2023年8月1日火曜日

『愚者の街(上)』(ロス・トーマス)読みました。


劇場で『探偵マーロウ』を観てきたという娘から、
その映画を知っているかと聞かれ、

とっさに言われたものだから、
ぼくの中の神経細胞はどの回路にも
結びつく余裕がなかったらしく、

「いや、知らないわ」と
そっけなく答えてしまったものの、

どこかにひっかかりがあったようで、
次の日に仕事用のコチコチお堅い原稿を
書いている途中で
「あっそうか、フリップ・マーロウのことだ」
と唐突に思い出しました。

あのチャンドラーさんがつくった
ハードボイルド小説の中の探偵。
そうそう、それに違いない。

でも、
マーロウが登場するような映画は相当昔だから、
リバイバル上映かなとぼんやり思いつつ、
コチコチ原稿をほっぽり出して、
ネット検索かけてみると、

ほうほう、最近書かれたチャンドラー作品の
公認続編とされる小説『黒い瞳のブロンド』を
映画化したもののようで。

ならば読まなきゃってことで、
その原作を今、読んでます。
だってチャンドラー作品はやっぱ面白いから
そのつながりなら何かあるんじゃないかなと。

つながりをたどって、
チャンドラー本家よりぼく好みの原尞さんの
探偵小説を知ったのだし。

で、この『愚者の街(上)』。

上に書いたこととは何の関係もなく
どっかの書評で見てたまたま読んだ本。
でもここに原尞さんが解説文を寄せていたんです。
(この上巻じゃなく先に読んじゃった下巻の巻末にですが)
何の関係もなく平行読みしていたチャンドラー公認続編に
つながり深い原さんの名前が突然出てきて、
なんだか絡み合っている感じゾクゾクでした。

面白いわけだ。




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2023年7月27日木曜日

『ボッコちゃん』(星新一)読みました。


この前、
20年近く連絡を取ってなかった
小中学校時代の友だちが突然連絡をくれたんです。

中学校の同期会を開催することになり、
そのお誘いでした。
(よくぞ忘れずにいてくれて、ありがとう!)

彼とはその昔、
ようやく携帯が普及し始めた頃に会っていて、
そのとき互いの番号を交換していたのですが、

その後(20年近く会っていなかったどこかの時点で)、
連絡先データが入った電話機を
水没させてしまったんだそうです。

そこで、なんとか覚えていた、ぼくの会社の名前から
ホームページをたどって、
会社の電話へかけてくれたんです。

いやはや、
大変な手間をかけさせてしまって申し訳なかったね、
なんてねぎらいの言葉やら、
元気?あれからどうしてた?今はどこに住んでいるの?
なんて互いに近況報告しながら、
秋にやるっていう同期会についてのあれこれを
教えてもらいました。

それにしても、中学(彼とは小学校も一緒でしたが)の
同級生と話ができるなんて、
もしかしたらもう死ぬまでないかも、
なんて思っていただけに、ほんと嬉しいびっくりでした。

で、この『ボッコちゃん』。

中学生の頃の愛読書の再読です。
これを読んでるとき、
上記の嬉しびっくりの連絡があったんです。
なんか不思議。




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2023年7月19日水曜日

『嫌なこと、全部やめても生きられる』(プロ奢ラレヤー)読みました。


たぶん寝違えたからだと思うのですが
(いや前に日にジムで筋トレマシンをやったからかも。
 でもいつもの筋肉痛とは違うようなので、
 やっぱ変な寝姿のぐーすか時間が原因か)
右側の首筋から肩にかけて、ずきーんと痛かったんです。

痛みは常にあるわけじゃなく、
特定の体勢をとったときだけ、急激に発生します。
起床時間なのに熟睡中のとき
耳元で鳴り響く、頭にタヌキのような鐘が2つついた
ノスタルジックスタイルの目覚まし時計のように。

