2011年9月20日火曜日

気持ちよく文字を追える謎

『空色バトン』(笹生陽子)読みました。

なぜなのか、いずれはその原因を明かしたいと
考えていることがいくつかあります。

哲学的なこととか、
自然科学的なこととかをいっちゃうと、
いくら書いても足りない気がするので、
とりあえずは、ぼく自身にかかわる「なぜかのか」。

ここで3つほど紹介しちゃいます。
3つの謎です。

第1の謎は、原稿を書くスピード。
ある日は、10本近くの記事をだだーっと書いちゃいます。
そして別のある日は、
1本をやっとのことで仕上げられる程度。

もちろん内容の違いはあるけど、
そんなの問題にできないスピードの差。
それがランダムに生じるんです。
体調の善し悪しとか、締切が迫っているとか、
そんなのにも関係なくです。

なんで、
仕事の効率がとてつもなく上がる日と、
まったく進まない日があるんだろう
──これが1番目の謎です。

第2の謎は、最近始めたランニング通勤のこと。

ある日はとっても快調で、ゴールに着いても、
まだ走れるかな……なんてこと考えたりできます。
でも、別のある日は、
スタートの最初の1歩からゴールまで、
ずーっとへろへろ状態。
いつ倒れるか自分でも心配しながら、
つーか、なにも考えられずに足だけ動いている。

前日飲み過ぎたとか、寝不足だったとか、
そんなのも関係なく、
へろへろと快調のどっちかがやってくる。
(へろへろ状態が8割ですが…)

どうしたら、ずっと快調になるのか
──これが2番目の謎です。

さて、最後の第3の謎。
ある本は、取り立てて興味を引くような内容ではなくても、
とっても気持ちよく読める。
でも、別のある本は、
いくらぼくが好きなストーリー展開でも、
ぜんぜん気持ちよく読めない。

この気持ちよさと悪さの差は、
小説、評論、解説書、翻訳本とかの
ジャンルとはまったく関係なく生じます。

なんで、気持ちよく文字を追える本と、
違和感を感じながらしか読めない本があるんだろう、
っていうのが第3の謎。

この3つの何でだろうは、
なんとか生きているうちに答えを見つけたいと思ってます。

で、この『空色バトン』。
とっても気持ちがよかったです。
著者の笹生さんの本、もっと買って来よっと。


空色バトン
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2011年9月9日金曜日

誰かほめて……

『邪馬台国はどこですか?』(鯨 統一郎)読みました。

ベテランと新人の有名音楽家同士が対談するテレビ番組があって、
その中で新人さんが、ベテランさんに、

「私が音楽を始めたのは、先生(ベテランさん)に
“君、センスあるね”と言われたのがきっかけなんです」
と言いました。

新人さんがセンスあると言われたのは、
昔放映された別のテレビ番組でのこと。

ベテランさんが自分の母校に行って、
そこにいる生徒たちに授業をする番組。

それを聞いたとき、
ぼくは、「あっ、覚えている!あの番組だ」
と即座に思い浮かびました。

何回かの授業の締めくくりに、
生徒たちが一人ずつ自分でつくった曲を
ベテランさんに評価してもらう授業。

センスあるねと言われ、
顔を赤らめている子が、その新人さんだったんです。

覚えていたのは、
ぼくが予想していたことと同じだったからです。
「この子、きっと音楽の道に進むな」って。

やっぱ、人からほめられると、やる気が出ます。
それが超有名な人だったら余計に。
さらにほめられた時期が子供のときだったら余計に。

で、この『邪馬台国はどこですか?』。
この本は、何でも新人賞の応募作品で、
その選にもれてしまった短編に、
ほかの短編を書き足して1冊に仕上げたものだそうです。

受賞作ではないものの
選者の宮部みゆきさんが有望な作品だと認め、
それを励みに作者は短編を書き足していったといいます。

……いいな。ぼくのことも誰かほめてくれないかな。

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2011年9月5日月曜日

面白くないパターンの(1)



『占星術殺人事件』(島田荘司)読みました。


小学校のとき、
なぜか迷路をつくる遊びが流行ったことがあります。

宿題のプリントの裏なんかに、
スタートとゴール地点を描いて、
その間に、ぐにゃぐにゃした道を何本も描いて、
そのうち1本だけスタートとゴールがつながっている落書き。

