2018年9月25日火曜日

『半七捕物帳(4)』(岡本綺堂)読みました。


レイ・ブラッドベリさんの
短編にあったような気がしますが、
ハッキリ覚えてないので、まあいいでしょ。

いきなり宇宙船が来てそのまま空の上に
ぽっかり浮いてたらって話です。

あ、『星を継ぐもの』の人
(著者名忘れました。すみません)
でしたっけ。

ま、いいや。
とにかく、地球人と仲良くしたいのか、
侵略して支配したいのか、
やってきた異星人の意図はわからないけど、
コインパーキングに車を駐車するみたいに、
空に宇宙船をとめておいて、

国連とか政府とかの偉い人たちと
話し合いをするってことが、
あったとしましょう。

話し合いはすぐには終わらないだろうから、
数カ月とか1年とか宇宙船は浮いてる。

ほんで、そのあと
エイリアンさんたちと仲良くなるか、
戦争になるか、どっちでもいいんだけど、
そういうてんやわんやの事態があって、

どういう形かわらんけど、騒ぎも収まり、
落ち着いた平和な日がやってくる。

ふー、やっと言いたかったトコまできた。
ここからです、本題は。

その宇宙船来航から数十年、数百年たっても、
それを題材にした小説やらは
出版され続けると思う……ってことなんです。

んで、その出版物の中で、
宇宙船とはまったく関係無い
その時代を生きた普通の人たちの
日常生活をリアルに描く作品って
少ないだろうな……ってことなんです。

宇宙船は大事件で、
普通の生活は普通ですから。

で、この『半七捕物帳(4)』。

江戸時代の黒船来航のときの
普通の人の生活がよくわかりました。





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2018年9月20日木曜日

『すごい葬式』(小向敦子)読みました。


小説を読んでいると、
たまにボキャブラリーの少ない
キャラクターが出てきて、
「すごい!すごい!」
を連発することがあります。

そんなときはたいてい、
キャラ登場の前後で、
〈タカシは表現力が米粒サイズだから、
 何を見ても「すごい」しか言わない〉
などと地の文で説明していたり、
〈「すごい」という言葉しか
 知らないのではないかと思える
 サッちゃんの語彙力のなさに、
 なぜか私は憧れる〉
などと別キャラに語らせたりしてます。
ようするに言い訳ですね。

「すごい」という
オールマイティな言葉は、
安易に使ってはいけない
という不文律みたいなしばりがあって、
それをあえて使うんだから、
説明しておくよ。
というか、
作者の自分が使っているんじゃなく、
あくまで登場人物が使っているんだからね、
そこんとこ誤解しないでね。
ってことでしょう。

で、この『すごい葬式』。

とはいえ、
タイトルに使うのはOKでしょう。
そういう書名は結構流行りだと思うし、
「葬式」と組み合わせたときの
インパクトもなかなかある。
んで、さらにサブタイトルで
「笑いで死を乗り越える」。

そんな表題にひかれただけの理由で
買っちゃっう人は結構いるんだろうな、
ぼくみたいに。





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2018年9月18日火曜日

『はだかの起源』(島泰三)読みました。


思いつきの例文を先に書きますね。
(例にしただけの事実無根の内容なので、
 あらかじめご了承ください)

探査機が持ち帰った土壌の分析により、
6500万年前の火星で
知的生命体の生存した証拠が見つかった。

詳しく調べると、
火星の地上から宇宙に飛び立てるほどの
エネルギーを人工的に噴出した形跡も発見された。
地球を訪れ侵略するには十分な科学技術である。
6500万年前は、
それまで地球を我が物顔でのし歩いていた恐竜が
絶滅した時期だ。

なんか面白くなってきたので、
もう一つ例文。

山ちゃんは、きっと生まれた時から
大福が大好きだったはずです。
中に甘いあんこが入ったふわふわの大福。

誰かのお土産だとかで、目の前に出すと、
あっという間に平らげちゃう。
仏壇にお供えしおいても、
我慢できずに手を付けちゃう。

でも供え物がなくなるのはまずいと思うのか、
食べ終えたあと、その菓子皿の上に
なぜかティッシュを丸めて置いておく。

この前、山ちゃんちに遊びにいったとき、
隣の家の窓があいていて、
そこから仏壇が見えた。そこの菓子皿の上には、
ティッシュが丸めておいてあった。
おい、おい、山ちゃん。