ジリジリジリーン、ズキズキズキズキーんって。

さらに面倒だったのは、
この特定の体勢が、最初どんな形なのか
よくわからなかったこと。

しょっぱなは、
後ろ側にあったタオルをとろうと
左手を後方に伸ばしたとき。
右首筋+右肩に稲妻が走りました。

動かしたのは左手なのに
なぜ右側と不思議に思ったけど、
そんときはとにかく気をつけて、
左後ろに手を伸ばさないようにした。

でも痛みがおさまった直後、
右斜め前方の歯ブラシに手をかけたとき、
再び雷神さまが降臨。

どう動いても余計に痛みが強まるような気がして、
しばらく凍結してました。

して、その後の分析研究により、
体をねじる動きがトリガーになると判明。
1日ねじらなかったら、次の日は治ったとさ。

で、この『嫌なこと、全部やめても生きられる』。

身体をねじらないでいるのは
不自由で「嫌なこと」だったけど、
それやめると痛過ぎて、
どうにもこうにも「生きられない」と思ったりしたけど、
この本の内容とは関係ないっすね、やっぱ。




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2023年7月13日木曜日

『哲学者の密室』(笠井潔)読みました。


この本を読み終わって、
積読棚のネクストリーディングサークル(NRC)で
待ち構えていたソフトカバーの単行本を手に取り、
開いてみると、なんとまあ、
ホワイトスペースふんだんづかいの
行間アキアキゆとり仕様の書籍でした。

その本は200ページちょいあって、
きっと厚めの紙を使っているから
背幅もそれなりにある。
その次にNRCに入ることになった
村上春樹さんの新刊と並べても
そんなに薄くは感じられません。

今、ググったら
村上新刊は672ページだそうなので、
これはこれで薄い紙を使って
幅が出ないようなつくりにしてるんでしょう。

あ、今回は村上本じゃなく、
ゆとり仕様のソフトカバー本のこと。
きっと次に感想文もどきを書くと思うので
書名はそっちで見てもらうとして、
ここで触れたいのは文字量です。

行間アキアキっていいましたが、
普通だったら2行は入るだろうってところに
1行だけ配置されてます。
文字の大きさはまあ普通。
でも、1話のくくりが短くて、
その区切りには見出しとか
埋め草アイコンなんかもあるので、
本文文字量は極少になり、
1ページ読むのはあっという間です。

で、この『哲学者の密室』。

ゆとり仕様とは真逆で文庫の本文ギチギチ目一杯。
しかも、ぶ厚さ1182ページ。
次の本との落差も面白かったけど、
内容もめちゃ面白かったです。




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2023年7月11日火曜日

『回樹』(斜線堂有紀)読みました。


どこかに紛れ込んでいるのか、
大掃除や引越しのときに捨てちゃったのか。
中学生のときの卒業文集は、
もう何十年も目にしていません。

たぶんそれだから、
そこに書いたショートショートの物語は、
自分史上最高傑作だと、長い間思っていました。
逃がした魚は大きい、みたいな。

でも、金字塔的に巨大だったイメージが最近、
犬小屋といっても盛りすぎな気がするほど、
しょぼいものだったように感じてきたんです。

きっかけは、今半分ほど読み終えた
星新一さんのショートショート集。

中学生のときは、
星さんの超短編を読むと
ポパイがほうれん草を食べたときのように、
しゃきーんとしてきて、

なもんで、
ぼくもそういう面白い話をつくりたいと、
ふんばって仕上げ、

「中学3年間、とても楽しかったです」
みたいな文面が並ぶ卒業文集に、

一人だけ超短編創作物語を載せてもらったんです。

ほいで、ほいで、何十年も時を経た今。
影響受けた本家本元の本を再読した。

すると、なぜあれほど面白いと感じたのか、
まったくわからなくなってるんです。

つーことは、幻の自分史上最高傑作も、
もし読み返すことができたとしたら
「けっ」って言葉しか出ないかもしれないな、と。

で、この『回樹』。

星さんの作品とは逆に、
何十年かたって読み直してみれば、
良さがわかようになるのかな、と思いました。




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2023年7月6日木曜日

『MR(下)』(久坂部羊)読みました。


こんな片隅でひっそりやってるブログでも、
ネットという全世界オープンの媒体だけあって、
誤字や文章の間違いをメールやSNSで指摘してくれる
奇特な人がときどき現れるんです。