それをみんなに解いてもらって
「わー難しい!」とか
「なんだ簡単じゃん!」なんて騒ぐ遊びです。

ぼくは、この迷路づくりが得意だったんです。

みんなを迷わせる行き止まりの道を
巧妙にしかけておくとか、
たくさんの分かれ道と2つだけの分かれ道を
バランスよく組み合わせるとか、
とにかくみんなをうならせることを考えて、
るんるんしながら道をつなげていきました。

で、つくるのは得意で面白かったんですが、
友だちのつくった迷路を解くのは、
そんなに面白くなかった。

面白くないパターンの(1)は、
難しくてゴールにたどり着けないもの。

パターン(2)は、
何も悩まずすんなり簡単に
ゴールにたどり着けちゃうもの。
特に(2)が面白くない。

とにかく自分がつくって、
みんなが一生懸命解いている姿を見るのがよかったんですね。

でで、この『占星術殺人事件』。

すごいです。
途中で「読者への挑戦」とかいう
直接読者に呼び掛ける文章が入っていて、
「犯人を当ててごらん」と作者が挑発しちゃったりします。

もちろん、へなちょこ頭のぼくには、
ぜんぜんわかりません。

そう、友だちがつくった迷路をやってるぼくのパターン(1)。
小説なんで、最後には答えがわかるからいいんですけど、
挑発文章を読む段階では、「きーっ」てなっちゃいます。

やっぱりぼくは、つくっているほうが面白いかな。
ぼくのつくったものを、
読む人が面白がってくれるかどうかは、別にして。


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2011年9月2日金曜日

もうちょっと、つくればいいのに。

『道元禅師(下)』(立松和平)読みました。

このネタは以前にもどっかで書いたような気がするんですが、
いつどこで書いたのか、まったく覚えていないので、
使い回ししちゃいます。

友だちの書いた小説のことです。
(ちなみに、どんな内容の小説で、
どの友だちが書いたかも忘れちゃってます。
……トリ頭をなんとかしないと)

その友だちに作品を読ませてもらったぼくは、
「うん、まあ面白いんじゃないの」的な感想を言いました。

確かに作品のできは、そこそこ良かったんです。

でも、1箇所だけ、つくり話っぽくて、
リアリティがない部分があって、それを指摘しました。

「ここだけ、ちょっと、面白くないね。
というか、いかにもつくりましたって感じ。
リアリティが欲しい」

すると、その友だちは、

「この話は、お前の指摘した1箇所以外、全部つくり話。
で、指摘した1箇所はホントにあったこと。
なんでホントにあったことにリアリティがないって言うの」

つくり話は本当ぽくって、本当の話はつくりっぽい。
なぜでしょうね。

それはたぶん、
ぼくの感じ方や友だちの力量じゃなく、
書き物の法則っていうか宿命っていうか、
そんな動かせない何かがあるんだと思います。

ましてやノンフィクションだとわかった上で、
読まされるモノじゃなかったわけで。

で、この『道元禅師』。

一生懸命調べて、
とことんホントのこと書いているんだと思います。

だからなんでしょうね。
ぼくには、ずずーんとくるものがなかった。

道元さんの思想を
そのまま紹介しているような部分が難しくて、
トリ頭のぼくには理解できないってこともあるんですが……。

率直な感想は、
「もうちょっと、つくちゃえばいいのに」でした。


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2011年8月24日水曜日

慣れさせたいときは「面白い」

『Xの悲劇』(エラリー・クイーン)読みました。

音楽を聴きながら、原稿を書く人って結構いますね。
でも、ぼくはそれができません。

レイアウトの作業とか、
イラスト・図版なんかを描いているときは、
どんなに音楽がかかっていても大丈夫なんですが、
文章をつくっているときはダメなんです。

例えば、エコ関係の記事を書いているとき、
『リンダリンダ』なんかが流れていると、
「地球の自然は、どぶねずみです」って書いちゃうんです。
それであわてて削除ボタン。
音楽に反応して指が勝手に動くんです。これでは、先に進めません。

