開いたとき、
まずは本文以外のところに
目を通すのがクセになってます。

目次とか、あとがきとか、解説とか、
後ろのほうに載っている「好評既刊書」とか、
間に挟んである「今月の新刊」チラシとかを
一通り読んでから、

「よっしゃ、かかってこい」
って感じで最初の1行目に向かう。

おいしいモノは最後に食べたい心理というか、
読み終わったときに
余計な情報を入れたくないわがまま心というか、
とにかく本文の周囲を片づけてから読み出すんです。

で、この『任務の終わり(上)』
(もしかしたら「下」だったかも)
の後ろのほうに載っている好評既刊書リストには
スティーヴン・キング作品が並んでいました。

そして、その文庫本リストに
『ザ・スタンド(1〜5)』があったんです。

それ、ずっと読みたくて、
新刊の本屋さんに行くたび探しているけど、
大きな本屋さんにも置いてないヤツなんです。

もう絶版なんだろうなと諦めていたけど、
ここに載っているってことは、
まだ在庫有りの可能性は大ですね。
よし、もうちょい探そ。

あ、『任務〜』も面白いです。





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2018年12月6日木曜日

『羆嵐』(吉村昭)読みました。


今この文章を書いているのは
12月3日の月曜日です。

ということは、昨日は日曜日。

世の中の一般的習慣からして
お休みの日です。

なのでぼくも会社には顔を出さず、
家でのんびり過ごしました。

いつものは5時過ぎに起床するのに、
2時間も余計にベッドですやすやして
7時過ぎに起きて、朝食を食べて、
カミさんが選んできたレンタルビデオを観て、
スーパーへの買い出しに付き合って、
昼食食べて、昼寝して、もう一回
ショッピングセンターへの買い物に行って、
少し本を読んで、風呂に入って、洗濯たたんで、
明日(というか今日というか)の用意して、
夕食食べながら「西郷どん」観て、
寝床でスティーヴン・キング読んでいるうち
うとうとしてきて、
目が覚めたら今日の朝5時になってました。

こういう何でもない日っていいですよね。

で、この『羆嵐』。

読み終わったのは、先週末。
木曜か金曜でした。
「いいなぁ」と思える何でもない日曜日に
読んでなくてよかった。

だって、クマが怖すぎるんだもの。






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2018年12月4日火曜日

『用心棒』(ディヴィッド・ゴードン)読みました。


休みの日とかに
カミさんが借りてきたレンタルビデオ
を一緒に観たりします。

何の映画を観るのかは、
画面に映像が出てきて初めて知る。

どの映画がいいのか、ぼくが選ぶと、
たぶんカミさんの趣味には
合わないものになる可能性が高いから、

お任せにして
何も口を挟まないほうが平和的だし、

事前に知らなければ
サプライズを楽しめたりするから
それでいいんです。

ほんで、
この前もサプライズがありました。

映し出されたクレジットの監督名に、
なんと、ジム・ジャームッシュって出てきた。

最近は、まったくといっていいほど、
自分では映画を観なくなってしまったけど、
映画学校に通っていて
年に200本近くも観ていた頃、
大好きだった監督なんです。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」に刺激され、
真似した作品を撮っちゃったくらい。
(あの8ミリはどこいったんでしょうか…)

でも、あの何とも眠たくなるような
カメラ固定の環境映像みたいな作品が、
カミさんの好みだとは思えません。

きっと誰かの映画評が、
間違った伝え方をしたんだと思います。

そんなわけで、ぼくはそれなりに
ジャームッシュ作品を楽しめたんですが
(作品名は「パターソン」)
やっぱ茶の間で観るのは、
どんがらガッシャン、ドッカーン、
うわうわっ、ひょえー、みたいな、
どこからどうみても
エンタメの娯楽作品のほうがいいような気がします。

で、この『用心棒』。

どこからどうみてもエンタメ。オモロイです。





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2018年11月27日火曜日

『ロックンロール・ストリップ』(木下半太)読みました。


京極夏彦さんの小説「虚言少年」は、
この感想文もどきを書くときのネタで
何度か使わせてもらっています。

だって、面白いから。

今まで、数回読み直しています。
あ、最近は再読もご無沙汰してるから、
そろそろまた読みたくなってきた。
内容もだいぶ忘れてるし。

ネタに使ったのは覚えているけど、
その中の何を引用して、
どんなふうに引き合いに出したかは
忘れました。

たぶん、今から書こうとしていることと
同じだったような気がします。
ま、いいか。

えーと、「虚言少年」は、
教訓が何もないんです。

ひょっとするとあるのかもしれないけど、
ぼくにはそれが読み取れないんです。

小学生の子どもたちが、
純粋にバカをしているだけ。

まるっきり、ぼくの子ども時代です。

例えば、鼻くそをほじり出し、
丸めて黒くなった粒を
引き出しの端にしまっておいて、

次の日とかに出た鼻くそを、
その上に被せてまた丸め、
それをどんどん大きくしていくとか。
(その本の中にある
 エピソードじゃありません。ぼくのです)