で、この『はだかの起源』。

2つの例文について。
前者は火星人が恐竜を滅ぼし、
後者は山ちゃんが隣の家の大福を食べたと、
直接はいわずに、
そう思ってもらえるように書いてみました。
名づけて
「言わないけど勝手に想像させるの術」。

でも、この本(はだかの起源)みたいには、
上手く出来ませんでした。





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2018年9月13日木曜日

『降霊会の夜』(浅田次郎)読みました。


ふー。
ようやっと文字が出せた……。

今、この文章を
パソコン画面に打ち込んでいるんですが、
こうやってちゃんと文字が
表示されるようになるまで、
小一時間ほど格闘していたんです。

キーボードはバシバシと叩いている。
その回数分というか文字数分だけ
カーソルは右方向に動くんです。

漢字に変換するからそのときには、
文字数は減るからカーソルもそのぶん
左方向に戻ります。

でも、画面上に文字が何にも見えないんです。

今まで、ソフトがいきなりシャットダウンしたり、
マウスポインタが固まって動かなくなったり、
ポインタは動くけど渦巻きレインボーが
ぐるぐる回って何も受け付けなくなったり
っていうトラブルはあったけど、

正常に文字入力されているように見せかけて、
その文字が見えないなんて現象は
一度もなかった。

おいおいそれってどういうことよと、
いろいろいじくっていたら、
なぜそんな所を設定し直したのか
わからないんですが、

文字の色が黒ではなく
「紙色」つまり「白」になっていたんです。
背景色に溶け込んで表示されなかっただけだと。
おそまつ。

で、この『降霊会の夜』。

タイトルからもわかるとおり、
霊が出てくるお話です。

ホントに幽霊っているのかな。
それが見えないぼくは、
背景色に溶け込んで表示されない状態なのかな。





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2018年9月11日火曜日

『声のサイエンス』(山崎広子)読みました。


前回の『まんがでわかる 理科系の作文技術』で
「ノンフィクションだろうが、
 評論だろうが、ビジネス書だろうが、
 節操なく読んでいるつもりなのに」
って書いたんですが、

今ごろになって、
「あ、なんとなく避けているジャンルもある」
ってことに気づきました。

いわゆる自己啓発本と呼ばれているものです。

ひょっとするとビジネス書の中に
含まれる分野なのかもしれません。

例えば、
(以下、今、思いついたベタなタイトル。
 もし実在の本があっても関係ありません)
『幸せな人生を送りたいあなたへ』
『〝イヤだ〟と口に出せる本』
『寝転んでいても成功する5つの法則』
みたいなヤツ。

ぼくは小心者だと自覚していて、
それなら周りに迎合すればいいものを、
なぜか人と同じことをやるのが苦手で、
「みんながそうするなら、ぼくはこう」
みたいな、
へそ曲がりのあまのじゃくなんです。

だから、
本で正しい道や方法を教えられても、
その通りやったら、
それは「ぼくじゃない」って思っちゃう。

ということで、
自己啓発本は避けているんです。

で、この『声のサイエンス』。

タイトルからイメージしたのは
「声を科学的に分析して学問的に解明する」
って感じ。
でも、読んでみたら、
ぼく的には自己啓発本の範疇に含まれていました。





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2018年9月7日金曜日

『まんがでわかる 理科系の作文技術』(久間月慧太郎/木下是雄)読みました。


何度も読み返す本があります。

今ぱっと思い出してみと、
京極夏彦さんの
『虚言少年』とか『覘き小平次』
恩田陸さんの『夜のピクニック』
森見登美彦さんの
『夜は短し歩けよ乙女』や『ペンギン・ハイウェイ』