んで、書いているときほどでもないんですが、
読書のときも同じように音が邪魔します。

目に入ってくる文章と、耳から入ってくる音が混じって、
頭の中がぐちゃぐちゃになり理解が進まない。

通勤のバスの中で、
「次は、ペンギン村です。止まります」とかの
アナウンスもそれなりに障害なんです。

でも、人間って不思議なもんで、
ダメだと思っている環境でも、
何度も繰り返しているうちに慣れてくる。

最近では、バス内のアナウンスなんかぜんぜん聞こえず、
読書に没頭できちゃう時間がだいぶ長くなってきました。

特にこの本『Xの悲劇』。
降りなきゃいけない停留所を
何度も乗り過ごしそうになりました。

環境に身体を慣れさせたいってときには
「面白い」という要素が、効くみたいですね。

今度、原稿を書く仕事で、
心の底から面白い!って思えるものが出てきたら、
音楽流してみようかな。

そうやって身体を慣れさせていけば、
どんな環境でも原稿が書ける、強靱な指がつくれるかもしれないし。

そのとき流すのは『ボヘミアン・ラプソディ』かな。
クイーンつながりってことで……おあとがよろしいようで。

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2011年8月15日月曜日

忘れたころに、繰り返し。

『宇宙は本当にひとつなのか』(村山 斉)読みました。

「あっ、それってやっていいんだ!」ってこと、
また一つ、教わっちゃいました。

何かっていうと、
同じ本の中で、同じ内容のことを何度も書くことです。

今まで、ぼくが本をつくるときは、
同じ内容を繰り返して書かないように気をつけていました。

どうしても書かないといけないときは、
「○○ページでも触れたように」とか、
触りだけ書いてあとは、「○○ページ参照」という印を
つけたりしていたんです。

誰かに「同じこと書いてはいけないよ」
って教わったわけでもなく、
そんなルールがあるわけでもないんですけどね。

なぜかそれをやると、
ページがもったいないとか、
手を抜いている感じがするとか、
気が引けてきちゃうんです。

でも、ぼくのつくっている本は、
ほとんどが教科書のようにガリガリとノートを
とりながら勉強する内容でもないし、

ささーと読んでもらって、
その中の主だった情報だけ、
読む人が受け取って残してくれればいいものだから、

サクっと理解を深めるには、繰り返すのって結構いい。

○○ページ参照とかいわれて、
前のページに戻るのも、面倒だし…

なのでこの本は勉強になりました。
繰り返しを乱用してるわけじゃなく、
ちょうど忘れたころにタイミング良く出てくるトコも
孫の手的(かゆいトコに手が届く)です。

で、もう一つ、この本を読んで思ったこと。
人間は「なぜ」に対する答えを
まったく見つけていないんだなってこと。

「こういう仕組みで存在している」とか
「こんな計算式に則って動いている」ってことは
どんどん解明されてるみたいだけど、

でも、
「なぜその仕組みなの?」「なぜその計算式なの?」
って質問には答えてない。

わかっちゃいけないモノなのかもしれませんね。


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2011年8月2日火曜日

ちょうどいいです。

『折れた竜骨』(米澤穂信)読みました。

ぼくは今、
自宅から会社までの約5キロの道のりを
ランニング通勤しています。

始めてからまだ5カ月ほどなので、
まだまだつらいです。

いつも途中でくじけそうになって、
「歩いちゃおうかな」とか
「バスに乗っちゃおうかな」なんて考えが
頭をよぎります。

でも、最近になってときどき
「あれ? 今日はそんなにきつくない、
いつもよりは楽ちんだ」
と思える日がちらっと出てくるようになりました。

走りのつらさに慣れてきて、
約5キロのランニングが体力的に
ちょうどいい長さになってきているんでしょう。

この「ちょうどいい長さ」って大切です。

本を読んでいて、
なんか内容がだれてきて
つまらなくなってきたなーと思い始めたトコで、
場面が転換されて「うおッ」って感じたり、
ウンいいよもっとこの会話続けてほしいって
思っている間だけ会話の場面が続いていたり、
ときには
「えッこのシーン、何でここで終わっちゃうの」と感じても、
後のほうで、
伏線なりなんなりのフォローをしてくれたり……。

その感じ方は人それぞれだと思うんだけど、
たまにぼくが感じる「ちょうどいい長さ」に、
ぴったりはまる作品に出会うことがあります。

それがこの『折れた竜骨』。よくできてました。

比較するのはとってもおこがましいんですが、
ぼくのようにその場で思いついたことを
何も意識せずペコペコと打っていく文章のつくり方とは、
きっと違うんだろうなって感じました。

きちんと作戦を立てて計算してつくってるんだろうな。拍手。


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2011年8月1日月曜日

予備知識は必要ですか?