これはほんとにありがたい。

いつもやっている編集やライターの仕事では、
指摘してもらうためにはそれなりの費用が必要なのに、
まるっきりの好意だけでしてくれる。

よくぞ、ぼくのような奴のためにと、
うるうるしてきます。

この前は、
漢字表記&重複表現の合わせ技レクチャーにより
「書き掛けの途中で〜」→「書きかけで〜」
と修正できました。ありがと。

で、この『MR(下)』。

あらら。
また本とは無関係の内容で文字埋めちゃいました。
作品について何か指摘したかったわけではありません。




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2023年7月4日火曜日

『鬱屈精神科医、占いにすがる』(春日武彦)読みました。


「考えることややることは幼い子どものままの私が
 20才なんて信じらんない」と、
成人式を終えた若者が
インタビューに答えるシーンをよく見かけます。

その感じ、ぼくも同じように持ちました。

そんときは確か
バイトかなんかしてて式には出なかったけど、
こんなガキみたいなヤツが
成人であるはずがないと思ってた。

世の成人っていうのは、
もっとしっかりと自分の考えを持ち、礼儀正しく、
人とのコミュニケーションもきちんととれて、
何より「なぜ生きるのか」「人生とは何か」
のような問いかけに、
はっきりとした答えを持っているんだと思ってた。

それがどういうわけでしょう。
30才になっても、40才になっても、
もうじき還暦になるって歳になっても、
「ぼくってガキ」としか思えず、

確固たる信条ができあがっていくどころか、
日に日にふにゃふにゃになっていくような気がしてる。
びくびくして、おどおどして、こそこそして、
ってんじゃないのが、大人だと思うんですけど。

で、この『鬱屈精神科医、占いにすがる』。

大人、こども、幼い、成熟なんて区分けは関係なく、
人それぞれで違うもんなのかな、
などと考えながら読了しました。




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2023年6月29日木曜日

『地下図書館の海』(エリン・モーゲンスターン)読みました。


書きかけで放り投げちゃた小説もどきの作品は
ごまんとあるのですが
(記憶の中にはごまんとあるはずなのに、
 実物がどこにあるのか、
 そのデータのかけらすら消息は不明。
 どこいちゃったんだろう)
その中に、
カフカさんの『城』みたいな話にしようと目論んで、
確か数十ページほどは
文字を埋めたやつがありました。
(オマージュしようと考えたほどなのに、
 今ではもう、その『城』のあらすじはおぼろげで、
 今さっきウキペディアで確かめ、
 ああそんな話だったなと見てきたところです)

城に行こうとするんだけど、
どういうわけかたどりつけないって話の
「やりたいけど、なぜかできない」
ってシチュエーションをそのままパクって、

巨大な木の根元にあるという
幻の洞穴を見に行く男の物語。

巨木に向かって山を乗り越え、
川を渡り、村人と話し、砂漠の道を進み
ってなことを何度も何度も繰り返すんだけど、
ちっとも巨木には近づけない。
そもそも「できない」って話を
つくろうと思ったんだから、
当たり前です。

でも、自分でもその繰り返しが、
書いてて嫌になってきちゃったんです。
途中までの数十ページを読み返すだけでも、
やんなっちゃったんだな、あんときは。

で、この『地下図書館の海』。

繰り返される感じでした。いろんなお話が。
でもまあ、最後まで読み終えられ、
途中でくじけないでよかった、よかった。




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2023年6月27日火曜日

『MR(上)』(久坂部羊)読みました。


「金太郎はとっても勇敢な男の子で、
 そのうえ優しい心を持っていました」
と書いてはダメで、

勇敢なら勇敢であることが、
優しいなら優しい気持ちが、表れた行動を、
具体的に示すエピソードで、
つづっていかなきゃいけません。

みたいなことが、あちこちの
「誰でもできる面白い物語のつくり方」的書籍に
記してありました。

下手なことはわかっていますが、
ぼくが金太郎の話でそれを実践するとすれば、
「金太郎と遊んでいた
 サル、ウサギ、リスたち森の仲間の前に、
 突然クマが現れ、襲いかかってきました。
 仲間たちが怯える中、
 金太郎は自分の何倍もの大きさのクマに、
 弱い者イジメはやめろ相撲で勝負だ、と言います。
 それを鼻で笑ったクマは、
 いきなり張り手を打ってきました。
 でも金太郎はとっさにその手を取り、
 一本背負でクマを投げ飛ばしたのです。
 背中を強打したクマは
 泣きながら森の奥へ去ろうとしました。
 すると金太郎は、
 背中は手当してあげるから一緒に遊ぼうよ、
 とクマに声を掛けました」
みたいに(下手なことはわかっていますが)なる。