まだ1回しか読んでいないけど、
この先たぶん再読すると思われるのは、
約7割の伊坂幸太郎さん作品、

『鬼平犯科帳』に山田風太郎さん作品の約半数、
それから今年のはじめに読んだ『我が名はカモン』
ちょっと前の『かがみの孤城』なんかも。

そうやって振り返ってみると、
おやおや、なんと全部小説でした。

ノンフィクションだろうが、
評論だろうが、ビジネス書だろうが、
節操なく読んでいるつもりなのに、
もう一度読みたいってのは、
やっぱり物語になっちゃってました。

で、この『まんがでわかる 理科系の作文技術』。

あ、あった!
小説以外で毎年のように再読している本。
まんがになる元の『理科系の作文技術』がそうでした。





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2018年9月4日火曜日

『柳家小三治の落語(9)』(柳家小三治)読みました。


最初の1巻に手をつけると、
たいていは、そのシリーズの
最終巻まで読み通します。

そうしないと本のお化けに
取り憑かれるような気がして、
なんだかムズムズしてきちゃうのです。

だから、面白いのはもちろん、
面白くなくても、とりあえず最終巻の
最後のページまで目を通す。

それやって良かったなと思うのは、
二十数巻あった鬼平犯科帳でしょ、
確か三十巻以上あった
山田風太郎ベストコレクションでしょ、
シャーロックホームズでしょ、
とまあ、いろいろあります。

それらは、
有意義な時間を過ごせたと思える例。

ほんで逆に、キツいなと思いつつも、
取り憑かれちゃいかんと思って、
最終巻までこなしたのは、
題名は忘れたけど、
受験勉強のための英文法解説本たしか10巻くらい、
それからやっぱり題名はうろ覚えの、
俺の妹がなんたらかんたらって作品、
それも10巻以上ありました。

で、この『柳家小三治の落語(9)』。

この9巻が最終巻のようです。
このシリーズは、有意義バーションでした。
この倍の冊数があってもまだ大丈夫な感じです。





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2018年8月30日木曜日

『半七捕物帳(3)』(岡本綺堂)読みました。


気づいたらその習慣が
なくなっていたのですが、
数年前までは、
本を買うときのジンクスがありました。

上下巻の分冊とか、シリーズ物とか、
ひとつながりの本を仕入れる場合に、
「一度に複数冊買ったらダメ」ってこと。

面白くてもつまらなくても、
一度手を付けたら最後まで読まないと
気が済まないぼくなので、
最初の巻を仕入れたら、
いずれにしても最終巻まで
買うことになるんです。

だから複数冊を
いっぺんに手に入れるほうが、
本屋さんに行く手間も省けるし、
最初の巻が面白かったときの
「すぐ次読みたい」需要にも応えられます。

でも、その数年前の頃は、
一度に複数巻仕入れたものが、
ことごとくハズレだったんです。

で、複数巻のラインナップがあっても、
それを1冊づつ買っていくと、
「これ面白い!」「わーすごい!」
って感じの当たり、当たりになる。

まあ、そんなのは、たまたまの偶然ですよね。

そう、それが偶然だってことに気づいたからか、
ジンクスの魔力が薄れていったか、
今では複数巻同時購入も気にならなくなり、
それに伴う作品の善し悪しも
なくなっているようです。

で、この『半七捕物帳(3)』。

全部で6巻あります。それ最終巻まで、
複数冊のまとめ買いしちゃいました。
1巻目を読んだときには
「もしやジンクス復活か?」と、
びくびくたんですが、3巻目まできて
「おや? いいかも」って思えてきました。
次巻が楽しみになってきてよかった。





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2018年8月28日火曜日

『溺れる月』(新野剛志)読みました。


読み終えたのは8月12日、
これを書いているのは8月25日。

いつの間にやら、
2週間ほど過ぎてしまいました。

ぼくの脳内記憶システムは、
常に新しい情報を入手できるように、
半日前のあれやこれやの出来事を
覚えておくことはせず、
すぐに消去して記録スペースを
空けておくようにできています。

なので、
それ以前に読んだ本の内容は、
ほとんど覚えていないのが通常です。
(つまり1日たつと忘れる)

それでも、システムのバグなのか、
入手した情報の特殊性なのか、
詳細までは思い出せないにしても、
かなり長く印象に残る作品もあります。

そんな耐久性のよいものは、
大まかに分けて2種類。

一つは、五つ星をつけるような、
「わーホントによかった」と思える作品。

そしてもう一つは、
どうしても興味がわかず、
「もっとこうすれば、
 ぼくの趣味に合うのにな」とか
「その設定はちょっと無理があるでしょ」とか、
読んでる途中に
いらぬツッコミを入れちゃう作品。