『ヴァンパイアハンター・リンカーン』
    (セス・グレアム=スミス)読みました。

予備知識はあったほうがいい場合と
ないほうがいい場合とがあります。

辞書で「予備知識」を調べると
「事をする前に知っておく必要がある知識」って
書いてあるので、言葉の意味からすれば、
なくちゃダメみたいなんですけどね。

もう20年くらい前になると思いますが、
編集の会社に勤めていた頃、
社員旅行で香港に行ったことがありました。

そのとき、
他の仲間はちゃんと予備知識を仕入れていたようなんですが、
ぼく一人、香港のホの字も知らず、
そこが日本からどれくらい離れているかも勉強しないで、
くっついて行ったんです。

その旅行には、
いろんな観光スポットをバスで巡る行程も含まれていました。

いつくか観光地を見たあと、
バスガイドさんが「はいクーロン城に着きました」と言いました。
なにやらクーロン城はもうすぐ取り壊される予定で、
周りに柵が張り巡らしてあるものの、
その姿はもう見られなくなるから、
記念に写真を撮っておくとよいとのこと。

少しバスを止めるので、写真を撮ってこいと言われ、
みんなバスを降りて、その場でハイ・チーズ。

何枚か写真を撮ると、すぐにバスに乗り込み、
次の場所へ向かいました。

「えっ、でもちょっと待って!」
ぼくはみんなに言いました。

「今写真撮った場所のドコにお城があったの?」
コンクリの固まりをごちゃぐちゃにくっつけただけの蟻塚みたいな、
鳥の巣みたいな、ガウディさんのつくった建物に
いくつもの大砲を撃ち込んだみないな建物群の周りに
工事中の囲いがしてあったけど、

お城らしきものは何もなかったじゃない!

「お前、何でそんなことも知らないの!?」
みんなは、そんなふうに言いました。

今更ならがらWikipediaで調べてみると、
ぼくらが社員旅行した頃は、
一般的にクーロン城といえば、
クーロン城砦跡地に建てられた巨大なスラム街のことを
指していたそうです。

香港を訪れる観光客なら、
一度はパンフレットやらチラシやらで目にしているはずだと、
みんなは軽蔑を通り越して驚愕って感じでした。

さて、この場合、予備知識はあったほうがよかったのか。

予備知識があれば、廃墟のスラム街を見たとき、
「ほーっこれがクーロン城かぁ」って感心できたかもしれません。

でもそうじゃなかった。

そうじゃなかったから、
みんなから軽蔑オーバーの驚愕の視線を向けられ、
それがいつまでも印象に残って、
こうやって20年ほどたった今でも思い出して文章にできる。

予備知識があった場合は一瞬の感心だけで、
そんなに思い出には残らなかったでしょう。

で、この『ヴァンパイアハンター・リンカーン』。
どこかの書評につられて読んだのですが、そこに、
巻末につけられている解説にはネタバレ部分があるので、
決して先に読まないように
という注意が書かれてありました。

ぼくはその注意を守り、
ふだんなら途中で読んでしまう巻末の解説を
一番最後に読むようにしたんです。

でも、そこに書いてあったのは
たいしたネタバレの内容じゃなかった。

つまりは、この書評にあった予備知識も
必要なかったってことです。

わっ、いけない! 
ぜんぜん本の内容に触れずにこんなにたくさん書いちゃった。

まあ、いいか。
これから読む人がいたら予備知識はないほうがいいですものね。


ヴァンパイアハンター・リンカーン
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2011年7月28日木曜日

次に読むのはどの本?

『努力しないで作家になる方法』(鯨統一郎)読みました。

後ろめたいワケではないのに、なぜか心の中で
「これも仕事のうちだから仕方ないんだ」とつぶやきながら、
ぼくは、だいたいその月の始まるころに
10冊くらいの本を買います。

本屋さんから戻って、
ずっしり重たくなったカバンを開けるときは、
ずーっとニヤニヤしっぱなし。

今月は面白いのに当たるかな……。

どんな本を買うかのネタ元は、
ネットの情報だったり、新聞とかの書評だったり、
友だちからの推薦だったりするんですが、
中でも多いのが、読んだ本の中に出てきた本です。