頭の中に情景が浮かばない抽象的説明じゃなく、
イメージが描けるエピソードや具体的な動きが
物語には大切ってことでしょうか。

で、この『MR(上)』。

特殊な業種を描いているから
必要な要素だとは思うんですが、
説明のところ(そんなに多くはないけど)が
ちょっとアレでした。




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2023年6月22日木曜日

『良寛』(水上勉)読みました。


昔の映画に、
スパイが機密文書の紙束をペラペラめくりながら
マイクロカメラでカシャカシャと
撮影するシーンがありました。

それと同じくらいの速度で
本のページをめくりつつ眺めていくだけで、
書かれている内容がわかっちゃうっていう
速読の方法があります。

フォトリーディングっていうそうで、
その技術を習得すれば、
もっとたくさん面白い本を楽しめるぞウシシ
と思い「誰でもできる速読術」みたいな
ハウツー本を片手に挑戦したことがあります。

ハウツー教書自体がすらすら読めたので、
いけるかもと勘違いしたぼくは、
たまたま手近の本棚にささっていた
大金持ちのバフェットさんとかいう人の自伝を
フォトリーディングしてみたんです。

だけんども、
ぼくの目は高速連射の仕様ではないみたいで、
脳みそに入った情報量はゼロバイトでした。

で、この『良寛』。

じっくりじっくり、
ほんと時間をかけて読みました。




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2023年6月20日火曜日

『スキマワラシ』(恩田陸)読みました。


卒業以来、何年も会っていなかった
小学校時代の悪ガキ3人トリオの1人を
街で偶然見かけて、
互いに「おー!」なんて言いながら、
道端で話し込んでいると、

これまた偶然、そこを通りかかった
残りもう1人の悪ガキ仲間が「おー!」と
通行人をかき分けて走り寄ってきた。

こりゃあ、偶然の増し増しだあー!

なんてことは今まで一度もありませんでした。

でも、もしそれが本当にあったとしても、
それはそれで、
世の中には不思議な偶然ってあるよねと、
きっと済まされるでしょう。

でも、作家が頭の中でつくった物語の中に
そんなエピソードが盛り込まれていたら、
「そりゃないよ、リアリティ不足」
なんてツッコミが
ツイッターとか読書感想文掲示板みたいなところで
花を咲かすんだろうと思います。

創作物の中に出てくる
偶然とか不思議な現象とかは、
マックス1回みたいな不文律が
なんとなくあるんでしょうね。

で、この『スキマワラシ』。
 
スキマワラシと主人公の「アレ」。
2つの不思議現象が入っているんですが、
それでもちゃんと成立しているような、
でもちょっとぎくしゃく感が残っているような。




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2023年6月15日木曜日

『無限とはなんだろう』(玉野研一)読みました。


前回は分断読みの弊害と
気づいたことなんかを書いたので、
それにちょぴっと関連して、
読む進む速度のこといいますね。

今、水上勉さんの別の作品を
楽しんでいるところなんですが、
これがまあ進まないんですわ。

1枚のページをめくるのに
5分も10分もかかったりする。
詰まってるんです1ページの中に。

数ページにわたって改行なかったりする。
かといえば、1行空きで短歌が並んで
すかすかだったりする部分もある。

そんなアキアキのとこは、
今いった和歌だったり漢詩だったりするもんだから、
きちんと読もうとするとギチギチ文字の箇所より
時間がかかったりするんです。

それに、昔の文章をたくさん引用していて、
それが文語体だったりするもんだから、
現代文にどっぷりつかっているぼくが理解するには、
一文字一文字、一単語一単語、
慎重に目で追っていかないと、
頭の中は昨日食べた夕ご飯なんかが浮かんでいたりする。