そうした両極端な作品ほど、
頭に残る期間が長いんです。

で、この『溺れる月』。

読み終えたのは8月12日。
これを書いているのは8月25日。
この期間って長いです。





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2018年8月21日火曜日

『かがみの孤城』(辻村深月)読みました。


もう1年ぐらい前になると思うんですが、
有名人が鼎談するテレビ番組で、
作家の森見登美彦さんと万城目学さんが
出演していました。
(もう一人はどこかの劇団の
演出家だったかな……忘れました。すみません)

そこで、小説の作り方についての話題になり、
ぼくが時々ここで触れる、

「思いつくままに書き進める方法」と

「プロットをきちっと組んだ
 設計図のようなものをまず用意し
 それに沿って書き進める方法」

のどちらがいいのか議論になっていました。

森見さんは前者。
登場人物に自由に動いてもらい
作者はそれを写し取っていくような
感じがいいみたいに言っていました。

対して万城目さんは後者。
結末までの道筋が
わからない状態で書くなんて、
とんでもないって感じ。

どっちの方法でつくっても、
読む側としては、
面白ければそれでいいんですけどね。

で、この『かがみの孤城』。

久々に五つ星。面白かったぁ。
これもし、
森見さん的「思いつくまま作法」で
書いたのだとしたら、
それは神様的な才能をお持ちなんだと思います。





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2018年8月16日木曜日

『柳家小三治の落語(8)』(柳家小三治)読みました。


なんでそんなことやっているのか、
自分でもわからなくなっている
毎朝約6キロのランニング通勤。

もう7年以上続けているのに
ちっとも楽にならないから、
少しは走りに楽しさを付け加えたいと
思うようになりました。

すぐに思いついたのが、
音楽聴きながらのランニング。

で、それをちょっとヒネって
落語聞きながらがいいなと。

いつもランニングアプリを使っているので、
そのスマホに音源入れればOKだし、
あとはイヤホンをつなげば
出来上がりのはずです。

でもね。
イヤホンがダメなんですわ、ぼく。

なぜか知らんけど、
耳の中にあの丸っこいのを
突っ込んだ状態にしておくのがイヤで。

それに、耳塞いじゃうと、
クルマの音とか聞こえなくなって危ないし。

そう思っていたらなんと、
サングラスをかけるだけで
イヤホン代わりになるグッズが
あるそうじゃないですか。

耳に入れなくても
骨伝導って仕組みを使うらしく、
それいいなって思ってるんです。
今、売ってるとこ探し中。

で、この『柳家小三治の落語(8)』。

イヤホンサングラスを入手したら、
まず、小三治さんの落語を
聴きたいと思います。
走りが楽になりますように。





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2018年8月14日火曜日

『ベストセラー小説の書き方』(ディーン・R・クーンツ)読みました。


昔、雑誌の特集で、
とある会社の紹介記事を
書いたことがあります。

日本に来ている
アメリカ人の社長にインタビューして、
その会社がどんなビジネスを
しているのかまとめる仕事でした。

そこが何をやっているかというと、
いわゆるマルチ商法って
いうんでしょうかね。

商品を買わせて、
それをまた別の人に売らせて、
その別の人から買った人は、
また違う別の人に売ってって
という感じのやり方。

大もとの親から、子、孫……
と階層的につながっていく。

その間に入っている人は、
自分の下の階層で商品が売れていけば、
マージンをもらえて、
お金儲けできる仕組み、みたいです。

そんで、そのアメリカ人の社長が、
若くてハンサムなんだけど、
とにかく押しが強いんです。

ぼくは、仕事で取材しているだけなのに、
「あんたもやれ」的に、入会を勧めてくる。

そもそも、
そういうビジネスでお金儲けするのに
抵抗があるぼくは、
「いやいや、ぼくは記者ですから、
 あくまで第三者的な立場にいないとダメです」
みたいなありきたりの断り文句を必死に並べ、
なんとかインタビューを切り上げてきました。