例えば立松和平さんの『道元禅師』。
今、寝床の上にある積ん読スペースに
上・中・下巻のうちの下巻が置いてあり、
ページが開かれるのを待っています。

これは、高村薫さんの『太陽を曳く馬』で、
道元さんの『正法眼蔵』が出てきて、
「よっしゃ、これ読も!」と思ったのが始まり。

ところが、この『正法眼蔵』、
軟弱なぼくの頭脳では理解不能だったんです
(簡単そうな現代語訳なんですけどね)。

それじゃ仕方ないんで、
小説形式になってるものなら、
何とかなるだろうと立松版・道元に挑んでる最中。

本が本を呼び、つながってる感じです。
『太陽を曳く馬』→『正法眼蔵』→『道元禅師』。

で、この『努力しないで作家になる方法』。
次の購入リストに載せる本をたくさん教えてくれました。
たくさん、たくさん書名が紹介されてます。

あっ、そうそう。勘違いするかもしれないので、
念のためいっておくと、
タイトルは『努力しないで作家になる方法』となっていますが、
この本は、小説作法とか文章入門とかのたぐいの
ハウツー本ではありません。
本のオビにも書かれているように「鯨統一郎、まさかの自伝的小説!?」です。
たぶん、努力しない人は、作家にはなれませんので。

んで、この本からぼくの欲しいものリストに転載されたのは、
『スラン』(ヴァン・ヴォクト)
『発狂した宇宙』(フレドリック・ブラウン)
『占星術殺人事件』(島田荘司)……などなどいっぱいありました。

読む本をたくさん教えてくれたからって
わけじゃないんですが、この『努力しないで〜』は、
ひさびさに5つ星をつけちゃった作品です。

よかったです! 面白かったです!

何がどう面白かったってことをいわずに、
次に読む本をいっぱい教えてくれたなんて、
どうでもいいことをつらつら書き連ねちゃったのは、
まあ、照れ隠しみたいなモンです。
だってホントに面白かったんですもの。



努力しないで作家になる方法
鯨統一郎
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2011年7月22日金曜日

意外な発見ができた本

『怒らないこと』(アルボムッレ・スマナサーラ)読みました。

時々、ぼくって
喜怒哀楽の「怒」が欠けているんじゃないかと
思ったりします。

怒る人って、きっと自分に確固とした自信があって、
その揺るがない信念があるから、怒れる。
自分の信念と違うから
違う人のことを怒れる。

逆にいえば、固まった信念がないと、
判断基準がないんだから、人と違う部分さえわからない。
だから怒ることさえできない。

そうなんです、
ぼくは、自分に対してそれほどの自信がないんです。
人と違っている部分がわからないような、
誰も彼もみんな違っていると思っちゃっているような、
みんな違っていることが正常だから
何を怒っていいのかわからないような。

結局、自分でいうのもなんですが、
単純にアホなんでしょうね。

で、この『怒らないこと』。
最初のほうに、
「自分は怒らない人だと思っているなら、
この本は読まないでもいい」
みたいなことが書いてありました。

でも、あまのじゃくなアホのぼくは
読んじゃいました。

この本を読むと、どうやら世の中には
ホントにたくさんの怒っている人がいるみたいです。
そんな人たちに怒るのはやめましょうと呼び掛ける本。

読後、一番の発見と思ったのは、
そんなにたくさんの人が怒っているってことでした。
世の中の多くの人って、ぼくと同じように
みんなもっとアホだと思ってたんです。
そんな発見ができた本でしたとさ。

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)
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2011年7月20日水曜日