当然のことなんですが、
書かれている中身によって
読み進む速度って変わってくるんですね。

で、この『無限とはなんだろう』。

きちんと理解しながら読めば、
一生分の時間がかかったと思います。
でも、読み飛ばしちゃったので、
短時間で終わりました。




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2023年6月13日火曜日

『ヨーロッパ・イン・オータム』(デイヴ・ハッチンソン)読みました。


1度読み始めたら、
その本の最後のページを閉じるまで
間をおかずに終えるのが
望ましいのはわかっています。

でも、生活や仕事やお遊びやらの
あれやこれやもやらなくちゃならず、
ずっと本読みに明け暮れているわけにもいきません。

とくに最近は、
眠り魔くんの力が強くなってきて、
抵抗するのも面倒で、すぐ目をつむっちゃいます。

星新一さんのようなショートショートだったら、
10ページもない話で完結するから、いいんですが、
長編になると前の話がどうだったか忘れちゃう。

それでもかまわずしおりの挟んであるところから
目を通していくと、だんだん頭の中に
ぼんやりこれまでのあらすじが浮かんできて、
そうそうそうだったなんて
つぶやきながら進んでいきます。

ほんで最近、
そんなふうに読んでいっても面白さの感じ方に、
それほど支障ない作品と、
どんどん興味が失せていっちゃうものの
2種類があるのに気づきました。

しおりのあるページを開いた途端に、
前の場面が浮かんできて速攻のめり込みできるヤツ。
しおり後、10ページ進んでもあれなんだったけ?
と言ってるうちに眠り魔くんに負けちゃうパターン。
ま、面白いか、面白くないかってことかな。

で、この『ヨーロッパ・イン・オータム』。

分断読みが続いた本でした。
一番長くても30分くらい。
よく読み終えたと関心してます。




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2023年6月8日木曜日

『数学する身体』(森田真生)読みました。


小川洋子さんの『博士の愛した数式』を
読んでからだと思うのですが、
数学関連の読み物に
ちょこちょこ触手が動くようになりました。

いつくつかの本に目を通すと、
「微分する」って言葉が
よく使われているのに気づきました。

どうすればいいか、わからなくなったら、
とにかく微分して考える、
みたいに書いてあったものあったかな。

でも、もともと数学の知識が皆無のぼくには、
その意味がよくわかりません。

字面からすると、微分って、
細かくするってことになる。

細かくして、どうするの。

細かくしたちっちゃな粒みたいなのを
観察するってことかしら。

でも、小さく小さくつぶつぶにしたら、
どれもこれも同じになって、
比べようがないんじゃない。

なので、やっぱり、
そういうことじゃなく、
なんか違う意味があるんだろうなって、
その意味をきちんと理解できたら、
これから読む数学関連の本も
もっと面白くなるかも。

と思って、
「よくわかる微分」みたいな本を
書店でパラパラとチラ見したんです。
なんですが、わけわからん記号がずらずら並び、
1行たりとも読めませんでした。

で、この『数学する身体』。

わけわからん数式はなかったです。
微分を知らなくても、めちゃ面白かったです。




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2023年6月6日火曜日

『トーキョー・キル』(バリー・ランセット)読みました。


会社昼休み、帰宅時バス車中、就寝時
という何度も書いている
ぼくの本を読むときシチュエーションですが、
どこでどんな種類を読むのがいいか、
わかってきたことがあります。

同じ1冊を3カ所に持っていって
継続読みすればいいのですが、
それやるとどこかに置き忘れたとき
「わー読むもんがない、どうしよう」
とパニックになるのでダメなのは経験済み。

スマホの電子書籍もあるから、
いいっていえばいいんですが、
何度か使ってあの画面の中の文字を追うのが
おっくうになり、いつの間にかやめてからだいぶたち、
もうアプリのアイコンがどこにあるのかも
わからなくなってるから、それもダメ。

ということで、紙の本を頑固じじいのごとく開いてます。

まず、会社の昼休みに適しているのは、
表紙に厚紙を使った大きめの本。
仕事机にお弁当を広げ、その向こうに本を置いて
食べながら読むので重たいやつでも大丈夫なんです。

そういう判型が無理なのは会社帰りのバス車中。
ぼくの使う路線はそれなりに混雑していて、
座れるのは十回に1度くらい。
ほとんど吊り革やポールにつかまっての読書です。
片手しか使えないので小さいサイズの文庫だけがOK。

そして就寝時。
両手は使えるとはいえ持たなければいけないので、
なるべく軽い方がいい。
ですが、疲れたら眠っちゃえばいいので多少はがまんします。

で、この『トーキョー・キル』。

かたい表紙の分厚い本でした。
当然、会社昼休みに読みました。
面白かったです。




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