2018年7月31日火曜日

『柳家小三治の落語(6)』(柳家小三治)読みました。


元気な出版社の幻冬舎をつくた見城徹さんが、
面白い本に欠かせない要素として
「極端さ」をあげていました。

もしかしたら、
単に面白い本の要素というのじゃなく、
ベストセラーにするための条件
だったかもしれません。

(ごめんなさい、曖昧な記憶で。
 たぶん検索すれば確認できると思うけど、
 ぼんやりした感じのまま書いたほうが、
 なんとなく性に合うのでそのまま続けます)

「ちょっと変わってるな」とか
「普通じゃない」くらいじゃダメで、
そのレベルを何段も突き抜けて、

「そりゃ、ありえない」
ってくらいの極端さがないと、
売れる本にはならない。

酒飲みを登場させるなら、
一升瓶を5本空にするくらいじゃなく、
タンクローリー1杯分とか、
東京ドーム大のジョッキを飲み干すとか
……そんな感じにするのよいと。

まあ、そうですね。
そんな極端が、キチンとした実在感をもって
表現されていれば、それは面白いし、
読者もたくさん引き寄せられると思います。

で、この『柳家小三治の落語(6)』。

逆なんです。
極端を普通にしてる感じなんです。
小三治さんの落語って。

それでも、いやそれだから、
「ああ、なんか知らんけど、いいなぁ」
って胸の中にほこほこした感じがわいてくる。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************