読書にもペース配分

『豆腐小僧双六道中ふりだし』(京極夏彦)読みました。

ぼくは今、
自宅から会社までの約5キロを走って通勤しています。

往復はまだ体力的に厳しいので、
今のところは、朝の往路だけ。

そのうち、
慣れてきたら復路も走ろうかと思ってるんですが、
もうちょっと時間がかかりそうです。

だって、
朝だけの走りでも、かなりきついんですもの。

家を出て、ほんの10メートル走っただけで、
もう息が上がってしまい、そのあとは、
ずっと息上がり状態を継続しながら、ゴールまで。

終点では
シャワーを浴びた直後よりもびしゃびしゃの汗だくです。

んで、
自分なりに復路を走れるようになる目安を考えてます。

それは、ペース配分ができるようになること。

走り始めは、終盤を考えて少し軽めに
(今は最初から最後まで軽めなのにきついんです)、
中盤で少し流して、後半にダッシュ。

そんな調子で走れるようになったら、
往復のランニング通勤に挑戦しようかなって思ってます。

何年もかかっちゃうような気がするけど……。

で、この『豆腐小僧双六道中ふりだし』。
中盤まで、よかったです。
でも、後半になると、作品がというより、ぼくが息切れ。

なんだか、へーへー言いながら読んでました。
今までの京極さんの本ではそんなことなかったんだけどな…。
きっと体調とか気分の問題なんだと思います。


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2011年7月19日火曜日

1年たっても成長なし

『旧約聖書を知っていますか』(阿刀田 高)読みました。

「大体の内容はこういうことです」と
概要を教えてくれる、いうなれば旧約聖書入門。

この本によると、
本家本元の旧約聖書って、実はとても難解で、
きちんと読みこなすには、
結構骨が折れるものなんだそうです(ぼくは未読)。

んで、そんな難しい本の大枠を、
いとも簡単に、しかも楽しく、理解させてくれました。

阿刀田高さんの本って初めて読んだんだけど、すごいです。
すすすって頭に入っちゃいます。

専門家じゃない人が
一つひとつ勉強しながら、書いているってのがいい。
まったくの素人が、どこら辺で
つまずくかのポイントがわかっている、
というか自分でつまずいたポイントを覚えていて、
そこをやさしい言葉にしてくれている。

ホントの専門家になっちゃうと、
素人時代につまずいたポイントなんて忘れちゃいますから。

やっぱり入門書みたいな本って、素人が書かないとダメだな…。
と、思ったところで、なんだか既視感。

「もしかしたら前にも同じこと書いたよな」って気がして、
過去のブログを探してみたら……
やっぱ、ありました。

しかも!

今と同じ去年の7月に書いた
『寝ながら学べる構造主義』の感想。

丸1年たっても、まったく進歩してないんですね、ぼく。

やっぱ、手っ取り早い入門書じゃなく、
本家本元のほうで、
人生を勉強し直さなくちゃダメかな……。



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2011年7月13日水曜日

ながら読みはご注意。

『粘膜人間』(飴村 行)読みました。

「物語の作者は、サディストにならないとダメ。
登場人物の身の上に、おそろしい出来事をふりかからせること」
って感じのことを、
カート・ヴォネガットさんが、以前読んだ本の中で言ってました。