で、この『ベストセラー小説の書き方』。

押しが強いなぁ、この本。
読んでいる最中、何度も、
あのアメリカ人社長の顔が目に浮かびました。





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2018年8月10日金曜日

『柳家小三治の落語(7)』(柳家小三治)読みました。


今でも高校時代の友だちは、
ぼくのことを
「ラクダ」ってあだ名で呼びます。

他にも「おやじ」とか「いのき」
なんて呼ぶヤツもいるけど、
一番多いのがラクダです。

体育の授業で
長距離走(といっても1,500m走)を
やったとき、みんなヘロヘロになっている中、
ぼくはわりと涼しい顔して
飄々と走っていたらしいんです。

毎日の部活で、
体育の授業より数十倍きついしごきを
受けていたから、1500なんて
チョロかったんだと思います。

その飄々走りに驚いた友だちが、
「お前は身体のどこかに栄養分を蓄えて、
 それを小出しに使えるんだな。
 あ、そのアントニオ猪木みたいに
 でっかいアゴだ。
 養分、そこにあるんだろう。
 まるでラクダじゃん。らくだ、ラクダ!」

と叫んだのが、このあだ名の始まりです。

で、話は変わって、ちょっと前に、
さだまさしさんの本を読んだときのこと。

彼はその昔、
落語家を目指したこともあるらしく、
得意は「らくだ」という演目だったようです。

で、やっとこの『柳家小三治の落語7』。

「らくだ」の演目入ってました。
実はその噺の内容、
この本を読んで初めて知ったんです。
さださんの本で、らくだ噺があることを知り、
自分のあだ名でもあるから、
一度は触れておかなきゃって思ってたんです。
それがやっと、できました。

このシリーズ全9巻なので、残りはあと2つ。





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2018年8月8日水曜日

『半七捕物帳(2)』(岡本綺堂)読みました。


作画・和田誠のイラストカバーを
思い出すカート・ヴォネガットさんが、
エッセイか何かで、

「小説の書き方はこうあるべきだ」的な
文章を記し、それに続けて、
他の作家が自分にはとても真似できないほど
素晴らしい小説を出しているけれど、
その作品は
「今挙げた〈こうあるべき〉項目に、
 ことごとく反している」
みたいなことを書いていました。

物語をつくりたい人は、
こんなふうにやればいいんだよ。
でも、そんなふうにやらなくても、
面白いものはできるよ。

という、なんだか禅問答のような、
アイロニーのような物言いです。

クーンツさんって人も
『ベストセラー小説の書き方』って
本を出しています。
(今、読んでいる最中で、
 もう少ししたらここで紹介します)

そこでも、
こういうふうに書けば、物語は面白くなるし、
本はたくさん売れる
ということを言っているんです。
そっちは、アイロニー禅問答じゃなく、
「俺の言うことに間違いはない。
 この通りやれ」的な感じですけど。

で、この『半七捕物帳(2)』。

前者のヴォネガットさんじゃなく
後者のクーンツさんのいう〈こうあるべき〉項目に
ことどとく反している気がしました。

それでも
長年売れ続けている本なんですよね、これ。

「俺の言うことに間違いはない」と
自信を持って発表するのは大切なんだろうけど、
受け取る側は「いや、例外もある」と
わかってたほうがよろしいようです。





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2018年8月2日木曜日

『Ank:a mirroring ape』(佐藤究)読みました。


米や麦などの穀物は、
とてもひ弱な植物で、
人間が小まめに面倒をみてやらないと、
すぐ枯れてダメになってしまう。

ほっぽらかしのまま、ダーウィン仕様の
自然淘汰的世界に置いておいたら、
あっと言う間に絶滅しちゃう。

でも、見方を変えると、そうした穀物は、
人間を使って、めちゃめちゃ自分の子孫を
後世に残している。

つーことは、
それも一種の生き残り戦略に
なっているんじゃないか。

みたいな話をどこかの本で読んだとき、
ふと思い出したのが、
競走馬のサラブレッドについてやった
友だちとの議論でした。

サラブレッドってのは、
競馬をやるためだけに生まれてくる。
選ばれた幸せなヤツらなんだ。

と友だちが言ったので、
そんなのは人間のエゴエゴで
おかしいじゃんって、ぼくは反論したんです。

結局その議論は平行線で
決着はつきませんでした。

んで思い出す、穀物の生き残り戦略。
馬にしても穀物にしても、
人間をうまく使っているだけなのかも。

で、この『Ank:a mirroring ape』。

すみません。
また関係のないことを
うだうだ書き連ねちゃいました。
この本が、
人間が育ててるチンパンジーの話だったから。
ただそれだけのつながりでした。





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