そこに生きがいを見つけるとか、
モノを大切にする心を知らしめるとか、
そんなのは何もない。
だから、好きで、
何度も同じようにネタで使っちゃう。

で、この『ロックロール・ストリップ』。

バカさ加減が非常に面白いです。
でも、教訓みたいなモノが読み取れちゃった。
それがなければ、「虚言少年」に代わる
新しいネタとして使えたのになあ。





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2018年11月22日木曜日

『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


前回、腕のしびれについて話しました。
ピロピロ程度の軽いヤツ
(重い順に、ビシビシ、ビリビリ、
 ピリピリ、ピロピロ)が、
何の前触れもなくふっと
やってくるってこと。

昔はそんなことまったくなかったんですが、
数カ月前からそんな症状が出始めたんです。

前回の「死の接吻」についての感想文では、
そういうことがあるとの報告を
しただけだったので、もしかしたら
このブログの読者(ほんの数人だろうけど)が
心配して、

「それってひょっとして、
 変な病気の前触れなんじゃないか。
 もし、くたばるんだったら、
 ちゃんと借金返してからにしろよ」

なんて叫びながら、
ここまで駆けつけてくるかもしれないと思い、
ぼくなりに推測した原因を言っておきます。
(いやいや借金はありませんよ、
 記憶にある限り)

思い起こせばそのピロピロが
始まった数カ月前って、ジムで筋トレを
やり出した時期と重なるんです。

今までだるだるだった腕に
ちょっとずつ筋肉がつき始め、
今まで誰にも邪魔されなかった血管とか
神経とかの筋が、筋肉に圧迫され、
ピロピロしびれが出るんじゃないかと。

だって正座で足がしびれるのも、
圧迫されるからでしょ。
ほら、同じじゃん。

で、この『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』。

面白さをしびれレベルで表すとビリビリでした。





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2018年11月20日火曜日

『死の接吻』(アイラ・レヴィン)読みました。


正座を続けていると、
慣れていないぼくなんかは、
すぐに足がしびれます。

でも、ほんの数分続けたときの
ソフトなしびれ感は、
それほど嫌いじゃないんです。
(長時間続けたときの
 足首以下全体の感覚がなくなるような
 ハードバーションはきついけど…)

少し強めに揉むように触ると、
しびれがわき上がってくるくらいの
レベルの話です。

気持ちいいのとは違うけど、
しびれた部分が
「ワシもお前の一部だぞ、覚えときや」
って主張しているようで。

そうかそうか、ガンバレよ。
忘れてなんかいないよと、
なでなでしてあげたくなるというか。

ほんで最近、
何もしていないのに、
腕のヒジから先の部分(前腕っていうのかな)に、
ふっとそのソフトなしびれ感がやって来るんです。

ビリビリでもなくピリピリよりも弱く、
ピロピロ程度なんですが…。
腕が主張してるんでしょうかね。

で、この『死の接吻』。

面白さはビリビリでした。
こんなしびれ感がもし前腕を襲撃してきたら、
ビックリして腕を引きちぎっちゃうかも。





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2018年11月1日木曜日

『半七捕物帳(6)』(岡本綺堂)読みました。


本を読み終わったら、
エクセルでつくっている読了本リストに
タイトルと著者名を入力して、
一覧にしています。

で、最近のエクセルは
最初の何文字かを入力すると、
以前のテキストと同じなら
チップ表示して変換の候補を
あげてくれますよね。

この本もリストに入れておこうと思い
「半七捕物帳」まで入力してみたんです。

したら「半七捕物帳(1)」から
「半七捕物帳(4)」までは表示された。
……おや?

今回読み終わったのは『半七捕物帳(6)』です。

順番に読んでいるから、
当然(5)までは読み終わっている。

だからエクセルのチップ表示も
(1)から(5)までは
出なくちゃいけないハズ。

なぜに
(4)までしか出ないで(5)がないのか。

エクセルちゃん、また不具合?

なんて疑ったけど、
やっぱマイクロソフトは間違っちゃいませんでした。

(5)を読んだのに、ぼくが入力するのを忘れてた。

んでもって、
この感想文もどきも書くのを忘れてた。
そういうの他にもまだあるのかな。

今年読んだ本はリストによれば76冊だけど、
もうちょい多そうです。





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2018年10月30日火曜日

『春はまだか くらまし屋稼業』(今村翔吾)読みました。


モノをつくった人の思いと、
そのつくられたモノを
使うなり鑑賞するなりした人の気持ちは、
食い違うのが当然です。

原稿を書くとか紙面を構成するとかいう
ぼくらの仕事でいえば、
「素晴らしい原稿です」なんて感想を
多くもらうときに限って、
「ああ、やっつけで仕事しちゃったな」
などと思っていたりする。

もちろん、その逆もあって
「今回は少し、時間がなかったですかね。
 仕方ないですよね」なんて慰め混じりに
原稿の不出来を指摘されたりするときには、
往々にして
「何日も徹夜して、うんうん唸りながら、
 目一杯の力を出し切った」と
いつになく満足な仕上がりだったと
思っていたり。

つくる人と読む人は同じじゃないんだから、
食い違うのは当たり前。

どちらが正しいのか間違っているのか
という問題じゃないんだけれども、
どっちかといえば、
できたモノを受け取った側が
(書籍で言えば読者側)
正しいと思うんですよ、
読者様は神様だと思うんですよ、
ぼくなんかは。

で、この『春はまだか くらまし屋稼業』。

えいやー!とー!
みたいな掛け声を出しながら、
超速でつくり上げた作品なんじゃないかな
って感じました。
間違っているかもしれないけど、
ぼくは一応、今回は読者の側ですから。





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