わくわくどきどきを演出するには、
そうした心構えが必要だってことですね。

なんだけど、へたれなぼくが物語をつくろうと思うと、
作中の人たちがかわいそうになってしまい、
おそろしい出来事をふりかからせることが
できなくなっちゃいます。

それじゃあダメなんですね。
ぼくのつくる物語に点数をつけるなら「がんばろう」です。

そんな観点からすると、この『粘膜人間』は
「たいへんよくできました!」の花丸でした。

だってグログロの連続なんですもの。

へなへななぼくは、
読んでいるだけで、ほんとに腰が立たなくなっちゃうほど。

この本はお昼休みにお弁当を食べながら読んでいたんですが、
その飲食しながらのながら読みは、
とうていお薦めできません。

いつもなら美味しい愛妻弁当も、
脳内に生じた、ど緑色の液体や、ど黄色の液体に味付けされてしまい、
とっても不思議な味になってしまいます。
ご注意。


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2011年7月11日月曜日

何事も懸命にやるのが素晴らしい。

『神の火(下)』(高村薫)読みました。

学生時代、下宿している友だちの部屋によく遊びに行きました。
実名は少し問題あるのかもしれないので、
ここでは仮に鼻村くんとしましょう。

鼻村くんは、映画のビデオをたくさん持っていて、
遊びにいくと大抵は、お薦めのビデオを見せてくれ、
鑑賞後はその作品についての討論です。

作品を選んでセットするのはいつも鼻村くん。

テレビやビデオデッキの近くには、
どんなに親しい友だちも近寄らせてくれません。

ぼくは、鼻村くんにとって、映像機器やビデオソフトが
とっても大切なものなんだろうなと思ってました。

確かに鼻村くんは、
そうした映像グッズを大事にしていました。

でも、
ぼくのように遊びに来た友だちから
本当に守りたかったのは、別にあったんです。

その日は、
鼻村くんがやっとの思いで手に入れたという
ヴェルナー・ヘルツォーク作品を
鑑賞することになっていました。

監督名を言われてもよく知らなかったぼく。
あまり乗り気はしないまま鼻村くんの下宿に行きました。
しょーがねーな付き合ってやるか程度の気持ちでした。

だからなんでしょうね。
映画じゃなくて、他のモノに気がいっちゃった。
テレビやデッキの裏です。

おやおや?
裏に、一辺1メートルぐらいの正方形のベニヤ板が立てかけてある。

それは以前からその場所にあったものです。
でも、そんときは、なぜかその板が気になって、
「その板、なに?」と聞いちゃたんです。

すると鼻村くんは、取り乱した様子で、
「何でもないよ」と否定。

そんな様子を見ちゃうと、
気になって仕方なくなるのは人間のさがですね。

そこで姑息なぼくは「何!なんだよー!」などと追求はせず、
「あっ、そ。ただ置いてあるだけね」などと無関心を装い、
鼻村くんがトイレに立つときを見計らって、
裏側の板をのぞいちゃったんです。

ぱっと見には、ただの板でした。

でも、よく見ると、ベニヤにしてはやけに厚みがある。
指でコツコツと叩いてみると、
なんだか空洞になっているようで、
あっそうか、平べったい箱なんだと気づきました。

さらに探りを入れると、
裏側には小さな取っ手が付いていて、開けられるようになっています。

でも、それを開けるには平べったい箱全体を
テレビなんかの裏から引っ張り出さなくてはいけません。

鼻村くんがトイレから帰ってるまでにそれができるか。

いやいや見つかっても、
そんなに大事にはならんだろとタカをくくったぼくは、
聞こえないほどの小さな声で「まあ、いいよねー」と
トイレに向かって言い、箱を引っ張り出し、開けてみたんです。

──と。
平べったい箱の中は細かく碁盤の目のように線が引かれていました。
方眼紙みたいです。
そのマス目の所々に番号が振ってあります。
でっかいオセロゲーム? なんじゃこりゃ。

「何してんだよ、さわんなよ!」
やっぱ戻って来ちゃいました、鼻村くん。

見られて観念したのか、
鼻村くんはその箱の正体を明かしました。

一つのマス目に10本、
抜いた鼻毛をくっつけ集めていたんだそうです。

そう言われてマス目をよく見ると確かに毛が生えています。
箱のほぼ半分ほどは芝生のように埋まっています。

恐るべし、鼻村くん。

おそらく何の意味もなく、
誰の役にも立たないことを、ちまちまと一生懸命にやる。
素晴らしい!

で、この『神の火(下)』。
自分でもなぜそんなことしてるのかわからないヤツらが
一生懸命に、誰の役にも立たないことやります。
きっと、それが人生ってモンなんです。


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2011年7月4日月曜日

ゼロかける10万は?

『稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?』(亀田潤一郎)読みました。


本の制作を請け負うとき、
発行部数に応じた印税での契約を結ぶことがあります。

発注する出版社からすると、
1冊売れるごとに定価の10%とかを支払うから、
売れる本をつくってねってことです。

10%の場合、
定価が1000円なら1冊売れて100円、
1000冊で10万円、1万冊で100万円。
10万部なら1000万円……これは、欲しいです。

そんな、
職業的な脳内への刷り込みがあって、ある日。

10万部以上も発行するという
フリーペーパーの仕事が来ました。
で、ギャラの交渉をするときに、思わず
「そんなに発行部数があるんなら、
印税にしてもえたら嬉しいですね」
なんて言ってみたんです。

すると、
「いいですよ!
でもフリーペーパーだから定価0円ですからね。
いくら発行部数が多くたって、ゼロを掛けたらゼロですから」


で、この『稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか』。
この本の中に、
「年収200倍の法則」なる悩ましい記述が記されていました。
その法則によれば、
「概ねその人の年収というのは、
今使っている財布の購入価格の200倍」になるそうです。

1万円の財布を使っている人なら年収は200万円、
10万円なら2000万円ってこと。

えーっと……
実はぼく、サイフ自体を持っていません。

ポケットがたくさんついている腰巻き型ポシェットの
1つのポケットを専用のお金入れにしてるんです。
ずっとそれです。サイフじゃない。

つまりサイフの購入価格は0円です。
いくら200倍しても、
10万倍してもゼロになってしまう不思議な数の「ゼロ」。

……まっ、いいか。

ちなにみこの本を読んだのは、
友だちが本づくりにかかわっていて、結構売れているって聞いたから。

すすーっと読めて、なかなか、良くできるいい本ですよ。


稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?
亀田 潤一郎
サンマーク出版
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